閑話 ダーロでの何気ない一日
ここ最近、レニーと一緒に居る事が多い。
レニーは言葉が少ないしあまり積極的に踏み込んでこない。そのくせ喋るとハッとさせられる事もある……少なくともバカではない。呪人と魔人との違いを確認出来たりするのも面白いし、よく観察してる。
カクは信用してないわけじゃないんだけど、人脈広すぎてどこで情報を漏らすかがちょっと怖い。話しやすさや知識量では1番だと思うから、話してて楽しいのはカクなんだけども。
ティナはバカ騒ぎするなら最高だけど、話をするとなるとまた違う。同性だからといって無条件に話が合うわけでもない。付かず離れずの適度な距離感が必要になるタイプ。
まあそもそもティナとカクが一緒に動く事が多くて、なんとなく余り物同士でくっついてる事が多かったってだけなんだけど。
今日もそうだ。ティナとカクは武具屋に行くとかなんとかで2人で出かけてしまった。鎧やらを装備してた辺り嘘ではなさそう。
というわけで取り残されたのは私達というわけだ。
ザリザリと何かをすり潰す音、トプトプと液体を注ぐ音、チャチャチャとそれらを混ぜ合わせる音、プツプツと沸騰するかのような音。
雑音といってしまえばそれまでだが、慣れるとこれで結構心地のいい作業音。これを音楽に、録石を読んだり、文字を学んだり、手帳を読み直したり、まとめたりと暇潰しをしている。
私のなんてことのない日常だ。
「アン」
しばらくして、声を掛けられた。家族への録石を書き込んでいたのだが一時中断。少し前から机を整理してた辺り調合を終えたのだろうけど、レニーから話しかけてくるのは珍しい。
「んー」
「少し歩かないか」
「ん。いいよー」
本当に珍しい。
特に用事も無いし、荷物も高価なものは置いてない。断る理由も特に無い。
「装備は?どうする?」
「置いていこう」
「おーけー」
いちいち鎧を着るのは面倒だから助かる。あんなでも結構重いんだ。
ちゃちゃっと髪をまとめ、先日買った服を着て、軽くメイクして、はい完成。髪の長さが中途半端だから、最近はハーフアップがお気に入りだったりする。
宿には更衣室が置かれてある。こういうのは冒険者向けの宿ならではなのかもしれない。大きい鏡が置かれてるせいか朝は結構ごった返す。
レニーが居るならダガーも要らないだろう。何か飲み食いするかもだから、お財布だけは持った。れっつごー。
◆◇◆◇◆◇◆
レニーはいつもと変わらない。言い換えれば口数が少なく、なぜかいつも私の前を歩く。
これが魔人と呪人の差なのかは分からない。セレンはレニーよりは喋ってた記憶があるけど、それ以外の呪人となるとほとんど話したことがないから比較が難しい。
背は高く、筋肉が多い、っていうのはなんとなく分かる。録石で何度も耳にした情報だし、実際、今まで会った呪人はだいたいそんな感じだ。前世でいうとこの黒人に近いんだろうか。大まかすぎるか?
汗をよくかき、よく食べ、あまり眠らず、寒さに強く、性差が大きく……いやこれは違う。多分、魔人側だ。私達は汗をかきづらいし、食事も多くないし、睡眠時間も長い。前世の人間との比較だから、記憶や感覚的な意味で正確ではないかもしれないけども。
一緒に過ごすからこそ分かる、些細な種族差。
魔人と呪人は母親側が魔人であれば子供を作れるだなんて聞いたけど、遺伝子的には近いってことなんだろうか。つい気になってしまう。そもそも遺伝子なんて存在自体が違う可能性もあるけど、少なくともいくつかの元素が同じなのは知っている。
逆に魔人男と呪人女で子を成したらどうなるんだろう、流れるのかな。それともただの呪人?疑問は尽きない。
「飯にしないか」
お互い無言――私は考え事をしながらだが――で歩いていたら、食事に誘われた。
ふとこれはデートなのでは?なんて考えも過ぎったが、まだ15歳だ。魔人と呪人の差も考えると前世だと10歳くらいの差になるか。魔人は成長が遅く、40歳くらいが前世の20歳くらいな気がする。
小さい頃は成長が早いのに、二次性徴からは一気に遅くなるのが特徴だ。100歳で前世の40歳くらいに当たるのかな。長く若く魔力が多いとか、もはやエルフって感じだ。耳が尖ってたりはしないし森の中に住んでたりもしないけど。むしろハーフエルフって感じか?
エルフの話はともかく、レニーと私にはそれくらいの差があるように見える。つまりロリコンなのでは?なんつって。
「いい場所知ってるの?」
「カクからな」
とだけ返し、また無言。
レニーはあんまり雑談に応じない。少し寂しく思うことがある。
しかしあれだな。傍から見たらちょっと年の離れた兄妹って方が近いか。確かレニーは14月生まれだから、今は6歳差。まあ少なくともカップルには見えない。親子ってほど離れてるわけでもないけどね。
レニーがどうかはともかく、カクは食べる事が好きだ。私にとって味覚とはそれを毒かどうかを判別するに過ぎず、美味しさは二の次……とまでは行かないまでも優先度はそれほど高くなく、またティナも似た傾向にあるように感じる。
空は赤く、もう少しすれば夜になる。
ダールを離れてから気付いたが、どうやら曇りがちなのはダニヴェス全体ではなく、あくまでダールでの話らしい。
夕暮れだというのに星が見える。こっちに来たばかりの頃はよく空を見てたのに、最近はすっかり見慣れてしまった。やっぱり綺麗だ。
空が遠い。
なんて詩的な表現はあまり私には似合わないかもしれない。
「ここにしよう」
連れられたのはよくある西方料理店。単に1人で食べるのが嫌だとかそんな理由だったのかも。
席が予約してあるなんてこともなく、適当な空いてる席を見つける。
私が選んだのはフォーのような料理。これが米から作られてるかどうかなんてのを知らないし、そもそも前世じゃあんまり馴染みがない。
平たい半透明な麺、魚介ダシのスープ、大きめのお肉と少しの香草。実は全然違う料理なのかもしれないが、フォーもこんなんだった気がする。
私はあまり食事に固執しない。前世でもそうだった気がするけど、これは呪いのせいで記憶が書き換えられてるだけかもしれない。だってすごく魔人的。
一方のレニーが選んだのはコシのある麺、有り体にいえばうどん。ただし2人前。
レニーはよく食べる。いや、呪人はよく食べる。もう見慣れたけど、だいたい2倍くらい食べる。そんなに食べて太らないのかと思うこともあったけど、逆に魔人の食事量が少ないだけな気もする。
「飲むか?」
多分、お酒のことだ。レニーは割と呑む。カクやティナ、要するに紫陽花の魔人共は結構お酒に弱いんだけど、レニーはかなり強い。
よく分からないが多分私も強くはない。ダールに居た頃、シパリアに「お前はあまり飲むな」と言われた辺り変な酔い方をするんだろう。記憶が曖昧なのでなんとも言えないが、あまり飲みすぎないようにしてる。
だから断る。
ズルズル、と麺の啜る音は響かない。ここらへんは前世と同じで、やっぱり食事中の音はマナー的によろしくないらしい。
このフォーもどきは食べやすい。あんまり噛まずに済むし、熱すぎないし、味が濃すぎたりもしない。
一緒に付いてきたファラフェルという揚げ団子も美味しい。なんかの豆をすり潰し、丸めて揚げただけの料理かな?強めの香辛料と濃いソースのおかげで、フォーが進む。
と舌を楽しませていると話しかけられた。
「悪いな」
「え?」
一体何が悪いのかが分からんので首を傾げてみる。
でもその後に言葉が続かない。うーん、コミュニケーションとはここまで難しいものだったろうか。
結局、少し歩いて食事をして、そのまま帰っただけだった。本人は微妙に満足気だけど、よく分からん。
◆◇◆◇◆◇◆
翌日、書き込んだ録石をギルドへ配達依頼として出しに行ったら、ユタからの手紙が届いていると言われた。久々に来たユタからの連絡は、録石ではなく、紙だった。
私達はお互い移動し続けてるせいか、直接の連絡は滅多に取れない。もっぱら両親経由になる。それでも届くまでに時間が掛かるし、どっかにいってしまう事もたまにある。
元気にしているか、呪人大陸に居る、6人パーティを組んでいる、4級になった……要約するならこんな感じの内容だった。久しぶりに兄の声を聞きたくはあったけど、手紙じゃ仕方ない。
4級か。もう1つ上がればいつかの昇給試験のハゲと同じランクだ。私の兄は一体どこに向かっているんだろうか。ハゲてたりしないよね?
1つ気になったことがある。ダンジョンについてだ。名前も決まっていない若いダンジョンを踏破したという。
私は大蟻のダンジョンしか行ったことがない。あれはとんでもなく難しいところらしいけど、もっと簡単なところなら踏破出来るのかと言われれば想像もできない。
というかそもそもカクやレニーよりも年下なのに、4級になってダンジョンを踏破して……って一体どういうことなんだってばよ。あれが噂のなろう主人公って奴なんだろうか。
でも私にも同じ血が流れてるはずだ。両親があれだし兄もこれなら私もやっぱり才能ありそうだし、頑張ってみよう。
それから、呪人大陸の町の名前は長いのかもしれない。サラバダインセンビウンってところに居るらしいけど、絶対覚えられない。なんだサラバダって、完全にそれにしか聞こえないぞ。




