六話 魂子
2020/10/03 誤字改行修正、解像度の変更
『さて、お前に用があるんだ。魂子……いや、転生者と言うべきか』
こいつは俺を、あの神のような奴すらも知っている。どう対応したらいい。考えないと、考えないと――。
「あ、あ……な……」
努めて冷静であろうとする自分。だが体は、いや心すら、冷静ではいられない。
恐怖と焦燥が入り混じり、ただでさえ稚拙な言葉は意味を成さず、ただ音として流れ出す。
『おい、俺の言葉が分かるな?お前も出来るはずだ。声を魔力に載せろ』
こいつは何を言って……いや、落ち着け、落ち着け優人。深呼吸だ。
……こいつは俺に話しかけている。つまり、殺すのが目的ではない。最低限、対話を試みている。
言葉を思い出せ。声に魔力を載せる……いや、意味が分からない。分からないけど、やらなきゃ、でも、ロニーやサン、ユタが。ええと、ロニーは死ぬのか?あの出血量だし、ユタは消えて、サンには何が起きて――。
『おい!俺はあんまり気が長くねえんだ。さっさとやれ。俺の魔力の動きを真似しろ。言葉では無く、意味を伝えろ』
落ち着け、落ち着いたはずだ。大丈夫だ、出来る。
少なくともこいつは話しかけている。あんな風に家族を殺しておいて何故俺を、なんて今は考えちゃいけない。抵抗は無意味だ。無駄だ。あの魔力を見ろ。勝てるわけがない。逃げられるわけがない。隠れられるわけがない。
落ち着け。そうだ、言葉だ。魔力だ。あいつの……クソ、気持ち悪い。けどその魔力、魔力を見るんだ。
見える。俺は見えている。頭から胸へ、そして口へと運ばれる光。気持ち悪い、悍ましい、凄まじい、そんな感覚は今は要らない。経路だ。
見えたところで出来るのかは分からない。分からないが、やるしかない。体内の魔力を同じように動かすイメージをひねり出し、声に載せる。大丈夫だ。きっと出来る。
『あ、あー…………聞こえ……てる?』
『上出来だ。さすが魂子だな』
よし、出来た。イメージ通りだ。声に魔力を載せるんじゃない、魔力に声を載せるんだ。声と一緒に魔力を出すんだ。
1回出来てしまえば簡単だった。ユタやロニー、サン……身近な人間の魔力の動きには少し覚えがある。そして、化け物の魔力を今見た。
たったそれだけで出来るようになった。前世で読んだ漫画の知識も案外無駄ではないのかもしれない。ドラゴンスフィアや葉の忍者に感謝だ。
『な、何の用があって、何の理由があって、何でこんな事を――』
『お前にはいくつか聞くべきことがある。質問はその後だ。
お前を転生させたのは誰だ。何故お前が選ばれた。お前は誰だ。どの世界から来た』
分からない、分からない、分からない……分からないことだらけだ。どこの世界なんて、そもそも世界ってなんだ。誰だって、アンジェリアなのか、優人なのか。転生なんてさせられるのはあの神1人だけじゃないのか。神ですらない何者かのいたずらだったのか。
『私は、俺は、阿野優人、今は、アンジェリア……です。魔法の無い世界で、地球の日本というところで死んで、気付いたら白いところに居て、よく分からないまま転生した、しました』
逆撫でしないように慎重に、正しいであろう言葉を紡ぐ。
嘘は言わない。いや、言えない。正直に話すしか無い。少なくとも誠意を向けていれば多少はマシになるかもしれない。
『俺はどの世界から来たかを聞いている。
地球がその世界の名前か?知らん名前だな。
それによく分からないまま転生しただ?
何の話もしてねえのか?』
だが化け物の口調は荒くなる。
何故だ。本当に知らないんだ。嘘なんて言ってない。
俺の知らないことばかりを話すな。無理だ。どう考えてもキャパシティを超えている。
『は、はい。死んだから転生するとだけ。
世界の名前は分からないけど、この世界ではなかったです』
分からないところは分からないと、分かるところは正直にと答えていく。
きっとこれが正解だ。そうじゃなきゃやってらんない。俺の人生、俺が主人公だ。こんなところで死ぬなんて早すぎる。大丈夫だ。大丈夫か……?
ダメかもしれない。死んだばかりなんだ。1年前に俺は死んだ。俺の人生の主人公は俺じゃないのかもしれない。
『適当な奴だな……クァルチェルか?
いや、お前にも名乗ってねえなら分かる由もないか。だったら……』
俺の不明瞭な答えから、化け物は少し考え出した。今だ。聞くならこのタイミングだ。もう俺は答え終わったんだ。
『あ、あの。私の家族はどうなりますか。アンジェリアの、ユタやサン、ロニーです』
『あ?お前は阿野優人だろ?だったら奴らは関係ねえだろうが。今考えてんだ。邪魔すんな』
化け物の半透明な腕が1本、私に向かって伸ばされた。
ああ、ダメかもしれない。やっぱり死ぬんだ、俺は。ほら、もう眼前に腕が来ている。きっと頭を潰されて……あれ?
腕が刺さってることは分かる。あれ、でも、痛くない。むしろ心地良いような、なんて不思議な感覚だ。
休日の二度寝のような、多幸感とでも呼ぶべき感覚に飲み込まれそうになる。あいつらは今何やってんのかなぁ。有華とのデート、すっぽかしちゃったなぁ。
『チッ。上書きが施されてやがる。お前、前世の事はどこまで覚えてんだ?』
ふっと思考が崩される。私はこの世界に居るし、心地良いなんて微塵も無い。あれ、でも、体はなんともない。さっきまで腕がめり込んでいたはずなのに、おかしいな。
と、そうじゃない。今はこの化け物と話してたんだ。前世のこと?これなら答えられる。
『どこまでって?私は阿野優人と言う名前のフリーターで、25歳でした。夢を追って専門学校に行き、挫折した普通の。両親は……』
ここまで答えて記憶にモヤが掛かっていることに気付いた。両親の顔がロニーとサンになっている。いや、確かに両親ではあるけど、今聞かれてんのは前世の方だ。俺の両親の顔……あれ、どんな顔だったっけ?名前は、趣味は、あれ、思い出せない。
『……両親は、思い出せません』
『そうか。だったらお前の住んでいた街や家、世界の事なんかも全部話せ』
予想していた答えを受けたような声で化け物が返事をする。
いつの間にか、この化け物の声を不快と感じなくなっている。
最初はなんであんなにも嫌だと思ったんだろう。さっきの私は少しおかしかったんだ。
そうしてしばらく、私は化け物に前世の事を話した。両親のように一部変になってる記憶もあったが、それもそのまま話し、注釈としてそうじゃなかったはずだと伝えた。
覚えてることを洗いざらい、全て話した。話すことがもう無くなる、なんて頃に化け物の声が響く。
『災難だったな。お前は魂子で呪子っつーわけだ。さて、なんか聞きたい事はあるか?少しなら答えてやるよ』
魂子とか呪子とか色々訳がわからない。いや、分かることが少なすぎる。
けど、聞くべき順番はこれじゃない。最初は家族、それからこの化け物という存在、それから――。
『……私の家族はどうなりますか?ユタはどこに?殺したのですか?あなたの名前は?何をしにここに?転生とは?何故私が転生?この世界は一体?エリアズとは、マジケルとは―――』
『うるせえ!』
堰を切ったように溢れる疑問の数々。
しかし並べ終わる前に化け物の声によって遮られた。
『少しっつったろ!ったくよぉ……まずお前の家族だが全部死んだぞ。生き返らせてほしいのか?』
絶望と希望が同時に襲ってきた。彼らは死んで、そして生き返らせることが出来るらしい。しかし、そんな事が出来るこいつは何者だ?
いや、今はそうじゃない。まずは家族を助けてもらおう。疑問はその後だ。
『は、はい。助けてほしいです』
『そうか。…………こいつらか?展開後だからまだ逃げてねえな。しょうがねえ。頼まれてやるか』
化け物にしては小さな声でつぶやくと、ただでさえ強大な化け物の魔力が更に噴き出し、辺り一帯を覆った。
先程の戦闘時の魔力とは質が違う。悍ましい、なんて感情はもう忘れてしまった。これは……綺麗だ。
私を包み込む化け物の魔力は、暖かくて、優しくて、少しだけ悲しいような、複雑な……。
『魔法を見るのは初めてか?マジケルにも魔力が見えるって言うからな。面白い光景になってんだろ』
化け物の声に我に返った。
気付けば世界はぼやけ、二重になっている。
世界はこんなにも鮮やかで、こんなにもはっきりして、こんなにもぼやけていただなんて。
あ、サンが居る。サンがロニーを連れてきた。倒れてるロニーにもう1人のロニーを重ね、サンが呟くとロニーの傷が修復される。
傷だけじゃない。腕も足も生えてきた。
次はユタをどこかから連れてきて――。
『この世界を自分の世界に上書きすんのが魔法って奴だ。お前の魔力量ならいずれは使えるかもな』
表情はよく分からないが、微妙に得意げに聞こえる化け物の声は若干ウザい。
ウザいだなんて思えるくらい。恐怖心はとっくにどこかに消えて無くなっていた。
不思議な、ある種幻想的とも言える光景の中、気付けば化け物の足元には3人が並べられている。
ロニー、サン、ユタ……全員が五体満足で、安らかな表情だ。息は、してる。死んでない。いや、死んでいたのを治したが正しいのか。
『お前が害為すようなもんじゃねえって事は分かった。だからいくつか教えてやる。
まずお前は、阿野優人としての記憶を徐々に失う。正しく言うと、上書きされていく。
忘れたくない記憶があるなら書き記しとくんだな。
次にお前が転生した理由だが、これは俺にも分からん。お前を選んだ奴の気まぐれかもしれねえし、何らかの理由あっての事かもしれねえ。
最後にもう1つ。お前の魔力量はマジケル全体を見ても異常だ。生き延びたけりゃ隠し通すか、或いは最強になるんだな。
ま、どっちにしろ制限しねえと早死にすんぞ?過ぎたる魔力、及ばざる身を滅ぼす。なんてな。
さて……俺もあんまり時間がねえからな。お前らのところの雑兵も来てるみたいだし、帰るわ』
『待っ――』
俺の言葉など聞こえないかのように、瞬き1つの時間で化け物が消えた。
まるで最初から居なかったように、ただ幻を見ていただけかのように。
だが、現実だ。辺りには臓腑が撒き散らされているし、私の家族は3人共が眠っている。
ここに居るのはロニー、サン、ユタ、そして私だけだ。
後方からは人の気配が続々と押し寄せる。避難した奴の話を兵士が聞いて集まってきているのかもしれない。
ああ、なんだか、とても疲れた。