二十九話 限界
血の味がする。
切ったわけでも、吐いたわけでもない。
動きすぎた。ヘモグロビンの匂いだ。
だが不快ではない。たまには運動も良いものだし、降りかかる火の粉を払っただけの事。
正当防衛にしちゃやりすぎ、過剰防衛か?まぁ良い、――
◆◇◆◇◆◇◆
――せ!おい、アン!?」
カクの声で我に返った。
あれ、今何してたっけ。なんでカクに掴みかかってるの?
……あぁそっか。模倣人形との戦闘で魔力を使いすぎて、それで気絶したんだった。ん、でもなんか夢見てたような。思い出せないなぁ。
「おーい、いい加減離してくれよ」
「あ、うん。ごめん」
多分、寝ぼけてたのかな?どんな夢見てたんだっけ。なんでこんなに……臭いんだ。血の臭いだ。
とりあえず現状を理解するところから始めよう。まずはここがどこかというところから。
辺りに木は生えていないし、どうやら洞窟の中のよう。
普通、これだけならダンジョンの中と判断するんだけど……それにしては蟻が居ないし、そもそも他の生物の気配を感じない。ついで魔力視も使える、と。
魔力視が使えるという時点でダンジョンや大森林ではなさそうだ。てことはよっぽど長時間意識を失ってた?模倣人形の部屋さえ突破しちゃえばダンジョンは抜けたも同然だけど、とはいえ意識を失った人間1人抱えて大森林を抜けられるもんだろうか。
……うーむ。どこだここ。
「えっと……ここは?」
「あー……話すよりも実際に見たほうが早い。その通路から外が見れるんだが」
話すより見たほうが早いって頭悪い奴の常套句じゃん。まいっか、と言われた通りに外を見るため立ち上がる。
どうやら体に不調は無いらしい。とはいえ右腕は思っていた通り魔力がほとんど通らずめちゃくちゃ重く感じる。そういや日常生活でも多少は魔力を使ってるとも聞いたし、魔力って実は筋力みたいなものなのかもね。
通路まではそう遠くないし、通路自体も短いものだった。ただ通路の外が……異様だった。
普通は地面は浮かないじゃん。だって自分の家の地面が勝手に浮いてったら困るじゃん。外行くのにいちいちパラシュートとか超面倒っしょ。
会社や学校がある日突然浮いたら困るっしょ。降りるのは簡単でも登るのってめっちゃ大変なんだぜ?だから地面は浮かない話の分かるヤツだ。話の分かるヤツだと思ってた。
つまり、浮いてるらしい。実は地面が凄まじい速度で落ちていってるのかもしれないし、この洞窟が吹き飛んでいる最中なのかもしれないが……とにかく通路は途中で途切れており、そこからの眺めは絶景。ただし地面は遥か遠く。
いや、ねぇ……?転生した時も衝撃受けたけど一体これはどういうことなんだぜ?実際見たけどさっぱり分からん。……とりあえず、戻って話聞くか。
「見てもさっぱり分からなかったんだけど」
「そういうことだ……」
「いや、そういうことだ……じゃなくって」
詳しく話を聞いてみたところ、模倣人形との戦闘で意識を失った私を抱え、すぐにダンジョンを出ようと出口に急いだらしい。
来た道を逆に走り、外の明かりを確認した辺りでレニーが異変に気付き停止。まぁそうよね。だって大森林が明るいはずはないんだし、ってわけで外を覗いてみればどうやら外は大森林ではなく空中。道を間違えたかともう一度戻ってみたところこの部屋だったんだとか。
なるほど分からん。つまり……どういうことだってばよ?
「俺にも分かんねぇ。あの部屋に転移罠が仕掛けられてたか、後は転換期にぶち当たったってくらいしか思い付かねえよ」
「転換期ってのは?」
「ダンジョンってのはたまに、内部構造が大きく変わるんだ。若いダンジョンなら数日に1回程度、老いたダンジョンなら数十年に1回程度だったりするんだが……
大蟻のダンジョンは古すぎて、最後に転換期が来たのは100年以上前だって聞くし、運悪くそれとコンニチハしたかもしれねえってこった。こんなん予測出来るかよ」
ダンジョンは魔法生物と言われることもあるし脱皮みたいなもんなのかね。にしても……話を聞く限り、もし転換期に当たっちゃったパターンなら非常にアンラッキーだってことだ。
じゃあ転移罠なら?こっちもやっぱりアンラッキー。どこに飛ばされたのかが分からないし、ケシスのように変な呪いが掛けられてる場合もある。まぁ今のところは転移しただけっぽいけど、後から発動するような奴なら……つーかそもそも戻れるかも分からない。
そうだ、どうやって戻るんだこれ。飛び降りて魔術で勢いを消す?……無いかな。右腕が死んでる上にどの程度魔力を消費するかも分からない。そもそも飛び降りた先が魔人大陸である保証はない。一応、下は地面ではあるようだけど……下策かなぁ。
ん、あれ?これってつまり詰んでる?ゲームオーバー?人生だしライフオーバーかな?残念!私の二度目の人生はここで終わってしまった!残念無念また来週!いやまた来世!……なんてな。さすがにそれは無いだろうし、何とかして考えなければならない。
◆◇◆◇◆◇◆
ぐぅ。
誰かの腹が鳴った。魔人はあんまり食べないとか、逆に呪人はよく食べるとかは言われてるけども、さすがに食べなければ腹は減る。
閉じ込められて3日目。カクの持ってきていた食料が底をついて2日目。そもそもダンジョンに潜る直前に火蛇や土蟲の肉は捨ててしまったし、同様に採集した果物も捨ててしまった。幸いにも部屋の角に湧き水があったので乾きは癒せているんだけども……まぁこの水も泥っぽくて体には良いと思えないんだけどね。
紫陽花の疲労は限界……とまでは来ていないが、正直かなり厳しいと思う。
人骨が見当たらないのは実は死なないからじゃね!と言ってみたが粘性生物と呼ばれるぐちょぐちょした魔物が掃除しているからだと言われてしまった。
些細なことからレニーとカクが口論、その末レニーが部屋から出ていってしまった。
月のものも来てしまった。
水魔術を何度か使ってみたものの、どうやらここらの壁は脆くなったりしないらしく、魔力を無駄に消費する結果になった。
手で掘ってみようにも壁が岩で出来ているせいで全くの無力。土魔術やナイフで攻撃してみたがこちらも無駄だった。
そろそろ、本当に飛び降りてみるべきなんだろうか。生理中は魔力が扱いにくくなるのだが、だからと言って終わるのを待っていては更に衰弱してしまいそうだ。少しでも可能性を上げるならば、早めのほうが良いんだろう。
良いんだろうけど……やっぱり、少し怖い。私の魔術で4人全員を助ける事が出来るのか。いや、そもそも私1人ですら助からないのではないだろうか。仮に助かったとして、降りた先が未開の地であれば?魔物の闊歩する危険な地であれば?
魔力を消費しきってしまえば、魔術師である私はこのパーティには何の利益も齎さない。はっきり言ってしまえば、お荷物で、重しだ。私ならそんな人間、切り捨てる。
そうしたらどうだろう。きっと魔力を使い切って、身体的にも強くない私は1人魔物に喰われて死亡ってところか。いや、これはまだマシな展開。山賊にでも捕まって性奴隷にされてしまうかもしれない。死んだことはあるけど奴隷になったことはない分そっちの方が怖い。
前世なら周りに合わせて薄い本展開hshs!とか騒いでいたかもしれないがそれが現実に、自分自身に降りかかるとなれば笑ってはいられない。
では4人で飛び降り1人だけ、私だけ助かった場合は?魔力もある程度……3割程度残っていたとしよう。
まず私は彼ら3人の死を悼むだろう。多少は他の人間よりも強いつもりだが、それでも見殺しにしたという責め苦にも苛まれるはず。
同時、落ちていく最中に見つける街の方向を特定する。街が見当たらなかった場合は川沿いに下る。文明は水から生まれるはずだしね。川沿いといってもあんまり川に近いと悪天候に対応できない場合もあるし……うーん、大体50mも離れておけばいいだろうか?
もしそれで人に会えればいい。ボディランゲージに自信はないし、どちらかといえば人見知りな方だと思う。それでも友好的な人種であればなんとかなるだろう。
もし敵対的な人種であれば?きっと1人なら逃げ切れるはず。腐っても6級、一般人が努力だけで昇れる上限階級だ。ま、別に腐ってないんだけどね。腐女子とかそういう意味でもない。
また新たに言葉を覚え直すハメになるかもしれないが……まぁ命あってこそだ。そのくらいは我慢しよう。
……理想は紫陽花が4人揃って助かる事なんだろうけどね。三人寄れば文殊の知恵というし、4人も寄ればきっと何とかなるはずだ。
彼らは私を助けてくれるだろうか?お互いにある程度の信頼関係は築けているつもりだけど。
活動報告に書きましたとおり、暫く更新停止です。




