幕間 ジオルネンジ3
ダンジョン運営は順調だ。最初こそ入り込む魔物が少なく苦労はしていたものの、ある日を堺に大量の魔物が訪れるようになった。
冒険者と呼ばれる、人間種の開拓者。彼らを殺しきれずに逃してからというもの暫く後、魔人という人間種が訪れるようになったのだ。
彼らを殺し、時には命を助け、それの繰り返しで俺のダンジョンは栄えていった。今や7階層まであるし、ボス部屋にはリライフデミゴットまでも配置している。リライフデミゴッドは不死種の中でも最上位に位置し、時に俺よりも頭が回る面白い奴だ。
しかし、心に穴が空いている。きっと最初に呼び出した魔物、ルーメイが失われてしまったせいだろう。
あれはダンジョンがまだ3階層しか無かった時の事だ。当時のボス部屋にはホロレイスという使い慣れていない魔物を配置していた。少し油断していたのもあるだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
ある日、6人組の冒険者が現れた。最初こそ気にも掛けていなかったのだが彼らは破竹の勢いで俺のダンジョンを攻略していった。
第1階層のリライフドラゴンは空を蹴る魔戦士に翻弄され、巨大な斧を振るう大柄の戦士に砕かれてしまった。
第2階層のフレアワイトは善戦した方だ。大盾を構えた大男によって上手くダメージを与えられず、その与えたダメージも治療魔法により回復、結果としては魔法使いの魔力を削るだけに留まった。
そして第3階層、ホロレイスは弓術士に魔石を射抜かれ即死。不死だと言うのに笑える最期だ。
俺は焦った。全ての部屋を突破し、ボスを撃破し、マスタールームにまで近付く彼らに初めて恐怖した。
マスタールームに彼らが足を踏み入れた瞬間、俺は死を覚悟した。この使命から解放され、本当の死を手に入れられる。少しだけ安堵していたのかもしれない。
だが現実は少し違った。ルーメイは俺を庇うように冒険者に立ちふさがり……そして、壊された。あっけない最期だ。34年にもなる長い時を共に過ごした最初の相棒は、大斧によって砕かれてしまった。
そして冒険者のうちの1人、魔戦士が声を掛けてきた。
「大丈夫?怪我はない?」
……呆気にとられた。彼は俺がダンジョンマスターだと気付いていなかった。ダンジョンの奥深くに居る俺を、ただスケルトンに襲われているだけの人間だと勘違いしていた。
「あ、あぁ……」
「そうかい?それは良かった。……そんな軽装でよくここまで来れたね。僕らだって結構大変だったのに、まさか先客が居るとはね」
どう答えるか。それによって未来が決まる。
「戦闘はできるだけ回避してきたからな。……これは俺のものだ」
「あぁ?てめぇ死にてぇのか?さっさとそこを退いて――」
「止めろシナトン。先客には譲るのが開拓者のマナーだろ?魔石は稼げたんだ、帰ろう」
寒気がした。シナトンと呼ばれた大斧を扱う戦士の言葉は、確かな殺意が込められていた。だがこの魔戦士はそれを止めた。開拓者。ダンジョン攻略を主とする冒険者の総称なのは知っているが、細かいルールなどは知識に無い。
「お邪魔したね。僕らは先に帰るけど……どうだい?僕らと一緒に脱出する気は無いかい?」
「おい、ロニリウス。そりゃどういう――」
「もちろん、お金は貰うけどね。或いはダンジョンコアの欠片でも良い。僕らの目的はコアとお金だから」
「……断る。戦闘回避には自信があるからな」
「そうかい。じゃあ交渉決裂だね。さ、帰るぞみんな!」
「チッ……こんな深いんだ、こいつ殺して奪ったって良いだろうが」
「おいおいシナトン。それじゃ他の魔物と一緒じゃないか?リーダーがこう言ってんだ、帰ろうぜ」
「ユリスエの言う通りだ。帰ろう」
「あーはいはいわーったわーった分かりましたよ。ったくなんで俺の意見はこうも通らねぇんだ?」
「それはシナトンの意見が悪者すぎるからでしょ?あんまひどいと回復しないぞー?」
「ちょっそれだけは勘弁してくれ!さすがの俺でも死ぬ!」
ルーメイは話せなかった。ルーメイは弱かった。だがルーメイは俺の最初の相棒だった。
それを壊し、笑いながら帰っていく彼らの背がただ憎かった。だが俺には、その時の俺には楽しげに話す彼らの背を、ただ黙って見つめる事しか出来なかった。
ルーメイを失って数日、ふと考えついたことがある。
6人組の冒険者は俺を人間だと思い、そしてダンジョンマスターであるとは気付かなかった。
それはつまり、俺は人の街に行けるかもしれないと言うことだ。ダンジョンマスターがダンジョンから離れても大きな問題はない。せいぜい先日のような事があった際に、コアを守る最終戦力として動けないだけだ。
ダンジョンマスターとは本来、非戦闘員である。だが今まで召喚した全ての魔物の戦闘能力に依存し、際限なく強くなり続ける。それに気付いたのは数ヶ月前、ダンジョンの外に行ってみたいと考え、自分自身を鍛え始めた時だ。
生まれてすぐの時には使えなかった魔術が、少し勉強するだけで使えるようになった。貧弱だった腕が、少し鍛えるだけで岩をも握りつぶせるようになっていた。ただの生身の体が、闘気を纏えるようになっていた。
回復魔法は使えなかった。だが試しに魔人からヒーラーを選択、召喚後に練習してみればすぐに使えるようになった。
今までは人間種を召喚してこなかった。それは消費魔素に対して性能が低く、他の魔物を呼んだほうが良いからだ。
だが違った。人間種は戦闘のために呼び出すのではなく、自身の素質向上のために呼び出すのだと、やっと気付いた。
そうして自分自身の戦闘力を高め、下手な魔物に襲われても大丈夫だろうというラインまで鍛え上げた。今ならあの6人組ですら殺せるはずだ。
だから俺は、外の世界へ足を踏み出した。
◇◆◇◆◇◆◇
外の世界の知識はあった。だが実際に訪れ、目にした世界は――広かった。ただひたすらに白く、冷たく、どこまでも続いていく大地に吸い込まれそうになった。
この白く冷たいものが雪というのだとは知っていた。だが実際に触った感触、溶けていく最中の水滴、奪われる体温、そのどれもが新鮮だった。
いつまでも引きこもりのダンジョンマスターでは成長出来ない。いつまでもダンジョンマスターでは居たくない。どちらが本当の自分か、そんな事は自分だけが知っている。自分を騙す事を忘れ、ただひたすらに雪を潰し、その音を楽しみながら走り回った。
ダンジョンマスターとは本来、非戦闘員である。だが俺は少し違う。自分の戦闘力が召喚した全ての魔物によって上昇することに気付き、様々な武術、魔術、魔法を体得している。
予想通り、俺は強かった。道行く最中に出会う魔物は全て殺し、休憩もせずにふらふらと世界を見て回った。数日後、魔物の街ケストに辿り着いた。
知識の上でケストという街は知っていた。小さな街であり、この街1つで国と扱われている、魔人大陸東部に複数存在している都市国家群のうちの1つだ。
何の意味があるのか分からない低い壁があり、門の前にはスケルトン・ウォリア程度の強さに見える兵士が居た。街に入るには彼らの許可が必要だ。面倒だった俺は彼らを殺した。
街に入ると騒ぎになっていた。詳しく聞いてみれば門兵が殺されたと喚いている。なるほど俺の事だ。だがそんな事に興味はない。今はただ、この街を楽しみたい。
ふと、匂いがした。嗅いだことのない温かい匂いだ。元来ダンジョンの生物は粘性生物を除き食事を必要としない。食事とは魔石を食べることであり、自身の強化に繋がらない食事は食事ではない。それはただの趣味、嗜好品だ。これはその匂いだと俺の胃袋が告げていた。
中は外と違い、雪が降っているのを忘れてしまうような暖かさだった。食事マナーは一通り知識として蓄えている。店員におすすめの料理を頼み、食した。ダンジョンで食べる生の肉や焼いただけの肉と違い、細やかな味付けや調理の工夫が見られる、いい店だった。
食べ終わり、席を立ち、店外へと足を運んだ。声を掛けてきた店員はうるさかったので殺した。
恐らくそれがまずかったのだろう。たまたま通行人に目撃されていたらしく、兵士の集団が俺に近づき、こう言った。「お前を拘束する」と。それは嫌だ、まだこの街を楽しみたいと伝えれば、急に襲いかかってきた。だから殺した。正当防衛だ。
同じことを繰り返しつつ、ぶらぶらと街を観光した。石造りが美しい街だ。人間種という貧弱な魔物だからこそ作り上げられる美しさがそこにはあった。
観光も終盤に差し掛かり、街の中心にある一際高い建物へと向かった。街を見かけたときから、最後に行くのはあそこにしようと決めていたのだ。
だが建物の警備は厳重だった。外の兵士よりも強く、攻撃を避ける者がある程度居た。あの6人ほどではないが、人間種とはここまで強くなるのかと驚愕したものだ。だが所詮は人間種。襲いかかってくる全てを撃退しつつ、王城を見て回った。
王城には3種類の人間が居た。自分から襲いかかってくる鎧を来た人間種、兵士だ。それから逃げ出す人間種、その他だ。そして最後の1種類は、たった1人しか居ない不思議な種類の魔物だった。
「凄い建物だ。よくこんなものを作った」
「うむ、先祖代々受け継がれているものでな」
「欲しくなった。俺がもらってもいいか?」
「ふむ。ちと難しい相談だの」
「殺して奪い取るってのはどうだ?」
「構わんが……何故最初からそうしない?」
その人間は不思議だった。俺を見ても逃げ出さない、しかし襲いかかっても来ない。声を掛ければ会話も出来るくせ、戦闘力は非常に低い。
面白くなって、沢山話してしまった。ルーメイの事、6人組の事、ダンジョンの事、俺の事。
彼も沢山話してくれた。街の事、世界の事、王の事、彼の事。
「ではお主が次代の王となるが良い。私は少し疲れたのだ」
「王ってのは面倒なんだろう?お前がやれ」
「それでは王城は私のものになってしまうだろう?」
「ううむ」
今考えれば頭の悪い会話だ。だが当時はこれで精一杯だった。人間種の知識は曖昧で、細かく知っている事もあれば全く知らない事もあった。彼は俺に知識を授けてくれる貴重な魔物だ、だから殺したくはなかった。
「ならば俺が王だ。お前は補佐しろ」
「ちと面倒だの……」
「拒否権はないぞ?お前を操ることも出来る」
「何故最初からそうしないんじゃ」
「お前が気に入ったからだ」
「おお、私にそんな事を言う人間が居るとはの……いや、ダンジョンマスター、か。良いだろう。補佐してやるから王になれ。次代の王、お主の名前はなんと言う」
名前。与えることはあっても、与えられる事は無かった。ダンジョンでの呼称はマスターだったが、きっとそれは名前じゃない。
俺には名前がない。すっかり忘れていた、俺の名前、俺の名前、俺の名前……?
いや、俺には名前があった。今は忘れてしまった、俺の名前があった。俺の名前はなんだ、俺の名前はなんだったんだ!?
「……思い出せん。だが確かにあった」
「ふむ……ではジオルネンジでどうかの」
「ジオルネンジ?変な名前だな、聞いたことがない」
「名前とはちと違う、名も無き王と言う意味じゃ。いつか思い出すまではこの名で過ごすと良いだろうよ。次代の王、ジオルネンジ」
ジオルネンジ、それが俺の名前になった。ジオカンディンと言う先代の王、俺と会話した人間種から与えられた名だ。
次話より本章1後編です。




