幕間 ジオルネンジ1
ちょっと短めっす。
「よぉ、お疲れさん。交代の時間だ」
「あっお疲れ様です!……あの、エレクさん、起きないと不味いですよ」
「こいつぁまた寝てんのか……エレク!おいエレク!」
大男がエレクと呼ばれる小男を怒鳴り揺さぶり起こしにかかる。エレクと呼ばれた男は少しして目が覚めたようだ。
「……ぁ?どうした……あれ?レナ?」
「お前また寝てやがったな。しかも今回はユニに見張りまでさせて」
「……!おいユニ!なんで言わな……あー待て。拳を降り下ろせ」
「だめだ」
風が少し肌寒い季節。夜に大きな音が響く。
「いてえ……いてえよ暴力漢!」
「お前が寝てるのが悪いんだろうが」
「クソッ。だがこうも退屈だとな、寝る以外にすることねーだろ」
「見張りと言う大事な仕事があるだろうが。あんまりひどいようだと上に言いつけるぞ?」
「おーおー良いのか?レナが練魔場の樽の中に隠してる酒のこと……」
「あー!あー!それだけは!! ユニ!今のは聞かなかったことにしてさっさと寝ろ!!」
「は……はい!」
城壁から眺める地平は平和だ。だが城壁は今日も、少しだけ騒がしい。
「しかしよー。膠着状態になって半年経つんだぜ?いい加減、警戒度を落として欲しいもんだぜ」
「そうはいかんだろ。ここが油断するとすぐ攻めこめちまう。おまけにこっちからは手を出しにくいときてるしな」
「面倒だよなー。永世専守だったか?なんであんなもんが……」
「過去の王を侮辱するな。それに、今までは全ての国が守ってて、だからこそ平和だったんだ」
「まぁな。で、反乱を起こされて国がひっくり返ったと。日頃訓練してねーのが悪いだろ」
「俺らが言えた口じゃないがな。まぁ相手さんがごたついてる間に、兵の練度はあげられたが……」
「相手は獣人を招き入れ、武力じゃむしろ負けました、か?だせーよ」
「仕方ないだろう。まさか国がここまで変わるとは考えられなかったんだし」
「ま、それがこの国の限界ってとこだよなー」
ふと、ユニの向かった兵舎が騒がしくなるのが聞こえた。
「レナ。ありゃお前の酒、飲まれてんな」
「くそっ……まぁ仕方ない。聞かれてしまったんだからな」
「聞かれた?聞かせたの間違いだろうが」
今日は月が1つ、その月相は満月。
「まぁ月が仰ってるんだ。気にすんな」
「……ふん、お前のそういうところが好かん」
「別に好かれたいなんざ思ってねーよ。お前もだろ」
そんな会話も束の間。辺りは静寂に包み込まれていった。
「宿舎も静かになったな……よし、始めますか」
「敵、か。そんなもん、いくら外を探しても見当たるわけがない。それはもう中に居るんだからな」
「んじゃま掛けるぜ?フィール!ジトウィーニ・ニズドイ・フィール・レズド・キュビオ」
小さな魔法陣がエレクの右掌に浮かびあがる。魔法陣の光を閉じ込めるように、レナが掌を重ねる。
少しして、周囲一帯は完全なる無音へと包まれた。
だが彼らだけが全ての音を聞き取れる。互いに魔術の効果を確認後、彼らは鎧の重量を感じていないが如き動きで城壁から飛び降り――蹂躙を開始した。
それは鮮やかなほどに見事だった。見る者が見れば銀の弾丸にも例えられただろう。プレートメイルを着込んでいるとは思えない程の速さで兵舎を駆け回り、見つけた者を一人残らず殺害していく。
起きている者も多少は居たが、血に塗れた鎧を見て驚愕、絶叫、絶命。全ての音は、しかし彼らにしか伝わらない。
時間にして10分程度の短時間の間に起こった出来事。
彼岸花が咲き乱れた。
◆◇◆◇◆◇◆
彼らは――国の者だった。戦場から撤退、魔術の有効範囲外に出た2人がどちらからともなく笑い合う。
「ちょろかったな」
「しかしあの程度の兵士、どれだけ殺しても意味があるものか」
「まー威圧力とか色々あるし、少ないし越したことはないだろ」
「だな」
エレクと呼ばれた小男。彼は素早い身のこなしと様々な魔術、武器を扱える器用な男である。
一方レナと呼ばれた大男。見た目に違わず大剣を振り回し、鎧毎敵を叩き潰すような男だ。
「しかしチョロくねえか?たった2年で上兵長だってよ」
「所詮は平和ボケした連中だって事だろう。そこらの冒険者以下じゃないか?」
「っと、ここらで使うか。周囲警戒頼むぜ」
今は失われたとされる空間転移術。だが彼らの国はこの術の再現に成功していた。失われた魔言により構成される術式は非常に多量の魔力を消費し、それでいて繊細な魔力操作が要求される難しいものだ。
だがエレクと呼ばれた男にはそれが出来る。出来るからこそここに居る。エレクの魔力が拡大していき、辺り一帯を包み込む。
「準備は良いか?」
「いつでもいいぞ」
「リニズ!レンズ!セベルデルア・ゼロ・リュリニズ・レンズ!」
エレクの左右の掌に魔法陣が浮かび上がる。片方は赤、片方は黄の光を強く吐き出している。
詠唱と同時、両掌を重ね合わせる。魔力の濁流を魔力の濁流で抑え、凄まじい轟音が奔流となって鳴り響く。
エレクの表情が次第に曇っていく。だが彼にはレナが居る。エレクの両手を包み込むレナ。大切な人を守るため、もしかするとそんな慈愛に満ちた表情に見えたかもしれない。
少しして、轟音が止まった。いや、光となった。2人の両手から白い光が溢れ出す。
術が完成した。
「帰ろうぜ」
「ああ」
エレクが両手を解放する。その掌にはここではない――別の世界が広がっていた。彼らは国へ、王の元へと帰るのだ。
帝王ジオルネンジ。ケストと呼ばれる魔人大陸東部を収める国の王、またの名を覇王ゲルナンド。武闘派と思われがちな彼は、しかし力だけで登ったわけではない。
絶対的な知恵、知識、力。それら全てを兼ね備え、そして普通の人間では持ちえない力を持っていた。
――彼はダンジョンの主、ダンジョンマスターとして生を受けていた。




