二十二話 テルーの理論
朝の鐘が鳴ると町は目覚める。通常の労働者であれば朝の鐘を合図に起床するが、冒険者はそれより少しだけ早い。鐘の音と同時にクエストが更新されるからだ。という事は職員はもっと早いんだろうか?可哀想に。
一方、テルーの目覚めは遅い。大体昼の鐘の鳴る頃だとはケシスの言だ。代わり、夜は遅くまで起きているらしい。
現在、私はテルーの研究所兼自宅の前に居る。昔来た時はめっちゃ汚かったんだよね、サンと一緒に掃除しに来た事が何度かある。あれはひどかった、汚かった、臭かった。据えた臭い、埃の臭い……うん、思い出すだけで気分悪くなる。忘れよう。
幸いにも今はケシスがきっちり掃除してるからね。ふろーらるはーぶのかほり……は大げさとしても、普通の家にはなっている。
ノッカーを叩く。カンカンカン。
……うん、出てくる気配がない。知ってた、知ってたさ。ケシスが居ない時に来るといつもこれなんだ。あの人、熱中すると止まらない人なんだ。いくら呼んでも出ては来ないんだ。もうノッカーを叩くことは諦めて、私も強行突入する時なんだ。
「テルーさーん。入りますよー?」
一応、声だけは掛けておこう。どうせ聞こえてないと思うけど、一応ね。
扉を開け、一声。効果音を付けるなら"シーン"だな。それか"……"かな。返事がない。うん、声は掛けた。入ってしまおう。
昔入った時とは違い、家の中はこざっぱりとしている。ケシスよ、苦労しているんだな。おじちゃん尊敬しちゃう。お姉ちゃんって言うべき?どーでもいっか。
テルーは大抵1番奥の、トイレに近い部屋に居る。つまり、ボトラーじゃないってことだ。……女でも出来るのかな、出来るか。穴さえ合わせりゃいいわけだし。……いや、やらないよ?そもそもペットボトル無いし。
1番奥の右手側の部屋。扉は閉まっておらず、中ではテルーが凄まじい猫背で机に向かっていた。何か覗き込んでるのかな?
「わっ!」
「ぅひゃぁっ!?」
びくっと背筋を伸ばし、こちらを振り返るテルー。ドッキリ大成功の看板が欲しい。
「なんだ、アンちゃんですか。あんまり驚かせないでくださいな、危うく割れるところでしたよ……」
「ん、モノクル?」
「おお、知っているのですか!アンちゃんも本で?」
「んーまぁ、そんなとこ」
モノクルなんて付けてる人初めて見た。うーん、どうせなら白衣でも来てればばっちり研究者って感じなんだけども。いや、どっちかって言うとシルクハットや手袋の方がモノクルのイメージにぴったしだけど、テルーには似合わないししゃーない。
「して、本日はどの用で?」
「ちょっと質問というか、相談というか?」
「ふむ、ちょっと行き詰まっていたところです。女子会と洒落込みますか!」
「会って……2人しか居ないじゃん」
「こういうのは雰囲気からですよ!ささ、リビングへ!」
言われるがまま、リビングと呼んだ部屋へ。日の光が差し込み、少なくともテルーの部屋よりかは健康的だ。でもまだちょっと寒い。軽食を用意している間に暖炉に火を点けとこうかな。一応、聞いておこうかな?
「テルーさーん!暖炉点けていいー?」
「良いですよー!発火石はいつものとこにー!」
よっしゃ。氷の魔女様はその実結構寒がりなのだ。
テルーの家の暖炉はうちのと違って薪が要らない凄いやつ。見た目こそ燃えてるように見えるが、魔力の火だから燃料は要らない。電池代わりの発火石は使うけどね。うちのは薪も発火石も使う。
暖炉の上に置いてある籠から発火石を1つ、暖炉内の魔法陣に投げ込む。後は魔法陣にちょっとだけ魔力を送ってっと。魔法陣が赤く光り、燃えだした。うん、これでよし。あったかい。
◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ。なるほど。魔力とは何か、ですか」
「はい。ちょっと気になったので」
「どこから話したものでしょうか……」
顎に手を当て視線を落とすテルー。おお、なんか大人の色気あるぞ!
「では基本から話しますかな。この世界の全ては極々小さな物から成り立っているのです。それこそ目に見えないような小さな物からです。空気も物なのですよ?」
「ええ、何かで見かけました。その小さな物同士がくっついて小さなグループを作る。そのグループの集合体が物なんですよね」
「おお、勉強家ですな!あんまり一般的ではありませんが、私達はその最も小さい物質を元素と呼んでいるのです!」
元素だな、絶対元素だ。元素って事にしとこう。実は元素ももっと小さく分割出来たりするんだけど、まぁそれはオーバーテクノロジーだろう。
「魔力とはそれら元素に非常に近しい物質の1つなのですよ。中には見える方もいらっしゃいますし!アンちゃんやサニちゃんも見えるんですよね?」
「こう、目に魔力を集中させると見えるっていうか……うーん、説明難しい」
「感覚を説明するのは難しいですから仕方ないですな。話を戻すが、魔力――これを魔素と呼んでいるのですが、魔素には他の元素と大きく違う特徴があるのです」
「特徴?」
「ええ。普通、小さなグループはそれら単体で安定しているので他の物とくっつきにくい。例えば空気中には主に3種類の元素のグループがあるのですが、それらは基本的には他のものと勝手にくっつきません。
それは既にグループとして存在しているからです。ですが魔素はそのグループに取り付くのです。また、あたかも他の元素のような振る舞いをして挿げ替わることもあるのです」
O2だったのが魔素2みたいになるってこと?そんなので呼吸出来るんだろうか?
「我々の体にある魔力というのは、ほとんど全てが食事や呼吸から取り入れたものなのです。だから、あんまり魔力を使いすぎると痩せちゃうんですよ?」
「へー」
「魔術師にはあまり肉付きの良い方は居ないでしょう?同様に、魔人全般が人種の中では小さな部類になるのはこのせいでもありますな」
「テルーさんは呪人だったよね」
「ですな」
出されたプルムジュースを一口。うん、美味なり。そいやプルムが生ってるのみたことないけど、どこで採れるんだろ。
「私達の体内にある魔素は、ある程度は私達自身の意思で操ることが出来ます。いわゆる魔術ですな」
「ほうほう」
「ただ、これは魔言と呼ばれる古語を組み合わせた詠唱を行なわないと通常発動できません」
「ですね」
「無詠唱と呼ばれる技術は、本来口に出すべきである詠唱を口に出さずに行なってるだけなので、原理的には同じです。むしろ短縮詠唱と呼ばれる物のほうが不思議ですな!魔導ギルドで!今1番熱い分野ですよ!」
通常詠唱、短縮詠唱、無詠唱と続くものかと思ったらそうでもないらしい。別の技術なのか、へえ。
「では何故魔術は魔力の供給を絶つと消えてしまう?」
「魔素は本来不可視の物質であり、元に戻ろうとする性質があるのですよ。
例えばこのコップを魔術で作ったとしましょう。すると次第に不可視化していってしまい、これを蒸発と呼びます。
蒸発という現象は外側から発生しやすい事が確認されています。魔術というのは、蒸発していく魔力に絶え間なく魔素を注ぎ込む事によって完成されるのですな。
魔力の供給を絶つと、途端に消えてしまうのはそのためです。完全に蒸発してしまうのです。
自然界の魔素や魔法により変化させられた魔素はこの限りではありませんので、水は水、石は石のままなのですがね。これも不思議です」
「そもそも魔術と魔法って何が違うんですか?」
「あまり専門分野ではないのですが……大本の違いから言うなら魔術は自身の魔素を、魔法は世界の魔素を扱います。お互いに一部例外はあるのですが、ほとんどはこの限りですね。そして1番の違いは――」
◆◇◆◇◆◇◆
夕暮れ時、たっぷりと講義を聞いた私は頭をフラフラさせつつテルーに別れを告げる。
良いお勉強になったと思う。魔術と魔法が実は親戚みたいなものだったとは。あの話ならゾエロは魔法に近いかもしんない。
魔導ギルドかぁ……興味はある、あるけど冒険者の方が楽しそうだ。それに今はダニヴェスでは活動できてないみたいだし。




