閑話 レニィン・クワルドルワvs.アンジェリア・レーシア
少し薄くなった草原で、何もないのに突風が俺を襲う。
突風に煽られ、盾が浮かんだその瞬間、水や氷までが飛んでくる。
なんとか受け流し、近づくも軽い足取りで逃げられる。
術者はアン、俺のパーティメンバーだ。
◆◇◆◇◆◇◆
ある日、クエストを終わらせると声が掛かった。どうやら6級への昇格試験が受けられるらしい。
カクは一瞬悔しそうな顔を浮かべるも、すぐに俺の昇級を喜んでくれた。一方の俺は手放しには喜べなかった。
6級。つまり、亜人種が出てくる階級だ。感情を持ち、言葉を話し、涙も流す。
冒険者に身を落とした時点で覚悟はしていたが、それが目の前にくれば話は変わる。
「少し、考えさせてくれ」
分かっている。カクは1級を目指している。そして、俺もそれに乗った。もし、俺がカクと出会わなければどうなっていただろうか。いや、考えまい。
俺にとって唯一親友と呼べるカク。こいつの夢を叶えさせてやるのも悪くない。
「決めた。受けるぞ。アンと一緒にな」
ただ、ちょっとした意地悪くらいはしてもいいだろう。
◆◇◆◇◆◇◆
試験の内容はアンと対戦しろというものだった。俺の武器はこの大盾だ。こんなものでぶん殴ったら死んでしまう、と抗議してみればその時は止めるという。
やりづらい。年下の女の子と戦うだなんて。……あっちはやる気満々みたいだけどな。俺、もしかして嫌われてるか?
「始め!」
「Vvywy Ztaqmb」
互いの距離を取り、タムリア試験官の掛け声を上げる。
それを皮切りに、アンが詠唱する。俺には全く聞き取れない不思議な言葉だ。
だが何をしてくるかは想像が付く。盾を構えると身を投げ出したくなるような衝撃が走る。風弾だ。
盾術士にとって風弾は面倒だ。他の術と違い目に見えないせいか非常に受け流しづらく、直撃した際の衝撃も大きい。
3度の衝撃に耐えた。アンの詠唱も聞こえない。今がチャンスだろう。
盾を構え、アンに駆け出す。インファイトに持ち込めば勝ちだ。
「Eulez Getnig Uqwyqdot Sedb Quwydot」
アンの手から土が吐き出される。
何のつもりだ。詠唱もやけに長かった。
警戒しつつ、距離を詰める。近づけば俺の勝ちだ。
アンが逃げ出す。纏身も使っているようだが、俺のほうが早い。
「Qgetsh Poutot Eukl!」
後3歩というところまで近づいたところで突然足が縺れる。
なんだ、と足元を見ればさっきの土がドロドロになっている。
だがこの程度で転ぶほど軟じゃな――
突如、その泥が土に戻った。
受け身も取れずに転倒。盾に頭を思い切りぶつけてしまう。
闘気があるとはいえ、激痛が走る。
「レニー、大丈夫?」
お前がやったんだろうが。
足元の土は思った以上に硬く、抜け出せない。なんて硬度の土を出したんだ。これじゃ石だ、岩だ。
「それ結構強めに魔力練ったから、中々壊せないよ。追撃していい?」
「……降参だ。解いてくれ」
「ん」
はは、まさかな。こんな新入りにあっさり負けるとは思わなかった。
魔術師対策か、少し考えなければならないな。
この場合、どうなるんだ。アンだけが6級になるのか?
◆◇◆◇◆◇◆
「では第2試験に移る。始め!」
そうではなく、ルールの変更しての第2試験が始まった。自分の後ろに居るタムリア試験官を守りきれというものだ。
先にアンを倒してしまってもいいらしいが、さっきので懲りた。あいつは思った以上に強い。
幸いにも試験官もただ突っ立っているだけではなく、8級程度、つまり一般人程度に避けたり防いだりはするらしい。
一般人にアンの攻撃が捌けるかといえば確実に捌けないと答えるけどな。
「Shuq Nidz Eukl」
アンの詠唱。左手から大量の水が放たれる。
的確に水を受け流すも量が多い。
周囲が水浸しになり、結局俺も試験官も少し濡れた。
まさかこれで守りきれなかったとか言わないよな。というかアンも、そんな勝ち方狙ってないよな……。
「えーっと、これで勝ちになったりは?」
「ならない」
いや、狙っていたらしい。こんなの防ぎきれる訳がないだろう。少し拍子抜けだ。
……待て、この術、知ってるぞ。マズイ!あれは――
「じゃ、仕方ないです。Qgetsh Poutot Vviwyekl Uqwyqdot」
「――纏火!」
試験官を抱え、地面を蹴り飛ばす。それと同時にアンの詠唱が聞こえた。
盾の裏に貼り付けたスクロール、纏火を使用する。
いざという時の切り札の1つだったが、まさか使わされると思わなかった。
アンの術が発動し、体の動きが鈍くなっていくのが分かる。
足も、手も、頭も熱が奪われていく。
間に合わなかったか。そう思った瞬間纏火が発動、徐々に体温が取り戻される。
手足から次第に溶け出し、自由に動けるようになった。
試験官は――無事だ。纏火は2人に発動したらしい。
1ヶ所に留まり守り続けるのは危険か。
「悪い」
距離さえ稼げれば、回避も更に楽になるはずだ。
そう考え、試験官を背負おうと一度降ろしたところで声が掛かった。
「ここまで。レニィンの勝利!」
◆◇◆◇◆◇◆
さっきの戦闘はアンが思った以上の使い手であったらしく、試験官の判断により強制終了した。
俺は咄嗟の纏火の使用、それと抱きかかえつつ逃げたことで勝利扱いとなった。
それと、アンに複合詞の禁止が言い渡された。どうやら6級の魔物では使用する者が居ないらしく、不要と判断されたようだ。
だが取り消すように頼み、結局は使えるようになった。1級を目指すのだ。6級の敵が使わないからといって手加減してもらいたくはない
現在、アンとは俺2人分程度の距離で向き合っている。今度は接近戦らしい。これは負けないと思うがな。
「始め!」
掛け声と同時に駆け出す。アンは無詠唱は出来ない。なら、狙うのは当然――
「Vviwyekl Quw――!?」
「降参しろ。両手を頭に」
首を狙う。簡単だ。さすがにこの距離なら負けはしない。
降参の意を確認し、手を離す。
「ゲホッケホッ……ぅ、首は卑怯だ……痛い」
「すまん、大丈夫か?」
細く、白く、そして柔らかかった。結構な力で掴んでしまったが大丈夫だろうか、痕にならないといいが。
女の子の首を絞めるだなんて、嫌な戦いだ。
だが亜人の子供を殺す事もあるだろう。覚悟は必要だ。
◆◇◆◇◆◇◆
「始め!」
今までと同じように試験官が声を上げる。今度はお互い大きく距離を取ってのスタート。時間以内にアンに触れたら勝ちだ。
最初と似ているが今回はアンは動けない。時間は、少し短い。余裕があるとは言えないだろう。
盾を構えて、突進。愚直とも思われるかもしれないが、とはいえ魔術師に対して効果的であるのは確かだ。
唯一の弱点である足元も闘気によってカバー。
「Vvywy Qqu Ztaqmb!」
詠唱、盾に衝撃が走り、体が浮きそうになる。
1,2,3、一度の詠唱で6発の空弾を作ったらしいが、当たったのは3発だ。
問題ない。盾に走る衝撃を受け流しつつ、前へ進むための力と利用する。
体が浮くというのは、つまりそれだけ前へ体重を掛けられるということだ。
「Vuh Vvywy Juqbiror Qgetsh Nitg……」
詠唱が長い。恐らく強い魔術だ。
足を止め、確認する。両の手の前、その空間が歪む。
大毒亀の時に使ったあの巨大な風弾か!?
あれだとしたら正面から受けきれない。そうじゃないとしても、空間を歪めるほどの魔術だ。
足を止め、確実に弾く。風以外なら避けられそうなら避ける。そうしよう。
「Juqbiror Uqzdot Ztaqmb!!」
アンの髪が揺らめき、後ろに蹌踉ける。透明な球体、風弾だ!
遅れてキィンと高い音が響き渡る。
違う。小さい、大毒亀の足を吹き飛ばした魔術だ。
盾は構えてしまっている。今から回避は間に合わない。
弾けるか?貫通しないか?――考えてもしょうがない。
盾を斜めに構え、後方左上へ弾く構えへ。
盾に強烈な衝撃が走る。足が地面にめり込み、しかしそれでも吹き飛ばされそうだ。
しかし、耐えきった。
だがその刹那、後方で爆音。
体が前へ吹き飛ばされる。
「Shuq Eukl!」
転倒し、身動きが取れない状態にも関わらず水を掛けられた。
アンのことだ、何かしらの魔術に繋げてくるに違いない。
しかし、纏火のスクロールはもう無い。
なら、無視して距離を詰める。
怪我の功名か、吹き飛ばされたおかげで残り距離は1/4程度だ。
「Qgetsh Qdoty Quwydot!」
全身に痛みが走り、筋肉が硬直する。
問題無い。闘気を更に込め、魔術を打ち破る。後10歩。
「Q-q-qgetsh Nitg Poutot Qdoty!!」
意味がないと判断したのか、別の魔術に変わった。途端に体が重くなる。
こんな魔術、聞いたことがない。闘気が無効化されたらしい。
問題無い。後2歩。盾を捨て、突っ込む。
「こ、降参!」
「ッ!」
突然の降参宣言。しかし、闘気を纏っていない体は上手く言うことを聞かない。
結果的にはアンに突っ込み、押し倒す形になってしまった。
「す、すまん。大丈夫か?」
「お、重い、です……」
この体勢はまずい。即座に立ち上がり、アンを抱き起こす。……別に変な意味も気もない。
あれだけ魔力を使ってるんだ、疲労も溜まるだろう。むしろよくここまで付き合ってくれてる。
カクの言う通り、魔力量がかなり多いんだろう。俺には分からない感覚だが、並の魔術師とは大人と子供の差って言ってたしな。
◆◇◆◇◆◇◆
第5試験は最初と同じ条件。つまり、なんでもありだ。今回は勝つ。
注意すべきは闘気を剥がす謎の魔術、それと氷結の魔術だ。前者のトリガーは水、か?だとすれば合わせて水さえ気をつければ良いということだ。
正確に弾くか避けなければならないな。難しそうだが、アンももう大技は撃てないだろう。さっきのでだいぶ消耗したと信じたい。
「第5試験、始め!」
「Vvywy Ztaqmb」
試験官の掛け声を皮切りに3度目の接近、同時にアンの詠唱。ここまでは最初と同じだな。
盾を構え、風弾を弾き、勢いを利用する。
「Vvywy Ztaqmb」
「Vvywy Uqzdot Ztaqmb」
「Vviwyekl Ztaqmb」
「Eukl Ztaqmb」
風弾が繰り返され、弾くのに失敗し盾が浮いた瞬間に水弾や氷弾が飛んでくる。
水弾には特に要注意だ。何をされるか分からない。
たまに混ざっている弾いた後に破裂する風弾も厄介だが、先程のものより威力はない。これも利用して距離を詰める。
「Itgny Jero Jotleror!」
半分まで詰めたところでアンが斜め後方に移動、距離を取り始める。
先程よりも早い。上位の纏身を使ったのだろうが、俺のほうが早い。
風弾を弾き、氷弾を弾き、水弾を時に避けつつ距離を詰める。
今のところ搦手を使うような兆候はない。直に捕まえられるだろう。
「Vviwyekl Uqwyqdot Ahw Quwydot!!」
アンの両手に氷の板が8枚形成される。
一体何のつもりだ。盾のつもりか?そんな小さな盾じゃ意味が――!
足を止める。
くっ何だあの魔術は!目眩ましだと?光系の魔術なんて、おとぎ話の世界だろうが。
やられた、目潰しをされてはカクのように相手を嗅ぎ取れない俺にはどうしようもない。
目が落ち着くまで気配を頼りに盾を向ける。多少の被弾は仕方あるまい。どうしたら勝てる。
「Shuq Nidz Vviwyekl Nizqny Leqzdot」
まだ上位魔術を使うだけの魔力が残ってるのか。
微かに見えてきた視界が告げている、広域の魔術だ。降雪……?これも搦手か?
一応盾で射線を切りつつ、視力の回復に務める。この魔術の使用中は別の魔術は使ってこないらしいが……確実に搦手だな、これは。
時間にして数秒、視力はほとんど回復した、今なら距離を詰めて――
「Qgetsh Gaytge Juqbiror Itgny Uqwyqdot!!Vviwyekl Jotleror」
突如、辺りに舞う雪が高速で俺に向かってくる。
なんだこれは、見たことがない。だが地点指定型なら移動すれば良い。
纏わりつく雪に体温を一気に奪われるが、気にする余裕はない。
闘気を使い切る勢いで無理やり体を動かし、なんとか俺2人分程度移動する。
やっとの思いで振り返れば、そこには氷像が出来ていた。
こんなの食らったら、さすがに死ぬんじゃないか?
「避ける、とか……ハァ……ないわ……」
戯言を聞き流し距離を詰める。纏身は解けているらしく、その場で座り込むアン。息も絶え絶えだ。
あれだけ詠唱をし続けたのだ。恐らく魔力切れだろう。紙一重で俺の勝ち、だな。
「降参、しない、のか?」
「まだ、負けて、ない、よ?」
「そう、か……」
手を伸ばせば届く距離。それでも降参しないと言う。魔力も切れているのに大したもんだ。
セオリー通り首に手を伸ばし――手が滑った。
俺も疲れているんだろうか。
「この距離、なら、外さ、ないよ?降参、しても、いいんだよ?」
「この距離なら、俺のほうが有利だ」
2度、3度と繰り返し全て手が滑る。何か魔術を使ったのか。だが――
「アン、このままだと魔力切れで負けだ。詰みだ」
「……ん、そだね。降参」
一言、それで倒れ込んでしまった。最後までよく戦ったと思うが、これが実戦ならどうだったろうか。
アンはナイフを1本持っている。さっきの状況、俺が手を出せないなら一方的に刺されていたんじゃないか?
……まだまだだな。もっと強くならねば。
「……疲れた。俺も少し休憩だ」
◆◇◆◇◆◇◆
タムリア試験官に揺さぶられ、目を覚ました。1時間程眠っていたらしい。これほど疲れさせられるとは。
当人は横でぼーっとしている。魔力を使い過ぎると強い倦怠感に襲われると聞く。きっと今がそうなんだろう。
「レニィン、4勝1敗だな!ま、アタシから見ても2人共十分な実力がある。4級は堅いだろう!だがまだ荒削りだ。特に最後!戦闘直後にすぐ寝る奴が居るか!」
「すみません」
「それでも盾術士は貴重な存在だ。そしてお前の技術は現状でも5級で戦えるレベルだろう!最後に、こんなババアでも抱えられた時は少しときめいた!だがレディーに対する扱いがなってないな!」
「……すみません」
セクハラは勘弁してほしいもんだ。
「アンジェリア、お前の魔力は底なしか?」
「……え?」
「そうか。さすがに枯れたのか!だが実に見事だった、あそこまで様々な系統を扱う魔術師は珍しいもんだ!無詠唱で魔術を扱えれば勝ってたかもな!」
「……あー、えっと、努力します……?――」
ああ、疲れた。あの言い方なら合格なんだろう。良かった。今日は早めに寝るか。
と考えていると布で包まれた大きな物体が2つ、こちらに向かってきた。まだ試験が続くのか……?
「連れてきました」
「おう、ご苦労クザニャ。さて諸君。残念ながら6級からは戦闘力だけじゃ上がれん。という訳でな」
試験官が布を剥がす。ムッとした臭いが漂い、中が顕になる。――それは、十字架に括り付けられたゴブリンだった。
「こいつらは先日のゴブリン野営地の調査で捕まえてきた子供でな、恐らく兄妹だ。最後の試験だ、殺せ」
「……え?この子達を、ですか?」
「ああ、殺せないならば昇級は無しだ。ダガーを貸してやる」
アンが戸惑うのも無理はない。いや、俺もだ。確かに6級からは亜人討伐も受けられるようになるが……しかし、いきなり子供を殺せと言うのは酷ではないだろうか。
アンと目が合う。どちらが先に"やる"かってことだろう。
おもむろにダガーに手を伸ばす。が、それから先が続かない。
ゴブリンの顔はこの世の終わりのよう。自分の未来が分かっているのだろう、泣くことすらせず、ただ絶望している。
いや、ゴブリンの表情を読む技能なんて持ち合わせていないが……なんとなく、理解してしまう。こいつらだって、人に生まれてればこんな事には――一回り大きなゴブリンが、ナイフで首を刺された。
「レニーも。早くして」
「おう、その意気だ!さっさとしろ!ところでアンジェリア、そのナイフ――」
理解できない。何故そんなにも残酷になれる。何故殺した事を褒め、笑える。
綺麗事だというのは分かっている。俺だって肉を食うし、先日も黒狼を殺したばかりだ。だがそれは、生きるために必要なことだ。肉を食わねば栄養が偏るし、狼を殺さねば襲われる事もある。
だがこいつらはどうだ。現状、何か俺達に迷惑を掛けているわけではない。ゴブリンとは通常、平和的な生物だ。時折現れる魔王と呼ばれる個体さえ現れなければ、ただの静かな平原の住人だ。
殺す必要があるのか?魔王さえ殺してしまえばいいのではないのか?
「どうした、レニィン。昇級、諦めるか?」
物事に意味を求めるのは俺の悪い癖だ。初めて冒険者になった時、角兎を殺すのにも戸惑っていた。だが今はどうだ。気に病むことはあれど、結局は殺しているんじゃないか。
不要でも殺す。これは人の罪だ。俺も人だ。なら――
ダガーをゴブリンの首にあてがう。ごめんなんて言わない。代わり、俺を好きなだけ恨め。次の世では平和に生きられるように、先の分まで恨め。
せめて一思いに。
十字架毎ゴブリンの首を切り取る。
数瞬後、鮮血が舞った。
詠唱を全て…や―にしたら面白くないので表記しましたが、本来レニー君には不明瞭且つ意味不明な音として聞こえています。
どの詠唱がどの魔言か、どんな魔術か分かった人はプロだと思います。私はセミプロです。
こやつ視点は書き辛かったので今後はあんまり使わないかもしれない。




