十九話 ゴブリン大戦4
なんだあの魔力は。
距離はまだある、この距離なら感づかれてはいないはず。逃げた方がいいんじゃないか?だが足は竦んで言うことを聞いてくれない。
「あれが魔王か」
シパリアが冷静に口を開く。そんな事を言っている場合じゃないと思うんだけど。今すぐにでも振り返って走り出したい。
……カクは?鼻で察知出来るって言ってたよね、なんて言うんだろう?
「……カク、魔力量分かる?」
「こっちが風上だから分からんな」
「風上って!じゃあバレてるの!?」
「ゴブリンの魔王種は嗅覚は強くないはずだ。多分」
多分、ね。しかし冷静になって見れば見るほどめっちゃ濃い。まるで大森林の魔力を1体に濃縮したかのようだ。
こんなの勝てるのか?いや、そもそも私達のクエストはゴブリン狩りであって魔王狩りではなかったはずだが。
「撤退しませんか?私達のクエス――」
「ゴブリン狩りだ。魔王もゴブリンだ」
「だな。名声も稼げるだろう」
「ちょっと厄介そうですが、このメンツなら行けるでしょう」
「大丈夫じゃないかな」
「どした?アンらしくねぇな」
こいつら全員戦闘民族かよ。てかアーグル、お前もか。ホントに勝てると思ってるんだろうか。はぁ、第2の人生、終わるには早すぎると思わないか?……うわ、マジで吐きそう。つか案外私も冷静だな。最初こそパニクりかけたけど、周りがこれなら冷静にならざるをえないというか。
……マジか、マジでやるのか。ああ、もう!とりあえず唱えておこう!
「セブ・ゼロ・ゾエロ!」
全身の血管に魔力が流れ混むような感覚。今の魔力なら持続時間も2時間はあるだろうが、回避やら魔術やらを行なうとなれば話は別だ。この状態でどれだけ戦えるか分からない。が、やらずの後悔よりかはやっての後悔だろう。
「ゼロ・ゾエロ」
「三纏身!」
「強纏身」
順に不明、アーグル、ギナの魔術。
シパリアとティナは無言で魔力を纏い始める。
あれ、ティナさん無詠唱は出来ないんじゃ?ゾエロだけは出来るのかな、いつも使ってるみたいだし。
「準備良いぞ」
「口火を切れ、カクカ」
「んじゃ1発、ぶち上げますか!上級爆火球!」
距離は凡そ800メートル
カクの右手にはスクロール、左手には魔石が2個。
スクロールと魔石が触れると石が溶け消え、燃え上がるスクロールから巨大な火球が発射される。
上級爆火球。確か術式はリチ・ズビオ・ウズド・ダンだったか。何かに触れると爆発する巨大な火球を放つ術だ。私はリチ系が得意じゃないのもあって使ったことはほとんどない。魔力消費もそこそこあるしね。
莫大な魔力を圧縮し、それでも巨大な火球となってしまうほど魔力を喰らう上級術式。スクロールともなればかなり高かったんじゃないだろうか。奮発するなぁ。
放たれた火球は魔王に向かってゆっくりと弧を描きながら進んでいく。この術式は弾速が遅いのが欠点でもあり、利点でもある。
魔王まで半分といったところまで火球が到達。さすがの魔王もこちらの火球に気付いたらしく、火球と私達を交互に見る。
次の瞬間、魔王が横へ数歩避けた。ホーミング弾でもなんでもない魔術弾は横に避けてしまえば良い。そんなのは常識だろう。だがこれはウズドの魔言が含まれた術だ。
魔王から10メートル程度の位置に着弾、白い光を放ち爆発した。カクの声が響く。
今だ!進め!
数瞬後、爆音を伴い爆風が到達する。
だが上級纏身を掛けた私にはそよ風だ。この状態で戦い続けられればどれほど楽なのか。
地を蹴り駆け出す。韋駄天のように軽々と体が浮き上がり、その1歩に驚く。上級纏身なんて最後に使ったのはだいぶ前、ロニーから剣術を教わっていた時だがその時とは伸びが違う。
軽い、軽い、体が軽い。力が溢れ出る。
爆煙が収まり、徐々に魔王の姿が見えてくる。
逃げ出しそうになる。至近距離での爆発を受けた魔王は、しかし掠り傷すら負っていないから。
竦みそうになる。あの小さな体にどれだけの魔力を蓄えているのか。
叫びたくなる。また、死ぬかもしれない。
が、死ぬかどうかは己次第。やれることをやろう。あの時こうしておけばはもう嫌だ。
魔王に先に辿り着いたのはダラウスの矢だった。いや、避けられてしまった。矢を見ずにギリギリの紙一重で。あれは余裕の現れか、或いは避けるのが遅れたのか。
次に着いたのはシパリア、一太刀遅れてドラウト。
ニ者の連続攻撃。だが届かない。
魔王が左腕で剣を弾いた。瞬間、魔力がより一層濃く輝いたのが見えた。
恐らく魔術を使ったんだろう。弾いた瞬間の音からして土魔術か。
ドラウトが体勢を崩す。その隙を許す魔王ではない。いつの間にか手にした小さな岩で殴り掛かる。
が、既のところでドラウトが奇妙な動きで避ける。
操り人形のような動き。ギナだ。
ギナの管がダラウスへ伸び、無理やり動かしたらしい。
魔王の視線がギナへ向く。
開戦から2秒が経った。
「化物だな、こりゃ」
「……だな」
最前線の剣士2人が呟く。
「ありがとうございます」
「いえ」
ドラウトがギナに礼を言う。
「お前ら、足早いって!」
「……盾より先に攻撃するな」
カクとレニーが少し遅れて前線へ。
「では、本番と行きましょう!火鳥風囓!」
聞いたことのない短縮詠唱。アーグルが両の手を合わせ、離すと火の鳥が羽ばたく。
火の鳥は魔王へ向かう。魔王も当然迎撃の体勢だ。
魔王は先程と同様に火の鳥を石で殴る、が文字通り空を切る。
実体のない火の鳥が魔王をすり抜ける。
なんともないように見えるが、私の目には映っている。魔王の右腕の魔力がごっそり抜け落ちている。
「右腕に攻撃を!」
アーグルの掛け声にシパリアとドラウトが反応、即座に斬りかかる。
先ほどと同様に弾かれる。
が、先ほどとは音が違う。鈍い音も聞こえ、魔王が体勢を崩す。
そこにすかさずカクが斬りかかる。
薄皮一枚分だけ刃が刺さる。
「火鳥の触れた場所へ攻撃してください!」
そういうことか。頷き駆け出し術式を構成する。この魔術はある程度近ければ強力だ。
旋条を刻み、硬度を上げ、魔力を練る。
「ウィニェル・ダン!」
パンッと乾いた炸裂音。魔王の右腕に命中し、肉を抉った。
ダラウスの二の矢が追撃、これも右腕へ命中。再度肉を抉る。
「ヴ、ヴゥガアアアアアアアアアア!!」
痛みか、怒りか。魔王が叫ぶ。同時、魔力の波が襲う。
体が硬直する。
何らかの魔術だろうか。
「"解"!」
フアが自信なさげに杖を振るう。音叉のような独特の音が響き、魔力の波が発生した。
途端、体が自由になる。
こちらも何らかの魔術だろう。
あの子がやけに距離を取っていたのは巻き添えにならないためか。
「風輪!」
アーグルの短縮詠唱。魔王の魔力を喰らい羽ばたいていた火鳥が魔王へ向き直る。
火鳥の口から炎の輪輪が3つ、魔王へ向かう。
「止まってください!」
ギナの管が魔王へ。が、弾かれる。
同様に炎の輪も掻き消される。
その隙を逃す5級ではない。
雷光を纏う剣が魔王の右腕に直撃。
ボトリ。一瞬痙攣のように筋肉を強張らせた魔王の右腕が地に落ちる。
「さすが5級だ」
「だな」
双子が感心したように言う。
魔王が落ちた腕を睨み、私達を睨む。
先程までの目ではない。
「殺ス!殺ス!殺ス殺ス!殺ス殺ス殺ス!殺ス 殺ス 殺 ス 殺 ス 殺 ス !!」
魔王の醜悪な、それでいて悲痛な叫びが、またも私達の体を止める。
標的をシパリアに絞った魔王が、一直線に走り出す。
フアの解除魔術は来ない。
シパリアが岩で叩き潰された。
誰もがそう思った。
叩きつけられた衝動で、地面に足首まで埋まってしまっている。
レニーだ。
「動け、5級!!」
「すまない!」
魔王の岩は今の一撃で粉々に砕かれた。
そのおかげか、レニーは無事だ。だが、盾が少し拉げてしまっている。
拉げた盾毎レニーを潰そうと魔王が腕を振るい続ける。
「フア!」
「か、"解"!」
シパリアの声に反応し、解除術が放たれ、体が自由になる。
戦闘中だが、疑問が生まれた。
「なんで動けたの!?」
「俺は、呪人だ!」
魔王の腕を撥ね退け、レニーが叫ぶ。
呪人。つまりこれは、魔力が少ない者には効きづらい魔術ということか?
だとしたら私には対処のしようがない。理不尽だ。
「こっちを見ろぉぉぉ!!」
ティナが叫び、右腕の傷跡へフランベルジュを捻じ込む。
魔王の耳を劈く悲鳴が木霊する。が、お構いなしにフランベルジェで肉を掻き回す。
遂に耐えきれなくなったか、魔王がティナを攻撃。
既の所で回避。魔王の左腕が、魔王の右肩へ直撃。更に悲鳴を上げる。
「所詮ゴブリンか」
「だな。頭が悪い」
「ゴブリンだしなぁ」
愚かな行為に多少の余裕が生まれたのか、各リーダーが軽口を叩く。魔王はお構いなしに転げ回る。
「そろそろ終わらせましょう。風囓!」
頭上で旋回を続けていた火鳥が降下、魔王めがけて飛び込んだ。
貫通、胸の魔力が喰らわれ、火鳥の魔力が膨張する。
「落襲!」
魔力を喰らった火鳥が再度急上昇、そして急降下。
身を焼き捨て身の攻撃を繰り出す火鳥。
残像を生むほどの速さで進んだそれは、魔王の顔面へ着弾。白煙が広がる。
「やったか!?」
ティナ!それは言っちゃいけない――
白煙立ち込める中、魔王が姿を表した。




