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閑話 ヴェンの転生2

2020/09/25 名前間違い修正(ウェルン→ウィルン)

「ウィルン、次はなんだったか」

『ダレ・イーレル。彼の地にて領主の息子を攫うぞ』

「……少し、疲れそうだな」

『ふん、お主なら簡単な事だろう』

「まぁ、な。俺に出来ない事はない」

『ふん……』


 青年……いや、少年と言ったほうが正しいような、容姿端麗な少年と竜が空で話す。

 ウィルンと呼ばれた竜。彼女は緑の光を蓄える不思議な鱗を持つ竜だ。

 その美しさに畏怖すら抱かせるような、不思議な光だった。


「で、どんなヤツだ」

『ふむ……赤い髪の太った魔人(マジケル)だな。それ以上は、我には見分けがつかんが雄らしい』

「ウィルン。人間は雄雌じゃなくて男女と呼び分けるんだ」

『知った事か』


 明るく笑う青年の名はヴェン。幾度となく生を繰り返している者だ。繰り返すというのは、魂が同一であると意味であり、彼の最初の体はとうに失われていた。

 彼らは今、ダレ・イーレルの上空を滑空している。徐に、だが確かにその高度を落としながら。


 ふと、地上の者が異変に気付いた。1人が気付けば後は連鎖していく。


「なんだありゃ……でっかい鳥が飛んでるな」


 誰かが気付いた。上空で旋回する影に。


「来たか……!」


 誰かは知っていた。その影が何者なのかは、聞いたことがあったから。備えていたから。


「お、おい!あれが"ヤツ"の言う!?」


 誰かは怒った。自分への忠告が現実になってしまった事態に対して。

 そして、悪魔が地上に降り立った。一対の翼、一対の腕、そして一対の脚を携えた緑色の悪魔が。


「竜……?竜だ!それも見たことがないやつだ!!」


 誰かは叫んだ。自身の知っている"竜"とは掛け離れた、そんな珍しい竜を見て。


「主よ。我を導き給え…!我らを導き給え……!」


 誰かは祈った。自身の神に身を任せ、考えることを放棄して。


「なんだぁありゃ?見たことねぇな、竜か?」

「竜……とは少し違うようですが、大まかに言えば竜でしょうね」

「……羽の生えた蜥蜴」

「どうしましょ。逃げます?」

「いや、全員戦闘準備しろ。街を救った英雄となれば、1級にまた一歩近づく」


 4人の誰かは目論んだ。目の前の竜のような魔物を狩れば自身の名声が上がると信じて。誰かは知らない。彼らは住む世界が違うのだとは。


 竜の背から少年が降りてくる。まだあどけなさの残る色白の少年だ。菫色の瞳からは高い知性と魔力を感じられる。しかし感情はどうだろうか。

 土埃すら上げず軽やかに降り立った少年は、誰かを一瞥した。たったそれだけで、誰かが3人倒れた。いや、1人は立ったまま気絶しているだけだ。


「ウィルン、高風牢」

『この一帯にか?無茶を言うでない』

「無茶じゃない、さっさと構成しろ。俺の魔力を貸してやる」


 今回のヴェンは破天荒だ、と竜は思った。転生する度に多少性格が変わるのは仕方の無い事だが、今回はどうだ?何故こうも高圧的なのだ。我のヴェンはもはや――。

 彼女は迷いを断ち切るように首を振る。彼はただじっと、彼女を見つめていた。恐らく急かしているのであろう。愚鈍で愚昧な彼女を。


 彼女が叫ぶ。徐々に彼女の領域が広がっていき、彼に達するとその領域は更に拡大していく。

 ――高風牢。それは今は失われたと考えられていた、旧竜種と呼ばれる竜が扱う魔術の1つだった。魔法の魔術だ。

 その魔術は通常、人1人捉えるので精一杯なものだった。しかし彼の助力により、街1つを飲み込むまでに拡大された。

 魔力視を扱えるものがみればそれだけでショック死してしまうような、凄まじい魔力を込められたそれは、もはやこの空間が誰かのものではない事を表していた。


「ウィルン、全員殺せ」

『なっ……お主、それでは―― 』

「最後に全員生き返らせればいい」


 まるで落ちたりんごは下に落ちると説明するように、簡単に生死の概念を超越した発言をする少年。

 高風牢の維持には彼の魔力を使用しているというのに、汗一つかかない。どれだけ莫大な魔力を所有しているというのか。彼女のほうが冷や汗をかいてしまった。

 凡そ人の持ちえる力ではない。それどころか旧竜種である彼女を超越し、あまつさえ神にさえ届かんとする力だ。これが幻と呼ばれた人種(エレス)の末裔か。


「早くしろ。じゃないとお前を先に殺す」

『……愚かな。重風天』


 空が歪み、高風牢内部の気圧が上昇していく。周囲からは悲鳴のような地響きが鳴り渡り、日も暗くなっていく。

 振動の中で彼らだけが涼しい顔だ。誰かは皆、苦悶の表情のまま死んだというのに。


 誰かは思った。空が落ちてきたと。きっとこれは、山の神による祟りなのだと。

 誰かは思った。世界が閉じる、世界に潰されると。

 誰かだけは思った。これほどまでの竜は倒せない、と。



◆◇◆◇◆◇◆



 辺り一帯にはもはや元の形を保っているものなど何もない。地面は濡れ、拉げた人工建造物と赤い氷が浮いているだけだ。

 だが1人だけ、その中で生きている誰かが居た。


「ほう。お前、本当に人間か?名前は」

「ノジミ・シングライド・ノイドという……後生だ。アマツ様を拐わんでくれ」

「何故それを知っている」


 ノジミ・シングライド・ノイド。かの高名なハイペスト・ノイドの祖父に当たる、元2級冒険者。

 ノジミだけが重風天の中を耐え、息も絶え絶えに彼らの前に姿を表したのだった。

 しかし対するヴェンもまた驚愕していた。何故我々の計画を知られているのか。

 何故ただの人間がこの中で生きていけるのか。

 ノジミはウィルンを睨む。しかしウィルンもまた、驚愕の表情だ。そこには手加減をしたウィルンなど居なかった。


「訳は、言えない……が、どうか、どうかアマツ様だけは」

「助けたところで、俺に何の見返りがある」

「私を……私の全てを捧げる!だから!アマツ様だけは!」


 生命を振り絞っての叫び。叫びはヴェンの心を揺らした。ヴェンの記憶には似た者が居たのだ。

 静寂が世界を包み込む。それはどれだけの時間だったろうか。

 日が昇り、落ちるまでの間だったのかもしれない。あるいは一呼吸する間だったのかもしれない。

 ヴェンが口を開く。


「面白い。良いだろう」

『ヴェン!?』


 彼の者の姿と被るノジミ、面白い、使ってやろうではないか。と考えたヴェン。

 対するは計画の破綻を恐れるウィルン。そもそも、ヴェンが人の話を聞くなどとは思えなかったのだ。

 思わず焦り驚き声が裏返る。だが今の自分にはヴェンを止められない事も分かっている。


「良いじゃないか。コマは多いほうが」

『だが――』

「それにこの目は知っている。だろ?ウィルン」


 知っていて当然だ。なぜならあの目は――

 ポキリと心が折れた音がした。そうだ、ヴェンはそういうやつだ。だから我は共に歩んでいたのだ。


『……ズレを解消するために時間が必要だ』

「この体は丈夫だ。時間ならまだある」


 ヴェンとウィルンは言葉を交わす。ただ1人、ノジミだけが不安な表情をしていて、耐えきれずに声をあげた。


「私は何をしたら……?」

「そのままでいい。そのまま生きろ。それが命令だ」

「で、ではこの街は……?」

「ああ、元通りにしてやる。そうだな……ウィルン!人の記憶を操作しろ。こいつは、俺達を殺した英雄だ」

「なっ!?」


 自分を殺した、などと話すヴェンにノジミはついていけない。彼らは自分とは住む世界が違うのだと改めて感じた。

 それからウィルンが魔法を使った。大風混記、そう聞こえた気がした。


 かくしてノジミ・シングライド・ノイドは英雄となった。

 それから暫く、国から声が掛かり王の側近"右腕のリル"直属の魔術師団に入団したのはまた別の話。

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