三話 一歳
2020/10/03 誤字修正と表現の修正、解像度の変更
2018/03/06 視点変更、及びそれに伴う表現の一部修正
この世界にも誕生日を祝う習慣はあるらしい。というのは、現在絶賛準備中だからである。さすがにケーキなんかは期待していないし、出されても離乳食を卒業間近といったこの体では驚いてしまいそうだけど。
話を戻すと、家族全員でちょっと奮発した物を食べて、1歳と8歳、そして13歳を迎えた子には特別なものが出されるらしい。今日はその1歳の誕生日、つまり6月17日だ。何が出るのかはしらないが、ちょっと期待である。
誕生日の準備なのか、父は昨日からずっと居ない。つまり夜に帰ってこなかった。ユタは母の手伝いらしく、お使いなんかを頼まれてる。忙しそうだが楽しそうなので何よりだ。私が暇で死にそうなことなんて些細な問題だろう。
◆◇◆◇◆◇◆
夕方になって、ロニーが帰ってきた。少し前に家を出ていたユタと一緒にだ。
「ただいま、2人共」
「ただいま」
ロニーはかなり大きなリュックを背負っており、荷物が多いのかパンパンに膨らんでいる。
背中だけでなく、手にもいくつか持っている。ユタも少し持っているし、荷物持ちのために呼ばれたのかもしれない。こんな可愛いショタを使役するとかとんでもない親だな!……いや、これは普通か。あんまり文明的には進んでないっぽいし。
「二人ともおかえりなさい。ロニーはそれ捌いちゃってー」
「ああ、このために遠出してたんだ。ちょっと時間掛かるよ」
ロニーは私達に軽くキスをすると、いくつかの荷物を下ろした後、玄関を出ていってしまった。足音からすると裏口の方だろうか?
1番大きな荷物を下ろしてなかった辺り、何か狩りにでも行ってたんだろうか?よく分からんな。
「僕は何を?」
「んー…アンの面倒見ていてくれる?」
「はーい。アン、行くよっ」
ユタに抱き抱えられた。もう歩けるのだが、ユタは私を抱っこしたがるので好きにさせている。私も人に抱かれるのは嫌いじゃないし、階段登るのは大変だしで一石二鳥だ。
ただどうにもユタの抱っこは不安定だ。落ちたらことだ、しがみついておこう。
なんて考えていたけど、別に落とされることはなかった。良かった。階段から落ちて記憶喪失になる人間なんて居なかったんだ。
現在は2階の私の部屋。赤ちゃん用のベッドはもう卒業して、大人用のかなりデカいベッドを使っている。もしかすると子供用のベッドは売られてないのかもしれない。
私をベッドに下ろしたユタは、部屋にある小さな衣装棚に腰掛けた。
残念だったなユタ。私の座る場所はここではない、お前の膝だ!
「ユター、はなしーて」
「ん、じゃあね……ラギーの話してあげる」
ユタは結構話すのが好きらしいし、私は聞いてるのが好きだ。だから最近はこうやって毎日話をねだっている。まだ外の世界に1人で行けるわけじゃないから、大切な情報源だし、単純に聞いてて面白いってのもある。
ラギーとはユタのクラスメイトらしい。今までに何度も出てきているが、どうにもドジな子らしく、この子が出てくるとだいたいは失敗談で終わる。
ユタの話は年齢の割にはしっかりしてるし、種類も結構多い。今日みたいな学友の話もあれば、おとぎ話をしてくれる日があったり、かといえば川で釣りをした、なんて話も出てくる。そのうち私もロニーに連れてってもらおう。
選ぶ言葉が分かりやすいのもある。どうにも大人の話は難しい表現が多かったりで、いまいち理解出来ないこともあるんだけど、ユタはほとんど難しい言葉はほとんど使わない。たまに出てくる言葉も、聞けばちゃんと教えてくれる。だからユタは好きだ。別にロニーやサンが嫌いって意味ではない。
前世じゃ一人っ子だったのも関係してるのかもしれない。精神的に自分より年下の兄っていうとちょっとあれだけど、それでも優しい家族なんてのは初めてで、兄弟なんてのはもっと初めてで、だからユタが、今の家族が大好きだ。家族だからであって、別に私はショタコンじゃない。……多分。最近自分が不安になってきた。自分を疑うくらいにユタの事が好きである。
「――ってのもあってね、おっちょこちょいだよね、くすくす。……アン?」
「スー、スー」
「寝ちゃった?……ちょっと寝かせてあげようかな」
考えすぎたせいか、話の途中で寝てしまった。後で続きを聞いておこう。
◆◇◆◇◆◇◆
その日の夜、1歳のお誕生日会が始まった。
前世とあまり大きくは変わらないらしく、最初は3人からプレゼントを貰えるらしい。一体何を貰えるんだろうか。おしゃぶりとかだったらビンタしてやる。
「まずは僕から。はい、どうぞ」
そういって、ユタは私にネズミとトカゲを混ぜてコートを着せたような、よく分からん不思議な生物のぬいぐるみを渡した。
多分この世界固有の生物なんだろう。今のところ見たことはないけど、少なくとも前世でこんなやつを見たことがない。まず肌の色が緑色だし。……ネズミよりトカゲの方が強いのかな?にしてもこんな耳のトカゲは見たこと無い。
「前に魔物の話をした時に、特に気に入ってたアノールだよ」
「ユター、ありがと!」
わざとらしく喜びキスをしてあげる。
女の子にはぬいぐるみ。確かに定番ではあると思うけど……ぬいぐるみかぁ。抱きまくらにはなるかな?
しかしこの世界の裁縫技術は未熟なんだろうか。妙に縫い目が荒いところがあったりする。私自身裁縫が得意なわけじゃないから詳しくは分からないけど、あまり上手じゃないことは分かる。
「この前裁縫を教えてなんて言ってたけど、このためだったの?」
「うん!魔物のぬいぐるみなんて滅多に売ってないしね。アノールなんて尚更だよ」
ちょっと待ってほしい。7歳の男の子が妹のためにとチクチクぬいぐるみを作ってるところを想像してみてくれ。
「ユター!」
前言撤回大切にします!お兄様!! 毎日抱かせていただきます!!!
今度は本心から嬉しくなり、思わず飛びついてしまった。ショタコンではないと思うが、ブラコンは確実に発症してるなこりゃ。間違いない。
でもお兄ちゃん好きの妹って別に変でもないはずだし、きっと問題にはならないはず。……このぬいぐるみは大切にしよう。
「本当に二人は仲が良いね。僕はあんな兄弟居なかったからなぁ」
「まぁまぁ。次は私たちからのプレゼント」
サンの手には透明な球が乗せられている。直径3cmくらいの、ガラス玉のように見える。
「おもちゃ?」
「これは魔玉と呼ばれていてね。アンと一緒に産まれてきたんだよ」
単なるビー玉のようにしか見えなかったが、どうやら違ったようだ。
魔玉……初めて聞いたワードだ。なるほどさっぱり分からん。なんか魔法関連のものだって事だけは分かるけど……。
「これを手に乗せて。そしたらぎゅっと握ってね」
サンから手渡されたその玉を、言われた通りに右手で握ってみる。少しして、手から柔らかい光が漏れ出した。
光は徐々に強くなり、様々な感情を見せつける。冷たくなったり、熱くなったり、寂しくなったり、空腹だったり……不思議な感覚だ。何かが流れ込むような――。
どのくらいの時間が経っただろうか。1分か、10分か、よく分からないが、気付けば自分自身も紫色に光ってることに気付いた。
手を開いてみると、一瞬輝きを増した玉に私自身の光が吸われ、少ししてから全ての光が掻き消えた。驚く間もなく、魔玉自体も私の手の中に沈み込み、消えてしまった。
「さっきのひかり、なに?」
率直にサンに聞いてみる。しかし返事がない。大丈夫?
「こんなの凄いの……初めて見たよ。アンは魔法の才能がある。それも、凄まじく」
代わりに答えたのはロニーだ。答えたというよりも、独り言の方が近いかも。
ユタはサンと同じく放心している。一体何があったんだ。
「2人は魔力が多いから、それだけ影響を受けちゃったみたいだ。少し待っていてね」
ロニーはサンとユタを抱え、なんとかして椅子に座らせると、話の続きをしてくれた。
「さっきのは、アンが本来持つはずだった魔力を返してあげたんだよ」
ロニーが先程の現象を説明してくれた。
人は出産する際に、子供だけでなく魔玉も同時に産むらしい。
この魔玉には一緒に産まれた子供自身の魔力が蓄えられていて、握ると子の体に戻る――あるいは吸収されるらしい。
人はこの魔玉を吸収することで初めて魔術が使えるようになり、魔力を感知出来るようになる。稀に生まれつき魔力を感知できたり、多少は使える子も居るけど、使いこなすために魔玉を吸収する必要があるらしい。
その場合、子の体に宿った魔力と魔玉の持つ魔力が混ざり合い、あのような大きな発光が起こることがある。少なからず子の体には魔力が宿っているので発光自体は珍しいことではないが、あそこまで大きなものは滅多にないという。
要するに、私は生まれつき扱えていてもおかしくないだけの魔力を持っていた、と。
「アンのまりょく、すごいの?」
「うん、かなり凄いよ。僕の知り合いでそれ以上のとなると……3人くらいしか知らないな」
凄い凄いと煽てられていたが、他に3人も知っているらしい。
ならいわゆるチートにはならないだろう。残念ながらだけど。この手のテンプレチートは一体どこに?
「3人とも、1人で街1つくらいは簡単に消し飛ばしちゃう人たちだよ……アンはそんなこと、しないよね?」
「ん、んー?こわいことはしないよ?」
いややべーわこれ。完全なるチーターやんけ。
制御方法を知っておかないとよろしくない気がする。
その後父を質問攻めにしつつ色々な話をしていたら、いつの間にか2人が復活していた。
ユタは鼻息がかなり荒い。こんなに興奮しているのは初めて見たかもしれない。
一方のサンは難しい顔をしている。もしかしてあんまり良くないことでもあったのかもしれない。
「アン凄いよ!僕より魔力があるってことだよね!? 魔法使いになれるかも!?」
「魔法かぁ、私のせいなのかなぁ……頭ぶつけたときに大回復使っちゃったし……」
「え!? 頭ぶつけたのも初耳だけどそんな魔法いつ!大怪我じゃないか!?」
「タンスにぶつけただけよ……痛がってたから、ついね……」
珍しく興奮している兄や、何故か難しい顔で微妙に後ろ向きな感じの母、それを宥めるような責めるような父。こんなに騒がしいのもいいなぁ、なんて思いつつ、自分の変化に気を向ける。
何故だろうか、説明もされていないのに、これが魔力だというのがよく分かる。自分の体に魔力が流れているのが感じられるし、声に魔力が乗っているのも分かる。
自分だけじゃない。椅子や机、壁、空気なんかにも魔力が含まれている。魔力は紫に近い色で明るく輝いている。
少し集中すれば、他人の体を流れる魔力も見えてくる。不思議だ。こんな感覚、初めてだ。
更に集中して感知出来る範囲を広げてみる。……玄関の向こう側に、何か居る?それもいっぱい、魔力の塊が動いてるような気がする。
「だから!あれだけ魔法は使うなって!しかも大魔法!?」
「たまには良いじゃないの。普段は魔術しか使ってないよ?」
「げんかん、だれかいる?」
「そうじゃなくて!……え?」
「こんな時間に……?ちょっと待っていてね」
私の一声によって、2人の争いは一旦幕を閉じることになったのだった。