七話 大毒亀3
1時間以上歩いた気がする。日はまだ現れていないが、空は白んできている。少し前から地面がぬかるみ、熱帯地方でも無いのにマングローブのような、不思議な形の木が増えてきていた。
周囲の水分が多いせいか靄がかかっていて、視界も悪いし非常に寒い。足が凍えそうだ。たまにシュ・リチで温めている。ゾエロを掛け続けるのはもし戦闘になったら、と考えると魔力的に不安だ。
「どうだ」
「いや、分かんねぇ」
レニーがカクに声を掛ける。恐らくカクの嗅覚に頼っているんだろう。私も魔力視をしてみたが、靄のせいでほとんど何も見えなくなる。靄や霧、雨の日は無能だ。別に指ぱっちんで火を起こしたりはしない。
「クッソ、昨日は暖かかったからな。そのせいか?全然見えねえ」
「ここらへんにあるのは確かだ。2組に別れて探そう」
愚痴を言うのはティナだ。彼女もまた、靄には弱いらしい。魔力視、使えるんだろうか?冒険者だしなぁ。
無視して話を進めるレニー。でも待って、私卵見たこと無い。
「大体アンの握り拳くらいの大きさか。ま、先に大毒亀を見つけるだろうけどな」
「それはどうして?」
「大毒亀は雄が卵を守るんだ。だから片方が気を引いて、その間にもう片方が卵を盗む」
それは……出来るのだろうか?非常に難しそうだ。というかやっぱりカクと私、レニーとティナ組なのね。
◆◇◆◇◆◇◆
2人で数十分、辺りを探し回ったが大毒亀の姿は見えない。日の出を迎えたのだろうか?朝靄の幻想的な風景と、足冷えの辛さが対照的すぎて笑えてくる。
ダメだ、さっぱりだ、とお互いに目を合わせ、肩を揺らす。その最中、微かにだが前方に赤い光が見えた。ティナの大毒亀を見つけたという合図だ。
「――!急ぐぞ!」
「うん!」
自身にゼロ・ゾエロを掛け、走り出す。急げ、急げ!赤色の光は即座の支援要求を表している。それはつまり、交戦中だということだ。見つけた時点で緑色を上げるはずだったが……逆に襲われたのか?
ゾエロを掛けてなお、カクの足に追いつけない。これが前衛の身体能力か。ダメだ、置いていかれる。ギアを上げよう。ニズ・ゼロゾエロ!普段のゾエロよりも魔力は使うが、その分効果は高い。これでカクに追いつけるはずだ!
「アン!あんまり飛ばすなよ!」
「これくらいなら何時間でも使えるよ!」
「言うじゃねえか!」
走ったのは時間にして2分程だろうか?2人の元へと駆けつけると蹲るティナと、大毒亀と盾越しに睨み合うレニーの姿が見えた。
「すまん、ドジった!」
「薬は!?」
「塗った!けどアタシの体、あんまり薬効かないんだ!」
「分かった、下がってろ!ここは俺達でなんとかする」
カクが「土壁」と短縮詠唱しティナの姿を隠すと同時に腰のナイフを取り出し、構える。私も同じように手を大毒亀へ構える。しかしまだ息が上がっていて、上手く詠唱を行なえる自信はない。ここは、落ち着くべきだろう。
深呼吸だ。息を整え、大毒亀へ向かい直す。
「アン、準備は良いか」
「うん」
「俺は左だ、右を頼む」
カクがレニーの影を利用して、斬りかかる。
すぐさま振り向き噛みつきにかかる大毒亀。
盾で殴り掛かるレニー。今だ!
「ヴウィーニ・ズビオ・ダン!」
風弾と呼ばれる圧縮された空気の塊を放つ魔術。土蟲の時と違い、両手で1つの高威力の魔術を構成。
触れる物を削り飛ばす、巨大な風弾が大毒亀へ直撃。轟音が鳴り渡る。
「ギギギギギ!」
――が、ダメだった。大毒亀の威嚇音が聞こえてくる。
「なんで!?」
「甲羅に当たったんだ!もっと小さく撃て!」
確実に当たるように圧縮しろ。
甲羅を穿つ程に魔力を込めろ。
構成しろ。更に小さく、更に強力に!
「ヴウィーニ・イゲズビオ・ダン!」
キィンという音を立て、10cm大の風弾が大毒亀に放たれた。
さきのものとは比べ物にならないほどに圧縮したそれは、大毒亀の左後脚へ直撃した。
「今度は!」
「良いぞ、効いてる!」
大毒亀の注意が左後脚へと向く。
レニーが右前脚と首の間に入り込む。
カクがその隙に右前脚に斬りかかる。
血の匂いが辺りを覆い始める。
「……ッ!カク、下がれ!」
「あ!?」
レニーの盾を超え、水弾がカクを襲う。
唐突に振り向いた大毒亀に対応しきれていない。
間に合え!
「シュ・エレス、ゲシュ・ダン!」
即興で作った平たな土塊をカクの頭上へ飛ばす。
しかし、間に合わない。
カクの顔面に水弾が直撃する。
「ぐぅッ!」
「カク!」
動きの鈍くなる前に離脱を試みるカク。
しかし大毒亀は、追撃とばかりに幾度も水弾を飛ばす。
「させるか!」
カクを自身の背に隠すレニー。大盾を振り回す彼の額には大粒の汗が浮かんでいる。
しかしそれでも的確に水弾を弾きかき消す。弾き、弾き、弾き続ける。
「カク!まだ動ける!?」
「悪い、ダメみてーだ……」
「さっさとそいつを隠せ!」
レニーの叫びが響き渡る。これ以上レニー1人に任せるわけにはいかない。
急いでティナのそばへカクを寝かし、隠蔽の魔術を掛ける。
「ウィーニ・ニズエル・ズビオ、ウィーニ・ニズドイ・レズド・ニズニキュビオ
この地点に魔術を掛けたから、そこに居る間は大丈夫!」
ユタのものをいじり、魔力消費を軽くした改良版だ。
隠蔽の魔術を掛け終え、レニーの斜め後ろへ戻る。
「レニー!2人が戦闘不能で――」
「こいつらは冷気に弱い!氷の魔術は使えるか!」
「出来ない!」
「なら、さっきのを撃ち続けろ!」
疑似複合属性は扱えてもまだ複合属性は扱えない。なら今は、出来ることをするだけだ!
魔力を練り、風弾を構成、発射。発射。連射。
狙うは左後脚一点。何度も、何度も何度も放ち続ける。
陰になるように脚を隠す大毒亀。
右へ回り込み、隠す脚へと放ち続ける。
大毒亀もこちらに水弾を吐き続ける。
しかしレニーが全てを受け止める。
大毒亀の脚が千切れ、吹き飛ぶ。
これでもう、逃がさない。
「ピィ……キィキィキィ!」
大毒亀の鳴き声が響く。だが止めない。
千切れた脚の付根、ぶよぶよの柔らかな肉へありったけの魔力を込めた一撃を放つ。
その一撃は、大毒亀の甲羅の内側、体内へと届いた。
大毒亀は頭を落とし、体をビクビクとさせている。徐々に痙攣が収まっていくと、そこには死体が落ちているだけとなった。
無詠唱化の出来ない私は呼吸も忘れ、一心不乱に詠唱していたようだ。世界が傾く。
ああ、今は火照った体に泥が気持ちいい。もう少し、こうして居たい。こうして居たいのに。
「おい、アン!大丈夫か!」
「ん、ちょっと目眩が……」
「魔力の使いすぎだな、粉、あるか?」
そうだった。ぼーっとする頭でポシェットの中から魔石粉を取り出し、一舐めする。多少の魔力はこれで回復できるはずだ。
しかし目眩は改善されない。何故だ?ああ、そうか、酸欠か……。
「アン、悪いがあんまり構ってられん。あいつらの治療をしてくる」
「ん、私は大丈夫」
レニーが盾を背負い直し、2人の元へ向かうのが見える。隠蔽の魔術を解除し、呼吸を整える。勝ったのは私なのに、なんだかかっこ悪いな。
でも、誰も死ななかった。死んだのは大毒亀だけだ。子を守るために戦った大毒亀だけが。
人間のエゴだな。私達が居なければあの大毒亀は殺されなかったし、子供達も育ったのかもしれない。
私達が殺したのは1匹の大毒亀じゃなく、彼が作るであろう子、子らが作るであろう孫、その全てを殺したんだ。
……ダメだ、悪い癖だ。割り切らなくては。
「アン、やったな!」
「驚いたな。7級のアタシ等が倒れて、8級のアンが倒すとは」
「レニーが居たからだよ」
「……謙遜するな。俺もお前が居なければ、苦しかった」
「つーかティナ!なんで初っ端から倒れてんだよ!」
「いや、アレには深い訳があってだな……」
ああ、大毒亀との戦闘は終わったんだ。彼らの明るい笑顔がそれを示す。でも私には、少し眩しすぎる。冒険者、向いてないのかなぁ。
初めてちゃんとした戦闘シーン書きました。色んな作者さんが言う通りで、これは確かに難しい……。
そういえば原生する亀って、牙も声帯も無いらしいですね。




