二話 身の回り
ちょっと長め。
2021/06/12 全変更(情報羅列「魔法と自分」→家族紹介のお話「身の回り」)
母は俺を抱き上げたが、奔る痛みには敵わない。そんなことはお構いなしにとにかく泣いている。
気付けばおでこに手が当てられ、なんでもないような声が聞こえる。
「――――」
私のおでこか、あるいは母の手のひらか。
そのどちらかがぼんやりとオレンジ色に光り、徐々に痛みが和らいで――
◆◇◆◇◆◇◆
夢を見た。
家族の監視が少ない今日、俺はベッドから這い上がり、遂には家中を探索することに成功した。
……んだけど、残念ながらまだ立ち上がることはできないし、ということでハイハイで爆走してた。
へいアンジェリーナ。車は急に止まらないって聞いたことがあるかい?
どうやら赤ちゃんも同様のようだよ。つまり僕は、おでこを強打し、痛すぎて目が覚めたってところなのさ!
なぁにボブ。あなたの夢の話なんて興味無いんだけど?
それになんでそんなことを突然話すのかしら?
まあ聞いてくれよ――ってこいつら邪魔だな。どっか行け。
ぶつけたはずのおでこに触れてみても、かさぶただのたんこぶだのがあるようには感じられない。だからきっとあれは夢だ。
……マジでリアルな夢だった。今でもあの痛みを思い出すだけで勝手に泣きだしてしまいそうだ。
本当に夢だったんだろうか。
夢の最後には母が私のおでこに手をかざし、そんで何かポツポツと喋ってた。それになんか光ってた。
あれ、いわゆる魔法ってやつなのでは? ……ってのは俺の勝手な妄想かね。
魔法があったらいいなーとか思ってたせいで、あんな夢を見てしまっただけなのかもしれない。
でももし、もし本当にあれが魔法だとしたら。
せっかくファンタジー要素に触れられたというのに、寝落ちかなんかで意識がどっか行ったのは残念なことだ。
最初はよくある異世界転生物かと思ってたのに、魔法の魔の字すら聞こえてこない。剣だって鎧だって見たことない。
こんなのただの生まれ変わりやんけ、と少しだけ意気消沈してたけど……あれが本当だとしたら、こんなに面白いことはない。
ま、今すぐに分かる必要もないか。
家族が何言ってるのかもまだなんとなくでしか理解できてないわけで、考え過ぎると眠くなるのは変わってないし、この体は何かを調べるにはまだ幼すぎる。
現状の私のライバルは眠気であって、とにもかくにもこいつをどうにかしないことには何にもならん。
シモが汚れてる時や腹が減ってる時なんかも泣くくらいでしか伝える手段がないし、あんまり泣くと疲れすぎて寝落ちしてしまう。
だから直近の目的は歩くこと、それから言語の獲得だ。
歩けりゃトイレくらい自分でなんとかできそうだし、喋れりゃ文句の1つだって伝えられる。
家の中の探索だってできるようになるし、文字を読めるようになれば読書で知識ブートも期待できる。
地頭の良さには自信があるし、言葉をまた1つ追加するくらいならそこまで時間も掛からないはず。
「あれは何?」さえ喋れるようになれば直接聞くことができるわけで、そうなれば芋蔓式にどんどん知ることができる。
だから……ああ、また眠気だ。さっき起きたばっかなんだけど――
◆◇◆◇◆◇◆
八ヶ月後
昼と夜の周期と生活リズムがあんまり噛み合ってないせいで、確実とはいえないけど……「あれは何?」を覚えると決めた日から今日でちょうど50日。
家族の発音とはまだまだかけ離れてるもんだけど、でもある程度は意思疎通ができるようになってきた。赤ちゃんの進歩はええ……けどこんな年齢で話せるようになるもんだったっけ?
どうやら頭をぶつけたのは現実だったらしい。あの日以来やけに監視が増えたのだ。
なんでかと母に必死に聞いてみたら、「脱走対策」といわれてしまった。俺はペットか何かなんだろうか。母親の気持ちってのはよく分からん。
件の母親だけど、どうやらサンって名前らしい。ついでに父親はロニーで兄はユタに私を含めた計4人が"現在の"家族構成。
現在ってのは……俺結構夜中目覚めるんだよね。大抵はぼーっと考え事してるうちに寝落ちするんだけど、最近は隣の部屋から悩ましい声が聞こえてくることが多いんだよね。
いつもう1人が増えるかも分からないから"現在"のってわけだ。
とかなんとか考えてたら腹が減ってきた。
ねえボブ、赤ちゃんの主食って何か知ってる?
そ、そんなこと僕に言わせないでくれよ! ……おっぱい?
正解よ!
「ママー!」
俺さ、時折自分が悲しくなるんだよね。
なんで成人済みの男性が「ママ」的な言葉で親を呼ばなきゃいけないんだよ、って。
そりゃ体は赤ちゃんだし男でも無くなっちゃったっぽいけど、心はおっさん手前って感じなわけじゃん? いやーきついっす。
「はーい、ご飯?」
……俺の記憶だと、おっぱいを卒業する辺りで言葉って覚えるもんじゃなかったっけ? 記憶違いか?
喋れるようになった理由の1つに歯が生えてきたってのもあるけど、こんなに早く生えてきたっけ?
なんて下らないことを考えてるうち、いつものように抱えられ、サンの胸があらわに……ロニーもこれ吸ってるんだろうか? たゆんたゆんしてるもんなぁ。挟んでたりしないといいけど。
実のところ、母乳はまずい。
具体的にいうと……水で薄めた牛乳に乳糖だけを別枠でぶち込んで、日替わりで微かに香水を混ぜたような、生暖かい謎の液体。まずくないわけがない。
といっても最近までこのまずさには気付いてなかった。この前離乳食をはじめて口にして、味というものに感動した。
今だからこそ分かる。母乳はまずい。あと最初と最後で微妙に味が変わる。真ん中辺りが1番味が濃くてうまい。
しかしまあ……前世の俺と同じかちょっと年下くらいの女性の乳にむしゃぶりつくというこのシチュエーション、一部の人にとってはご褒美なんじゃないだろうか?
しかもサンはかなり整ってる。それと色素が薄いってやつなのかな、髪が赤っぽくて肌も透き通るように白い。日本人受けしそうな「可愛い」ってタイプじゃないけど、美人さんであることに違いはない。
ま、残念ながらこの美人さんのおっぱいを性的な目では見れないんだけど。なんてったって毎日見てる夢ですらたまに見てるもう見飽きた。しかもこの乳ロニーと回し飲みなんだぜ、多分だけど。
「Ya ann, Begthesty em de vie」
ぐっばい右乳首、よろしく左乳首。
言葉が分かるようになったといっても、理解できてるのは半分にも満たない。
"分かるようになってきた"って言った方が正しいんだろうな。
「こっちを飲んでね」的なことを言われたんだろうし、「飲む」はヴィスチエのはずだから……ベグシスティってのは「切り替える」辺りかな。
着替えとかの時にもたまに聞くし、この言葉を聞いた後にロニーが照明を点けて回ってた。だから多分合ってるはず。
てな感じで日々言葉のパズルで遊んでる。これはこれで結構楽しい。
で、その照明なんだけど……この世界、なんとマジで魔法があるらしい。
やべえ。テンション上がる。いや上がってた。残念ながら私には使えないらしい。
なんだそりゃ。
今もこの部屋を照らしてくれてるあいつは魔法で動いてるやつらしい。
魔法すげえ! と思ったけどなんか思ってたのと違う。何度か見た感じだと、どうやらマグナっていう半透明の石ころみたいなやつを燃料として動いてるようだ。
あの石ころには魔力が篭ってるらしいから、日本語だと魔石とかそこらへん? ガチャらなきゃ……!
これ以上詳しいことは分からない。
でもこの前、サンが手から、火を出してた。消毒されないようにしないと……2度目の人生が終わってしま――
◆◇◆◇◆◇◆
おはようボブ。
やあ、もう起きたのかいアンジェリーナ!
良いかボブ。私の名前はアンなんだ。今度からアンって呼びなさい。
分かったよアンジェリーナ!
がっしぼこ。
おっぱい飲んでると眠くなる現象に名前つけようぜ! 世の赤子よ立ち上がれ! 俺はまだ立てないけどな!!
……ああ、今日もまた寝落ちしてしまった。何考えてたんだか全然覚えてない。もうちょっと頭のスタミナほしいなぁ。
つかなんか腹が……うっし、ブリっといっちまいますか!
ふ、ふぬ……ぬぬぬ……! んあ!? 前の方!?
……まあいいや。このまま出しちゃおう。んでサン呼ぼう。
ブリっとな。
「ママー!」
そうだ思い出したぞ。サン美人だよなーとか考えて……んで……ああ、ベグシスティか。
……サーン? まだー?
「ママー! マ、マー!!」
あ、足音聞こえてきた。さてはあいつも寝てたな。
「アン、どうしたの?」
ってお前かよロニー。いやこの際パパでもママでもどっちでもいいわ、おむつ取り替えてくれ。
前も後ろもベチョベチョで気持ち悪いんよ。
「ダァ、ベウシシティ」
早速覚えた新単語の披露! さあ通じるか、通じないのか!
「……うんちしたの?」
「した!」
「そっかそっか、えらいぞー。ちょっと待っててね」
頭を撫でられながら、言葉が通じたことを確信する。
よし、発音とかマジでひどいけど通じたぞ! また新しい単語をゲットだぜ!
しっかしあれよな、サンに負けず劣らずロニーも美人さんだよな。
こっちはサンと違って可愛い系になるのかな。髪の毛さらっさらだし、肌つやっつやだし、細マッチョだし、声がなんか優しいし、よく褒めてくれるし、同じおっぱい吸ってるし。なんか方向見失ったな?
多分前世の俺と同じ年くらいなんだろなぁ。その歳でもう子供2人目とか……なんか生物として負けた気がする。前世の俺が。今世の俺はまだセーフだろ、いや私。
「よし、取り替えちゃおっか」
とかなんとか考えてるうちにロニーが戻ってきた。
ああ、アンのアンが知らない男性にまじまじと……いやごめんよく知ってるわ。なんてったって私のパパだ。今だって真剣そのものって顔してる。
ロニーはPCをバットでぶっ叩かれたりはしないのだ。
いつか私もロニーを嫌いになったりするんだろうか? パパ臭ーいとか言って。
それは可哀想だと思うんだけどなぁ……あ、おしっこ漏れた。しかも結構な勢いで。
すまんロニー。でも幼女のお小水を被ったイケメンってのもまた……マジでごめんって。つか私ってまだ幼女ですらないんじゃないか?
「よし、綺麗になったね!」
いや拭かずに喋るのやめろ? せっかくのさらさら茶髪がぎとぎとアンモニアンになっちゃうぞ?
「どうしたの?」
「パパ、しっこ」
「……サンはBuggrey emだからね。シーだよ」
え、パパ? その状態でのその発言は中々なド変態に……ん、なんか頭から水が。
「Magnas。シー、ね」
マグナス……なんだっけこれ、前にも聞いた覚えがある。魔石がマグナで、魔法がマージュで……マグってついてる辺り多分その仲間だと思うんだけど、マグナスってなんのことだ?
でも何が起きてるのかは分かる。多分魔法かそれに似たものによって頭から水を吹き出して、おかげでロニーは全身びしょ濡れに……いや何やってんすかパパさん。
あ、あれ? さっきまでびしょびしょだったのにもう乾いて――
「ロニー! 言ったでしょ、ダメ waile iez magnas em de 家の中!」
「あちゃー、バレちゃったか」
な、何言ってるかよく分からんけどサンが怒ってる。
分からんけど、分からんけどさ? とりあえずおむつ閉じてくんない? 開けっぴろげなままなんだが? おまたスースーするんだが?
◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー!」
帰ってきた!
我が兄ユタが帰ってきたぞ!
天井のシミ数えてる場合じゃねえ!
どたどたどたーっと1階を走ってる音が聞こえる。ユタのことだし少ししたらこっちに来るに違いない。
さて、どうしてやろうか。寝たふり? それとも扉のガン見? 後はー……思いつかないな。
あ、もう階段上がってきてやがる。はえー。
「あ、起きてる! ただいま!」
「おかーりー」
1階じゃあんなに騒いでたというのに、2階に来た途端静かになるユタ。
そして俺が起きてるのを確認し、結構な大声を出してくれた。声甲高いんだよ耳痛くなるからやめろ。
こいつは正真正銘俺の兄ちゃんらしいんだが……あ、待て、落ち着けユタ、まだ心の準備が――ああっ!
「ただーいま!」
「おかいり」
兄であるユタは重度のシスコンであり、帰宅するとまず最初に私を探し、私が起きてると分かると抱き上げ頬ずりとキスをする。もう慣れた。
慣れはしたけど怖いものは怖い。こいつまだちっちゃいし、持ち上げられる瞬間はいつもヒヤヒヤしてしまう。
あとアンとしてのファーストキスを返せ。
「ただ?」
「いま?」
「えらい!」
帰ってきたばかりのユタは毎回テンションが高い。6歳児に落ち着けっていう方が難しいのかもしれないけど……尻とか出してないだけマシか。
「寝てた?」
「おきてた」
家族の中で1番私に構ってくるのはユタであり、彼がシスコンであることは間違いないだろう。
……とちょっとした文句を考えてみたけど、ユタへの感謝はその何十倍もある。
「ユタ、つづき」
「昨日の覚えてる? waile――」
「うぇいう? うぇいうって何?」
「お水だよ。忘れちゃった?」
構われる時間が長いってことは、俺の語彙のほとんどはこいつから吸収したものなわけで。
ユタは話すのが好きらしく、言葉を理解する前から色々と喋りかけられていた。
おかげで最初に覚えたのは「ユタ」って名前だったし、その時の喜びようったらとんでもないものだった。
まずはサンに発表して、ロニーが帰ってきたらもう1回発表して……とにかく、ユタが重度のシスコンであることは間違いない。
「お水、飲むもの?」
「すごい、大正解!」
どうやら学校のようなものに通ってるらしく、最近は学校での出来事を話してくれることが多い。
魔力だの魔石だのという言葉を覚えたのもユタから聞いたもので、こっちの学校ではそういう勉強があるらしい。
あとは3日に1回くらいロニーとどっかに出かけてるらしい。父と息子、2人きり……魚釣りとか? それともキャッチボール? どっちにしろ家族関係は良さそうだ。
「カッタラ、ウェイウ、お水?」
「どっちもお水」
「違うの?」
「んー……それはまた今度かな」
そして俺に対する話がかなり上手い。なんかこう、こっちの言語能力を完全に理解してるような節がある。ほとんど知ってる言葉だけで話してくれる。
ウェイルとカッタラはどっちも水をさす言葉らしいんだけど、ニュアンスが異なるらしい。でもそれを説明するのは、俺の知ってる言葉じゃまだ難しいのかもしれない。
こういう時、ユタは話を先延ばしにする。でも忘れてるってわけじゃなくて、後でちゃんと教えてくれる。
「ユタ、色は?」
「お水の? hersh iez waileか、waile ayだね」
「はーしぇいつうぇいる、うぇいれい」
「そうそう、いい感じ――」
とまあ日々こんな感じで言葉とかを教わっている。つまりこいつは俺の先生だ。お兄さまちゅき。
しっかしまあ……そりゃサンとロニーの子なわけで、崩れた顔になるはずはないと思うけど、だからってこれは可愛すぎじゃないか?
どっちかっていうとロニー似だけど、髪の色は茶じゃなくて赤み掛かった金色。そんでくりくりお目目はどっちも緑色。つまりは金髪碧眼ってわけだけど……いやーほんと可愛いこいつ。攫いたい。
あれ、もしかして俺ってショタコンだったのか? マジで? ……まさかね。単にユタが1番接するやつってだけで、そんでもって私に色々教えてくれるわけで……嫌いになる理由が見当たらない。
つまり俺はショタコンじゃない。でもブラコンではあるかもしれない。最近ちょっと自覚してる。帰ってくると飛び起きるようになったしなぁ。
ていうか見た目ロリっぽいせいじゃね? あ、そうするとロリコンになっちゃうのか……。いや別にどっちの興味もないけど。なんでこいつこんな髪伸ばしてんだよ可愛すぎか?
「ね、数がいい」
「どこまで覚えてる?」
「おー、あら、いうぅ、らは」
「次は?」
「……らー?――」
こっちの人間って前世のとは成長速度が違うような気がしてるけど、だからって四則演算とかはさすがにまずいかな。
あんまり調子に乗って色々聞いて、そんで転生者だってバレたりしたら……気味悪がられるに違いないし、ほどほどにするべきだとは分かってんだけどさ。
ユタは聞けば聞いただけ返してくれるし、どうにも退き時が分からない。うーむ、難しい。
ロニーとサン、それからユタの顔を見てみれば、この家族の顔面偏差値がクッソ高いことに気付く。
だからきっと俺、じゃなくて私の顔も良いに違いない。もしこれで1人だけブスだったらあの神? だかをぶん殴ってやらなきゃ気がすまない。いや実体あるのか知らんけど。
あ、でも女で美形ってことは男にモテるってことか……うーん、それはそれでなんか複雑な気分だ。将来的に困りそうだな。
◆◇◆◇◆◇◆
「お買い物行くぞ!」
「おー!」
サンは推定無職であり、自宅での行動パターンは3種類に分けられる。
日がな一日寝っ転がってるか、魔石っぽい何かを握ってぼーっとしてるか、あるいは寝っ転がって魔石っぽいのを握ってるかのどれかだ。あれ2つじゃね?
あの魔石っぽいのは何なんだろう。聞いてもアンにはまだ早いって言われるし、ロニーにも同じことを言われた。最初は宗教のお祈りか何かと思ったけど、寝っ転がってやるもんだろうか?
3種類ってのはさすがに嘘だ。
多分専業主婦ってやつで、家事全般をこなすのがとんでもなく早いってだけ。すんごい速度で動き回った後に、一日中ぐでーっとしてるって感じ。
家事能力が高いってのも困りものなのかもしれない。もし私がサンなら暇すぎて死んでると思う。
「おんぶ?」
「だっこがいいの?」
「ううん」
サンはまとめ買い派らしく、うちの冷蔵庫――魔力で動くもの全般を魔道具というらしい――はいつもパンパン。でもアイテムボックスとかそういうわけではないらしく、大体3日に1回くらいはこうして買い物に行く。
まだ1人で歩けない、っていうか俺は多分赤ちゃんなわけで、サンは私を背負って移動する。
自分の体重がどれくらいなのかなんて知らないけど、サンは私を背負った上で両手にとんでもない荷物を抱える。こんな細腕でどうしてあそこまで持てるのかが分からない。ゴリラの末裔か何かなのか?
……主婦ってのは怖い。この世界の専業主婦とは、手から火と水を出し、一抱えもある荷物を片手で2つ持ち、残像を出しながら家中を掃除し、そんで1日中ぼーっとする職業なのだ。
自分でも何言ってるか分かんなくなってきた。
「アンちゃん大きくなったわね~」
赤子を抱えた新米ママさんみたいなサンだけど、声を掛けてくる近所のおばさんって感じの人もやっぱ若い。
見た限りになってしまうけど、この町の人は全体的に若くて美形な人が多い気がする。
なんだろうな、美化Modもりもりのスペースリムをやってる気分になる。
「もう重くて大変でさー」
「まだ歩かないの?」
「それがつかまり立ちしか――」
女性が会うとどうなる。知らんのか? 会話が始まる。会話はいつ終わる? 終わらない。
……ま、いつものことだし慣れてますけどね。寝ちゃおっかな。
「そうそう、ケストのあの話聞いた?」
「またなんかしてるの?」
「みたいよ。ダール人の私達には関係無いけど――」
ダール人というのはこの町の人のことを指すみたいで、つまりこの町の名前はダール。私もダール人の1人というわけだ。
この国はダニヴェスっていうらしくて、この町の正式名称はダリルレ・リニアル……だったかな? っていうらしい。なげえし言いづれえしで正式名称を聞くことは滅多にない。
日本語に訳すとー……「ダニヴェスのリル家の治めるリニアル沿いの町」になる。リニアルってのは町のすぐそばを通ってる川の名前で、1回だけ見たことあるけどめっちゃ太かった。
「――段と寒いわねぇ」
「もう15月よ? でも冬はこれから!」
どうやらこっちの世界、1年が12ヶ月ではないらしく、16ヶ月となっている。
月だけじゃなくて、数の数え方も4進法と16進法が混じったような変な感じ。ユタいわく16の方が一般的らしい。
1ヶ月の長さは24日だけど――まあいいや。
……なんで16なんて数字なんだってのは置いといて、今は15月で、私は生後9ヶ月らしく、つまりは6月生まれってことになる。日にちまでは知らない。
6月ってのはこっちの世界だと暖かい季節らしく、今はその正反対になるわけで……寒い。家の中と違って外はマジで寒い。
サンも私ももっこもこの重装備だというのにとにかく寒い。昼間だってのに気温0度下回ってるんじゃねってレベル。俺達は……試されているんだ!
「そろそろ行かないと。メール、またね」
「うん、また」
おや、長くなると身構えてたのに予想より早い。
いやもうね、さっさとお家帰ってぬくぬくしましょうよ。マジで寒いんですってここ。てか今後もっと寒くなるってマジで言ってんの? そらまとめ買いして引きこもるわなって話です。
ていうか1人だけで行ってくんね? 家で歩く練習してたいんだが?
"お話"ですらなかったので一から書き直しました。
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旧版履歴
2020/10/03 誤字修正と解像度の変更
2018/05/04 全体的な見直し
2018/03/06 ーー→――
2016/12/14 改行と視点変更
2016/10/31 13:05 初投稿