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二百話 連鎖反応3

 感情を読みながら、先を考えながら、歩きながら、話しながら。

 瞬間的には難しくとも、時間さえあれば私の脳は分析向きであるらしい。


 魔力の濁流は確かに2系統に分けられる。私の分析力では数までは判明しないが、少なくとも2系統存在し、うち片方の――言語化は難しいものの、やや波の高い(・・・・)方の魔力のほうが圧倒的だ。

 割合的に表してみると、静かな魔力(・・・・・)2に対し波立つ魔力(・・・・・)が7といった程度。残念ながら会話の流れ的にどちらの不死生物が多いのかという話は聞けていないが、おそらくは静かな魔力1体の波立つ魔力2体なのだろう。

 とまあ私には2種類に見えている、言い換えるなら個体差を読み取れるほどでは未だないが、しかし簡単な分離には成功。つくづく自分の脳の優秀さというか、暇さえあれば何かを考える癖というのはこういう時には便利だなと考えてみたり。


 そうしておそらくは見かけ不死生物が2匹なのだろうということも。

 ま、こっちは経験談からだ。真の不死生物というものは以前からダンジョンで見かけていたこともあり、この「静かな魔力」というものには非常に覚えがある。

 波立つ魔力が強いこともあり気づくのが遅れたが、この魔力をさっさと思い出せれば分析もより早まっていただろう。ここらへんは私の記憶力ゆえ、だね。


 さて、中身が分かったところで次はどうするか。

 "真の不死生物"のものと思われる魔力は割合こそ低いものの、絶対値として見ればかなりのもの。少なくとも私達がこれまで見たことのある不死生物ではないことは確かだろう。

 だが真の不死生物とは泥人形だったりの物質型魔力生物に近しい存在であるらしく、ということは13階層の階層守護者である氷塊明影(フェノネッセ)同様知性に優れた魔物ではない可能性が十分に存在する。

 一方の"そう生まれた不死生物"に関しては情報がない。あるいはこれまでに対峙したことがあるのかもしれないが、活動中に魔石を持たない不死生物モドキではない不死生物というものを見た記憶はない。


 あまりにも情報が少ない状態だが、私達を傍観するエメーリアからはこれ以上の情報は得られないと考えたほうが良いだろう。

 同じくギルド員2人も――いや、ゴーグルをつけている方はともかく、ゴーグルのない彼はどうだろう?


「中核守護者に心当たりってありますか――?」


 ――そうだ。

 言葉にしてようやく気付いたが、今回の相手は階層守護者(フロアガーディアン)ではなく中核守護者(コアガーディアン)

 過去に出会った階層守護者達からの類推にどれほどの意味がある?


 私達は中核守護者と出会ったことはなく、その情報に関しても非常に限定的だ。

 何せ中核守護者とは存在そのものが非常に少ない。通常のダンジョンであれば数百という魔物の中でも唯一の存在であり、こういった連結型のダンジョンでなければ特徴を見出だせるほどのサンプル数が得られない。

 連結型でなければ。


「不死核の守護者に関しては2度だけですが討伐情報があります。

 口頭での説明になってしまいますがよろしいですか?」


 先に言えっ!

 とは言わない方が良いだろうな。

 なんとなくだけど、このクエストの真意が見えてきてる気がするし、


「なんで先に言ってくんねーんだよ!」


 ……それに、私が言わなくても言ってくれるのが居るし。

 ギルド員の胸ぐらを掴みかかるティナ、傍観する私、止めにかかるレニー。

 だがレニーよりも早かったのはもう1人。ゴーグルの方のギルド員だった。


「人相手に振るうための()ではないだろう?」

「っでぇでで!?」


 異様な光景だった。

 確かにティナは筋肉に難を抱えているが、それを補うだけの魔力と術式があり、私達の中では最も力があるはずだった。

 そのティナの手を、文字通り赤子を手を捻るが如く。

 冗談みたいな光景だ。


「す、すみません!」

「……リーダーが謝れば済むとでも思ったのか。これは彼女の問題だ」


 これは、冗談じゃない。

 なぜ私はギルド員にこれまで目を向けていなかった?

 自衛ができる。いいね?


 違う。


 この2人は私達が中核守護者を倒せなかった場合の最終兵器。私達とは比べ物にならない実力者。

 このクエストはそういうものだったのだから。


「――で」

「あああっ!」


 手首を更に捻られたのか、されるがままに倒れ込んでしまうティナ。

 ……ああ、私ってバカだったんだ。


「手を離して」


 ダガーを引き抜き、彼の脇腹に当てて、そんなセリフを吐いてしまっていた。

 そんなつもりはなかったのに、動いてしまっていた。


 振り向きもせず、ただ目線だけ。

 最低限の動作で目が合った。

 視界が瞬き、傾き、……ぽすっ? 妙な音。


「……美しい刃だ。それも、人に向けるものじゃない」


 動いたこと自体は間違いない。

 しかし握りしめていたはずのダガーは、まるで柔らかいものにでも包まれたかのような音を立て、地に落ちていた。

 それだけじゃない。体の操作が……全身の力が抜けてしまっている。


「次は君か? 紫陽花のリーダー、レニィン」

「……いや……自分は……」

「どうやら君は()らしい」


 どうしてだろうか、この場はギルド員に支配されてしまっている。

 名前ですら覚えてないような、これまでほぼ喋っていなかった彼に支配されてしまっている。

 屈辱――。


 目を合わせただけで、全身の力が抜けてしまったのに。

 途轍もない強者を前に、力を入れることすらできなくなってしまっているだけなのに。

 屈辱? ……屈辱?

 驕りだ。


「はぁ……セビコ、あんたも怪我をさせてはいけないよ」

「先に手を出されている以上は正当な防衛だろ……いや冗談。なぁに軽い説教さ」

「はいはい。奇人烈行は一応警戒。紫陽花の3人はさっさと敵意を鎮めなさい。

 コルマーン冒険者ギルド第1部2章2節1項。つまり26ページの3行――」


 1章にはギルドの理念が長々と、2章には禁止事項が列挙され、3章には……全てを思い出す理由も無いだろう。

 3冊全てに目を通したが、特段手帳に記すべき内容もなかった。


「――する全ての者は、以下の例に該当する除き、人間種への敵対行為を禁ずる」


 そんな当たり前のことを守れなかった。


「一字一句覚えているな。だが――」

「――覚えても実行しなきゃ意味がない、ですよね。

 ……ふぅ、落ち着いてるかな。うん、落ち着いてるね。

 私はセビコさん、がティナを掴んだのを反射的に守ろうとしただけ。

 セビコさんもそ、そちらの方を反射的に守ろうとしただけ。――」


 冒険者である以前に、魔人である以前に、呪人である以前に。

 私達は人だ。

 人は社会に属し、規範に則り、規則を守ってこそ。

 だが人は破ってしまうこともある。破ってしまった場合、最初に行なうべきは?


「――ですが、敵意を剥き出しにした言動であったのは確か。謝罪します」

「なるほど確かに魔人だ。あぁ、小賢しい」


 まずは場を静め、流れを繕い、刃ではなく口で語る場に作り変えることだ。

 冷静さは表層だけでいい。取り繕ったって構わない。

 少なくとも「冷静でなければならない状況だ」と認識させる。

 人の血を見たい()は存在しないのだから。


「褒め言葉と受け取っておきますね」

「……場の支配者は君だな。

 分かった、私も謝ろう。"口頭で注意すれば良かった"などと言われる前に。

 それで――」


 エメーリア以外の視線は今回のいざこざのきっかけへ。


「あー、ああ。マジでアタシが悪い。カッとなって掴みかかっちまった――」


 魔人は事象に対する執着が――ええと、切り替えが早い。

 私なんかは前世よりの気質らしいけど、ティナもティナで魔人であるという前提を抜きにしても切り替えが早い。

 呪人には軽率とも映るらしいが、今回のクエストを考えるに彼らは私たちのことを十分に知っているはず。もちろん、私とティナが魔人であることも含め。


 そもそもコルマーンでは、私たち魔人は差別を受けてはいないと思う。

 明確な差別を掲げる東部、形式上では差別を撤廃している中部、そして差別ではなく区別のある西部。

 現状では西部――というかカスパーニャ――の影響が強いダンジョン都市は西部に含んでしまってもいいだろう。

 必要に応じ適材適所的なものを区別と捉えるか差別と捉えるかは当人の感覚によるとは思うが、私の感覚的には前者だ。

 種族的に私たちは区別を受け入れやすいと思うが、呪人側はそうではないはず。つまりは彼らなりの譲歩であるか、あるいは――何にしろ、詳しく知りたければ歴史を学ぶ必要がありそう。

 とりあえず、曰く場の支配者らしい"魔人"の言葉は有効だろうか。


「ではここまで。

 相手が何なのか、どういう規則があるのか……私は小賢しい(・・・・)魔人ですから」


 軽く微笑み言葉を紡ぎつつ、セビコを一目――やはり私。そんな一瞬では大した感情は読み取れず、最低限の一欠片のみ。

 とても小さな諦観の徴候。

 だが今はそれで十分。細かい感情の分析は後で思い出しつつ行なえればいい。


「さて、本題に移りますが――」


 リラックスしているわけではないものの、とはいえダンジョン内であるべき緊張感は失われてしまっている。

 切り替えろ、私。


 視界を覆う紫の靄を睨みつけ、再解析――まあダンジョン自体が魔力を持つせいで難しくはあるものの、しかし魔力の向きや量程度なら見えているし、話しながらも観察までは怠らなかった。

 魔力自体はやはり2系統にしか見えなかったが、しかし波立つ魔力中に僅かばかりの差を見出だせた。

 まあ……波立つ魔力がどちらも魔術師(・・・)でなければ活用しづらい点ではあるものの、勝率を上げるための1要素であることに変わりはない。


「"不死核の守護者"について教えてもらえますか」



◆◇◆◇◆◇◆



 読み取った魔力とも照らし合わしつつ、情報共有。

 渡された情報量自体はそれほどでもなかったがしかし、話の前後に起きたイベントが関係しているのか、と勘ぐってしまう程度には密度が高かった。


 構成としては真の不死生物(静かな魔力)が1の見かけ不死生物(波立つ魔力)2。

 静かな魔力(既知)7体相当の波立つ魔力(未知)が現れるという最悪のパターンを免れられたし、それを予め読み取れていたおかげで情報の信頼性も上がった。


 真の不死生物の方は2回の出現からは共通項は見えていないとのことで、私としてもせいぜいが「戦士枠かな……?」程度。

 一応、前々回は物質としての肉体を持たない光の精霊とでも呼ぶべき存在。当時も見かけ不死生物以下の魔力量と読まれていたものの、実際の魔力量は見かけ不死生物以上だったらしい。

 ただ……なんというか、私の想像する"光の精霊っぽい攻撃"は全くなかったらしく、人が扱うような近接武器を発現させ、それらを振るうのが主だったらしい。


 前回は物質としての肉体を持ってはいたことは間違いないものの、その物質自体は特定されていない。

 というのも広く知られている――私も冒険者としての常識(・・)として持っている――真の不死生物とは異なり、変質する肉体を持っていたらしい。

 非常に硬質で光沢のある黒い体、強い粘着質且つ弾性にも富む暗い体、白っぽい空気のような実態のない体、透き通った赤褐色の液状の体。その他枚挙に暇がないほどに変質させていたようだが、明確な性質が判明しているのは以上。

 炭、ゴム、灰または煙、樹液または油、としてみれば樹木や燃料辺りに関係している気もするが、ギルドとしては関連性不明とのこと。

 こちらもやはり魔力生物としての魔術らしきはほとんど見られず、肉体変質による近接戦を主としたようだ。


 で、私たちのおそらくは知らない方。

 こっちも共通項は見つかっておらず、ギルドとしては「2体で1体の魔物」の可能性すら考慮対象としているらしい。

 前々回は屍竜と屍人。見かけ不死生物(・・・・・・・)というのは言葉通りの意味であるらしく、私の知る骨っぽい不死生物なんかとは異なり魔石を核としては持たず、他の魔物同様心臓への攻撃は致命傷となるらしい。

 この回の屍竜に関しては、エリアズのような亜竜とは全く異なり、空間そのものを書き換えたとしか考えられないような魔術を用いていたらしい。

 加えて私のよく知る竜(ケヒシャーナッダ)のような竜とも異なり、八肢ではなく六肢だったと――つまりは絶滅種とされている旧竜がベースだと考えられる。


 外見上の最大の特徴は、分岐する関節部。

 当然ながら現存する竜には分岐する関節部なんてものはほとんどなく、ゆえにケヒスは旧竜ではないと言い切れてしまうのだが、では見たことがないのかと言われればそうではない。

 あの黒い化け物は肘が分岐し、片方が前腕に、もう片方は翼とも刃とも取れる独自の器官になっていた。

 見かけ上の分岐であり実際はカニの爪のような構造だ、としてみた方が現実的なのだが、残念ながらあの前腕翼とでも呼ぶべき部分は折り畳むことができていた。

 独立する4枚の翼に関しても、4本足の付け根で分岐していると考えてみれば納得できるし、奇妙な角度で生えていたあの指に関しても同様。

 まあ今度は「これでは四肢では……?」という疑問と戦うハメにもなったが、そもそもが旧竜の解剖骨格があるわけでもなく、単に最も大きな1対の翼に2対の足によって六肢とされているだけの可能性だってある。旧竜に関しての情報はほとんど手に入らない関係上、伝聞した情報はあまり信じられない。


 ――っと、考えを戻して前々回。この屍竜はギルド員によれば「腐敗や腐食、風化、老化」を操るとかいうどう考えたってヤバすぎる奴だったらしいのだが、本質的には()の扱いに長けていたように聞こえた。

 基本的には光の精霊の後方支援を担当していたようで、肉弾戦の情報がほとんどなく、唯一の手がかりは"攻撃は近づくにつれ遅れ、到達しない"という情報。

 私だって時の魔言(タイナ)を一応は使えるが、これは早める一辺倒。しかしもし逆方向に向けることができれば、ウィーニ・タイナ・ゾエロのような形で腐敗や腐食と遅延の両立も可能だろうか。

 まあリズで熱を生み出せない辺り、私たちの扱う魔術とは根源的な何かが異なる……――うん、また後で。

 屍人に関しての情報は全く開示できず、また屍竜に関してもどう討たれたのかは開示できないと言われてしまった。……屍人の右腕を体内に転送したとか? まさかね。


 前回の見かけ不死生物は2頭の鹿で、今までは2体で1体の魔物と考えられていたが、今回の観測によって真の2体であった可能性が高まった連中。

 片方は緑色に薄く発光する苔の生えた立派な枝角を携え、毛艶もよく筋骨隆々、体高ですら成人男性以上。もう片方は角がない……というかそもそもが手のひらに入ってしまう程度の小動物サイズ。

 大型・小型共に高度な自己治癒魔術を持っており、加えて大型であれば防御術が、小型は俊敏すぎてそもそも攻撃がほとんど当たらない、とここまでは理解の範疇。

 大型は戦闘中体躯と角の小型化が徐々に進行。大型の変化に同調するかのように小型は逆に大型化且つ角が成長していき、外観上では見分けのつかない状態に。

 最終的に小型は完全に大型化し、大型は完全に小型化し、ある段階で体躯の変化の方向が逆転し、とこれを繰り返した。

 結論としては、魔力を司ると考え繰り返された「角への攻撃」自体がこれらの事象を起こしていたと考えられ、角に当たらないようにと攻撃を繰り返すことによって推定初期大型を討伐したところ、元凶と考えられていた角が脱落。


 問題はここからで、脱落した角に触れた冒険者が変形し、鹿様に。また角の脱落した元大型は鹿ではない何らかの死骸へと変容。これらから角そのものが何らかの魔物であり、鹿様の肉体は魔物そのものではないと判明。

 角への攻撃は1対の肉体に何らかの変化を齎すに過ぎず、繰り返しの攻撃は次の冒険者の死へと繋がる――と考えられ、討伐に挑んだ冒険者らは撤退を宣言。

 以降は同伴していたギルド員によって討伐されたとのことだが、冒険者のパーティは1名を残し全滅し、ギルド員からも行方不明者を出してしまったらしい。

 魔物としての同定はなされていないものの、ギルドでは「対の角」という仮名が与えられている。


 話をまとめると、真の不死生物という性質を除きどちらも知らない魔物である可能性が極めて高い。またおそらくは見かけ不死生物の方が圧倒的だ。

 真の不死生物自体ははいわゆる「魔力生物」であり、その種や詳細こそ不明なものの性質自体には慣れている。

 見かけ不死生物はおそらく互いに作用し合う対の魔物であり、片方だけを殺すというのは決定打にならない可能性はあるものの、有効打でないとも言い切れない、と。……どちらかといえばこちらに集中した方が良いだろうか。


 とはいえ真の不死生物自体も気を抜けるような存在ではないだろう。

 何せ燃料精霊らしき魔物は言語能力を有していたらしく、また変質直前に「変質する」との予告をした上で宣言とは異なる変質を行なうなども確認されている。

 ここよりも深層且つ階層守護者である氷塊明影を乾電池扱いしてはいるものの、あれはギルドで行動記録を購入したし、且つ単調な行動を繰り返すだけの機械的な存在。"乾電池に楽に勝てる"と"魔物に勝てる"はイコールではないはず。


 うん、こんなもんかな。

 やっぱり情報整理は大事。細かい点に気付けたり、情報同士の繋がりを見つけられたり……でも考えすぎも考えもの。

 これ以上有益な情報を引き出すには場所も時間も都合が悪い。


 じゃ、ボス戦と行きますか。

 普通に休憩してました。

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