十九話 セネ語の男の子
2021/06/06 一部描写の変更と追加。
「さっぱり分からん。健康そのものに見えるがなあ」
老人がため息をついた。ここはセメニアの案内で連れて行かれた診療所だ。
「じゃあ魔術でここまでテレポートしたってのは?」
「うーむ……そのような魔術師が、こんな小さな子を、辺境のダールに飛ばすかの」
結論から言えば、完全に健康体な呪人。しかし会話してみて分かった事だが、記憶だけではなく知識も抜け落ちてしまっている。例えば文字の読み書きは出来ないくせに録石の事も知らないとか。それにどうやら、彼はこの大陸で使用されている言語以外を扱っているらしい。
では何故私だけが理解出来たか、と言うのはさっぱり分からない。でも日本語や英語なんかではないので、お仲間ではないようだ。
「こりゃ参ったな。身元不明で本人はほとんど何も覚えとらんと来た。孤児院に入れるしかないかの」
まあ、そうなるか。この街、この国、或いはこの世界での法律と言うのは、別に人を守るためのものではない。街や国を守るためのものだ。本来であればこの子は不法入国者であり、処されても仕方がない。
それならばまだ、孤児院に引き取られたほうが良い。引き取ってくれるかどうかが怪しいところだが。
「ねえおじいちゃん。この子の喋ってる言葉、分かる人に心当たりとかないの?」
「ふむ……古物商の店主なら、何か分かるかもしれん」
古物商か、なるほど。確かにその手の奴なら知識はありそうだ。手がかりの1つでも見つかるかもしれないし、連れて行ってみるとして。
「どこにあるの?」
「あたし知ってる!」
さすがセメニア。伊達に屋根の上を歩いて怒られたりしてる訳じゃないな、うん。
「君の言葉、分かる人がいるかもしれないから、そっちに行こっか」
「うん」
私は現状通訳だ。だって私しか言葉通じないっぽいし。
言語を切り替えてる感覚は全く無く、ただこの子に対して何かを伝えようとすると言葉が伝わるらしい。謎だ。
しかも、話す時に魔力を使っているのが分かる。無意識に声の魔術が出てるのかな? さっぱり分からん。ただちょっと、喉の辺りがむず痒い。
「行くよ!」
「あ、ありがとうございました。待ってー!」
せめて礼の1つくらいは言うべきだろ。この人無料で対応してくれてんだぞ。
ああもう、これだからお転婆は……足はえー。
「……さて、なんて報告すりゃいいかのう」
◆◇◆◇◆◇◆
「ホントにここ通るの?」
「ここが1番の近道!」
この会話も何度目だろうか。セメニアは裏路地の様な道をスイスイ歩いて行く。私には少し怖い……と言うか、ここが何処かももはや分からん。はぐれたら完全に迷子だよこれ。もうちょっと街を知っておくべきだった……。
「はい、とーちゃく!」
「お、おお? よく分かんないけど着いた」
「よく分かんないって何よ!」
そんなこんなで着いた。と言うか、裏路地出たら目の前にあった。こいつ頭の中にゴーグルマップでも入ってるんだろうか?
まあとにかく、店主とやらに会ってみないことには分からないな。乗りかかった舟ではあるし、こうなったら最後まで見届けたいもんだ。
「こんにちはー……店主さん、居ますか?」
「お? ちっちゃいお客さんが3人も来たね。めずらしー」
出迎えたのは、予想外に若い女の人だった。うちの母より若いんじゃないかこれ。いや、この世界の年齢は見た目とあんまり一致しないってのはなんとなく知ってるけど。
「今日は何が欲しいの? それとも冒険中?」
「お姉さん、この子の言葉、分かりますか?」
「え、何そのクエスト。まあいいわ、何か喋ってみて?」
残念ながら全員が私達の言葉で喋ってるわけで、男の子には私が翻訳してやらなきゃいけない。
「君の言葉通じるかもしれないから、なんか喋ってみてだって」
「……? 果物食べたい」
なんだそのワードセンス。ちょっとニヤけが……まあいい、通じたかな?
「んー……かなり訛ってるけどセネ語かな?」
「セネ語って、なんですか?」
「ダニヴェスよりずーっと南の方にエレヒュノイズって国があるの。そことかで使われてるやつ」
店主が説明を始める。私の住む国、ダニヴェスの南には海が広がっている。その海を渡った先にある国で、前世で言う国家連邦のような、小さな島国が集まった国なんだとか。頭のなかで何故かインドネシアが浮かんだけど、多分間違ってるし、第一私はインドネシアについて詳しくはない。
「セネ語はあそこらへんが1番使われてるから、もしかしたらそっちの方の子かなーって。まあ、島によって訛りがあるから正しいのがこれ! とは言えないんだけど……」
やっぱ国によってある程度言語違うのね。私が話してるこれは何語なんだろう? 今度調べてみるか。
もし外国に行くってなったらまた勉強も必要になるしな。自動翻訳の魔術とかないし。
「セネ語で書かれてる本があるんだ。あ、本って分かる? 文字って実は数字以外にもあって、言葉も文字に出来るんだ。その本が読みたくて、昔覚えたんだよねー」
「本? ちょっと見てみたいかも」
嘘だ。ちょっとどころじゃなくかなり見てみたい。別言語だろうが私達の言語だろうが、なんにしろかなり興味がある。つーかこの言い方だと、一般的には文字=数字なんだな。
……まあ録石とか言う便利ツールがあればそうなるか。前世でも普段は携帯やPCで文字入力しているせいで、漢字が書けない! なんて人も結構居たみたいだし。
「それはおいといて。で、このセネ語の男の子がどうしたの?」
「お姉さんはセネ語は喋れないの?」
「うーん……すっごいぎこちなくなっちゃうよ。あんまりペラペラ喋れない」
手がかりが1つ。
NG
「セネ語で書かれてる本があるんだ。あ、本って分かる?文字って実は数字以外にもあって、言葉も文字に出来るんだ。その本が読みたくて、覚えたんだよねー」
「ほーん?ちょっと見てみたいかも」