十七話 武術は向いてない。
16日に"妙な物"を投稿してしまいました……下書きはもっと遠い時間を指定しておくべきですね……反省。
ダメだ。闘気というのがよく分からん。端的に言えば私には闘気を練る才能がなかった。
無意識のうちにある程度は使っているようなんだが……いや、魔人なら皆無意識に多かれ少なかれ使っているらしい。確かに魔力が切れた時は体が重かった。
だからと言って、無意識に出来ているものを意識的にやれと言われても無理なのだ。少なくとも私には。
ロニーが「右腕にもう1本右腕を重ねて……」なんて分からない説明をするのも悪い。きっとロニーのせいだ。……いや、私のせいだ。
だが収穫はあった。武術と言うものは不思議で、体も動かせば動かすほど考えていた動きに馴染んでくる。それに魔人独特なのかは分からないが、武器だけではなく意表を突くように魔術を交えるなんて事も教わった。でも多分、これは対人用だと思う。
得るものは多かったけど、最も重要な"闘気"については得られなかった。まあ良しとしよう……無駄な努力ではなかったはず。
◆◇◆◇◆◇◆
今日で2人で決めた4ヶ月。最後の武術訓練だ。最初の1ヶ月で闘気が覚えられないならやるだけ無駄と言うロニーに対して、それでも良いからと私がお願いして伸ばしてもらった。
「ごめんね、アン。僕の教え方が上手じゃなくて」
「ううん、そんなことないよ!闘気以外は色々覚えられたし……」
項垂れるロニーに、私は元気を出してほしくてそう声を掛ける。実際得るものはあったわけだし。小さい頃から体の操作に慣れておくと言うのは重要だとも聞く。特にバランス関連とか。その点ロニー流武術(仮)は、空中戦なんかも考慮されていたので非常に為になった。
……前世の常識的に、空中じゃ基本的に落ちるだけだと思っていたからね。風術を利用して飛行機のようにコントロールするってのはちょっと発想が追いつかなかった。私には全然使えないけど。だって闘気無いと骨折必須だし。痛いのはイヤイヤよ。
「訓練も終わったことだし、そろそろ教えてくれないかい?本当に冒険者になる気なの?」
"冒険者"。サブカル好きな地球人なら一度は憧れを持つ職業だろう。実際のところそれがどのように過酷なのか、なんてのは度外視して、とにかくなってみたい!なんて人は多いはずだ。
漏れなくと言う訳では無いが私もその一人だった。でもこっちの世界に来て、ロニーやセレンから話を聞いて、その実情を思い知った。冒険者と言うのは過酷だ。
恐らく前世の日雇い労働者の方がまだマシな生活をしているのではないかとすら思う。収入も安定せず保険も無い。家も持たない流離い人と言う感じだ。でも私はその"冒険者"になりたい。
多分、私は死を受け入れたんだと思う。その上で2回目の生……言わばボーナスステージだ。だったら、どんなリスクも痛くはない。本来ならば無いはずのエクストラステージ。好きに生きてみようじゃないか。
……ただ、ロニーとサンはどうなる。2人共実際にこの世界で生きている人間だ。少なくともここが私の死に際の長い夢などでなければ。私からしたらここは追加マップだけど、2人からしたら本編なのだ。愛する娘なのだ。
なんて葛藤を繰り返したけど、結局は冒険者になりたいと言う比重が勝ってしまった。自分勝手なんだな。私は。
「うん。なりたい。ユタがなったから」
「……そっか。寂しくなるね」
表面上の理由はユタとする。私のお兄ちゃんっ子さは両親共に理解してるはずだ。と言うか、多分ユタと同じことをしたいというのは嘘ではなく、本音の1つでもあると思う。
「アンは闘気は纏えないけど、魔術の才能はピカイチだ。僕が保証する。だから、誰でも良い。信用できる"戦士"を1人見つけなさい。お互いに命を預けられる、そんな戦士だ。
そしてその人を命を掛けて守りなさい。その人に命を掛けて守ってもらいなさい。そうすれば、大成するよ」
「……うん、分かった。ありがとう、パパ」
◆◇◆◇◆◇◆
ロニーと共に、食品を買いつつ家に帰る。この頃はロニーと訓練した日はいつもこうだ。でも今日は、ちょっと違った。
「あれ、アンじゃない!」
「あ、セメニアちゃん。こんばんは」
ふと声を掛けてきたのは赤毛のおさげが似合う女児。公園で簡単な魔術を練習していた時に声を掛けられて以来、たまに一緒に遊んでいる。よく見ると後ろに彼女の弟も居る。
「ネールくんも。こんな時間に珍しいね」
「ママにお使い頼まれたのよ!」
胸を張ってそう言うセメニアの左手には、安いパンといくつかの野菜が入れられた編みかごが掛けられている。
私の基準では、中世の世界で子供だけでのお使いなんて危険だとは思ったが……どうやら思った以上に治安はしっかりしているらしい。
「そっか。転ばないように気をつけてね」
「もー!ママみたいな事言う!まーいいわ、またねー!」
「アン、今の子は?」
「んっと、友達のセメニアちゃんとネールくん」
「良い子達だね。お友達は大切にするんだよ」
「はーい」
なんだか今日のロニーは説教臭い。腹いせにクッキーを1枚ねだってやった。甘味が高いのは相変わらずらしい。