一話 異世界転性
2020/10/03 誤字修正と多少の手直し
2018/05/04 全体的に見直し
2018/03/06 視点変更
――暖かい、ずっとここに居たい。
はっきりとしない意識の中でそう考えていた。いや、感じていた。しかし世界の終わりは唐突にやってきた。
……苦しい。進みたくない。いつまでもここで……。
狭い空間を流れていく。ただただ暗く狭い空間を、薄ら明かりを目指して。流されているのが、流れているのか。俺の意思なのか、本能なのか。
やっと抜け出した俺を最初に襲ったのは、寒さと息苦しさ。突然の事に驚いて泣き出してしまうのも仕方の無いことだろう。
そんな俺を見た周りの者が騒ぎ出していたが、その時は気づかなかった。くぐもった音を拾うよりも、幸福な時が終わったことを悲しむのに精一杯だったから。
そうして、阿野優人は二度目の人生を迎えた。
◆◇◆◇◆◇◆
一週間後
赤子用のベッドに寝かされつつ考えていた。
自分を甲斐甲斐しく世話する者が2人。たまにちょっかいを出してくる子が1人。恐らく前者が親で後者は兄弟なんだろう。
その三者が世界の全て。意識ははっきりとせず体の操作も覚束ない。声は出せるものの自由とはいえず、"あー"だの"うー"だのといったクーイングが限界。
目もよく見えずぼやぼやしているし、排泄すら制御出来ずだだ漏らし。これが赤ん坊か、言葉を覚え直す必要もありそうだなぁ……。
あまり長時間考えるとすぐに眠気が襲ってくる。多分脳もまだ未発達なんだろう。じゃあなんで意識ははっきりしているんだろう。意識なんて脳の電気信号に過ぎないと思っていたわけだけど、こうして俺は俺だとはっきりしているわけだし――
睡魔に襲われ抗えず、今日も俺は眠りに就く。
◆◇◆◇◆◇◆
二週間後
耳や目がある程度使い物になってきて、周囲や自分の事をぼんやりとだが理解出来てきた。そして驚いた。なんと俺は――女の子らしい。
異世界転生物はよく読んだけど、そういや性別が変わる物は……読んだことないな、これじゃ転性じゃんか……。
うわ、どうしよ。いや、考えてもどうしようもないのは分かってるけどさ。
ついでに俺はどうやらアンと呼ばれているらしい。多分名前か、あるいは赤ん坊って意味なんだろう。
転生ってんだから神様からチート貰ってハーレム作って……なーんて、所詮空想か。いや、自分の意識があって、尚且考えることが出来る時点でだいぶ恵まれてるのか?
そもそも死んだ後に人生やり直しって時点でだいぶラッキー?……あぁ疲れた。この体はすぐ疲れる。
そんな事を考えつつ、今日もまた睡魔に負けた。MAN'S TAILさえあれば勝てるっていうのにさ。
◆◇◆◇◆◇◆
三週間後
暇すぎる!!
どうしたのボブ?いきなり騒ぎ出して。
どうしたかって?よく聞いてくれたよアンジェリーナ!僕は今、赤ん坊なんだ。つまりそれは母乳を飲んで、排泄をして、眠って、たまにちょっかいを出しに来る兄弟の指を噛んだりする程度しかやることがないってことなんだ。
歩けないし喋れないから色々考えてみたりするけど、今度は睡魔の奴が襲ってくるんだ。どうだい?最高に暇だとは思わないかい?
つまり……地獄ね。だって会話すら出来ないのよね。悪いけど絶対無理。私、会話出来ないと死んじゃう病気なの。でもボブは仕事詰めで疲れていたんでしょう?なら丁度いい休暇ね。楽しんで!じゃね。
なんてこったい!これから僕はどうしたらいい!ゲームも出来ない、散歩も行けない、食べたいご飯も選べない!頭を使えばすぐに眠くなる!!ああ、待ってくれよアンジェリーナ!僕を1人にしないで!!
なんて、脳内で会話ごっこする程度には暇だ。ふぅ、今日の分の脳をかなり使ってしまった気がする。
兎にも角にも暇なのだ。代わり、体の操作はだいぶ慣れてきた。さすがに折り紙をしろといわれたら厳しいだろうし、筋力不足で全く出来ないことも多い。
声なんて喃語すらまだ出せないし、排泄もまだ自分の力だけじゃ制御出来ていない。依然ダダ漏らしです。羞恥心なんてどっか行っちまうぜ。
声で思い出した。喉の辺りになんか違和感があるんだよね。前世には無い感覚だから説明しづらいけど……身体中にもうっすらとそれがあって、喉の辺りはことさら強い。辺りの空間とかには何も無いみたいだけど、これは一体なんだろう。
この世界がよくある中世ファンタジーな異世界なら定番ともいえるそれを感じようともがいては見ているのだが、全く感じない。もしかして前世があるせい?単にセンスないだけ?
この時の私はまだ気付いてなかった。自身が無意識ながらも魔力を使っている事に。
◆◇◆◇◆◇◆
一ヶ月後
ある程度首が動かせるようになったから、最近は辺りを観察してみている。今までは抱っこされた時にぼやける視界で見れるだけだったし、そもそも首すら自由に動かせなかった。
今居る部屋は俺……いや私か?の専用の部屋らしい。赤ん坊にしてはいい部屋、なんだろうか。そもそもここがどんな世界のいつ頃かも分からない。本当に剣と魔法の世界なのかもしれないし、実は先進国ではない白人の国かもしれない。
両親も兄弟も白人っぽいし多分私も白人だ。残念ながら鼻や目でどの国かを判断できるほど人種に詳しくないからどこかは分からないけどさ。
そうそう、この頃は3時間くらいなら考え事をしていても頭痛や睡魔に襲われなくなった。
睡魔であれば考えていた事を脳が記憶してくれるらしく、全く問題は無いのだが頭痛だと厄介だ。
この体は痛みに非常に弱いらしく、頭が痛むとすぐ泣いてしまう。そうすると親が飛んできて掬われ揺さぶられる。すると考えていたことも忘れただただ眠ってしまうのだ。
折角考えたことを忘れてしまうのは、1日にあまり脳を使えない私にとっては致命的だった。痛いわ忘れるわで良いことがない。頭痛なんて嫌いだ。
因みに魔力に関しては何も感じられないので諦めた。多分ここは魔法なんて無い世界だ。喉の違和感?多分風邪だろ風邪。頭痛あるし。
それか声帯の構造がだいぶ変わったせいだ。
この時の私はまだ知らなかった。その頭痛が自身の身に何を起こしているのかを。
◆◇◆◇◆◇◆
二ヶ月後
羽虫が部屋に入ってきたらしい。家族以外の来訪者ははじめてかもしれない。
暇に暇を重ね暇を持て余した暇人の私はなんとかしてそれを手にしたかった。特に意味はない。ただちょっとした暇潰しになればと思っただけだ。
「うっあーおえおぇー」
自分なりの猫なで声を、不明瞭ながらに出してみる。
すると不思議な事に羽虫がこちらに近づいてきた。ゆったりと、ふらふらとした不安定な飛び方ではあるが今の俺にはそれが見ていて楽しい。
もう少し、後少し、もう目の前――
「Fal qw アン? Wfetch, ダメ アン yi-qken shwatthen!」
といったところで私の二度目の母親が現れ、羽虫をつまみ上げてしまった。
「ふぁうぇー!ああー!」
突然の母親の出現に驚くも今大切なのはつまみ上げられている羽虫なのだ。返してくれ!と精一杯に声をあげる。
「M-Magnas?Fum qw outh ... Mus ifng mar Bistanette!?」
母は羽虫を渡すと、暫く考え込んだ後に頭を撫でてどこかへ行ってしまった。
渡された虫は死んでいた。ショックだ。死体に興味はないってのに。
その日の夜。父が仕事帰りに知らない人間を3人、私の元へ引き連れてきた。そいつらのベタベタ触る手が気持ち悪かったので泣き喚いたら帰っていった。大勝利。
◆◇◆◇◆◇◆
六ヶ月後
この頃は親が何を言っているのかがある程度理解できるようになってきた。
外国語を学びたければ現地へ行け、というのは正しいのかもしれない。あるいはこの脳が幼いせいで吸収力が半端ねえパターンかもしれないけど。
後歯が生えてきた。おかげかは分からんが多少言葉も話せるようにはなってきた。といってもパパママみたいな簡単な単語だけだけど。
そして1番の成長はハイハイが出来るようになったことか。
現在父は不在、兄も不在、母は昼寝の三連コンボ。赤子用ベッドから這い出るにはもってこいの日だ。この檻のような構造のせいで出るのに梃子摺ったが、一度出てしまえば私の勝ちだ。
移動できるってのは素晴らしい!そう、これだよこれ!自分の足!いや手もだけどさ。とにかく足が大切なの!うひょおおおおお!!
と、家中を爆走している。爆走っても大人の歩く速度より遅いだろうけどさ。それでも自分なりに爆走していた。部屋の扉は基本開け放たれているおかげで色んな部屋を見て回った。さすがに階段を降りるのは怖かったから2階だけだけどさ。
爆走を開始して30分程度。テンションの上がった俺は自分の最高速度を確認しようとして……そして止まりきれず、木製の家具に頭をぶつけた。
「ぁぁぁぁあああああー!!」
車は急に、止まれない……!
思った以上に速度が出ていたらしく、かなりの勢いで頭をぶつけてしまった。
この体は痛みに弱い。めちゃくちゃ痛い。痛すぎて大声で泣いてしまっている。
仕方ない。赤ん坊なのだから。……ああああ痛いいいいいい!!
「え、何!?アン!?」
1階から母が駆け上がってくるが気にするどころではない。頭がめちゃくちゃ痛いのだ。しかも物理的に。こんなの初めて!!
これは割れたんじゃないか?死ぬんじゃないか?なんて一周回って冷静になった俺が語りかけてくる。
まぁ実際にはそこまで痛くなかったんだろうけど、転生後は物理的な痛みなんてほとんど経験していない私には激痛だった。
天と地がひっくり返るような衝撃だった。だが衝撃は、一度では終わらなかった。
一人称のブレは暫く続きます。