百四十話 獣人
「――獣人というものをどれほど知っているのですか?」
あなたよりは確実に詳しくないでしょうね、とイライラに任せて噛み付いたところで、特に面白い展開になるはずもなく。
ダールの時に集めた情報がほとんどになっちゃうけど、確か――
「生まれた時は私達みたいな姿をしてるけど、成長に伴って体の一部に動物のような特徴が現れてくる、魔人とも呪人とも異なる人間種。
どちらかといえば呪人に近いけど、魔力量は魔人を超す者も多い。でも放出するのはあんまり得意じゃない。
後は……動物っぽければぽいほど短命、くらいかな」
ダールでは獣人なんて全くと言っていいほど見かけなかったし、冒険者になってからも知り合いと呼べるほど仲良くなった獣人は居ないし、あんまり情報収集もしてなかったし。
私が持つ獣人の情報はこのくらいで、ダールを発った時からほとんど変わってない。
せいぜいが「獣」と呼ぶとブチ切れるってのが追加されたくらいだ。あ、あと甘いモノ好きな熊っぽい獣人が居るとか。
「……根底から間違っています」
「根底」
とんでもねえ否定のされ方するじゃん。
「まず第一にですが、獣人は呪人です」
はい?
……んん?
「獣人は呪人の肉体を用いますから、獣人は呪人と言えてしまうのです」
……おー、なるほど?
つまり肉の部分が一緒ってことで……え、何。獣人って悪霊か何かなの?
「獣人とは精霊の一種です。分かりやすく言えば、ハルアの連れている水貂とかの仲間です」
うーわビンゴじゃん。
◆◇◆◇◆◇◆
根底から間違っていました。
ええ、間違っていましたとも。
あんまり主語を大きく取るのは好きじゃないんだけど……物質世界の生物にとっては、肉体と魂とは切り離せない関係であって、2つで1つであって、普通は別々に考えたりなんかはしない。だから獣人のことは獣人と呼んでしまう。
しかし獣人とは厳密には呪人の肉体を操ることに長けた精霊のことであり、肉体部分は単なる呪人でしたよと。
あー、うん。なるほど?
なんか大昔に獣人は筋肉痛にならないとか聞いたことあるけど、それってつまり痛みを感じないってだけのことだったのか。
んでなんか私達よりも魔物に近いみたいなのを読んだか聞いたかしたことあるけど、ある意味納得だ。
……ああ! そういえばレアと初めて会った頃にも獣人についての説明をされたことがあった!
様々な物質世界の生物を象り適応した魔力世界の生物だみたいなこと言ってたわ。確かに言ってた。
うん? じゃあ私は同じ説明を2回させたってことか? ……うう、どうやら自分の理解力を過信しすぎていたようだ。
真っ先に思い浮かんだのが、まずレニーやハクナタはここに居て大丈夫かってことなんだけど……それはどうやら問題無いようだ。
というのも獣人達は呪人と同様に子供を作り、その"器"に乗り換え、元の肉体には"分体"を残すのみ。という繁殖方法であるらしい。
当然いくつか疑問が浮かぶ。
例えば夫婦間で子供が3人以上作られた場合はどうなるのかだとか、1人だけの場合にはどちらが優先されるのかだとか。
全てを知っているわけではないという前置きこそあったものの、結構細かく話してくれた。
獣人達はかなり厳密な階級社会であり、基本的には私達のように夫婦という番を築くわけではない。
さっきの方法で新たな体を得られるのは上位の者であり、下位の者は単に新たな体を作り、"分体"と共に新たな体が成長するまでの世話を行なうためだけの存在……とも限らないようだ。
興味深いのは"分体"というもので、"分体の民"は彼らの社会では最も下層階級とされている。
例えばレアが1番偉くてハクナタが2番目に偉いとすると、最初にできた子はレアの新しい肉体になり、"レアの抜け殻"には分体が残され、最下層である"分体の民"となる。
すると今度はハクナタがこの"レアの抜け殻"を好きにしていいってわけで……極端に年老いてるとかでもなければ、両親役は基本的には2人揃って肉体を得ることができるようだ。
一見するとよくできているように感じるけど、この新たに生まれた"分体"達はそのままでは同じ繁殖方法を取ることができず……って繁殖の方はもういいや。
獣人達が獣っぽく変態していくのは、呪人そのものが持つ自身の体を作り変えるという特性を利用しているらしい。
なんで獣っぽくなるのかに関しては宗教的なお話になってしまったから置いとくとして……厳密にはやや異なるものの、呪人とは全員が女として生まれてくる。
あのレニーだって昔は小さな女の子だったのだ。想像するのが難しいぜ。
ともかく、呪人とは5歳から7歳くらいまでの間に性を決定する人間種だ。
基本的には本人の希望通りの性へとなるらしいが、メルナのように男性化願望を持っていたにも関わらず叶わなかった人が居たり、逆にレニーのように悩んでいるうちに男性化してしまう人も居るとかなんとか。
厳密にってのは見た目が女……つまりは生えてないってだけであって、この期間に大病を患ったりするとどちらでもない状態で成長してしまったりすることもあるらしいので、正しくは無性別として生まれてくるが正しいんだと思う。
呪人達はこのなんとも言えない特性のせいで苦労する人も居るらしいけど、それは一旦置いておいて。
普通、呪人達の変態は生涯において1回限りであるらしい。
一応二次性徴前に男から女へと"戻る"人も居るみたいだけど……中途半端な状態になってしまうことがあったり、短命になってしまったり。とにかく碌なことにならないため、基本的には1回限りと考えていい。
でも何度でも肉体を乗り換えられ、また単なる器としか見ていない獣人達にとって肉体の短命化なんてのはどうでもいい。
この変態能力を全身に適応させ、それぞれの"神の姿"へと近づこうとした結果が、私達のよく知るあのもふもふとした獣人達であるらしい。
しかし中にはカルギのように中途半端な状態で止まってしまう人も居て、獣人からしてみれば恥ずべき姿であるらしい。
もふもふとした姿こそが獣人というイメージがあるものの、実際のところは完璧に変態しきった獣人でなければ恥ずかしくて国の外に出れない、というのが正しいのだそうだ。
そりゃ「なんで中途半端なの?」なんて聞けば怒られてしまっても仕方ないね。ごめんねカルギ。
「いかがです?」
「根底から間違っていました」
「もう間違えませんか?」
「ばっちり頭に叩き込みました」
私としては魂の傷と魔法の話の方を先にしてほしかったんだけど……獣人に全く興味がなかったってわけじゃないし、お勉強も面白かったし、まあいいか。
テントの設置も終わったことだし、ってこれ、もしかしなくともこんなクソ暑い時間から見張りしなきゃいけないってことか。うへぇ。
私もかなり魔力が枯渇してるっぽいし、ティナと一緒に倒れちゃえばよかった……あれ?
「レアは元気そうね」
「そう見えますか?」
魔力視に集中してみて……おや、レアもレアで魔力が全く見えな――これ、私の魔力視の方に問題出てるんじゃ?
「私は本格的にポンコツになったらしい」
「もしかして、変異水飲んでないんですか?」
変異水とは!
ダンジョンという環境に長期間曝されることによって!
高濃度の魔力を含むようになった水、概ね魔力ポーションと呼んでも良さそうなものである!
作るのには専用の容器が必要らしく、そうでない奴でやると"変異水"ではないものになってしまうんだとか。
「う……だってアレめちゃまずいし」
そしてクソまずいのである!
あれが元々ただの水だとか信じらんないよマジ。なんかこう……雑巾の絞り汁を地面にぶちまけて、それを舐めてるような味するんだよ? いやそんなん口にしたことないけどさ。
魔石粉が超高級調味料に感じられる程度にはクソまずい。ていうか体が拒否してきやがるんす。
「するとティナも飲んでませんか?」
「多分。いや、絶対」
「そうですか。ではアン、飲ませてきますので」
会話は終わりだとばかりにテントに向かって歩きだしてしまったレア。セルティナよ、永遠に。
……まあともかく、味・効果共に魔石粉の上位版みたいな存在なんだよね。
私はまだ一口だけしか摂ってないけど、魔石粉と違って5分くらいで効果が見えてくるし、そのたった一口だけでも結構な回復を感じられた。
でもあの味の事を考えると……絶対無理。あんなのと付き合うよりも頭痛と吐き気のハッピーセットと付き合った方が百億倍マシだ。
◆◇◆◇◆◇◆
ティナの断末魔を聞いて約2時間。
変異水は効果覿面だったらしく、多少顔色の戻ったティナは先程からヒエロに絡みっぱなしである。
「――はなんつーの?」
「tizja」
「ティジャ?」
「ティジャじゃない。tizja」
珍しくお勉強モードに入ったらしく、「ヒエロの獣人語」を先程から聞きまくっているようだけど……残念ながら上手く発音できていない。
なんというか、私達の知らない発音が入っているというか。
確かに音的には「ティジャ」が近いんだろうけど、「ジャ」の音を出す時に同時に舌打ちのようなクリックを鳴らす必要があるらしく……。
「ティジャ?」
「tizja」
きっと獣人ってのは舌が2枚生えているのだ。私達には舌が1枚しか無い以上、どう頑張っても習得不能な発音なのだ。
……どうせ村5個とかそういう狭いレベルでしか通じないんだろうしさ、わざわざ勉強しなくてもいいのよ?
それより数学やろーぜ?
「ti zja」
「ti zja?」
「そう」
「ti zja!」
いやなんで出せてるんですか。ティナは文字通りの二枚舌なんですか。
理解不能だわマジで。