百三十九話 枯渇
お久しぶりです、生きてます。
定期更新はまだ難しいのですが、少しずつ投稿していきます。
陽はむせ返るような光を放ち、私の気分とは対照的。
ダールの白い空が懐かしい……なんて考えてしまうほど、想像を上回る熱にうなされつつ、砂の道を歩き続けること3日目。
景色を楽しむ――なんてのももう限界。何せ地面には岩と砂ばかり。稀に枯れ草のようなものを見かけるくらい。
私の視線は自然と彼らの耳に向かう。
「……」
風の動きに合わせていたり、そういうのとは全く関係なかったり。
とにかく獣人達はしきりに耳をひょこひょこと動かしている。遠くの音を拾っているとかなんだろうか。
非常に気になる。
「……」
旅の醍醐味が何かといえば、知らない景色や知らない文化に触れることであるのは間違いない。
しかし同郷の知り合いだけで固まってしまえば、どうしても手の届かないものもある。
ではそれらに触れる手っ取り早い方法とはなんだろう?
「……あのさ」
「しっ」
言葉が通じるという前提さえ満たしていれば、会話は最も手軽な方法だろう。
蓄えていた知識だけでは頼りないなと感じる場面も結構ある。
事前の予習を済ませておいて、足りない部分は会話によって補完する。
なんだかんだ最近の私はこれ一本だった。いや、私達全員が、か。
が、ダメ。
残念ながら獣人の皆様は外での、特に移動中の音による会話を好まれないご様子なのだ。
だから蓄えてた知識だけに頼って推測してみるけど……まず第一に、彼らのほぼ全員が生まれつきの……魔覚とでも呼ぼうか? を持っている。
闘気なるものは後天的に身につけるもののはずだし、であれば生まれつきともなれば呪人では非常に稀、魔人でもそれほど数多いとは言えない。ダールでも……いや割と居るか、居るな。知り合いだけでもギリ2桁届くわ。
まま、魔人の場合は両親が持っていればかなりの割合で遺伝するのに対し、呪人の場合は6%にも満たない、ぶっちゃけ遺伝するのかすらよく分かってないものであるらしい。私達の遺伝子は実はかなり違うのかも。
呪人の場合は遺伝の有無すら不明なレア能力な一方、魔人の場合はある程度止まりではあるが知られている。
母が発現している場合には7割程度で遺伝し、父の場合では娘に限定される上に1割を切る。両親共であれば娘はほぼ確実に発現する一方で、息子は5割程度に留まる。おまけで両親共が発現していなくとも隔世で発現することもある。
しかし同時にこの魔覚遺伝子は死産を招いてしまうものでもあるらしく、実際私にも兄姉がもう1人以上居るはずだったらしい。大昔に1回聞いたきりだからあやふやだけどもさ。
とにかく、残念ながらしわしわの豆とつるつるの豆程度では説明できない……要はトリガーが1つじゃないって話なんだけど、しかしおそらくは常染色体ではなく性染色体の影響が大きいものだ。
と、考えが逸れに逸れてしまった。えーっと……獣人はほぼ全員がこの魔覚を持っていて、だからこそほとんどの獣人が魔力による会話が行なえる、だったっけ。
どうにも砂漠の魔物というものは私達魔人や呪人よりも"耳が良い"らしく、魔物が出そうなところ――つまり外では音による会話は好まないんだそうな。
ついでにいえば獣人自体も"耳が良い"側であるらしく、さっきからの耳の動きも納得できてしまう。いや気にはなるけども。なってるけども。可愛いんだけれども。
さて、これらは全て獣人側のルールの話だ。
何せ私達魔人や呪人は"魔覚"を全員が持っているわけではないし、魔力による会話なんぞはできる私の方がおかしいのだ。いやレアもできてるっぽいけどさ? まあレアだし。
ともかく、私達的には会話とは声によって行なわれるものであるし、いつも通りに話をしていたら……結構な勢いでやめてくれと言われてしまった。
だから今は自重中。ティナが我慢の限界と声を挙げようとも、私はそれを黙らせなければいけないのだ。
なんせ今の私達、魔力の探知が絶望的なんですもの。
「……」
自分自身が誰かと話したり、あるいは誰かと誰かが話しているのを聞いていたり。
私にとっての旅とはそういうものであって、だからこそ退屈な移動も我慢できていたんだけども……キツい。
この灼熱の道を延々無言で歩き続けるのに耐えられるかは微妙なラインだ。
1日2日なら我慢できる。でもミルナヴァーロとやらには5日掛かるらしいじゃないか。
5日間、ずーっと無言で、歩き続けろ、と?
いやいや無理無理死んじゃいます。
私結構お喋りなんですよ? いや黙ってるのもそんなに苦手じゃないけどさ、それは誰かと誰かの会話を楽しんでいたり、何かしら考え事をしてる場合であって、なーんもない空っぽな時間を過ごすのはあんまり得意ではないのだ。
今日でもう3日目ですよ? ティナじゃないけどそろそろ限界ですってマジで。
「……」
ここしばらく体調が優れない、というのもイライラポイントを溜めてくれちゃっている。
そりゃダンジョンなんていう魔力の塊みたいなところから、砂漠なんていう魔力の魔の字もない真逆の環境に放り出されたら体調を崩すのも仕方ない。ある程度は覚悟してた。
でもその体調が優れないってのが、例えば熱が出てるだとか、鼻水がヤバいだとか、これまでもあった風邪的な症状とはちょっと違う。魔力切れとかそっち系のように思う。
なんとなく視点が遠いし、考えが上手く纏まらないし、なんか微妙にイライラするし、体を動かすのがダルいし……ああ、脱水症状? あれも近い。水あるんだけどね、でも近い。
ついでにいえば魔力視が全然働いてくれてないし、こうも明るいにも関わらず、私にとっては真っ暗なトンネルを歩き続けているような感覚だ。
久々に自分の限界というものを見れてしまっている。……この地域とも私は相性が悪いらしい。
正直、あまり長居したくはない。
「……限界」
うん、分かるぞティナ。ようく分かる。
限界なんだ。私達にここは無理なんだ。
帰ろう、あの極寒のダニヴェスへ――?
どさり。
「っと」
ふざけたことを考えつつ、いつも通りに静止しようと振り向いた。
ティナが居るはずの場所に居ない。
いや、レニーに抱えられているが正解か。
「え?」
使い物にならないからと全く見ていなかった魔力視に集中してみる……が、やはり見えない。
――見えない? いや、それはおかしくないか?
2日前、ここに来たばかりの頃は少なからずは見えてたはずだ。
だのに見えないってことは。
「魔力切れ?」
「多分……死にそ」
全ての"魔物"は生きているだけで何かしらの方法で魔力を使用している。言い換えれば常に魔力を消費し続けている。
しかし普通に生活している分には、魔物は魔力切れを起こさない。
理由は色々見聞きするんだけど……一般に信じられているものとしては、魔力は食物等による経口摂取によって補給されているというもの。
私もこれには異論無い。魔石粉なる魔石を砕いたものを摂れば、時間こそ必要ではあるものの何もしないよりかは魔力の回復が早くなる。
他には皮膚から直接吸収しているだったり、呼吸によって肺から取り入れているだったり、それらの複合だなんてのもあるけど……どれを信じるか、どこまで信じるかなんてのは個人レベルでバラバラだったりする。
当たり前すぎてたまに頭から抜けちゃうけれど、ティナは体を動かすのに筋肉を使えていない。
魔力に全て頼り切ってしまっているものであり、他の魔人よりも常の消費魔力が嵩んでしまっている。
単に歩き続けるだけなら全く問題にはならない程度の消費だと言っていたはずだけど……魔力が薄い環境だと回復が追いつかなくなってしまうのか、あるいは体温調整で魔力を消費しすぎてしまったのか。
どちらにせよ、この環境とは冗談抜きで相性が悪いらしい。……当然、私も。
多少の違いこそあれど、似たような方法で下半身を制御してるわけだし。
『ティナか? どうした?』
『ええと――』
さてどう答えようかと一瞬考えてみたけど、別に隠す必要は無いか。
『――魔力切れです。少し休めば治るかと』
『そうか。……ここまで順調だったし……サー――』
私に声を掛けてきたのは、ヒエロという獣人。
やや片言ではあるものの"呪人語"が扱えるため、休憩の時に限られはするけど少しだけ音で話をした。
というかティナが一方的に喋っていたというかなんというか……まあ、ある程度話せた人ということになる。
レニーよりも更に一回りくらいデカく、ぶっちゃけ最初はちょっと怖かったんだけど……結構気さくな、人? だった。
最後に聞こえたサーというのは、多分サージェンという獣人のこと。
長距離索敵と医療の両方を担当している人物のようで、初見の私達に闘気を当ててきたあいつ。……まあつまり、探知役としての腕はそれほど高くないらしい。
いや突然範囲内に現れたと言っていたので実は凄腕なのかもだけど。私達の移動手段の方がおかしいのだ。多分。
このパーティの中では最も小柄……なんだけども、それでもハクナタと大して変わらず、レニーよりやや小さいかってくらい。
獣人はみんなデカい、は当然として……魔人って小柄なんだろうか? 呪人と魔人並べると基本呪人の方がでっかいしなぁ。
他のメンツとしては、このパーティの雇い主である猫耳おじさんのカルギ、パーティ自体のリーダーであるグジャール、1人だけとんでもない荷物を持たされているハーロ、特徴らしい特徴の見当たらないファエラノの4人。
グジャはちょくちょくレアと話してるみたいだけど、残念ながら魔力の会話なので内容までは読み取れない。ハーロとファエラノは話すらしたことがない。
カルギに関しては……ティナの質問がとんでもなく失礼だったらしく、通訳した私とセットで文句を言われたっきり。
いやまあ確かに気になるよね。なんでおっちゃんだけ中途半端なの? ってさ。
「今日の歩くが終わり。休む」
「助かる」
なんて初日のことを思い出していたら、今日はもう歩かないことにしたらしい。
陽はある程度傾いており、1番暑い時間帯をようやく抜けた辺りではあるが、しかし抜けただけであって暑い時間はまだ続く。
こんなに早くから休息を取るのははじめてなわけで……大丈夫なんだろうか。
だって太陽はまだまだやる気だし、それに今日は持ち込みテントを使うんだよね?
「レニ」
「ああ」
いやー……あのテント、結構熱が籠もるんだよね。
そういや今って冬だったなーって思い出す程度には夜は冷えるしさ、そりゃそういう暖かいものになるのは分かるんだけど……なんてったって今はまだお昼でクソ暑い。
熱中症とかさ、そういう方面で不安だよ?
「骨の、大丈夫か?」
「問題無い」
「では引っ張る」
なんてこっちの不安をよそに、大柄2人は手早くテントを広げていく。すんごいテキパキ建てていく。
いや感動だわ。高身長に感動だわ。初日こそ手伝ったけど、なんとなく自分が邪魔なのに気付いちゃったんだわ。
久々に身長が欲しい。
「ハクー」
「ほい」
気付けばハクナタも手伝ってる。いやよく見たらハーロも参加してる。
こんな時、特に何もできない自分が少しだけ悲しい。
「今考えていること、当ててみせましょうか」
おや、いつの間にかレアが隣に。
「別に。それより何話してたの?」
「以前に訪れた時との違いを尋ねていました」
以前なんてワードが出てきても驚かない。せいぜいが「さすが魂子ちゃん!」程度で……む。
「なんでそれをグジャに?」
「彼、5代前の私の知り合いだったようですから」
いやこっちはさすがに驚くよ? どんだけ引き強ければそうなるの?
「だったよう、ってことはレアは覚えてないの?」
「残念ながら。彼の記憶は見たことがないのですが、あちらはよく覚えていらっしゃいました」
「へー……あれ、獣人ってそんな寿命長いの?」
5代前のレアって例の守護者を刻んだヤバい奴じゃん。191年前とか言ってなかったっけ? さすがの私も1発で覚えたぞ。
191年前から生き続けてるなんて魔人でも滅多に居ないってのに……確か、人と離れた姿をしていればしているほど、獣人の寿命は短くなったはず。
私から見ればグジャは"完璧な獣人"ってくらい人と違うように見えるけど、ならそこまで長くは生きられないはずだ。
えーっと……変異が多ければ多いほど長命になる獣人も居て、そっちは竜人って呼ばれることもあるんじゃなかったっけ?
じゃあグジャは竜人ってこと?
「いいえ。獣人の平均寿命は48歳程度ですし、今の彼は32歳のようですよ」
つまり、グジャは私達の同類でありますよと。
実は魂子ってそこら中にゴロゴロ居たりするんじゃ。
「今度こそ当てましょう。彼は魂子ではありません」
「なぬ」
……ぜんっぜん話が読めないんですが。
魔覚その2。