百三十八話 熱
本章2.5です。
「外だ!」
「久々だな」
「暑い! いや、熱い!」
「焼けるようだな」
「なんか変な匂いするな!」
「……そうか?」
砂漠、というものがどういうものかは知っているつもりだった。
前世の知識が大部分を占めているけど、こっちで知ったものもある。
しかし実際に訪れてみると……知識だけじゃ埋められないものも多いのだと再確認。
百聞は一見に如かず、だっけ? 前世の世界の言葉だけど、確かにその通りだ。
……もし横にユタがいたら、私もあんな風にはしゃいでいたのかもしれない。
なんて、レニーとティナを見てると考えてしまうことがある。人種を見分けられなければ、兄妹だと間違えてしまってもおかしくない。
レニーも同じことを考えていたりするんだろうか。もしそうだとしたら、自分をどっちで考えるんだろう。
さて、私も久々の外を楽しみたいところではあるんだけど……さっきから呻き声が聞こえてるし、優先すべきはあっちだな。
「見せて」
「待て、触るあぁっ!」
ダンジョンを出て即座に、ではないものの、急速に感覚が戻ってきた。
その結果、レニーの脅し通りに……ハクナタは痛みに襲われているようだ。
さて魔力を体内まで伸ばしましてーっと。
ほうほう。なるほど、……なるほど? あれ、これだけ?
大した怪我ってわけじゃない。放っておけば化膿したり発熱したりなんかはあるかもだけど、普通の薬だけでもさっさと治ってしまいそうなもの。
わざわざ療術を使うってほどのものでもないけど、使えるのだから使ってしまおう。
まずは水よ溢れよーっと。
「いっでええええ」
痛がり屋さんだなぁ、もう。
知り合いの呻き声を聞く趣味なんてのは私にはないし、さっさと治しちゃうとしますか。
「ゼロ・タイナ」
ドゥーロに魔法陣を描き入れ、レアとハクナタを攫って……もう1ヶ月くらいになるのかな。
これだけ一緒に居れば、もう人混みの中から魔力だけでも見つけられるようになる。当然、魔力の同調なんてのもすぐ終わる。
ハクナタの小さな怪我なら……1分くらいか。結構早くなってきた、かも?
「ほれ、もう治ったよ」
先ほどまで腫れ上がっていたふくらはぎを訝しそうに見つめるハクナタ。
あ、今度は揉みだした。一体何をしてるんだ君は。
「何度も見たが……やっぱり分からねえな。アン、助かった」
「助かったなんて大袈裟な。そのくらい、ティナならピョンピョン跳ねまわってるよ」
「お前らと一緒にすんな。俺はインテリなのさ」
「なーにがインテリだ。私より頭悪いくせに」
「お前は頭でっかちなだけだ」
はいはいっと。
ハクナタの治療も終わったし、私も外を楽しむとしよう。
この砂漠は想像してた砂漠とは少し違う。
もうちょっと、こう、辺り一面砂なんだろうなーって思ってたのに……ここで1番目立ってるのは岩だ。ゴツゴツとした岩ばかりが転がっている。
1つを手にとって見てみれば、不思議なことに表と裏で色が違……結構脆いなこれ。風化が激しいんだろうか。
「うっ」
風化といえば、と空に目を向け無事チカチカ。
やっぱり日差し強いなぁ。こっちは逆に想像以上だ。
空気もめちゃくちゃ乾燥してるし……そうだ、あれも試しておこう。
領域広げてーっと。……いや、試すだけだしちっちゃいやつでいいか。
「エルィーニ・クニード」
雨、というよりかは雨を作る機構を発現させる魔術。
発生した"水"には私の魔力も含まれているものの、ほとんどは自然由来の水になる。
これだけ乾燥してる地域では……サンの言っていた通りだ。水滴がぽたぽたと垂れる程度にしか発現してくれてないし、この水滴に自然の水分はほぼ含まれていない。
てことは終了させると――ま、ですよね。ぐっばい雨。
「何してんの?」
「水の確保が大変そうだなと思って」
エルィーニが発現させているのは水そのものではなく、あくまで水を作る機構だけ。本来は魔術を終了させても水は消えず……とハルアの見せたあの雨に近い魔術なんだと思う。
まああれに比べたらめちゃくちゃ小規模だし、私の場合コップ1杯の"水"を作るだけでもかなりの魔力を使ってしまう。デルアやらと併せて使うのが基本の魔言であって、自分の魔力だけで発現させるものではないのだから。
……仮に私がデルアを使いこなせていたとしても、結局ここじゃ使えないか。
なにせ周囲に魔力がほとんどない。
「ティナ、ここの魔力って分かる?」
「ここ? ……ここ? どゆこと?」
「空気とか岩とかそういうの」
「んー……全然。つかそういうのは分かんね」
魔力を感じ取れることもあるティナだけど、あれはかなりの濃さの、魔力の塊とでも呼ぶべきに対してのみ機能するらしい。
レニーもレニーで反応できるのは濃いのに限られてたはずだし、"薄い"ってのを感じ取れるのはここには私しか居ないのか。……ハルアとかはどうなんだろ。
「いちお、レニーは?」
「俺も全く――いや待て、何か居るぞ。6時だ。
……あっちも気付いてるな。敵意を向けてきているが……殺意ではない、か」
6時の方向に目を向け――こんな薄すぎる魔力じゃ流れなんてのは見えないか。ここじゃ私の探知はポンコツだな。少なくとも今は、だけど。
岩のせいで視線も通ってないし……ん。敵意はあるけど殺意じゃないってどういう意味だろう。
「見えないなぁ。けど食べる気はないってこと?」
「ああ。これは……警戒か? 草食獣の群れ、とかだろうか」
「ここで、草食?」
辺りには枯れ草ですら見えないんですけど。
「俺も全部が分かるわけじゃ――む。近づいてきている」
「うえー……強そう?」
「……分からない。魔力は大きくなさそうだが」
魔物の魔力もおそらくは小さく、加えて周囲の魔力もかなり薄いと来てる。全然分からないぞこんなの。
できれば戦闘は避けたいところだけど……この2人が居るからなぁ。逃げ切るのは難しいか。
うーん、内魔力主体の私としては発現させる分には問題にはならないけど……回復速度とかそっちの方で何か問題が出るかもしれない。
もし魔術を使うとなっても燃費いいの主体かな。
「何匹?」
「敵意を向けるものが4匹、興味を浮かべるものが2匹、何も考えていないものが2匹」
「子連れなのかなぁ」
さて、砂漠の魔物といえば……イメージとしてはサソリとかなんだけど、やっぱりここのも毒持ち居るのかな?
「……よし。ティナ!」
「なんだ!」
「毒には気をつけてね」
「うっしゃ、動けりゃ毒なんて喰らわねーっての! つかどんくらいのとこに居んの?」
「距離までは……アン、分かるか?」
「いや全く。ここでの私はポンコツらしい」
こういう時に……いや忘れるんだった。
でも探知のできる斥候が欲しいのは確かだなぁ。ダンジョン内の罠も全部見分けられるような人がさ。
……私も頑張ればいけるのかなー? 今度詳しく調べてみよっと。
「油断はするな。よく観察してから――」
「あーうっせうっせ。3人は任せたぞっと」
「あ」
ようやく魔力の流れが見えた。
見慣れたと言えるほどでもないが、しかし私はこの魔力を知っている。この魔力は……。
「ティナ、待っ――」
ダメだ、飛び込んでしまった。
この距離じゃもう止められない。
まずいことになるぞこれ!
「――るぇ!?」
「……だからよく見ろと言うんだ」
地に伏せられたティナ、組み伏せたレニー。
2人の正面には魔力の発信源。
当然、向こうも武器を抜いている。2人を見て困惑しているような様子は見て取れるが、臨戦態勢であることに変わりはない。
あちらにも探知のできる者が居る……なんてのは今考えることじゃないな。とりあえずはこの場を鎮めなければ。
『申し訳ありません。我々の勘違いです。敵意はありません』
この集団はキャラバンか何かだろうか。
見慣れない魔力のせいで気付くのが遅れてしまったけど、彼らはダールでも「人間」とカウントされている種族の1つ、獣人。
全員が猫のようなタイプの獣人っぽいけど……今まで見た獣人よりも獣っぽくないのが混じってる。
端的に言ってしまえば、猫耳。
猫耳の生えたおっさんを"ちゃんとした"獣人が護衛してるって感じ。
いやまあ口の周りとかも猫っぽいし、手もちゃんと猫してるんだけど……ない。私の美的センスに適わない。
ん。この感じ……闘気を使えるのが居るのか。
『グジャ』
『そうか。皆、武器を収めろ』
なるほど。このリーダーっぽいのの呼び名は「グジャ」で、グジャに声を掛けたのが探知役ね。
さて、獣人達と話すとなった場合の最初の問題点が……これだ。
獣人達はほとんどがこの"魔力による会話"が行なえるせいか、同郷同士でもなければ基本的に"音による会話"はされないらしい。
そう、一応は"音による会話"用のものもある。あるにはあるんだけど……どうにも広く使われているものがないらしく、レアの"記憶"にもなかったので諦めた。
彼らは私達の言葉を理解してしまうのだろうか。
東部で使われてる"呪人語"なら大丈夫だとは思うけど……一応、相手の様子を見ておこう。
「レニー、もう大丈夫。ティナ、伝わらないと思うけど本気で謝って」
「なんで? 分からないならしなくてよくね?」
「ポーズだよ。今回のはどう考えてもこっちが悪い」
「いや伝わらないのに伝える理由」
むー……魔人ってのはこういう時に面倒臭い。
ティナですらこれなのだから、私は案外魔人離れしてる……いや、私も私でこじつけでもいいからと理由を探しちゃってるか。
結局のところ、私達は"前世の人間"とは考え方からして少し違う。
なーんて、前世の記憶を見たせいかな。最近前世の人間っぽく考える場面が多い。
「理由は後で説明する」
「……まあ確かにアタシが悪いしなぁ。
悪かったな。魔物かと勘違いしたんだ。
……こんなんでいいのか?」
「いいの。必要なのは"思考"と"事実"だから」
呪人語を理解できるのは居ないっぽいかな。
あの探知役だけは反応してたけど……この距離だ。タイミング的には思考やら感情やらの方に思えたし、闘気だろう。
『すみません。うちで話せるのは私だけなもので』
『……あんたらどこの者だ? あの言葉は知らない』
魔人大陸……と言ったところでこの人達が理解できるとは限らないし、この様子だと東部地域ですら知らない可能性がある。
というかそもそも初対面だしなぁ。どこまで話したものか――。
『グジャ! いつまで話してる!』
と思考は中断。
あの猫耳おじさんが何故か声を張り上げていらっしゃる。
なんちゃって。理由なんて分かりきってるか。
『流れもんだ。拾っていこう』
『拾うだと? ……まあ、お前が言うなら』
『だと。ミルナヴァーロという町に行くんだが、どうだ?』
ちょっと待ってよ急展開。
まだダンジョン出てから10分も経ってないんだが?
「レア。この後の予定は?」
「ミルナヴァーロという町へ行き、ハルアと連絡を取ろうかと」
こんなことってあります?
またティナか?
「この人達、その"ミルナヴァーロ"に向かってるらしくて、同行しないかって言われてるんだけど」
「はい。ですから、ミルナヴァーロにしようかと」
……ん。ちょっと待て。
「聞こえてたの?」
「はい」
あーこっちかーもうほんまこいつ。
まあいいや。とりあえずは賛成ってわけね。
「じゃ、ご一緒させてもらうとしますか」
どっかしらで休みを取りたいってのは確かだし、甘えられるなら甘えておこう。
何せ私達、地図ですら持ってきてないんだぞ?
いや、厳密にはレアの頭の中には入ってるんだけど……レアだしなぁ。
活動報告でも書きましたが、しばらく休暇をいただきます。
再開予定は年内です。