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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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閑話 眠った町

 ハッとなるような魔力を感じた。

 ケスト全体に広げていた魔力が、わずかとはいえ削られてしまっていた。


 原因は何か。

 魔術の域では不可能なものだ。

 何せダンジョンとはそれ以上。もっと深く、レイヤーに根ざしているものなのだから。

 ではそれに該当するような技術といえば。


 レイヤーにアクセスできる魔物とはそれほど多くない。

 人間種と言われる彼らは確かにその素質を持つが、開花させられる者は極僅かだ。

 しかし開花させた者であれば。その魔力さえ多ければ、ダンジョンを削ることすら可能なのかもしれない。


 俺のレイヤー制御が及ぶのはあくまで内であるダンジョンまで。外にあるケストはそれほど強くは操れない。

 コアが示した情報によれば、外を完全に制御したければ俺自身が"魔法"とやらに手を出さなければならないらしい。

 ……が、魔法には途轍もない代償が存在する。

 だからこそ、普通の魔物は魔法にまでは手を伸ばさない。

 仮に使えるようになったとしても、それを拒む防御反応が発生する。


 だが抜け道を見つけた。


『リフ、相手が動いたぞ。前線指揮は任せる。

 アクラ、来い。客人(・・)だ。

 ギルムッド、お前もだ。どうやら客は3人らしいからな』


 どれほどの余波を受けようが、あいつだけは殺さなければならない。

 俺の信条だ。

 なに、俺にはストックが存在する――。



◆◇◆◇◆◇◆



 戦闘と呼ぶにはあまりに拙いものだった。

 ……少し、拍子抜けだな。


 空を蹴り、その反動で飛び回る。故に空蹴のロニリウス。

 なんて前時代的な呼ばれ方だろうか。


 ヤツの使った魔法もそうだ。

 魔法領域を生み出し操れるというのは、確かにそれだけで脅威ではある。

 だが完全に制御できていないのでは話にならない。

 従者のような2匹もどうだ。


「見えてきました。あれです」


 ……が、どうやら物思いに耽る時間はないらしい。

 今この時が最もな攻め時であるのは間違いはない。

 なら止まってはいられない、か。


 ケストを西進すると、イーリルと呼ばれる長大な連山を見ることができる。

 どうにもこの山々は死火山だと思われているらしいが……残念、それは彼らの思い違いだ。

 山頂には確かに無数の火山湖が見えている。

 さて、情報が正しければ……。


「どうだ」

「……やはり活動中です。湖底には大量の"毒"が溜まっています」


 歴史書を漁ってみれば、これらの連山のほとんどが活火山であることを知れる。

 ではなぜこの山々は沈黙を守っているのか。


「ケストから奪った雨が、山々をも鎮めていたとはな」


 ――答えは水だ。

 火口に溜まった水により、ほとんど機能しなくなっている。

 だが完全にというわけではない。

 これらの湖は、おおよそ400年周期で爆発を繰り返している。

 おかげでうっすらとだがワジも確認できる。


 だがダニヴェス全土を襲ったという記録はない。

 せいぜい近隣の村に住む生物が一夜にして全て死んでしまった……といった、人によっては眉唾ものの話しか見つからない。

 単純な話、全ての湖が同時に爆発することはないからだ。


 最も新しい記録は48年ほど前のもの。

 ダニヴェスのアラトという小さな村が一夜にして滅んだというものだが、おそらくこれも同様のものだろう。

 同時期に小さな地震も観測されていることだしな。


 さて、これらの湖に含まれる"毒"だが……。


「しかし本当に……外の魔物というのはこんなもので死んでしまうのですか?」

「サフラ川に流した毒がどれほどの効果を齎したか。

 忘れたわけではないだろう?」

「外の魔物とは、なんとも弱いものなのですね」


 二酸化炭素というものは、前世においてもあまり毒だと認識はされていなかった。

 だが酸素を利用する生物にとって、これほど強力な毒も珍しい。


 無色透明無味無臭。

 非常に安定した物質であり、例え充満させたとしても、自然界においては目立った反応は示さない。

 苦痛もなく、自覚もなく、ただ眠るように死んでいく。

 これほど平和的且つ強力な毒が大量に保管されているのだ。使わない手はない。


「壁が必要となるのですよね?」

「ああ。風向きの関係で、こちらにも影響が出るはずだからな」


 イーリルからケストへは常に乾燥した風が流れ続けている。

 全く厄介なものではあるが……おかげでこれだけの二酸化炭素を溜めてくれていたのだから、今回ばかりは喜ぼう。

 しかし風はケストに向いてしまっている。

 だからある程度の壁は必要だ。

 アラトが消えた日、反対側に位置するセンマでも多少の被害者を生んだようだしな。


「どれほどのものを?」

「イーリルを全て覆え。だが高さはそれほど必要ない。この毒は……空気よりも重いからな」


 二酸化炭素は、この世界においても空気よりも重い。

 目には映らないものの、水のような挙動をすると考えておけばいい。

 水とは違い気体であるがゆえ、拡散も早いが……今回はそれにも助けられるだろう。


 ダーレイとアーフォートには既に結界を張ってあるし、ダーレイに至っては例の2人によって空気の循環も行なわせてある。

 アストリアに関しても、あのリニアルのおかげで特に被害は出ないだろう。

 ……奴等が上手くやっていることを願うばかりだが、仮に失敗したとていい。

 失敗したしないに関わらず、次の標的はアストリアなのだから。


「これはまた大変な――」

「魔力ならそこら中にあるだろう?」

「頑張ります。が、……出力に耐えられるかが不安です。

 もし私が壊れたら、労ってくれますか?」

「何を魔人みたいなことを。さっさとやれ」


 個性の発現は喜ばしいものだが、一言余計だと言いたくなる者も増えてきた。

 だが魔法を扱うために、魂の再現は必須なのだ。

 自分の魂を使うわけにはいかないからな。


「壁ができたら教えろ。次は俺の番だ」



◆◇◆◇◆◇◆



「――ん?」


 仕事帰り、なんとなく東の空を見てみたら……イーリルってあんなに真っ直ぐだったっけ?

 うーん、最近働き詰めだったし、ちょっと疲れてるのかもしれない。

 ……よし! こういう時は、あれだ!


「久々にネールを誂うとしますか!」


 同じ街に住んでるとはいえ、住処が違うとなると顔を合わせる機会も減ってくる。

 今や私はセメニア・ランドールではなく、セメニア・メレムになってしまったのだから。

 パロからはランドールを残すかって提案もされたけど、別にうちの家名に価値なんてないし、特に財産があったりなんかもしない。

 名前が長くなるだけ無駄! とメレム一本にしてみたけど、これはこれでたまに寂しいことがある。


 ……別に実家にちょっと寄るくらい大丈夫だよね? 言伝残しておいたほうがいいかな?

 なーんて。パロはそんな細かいことで文句言うタイプでもないか。


「フッフーン♪」


 引っ越したとはいえ、さすがに実家の位置を忘れるなんてことはない。

 というか2ヶ月くらい前にも1回寄ってるしね。

 ……あの時も突然遊びに行ったけど、そいえばネールは居なかったんだった。

 あいつも仕事忙しいのかなぁ。休み合わないしなぁ。

 ……もし居なかったらどうしよう? プティコを撫でるに留めておく? なんつって。

 今日が休みなのは下調べ済みだぜ!



◆◇◆◇◆◇◆



「ケシスくーん? そろそろ戻してくれるー?」


 最近は珍しく天気のいい日が続いていた。

 だからと大量に抱えてしまっている在庫を引っ張り出し、その全てを干してあげていた……んだけども、どうにも天気が怪しくなってきた。

 雪に降られては大切な書物がぐちゃぐちゃだ。生憎と私は熱関係の魔術がさっぱりなのだ。


「ケシスくーん?」


 1人で作業するのは厳しいしと臨時で従業員を雇ってみたんだけど……あの子、もしかしてサボってる?

 返事が無いんだけど。


「はーい。ちょっと待ってくださいねー」


 と思ったら2階から声が聞こえてきた。

 そうだった。ちょうどいいからと掃除を頼んでいたんだった。……まだボケるような歳ではないと思うんだけどなぁ――


「えっわっ!?」


 なんて自虐っぽく考えていたら、突然地面が揺れだした。



◆◇◆◇◆◇◆



 ユタは早くに家を出た。

 それに影響されてか、アンもすぐに出ていってしまった。

 少しして、今度はロニーも出ていった。


「……暇だなぁ」


 この家に住んでいるのはもはや私1人だけだ。

 昔は狭いと思ったものだが、今となっては広すぎる。

 私1人で住むのなら、こんなに多くの部屋は要らない。


「まだかなぁ」


 そろそろ次の男を探すべきだろうか。

 なんて、年増なおばさんが考えることではないのかもしれない。

 でももうロニーの子供は作ったし、これ以上要るかって考えてみると……確かに要らない。

 でもでもあの人以上となると見つけるのは難しいだろう。

 なんてったって、亡国とはいえ王子様でもあるんだし。


「この子も巣立ってしまったら、魔導ギルドにでも戻ろうかなぁ」


 人生設計は大切だと思う。

 完璧に、なんてのは難しいが、しかし考えるだけなら無駄じゃないし、不測の事態というのを減らすこともできる。


 うむ。

 人とは考える生物である。

 ばい、サニリア!


「いや、何考えてんだ」


 暇が祟りすぎて頭がおかしくなったのかもしれない。

 なんて考えてしまう程度には暇だ。

 じゃあ何かをしてみるかって?

 いや、無理。だって腰痛い。あと腹重い。


「あー……今度はもっと録石買い込もう……!?」


 ぶつぶつと独り言を繰り返すうち、突然に地面が揺れだした。

 何事か、と慌てようかと思ったけど、残念ながらすぐに思い当たってしまった。


「なんだ地震か」


 ダニヴェスでは滅多に起こらないものの、しかし全く無いというわけではない。

 といっても16年に1回あれば多いほうだし、家屋の倒壊だったりとちょっとした被害も毎回出す。

 ……そういえば、アンが生まれてからは1回もなかったなぁ。ユタは始めての地震の時にパニックになってたっけ。

 あいつめっちゃ可愛かったな。マジで。


「……長いなー」


 地震ってのは、だいたい距離に応じて時間が伸びる。

 そう、つまり地震ってのはある箇所で大きな揺れが発生し、それが地面を伝わってくるのである。

 んでもって距離があるとなんだか長くなってしまう。理由は不明。私そっちは興味ないし。

 あと色々例外もあるらしい。知らん。知らんったら知らん。


「……騒がし」


 とまあ、原理を知っていれば特段慌てたりするようなものでもないんだけど、そうでない人にとっては大変だ。

 何せ地面が揺れるのだ。

 突然に、

 不動だと思っていた、

 あの地面が。


 私にとっては問題無い。

 しかし周囲の人間はこれだ。ああ、神様。愚かな彼らに知識をお与えくださいませー……ってね。

 残念ながら私に神様なんてのはいない。

 周囲に合わせ、部分的に取り込んでみているものはあるけど……仮に神様なんてのが居たとしても、わざわざ1人1人の願いなんてのは聞かないだろう。

 だって私が神様だったら聞かないもん。絶対面倒臭いでしょ。やだやだ疲れるわ。


 揺れを楽しみつつ喧騒に耳を傾けていたが、次第に地面は平静を取り戻し、また市民も静かになりはじめた。

 うーむ面白くない。どうせならこう、暴動とかさ! なーんかイベント起きないかなーとか考えてみたり。


 なんて、しょーもないことを考えていたら、なんとなく眠くなってきてしまった。

 あれ、そんな疲れるようなことしてたっけ?

 久々に集中してみたから?

 ……まあいいや。周囲の静けさも眠るのにはちょうどいい。

 うん。

 もう一眠りしよ。



◆◇◆◇◆◇◆



 1687年15月2日。

 この日、ダニヴェスはダーマ以北の領土を全て失った。

 東西南北全てに現れた大量の魔物、国内で暴動を起こすアストリア人。

 必死に抵抗を繰り返したが、もはや国家と呼べるものではなくなった。


 1688年2月24日。

 アマツの死体が発見され、同時にハイペストが姿を晦ました。


 1688年3月6日。

 ダニヴェスの名が地図から消えた。

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