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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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閑話 ロニリウス・イン 5

「ロニリウスさん!」

「ガソート!」


 久々に会ったもう1人の教え子は、なんとも可愛い反応を示してくれた。

 僕の姿を見るや否や飛び込み抱きついてくるとは……そうそうこういうのだよ、こういうのでいいんだよ。

 ユグルは少しおかしいんだ。

 僕って尊敬されるべき人間だろう?


「覗きだけでなく男色も付け加えますか」

「やめて」

「あ、ユグルじゃん。久々」

「うん、久々」


 仲が悪いと思っていたんだけど……一触即発みたいなことにはならず、こっちはなんとも拍子抜け。


「相っ変わらず眠たそうな顔してんな」

「寝起きでよだれ垂らしたまま教官に抱きついた人がなんか言ってるー」

「なっ!?」


 先制パンチを繰り出すも、見事なカウンターにより慌てて水を発現させる眠気眼なガソート。

 ……なんなんだこの2人の関係。


「いや、ちょっと待て。えーっと……?

 なんで2人がここに? あれ、俺夢見てる?

 あれ? 俺仕事中だったよ――イデデデ!」

「目を覚ませ混乱ボーイ」

「んにすんだ!」


 やっと現状を飲み込み始め、遂に混乱し始めた"混乱ボーイ"。

 混乱ボーイの頬を抓り、目覚ましだとばかりにドヤ顔を決めたユグラ。

 しかし反撃とばかりに放たれた水刃を避けきれず、全身びしょ濡れに……って、これ止めなくていいんだろうか?


「俺の勝ちぃ」

「……寒いんだけど。早く消して」

「ああ、うん」


 止めなくても良かったらしい。


「マジで何事? なんで2人が?」

「君宛の録石を預かってる。まずはこれを読んでくれ」

「はーい……あれ、これ司令部の奴じゃ? なんでまた」

「良いから読め混乱ボーイ」

「うっせー」


 さて、彼が録石を読んでいる間にっと。


「騒がせたね、ごめん」


 まずは周囲の人間に謝ろう。

 部下が6人と聞いてたけど、ここに居るのは4人だけか。

 後の2人は周囲の警戒にでも当たってるんだろうか。

 ……うん? 見つからないな。僕の探知に引っかからないとは……結構遠いのかな?


「おっさん誰?」


 少なくとも、ここに居るのは全員が魔人であるらしい。

 ほとんどが若い……いや、幼いな。ガソートと同じくらいの子ばかりだ。

 ふーむ。1人くらい知ってる顔があるかと期待したが、残念ながらどの子も知らない子だな。

 さて、預かった階級章を見せつけてっと。


「四等銀星ロニリウス・レーシア」

「……銀星? え、本物、です、だ!?

 し、失礼しました!」


 ……うん、これが普通だよな。なんでユグラはあんな雑な反応を返してくるんだろうか?


「正規の人間じゃなく臨時さ。そんな畏まらなくてもいい」

「え、いや、は、その……ほ、本日はどの用で?」

「ガソートを借りに来たんだ。あと、君らの処遇も――」

「読みました終わりました行きましょうすぐにでも!」


 人が説明しようとした瞬間にこいつは……いや、というか思ったより早いな。ちゃんと全部読んだんだろうか。


「確認したいんだが、彼らに関しては?」

「それなんスけどね。こっちで選んでいいみたいス」


 おや。アバローケレンが引き取ると聞いていたんだけど、選ぶ?

 僕の知らないことが含まれていたようだ。


「というと」

「ロニリウスさんの下には付けられないみたいですけど、元々が俺の隊員なんで、そのままこっちで行動させてもいいみたいス。

 ぶっちゃけ邪魔だと思ったら、アバローケレンって人の隊に送っちゃってもいいってありました。

 どっちにしろ名目上はアバローケレンって人の隊に1回吸収されるみたいス」


 ふむ。

 人手があるに越したことはないが……しかしそれに耐えられるだけの性能があるんだろうか。


「連れて行くのもいいけど……飛べる?」

「それなら問題無いス! ちゃんと叩き込んでおきました!」


 贔屓目に見てみても、彼らにそれだけの魔力があるようには思えないんだけど……まあガソートが言うことだし、1回くらいは信じてみてもいいかもしれない。

 軽いテストくらいは行なうとしても、ね。


「じゃあ君たち、1つだけ答えて欲しい。

 ……死ぬのは怖い?」

「そ、そりゃちょっとは怖いですけど……でもそんなに怖くないですよ」

「怖いなんて言ってたら男が廃るぜ」


 若い盛りによくあるコレだ。

 なるほどね。


「怖いって子は手を挙げて。怖くないって子はそのまま。

 4、3、2、1、……1人だけか」


 素直に手を挙げてくれた子がいる。

 そんなには怖くないらしいけど、でもどっちかといえばやっぱり怖いらしい。

 いいね、ちょうどいい。


「手を挙げた君、名前を教えてくれないか?」

「コ、コシュタです」

「ガソート、この子は?」

「あー、結構いけますよ」


 結構いけるって説明になってないんだけど。

 と睨んでみれば、また口が動き出した。


「いや、あれス。あんま戦ったりしないタイプス。

 うちってメインが戦闘ってわけじゃないんで、魔法陣の解除役スね」


 そ、それはつまり……今回連れて行くには微妙、か?


「あ、でも十分強いスよ。うち、俺が見込んだヤツしか居ないんで」


 その"見込んだヤツ"の基準が分からないとなんともいえないんだが……。


「日が出たら久々に手合わせしてくれないスか?

 ついでにコシュタも参加させれば一石二鳥スよ」

「君がやりたいだけでしょ」

「えへ」

「他の子は、日が出たら一旦帰ってもらおう。そう命じてくれ」

「ロニリウスさんが言えばいいんじゃないスか?」


 それは至極最もだと言いたいところだけど……残念ながら大きな問題がある。


「僕は臨時だからね。頼み込むことはできるけど、命令できる立場ではないんだ」

「めんどくさいッスねー……てわけで、お前ら解散!」



◆◇◆◇◆◇◆



 コシュタという子はダーロ出身ではあるが、同時にスラムの出でもあったらしい。

 ……別にあの子に興味があるわけじゃない。ただガソがそう言っていたのを耳にしただけだ。

 実力に関しては可もなく不可もなく。全く使えないというわけではないが、しかし即戦力と呼ぶにはかなり弱い。

 もう少し磨けば輝くこともあるかもしれないが……残念ながら時間がない。


「結局3人ですか。自分、後ろで見学してたいんですけど」

「それだとお金は払えないなぁ」

「じゃあ意味無いじゃないですか。稼ぎに来たんですから」


 今回仕事をこなし、生きて帰ることが叶えば……それこそ一生を通して遊び暮らせるだけのものがある。

 遊ぶ、は少し大げさか。しかし質素な暮らしを貫くのであれば、働く必要が無くなる程度には支払われる。


「ガソ。死ぬくらいなら逃げなさい」

「またそれスか。逃げるなんてダセェなぁ」

「生きていればまた格好良くなれるかもしれない。でも死んだらそこで終わり。

 戦死だなんてそれこそ"ダセェ"で終わりだよ」


 テストだなんて言ってみたけど、要するに「死ぬのが怖い」と答えられる者の選別だ。

 死ににいくつもりはないし、彼らを死なせるつもりもない。死を恐れない者は要らない。


「一応、アイツらにもそう教えてるし、自分でもそう決めちゃいるんスけど……どうしても逸っちまう」

「そっか。まあ――死んだ者に振り返る必要はない。

 彼らはそういう運命だったってだけの話さ」

「ロニリウスさんて、たまにとんでもなく冷たいスよね」


 冷たい? 僕が?

 ……まあ、ダニヴェスには八神教徒が多いものな。そう感じてしまうこともあるのかもしれない。


「じゃあこうしよう。平穏なる次の世を……」

「俺、八神教徒じゃないんで」

「自分も」


 どうしてこうなる?

 ふむ、なら世界教の方で。


「空の精霊が――」

「や、ロニリウスさんが言うと胡散臭いんスわ」

「そうね。合わない」

「君たちねぇ。なら何なら良いんだい」


 ここらへんの話をした記憶がない。何を言うのが正解なのやら。


「いいや、死んだ人間のことなんて忘れるのが正解、でしょ?

 それを考えてる時間がもったいねーっつってさ」

「……自分も同じかな。死んだら何も残らないんだから、生きてる今を楽しもう、です」


 あらまぁ揃って即物的。

 でもこっちの方が……良いな。


「そう。死は死であってそれに格好良いも格好悪いも何も無い。

 それが君たちの主観でどちらに映ろうとも、ね。

 ……そろそろ行こうか」



◆◇◆◇◆◇◆



 青に溶ける、なんて表現を見たのは……そうか。クルセトの離宮で見かけたものか。

 僕はあまり書物には詳しくないが、なんとなく気に入った表現の1つだ。

 結果、今の僕らは――青に溶けているんだろうか。


『見えてきたね』


 空を駆けること数時間。

 日が頭上に上がり切るかといったところで、ようやくケストとの"境"が見えてきた。

 ここが境界だと言わんばかりに、魔力が変質してしまっている。


『耳にはしてたけど目にするのは始めて。……結界、なのかな』

『いや、ここから先はダンジョンだと考えて欲しい』

『ダンジョン、ですか? これが?』

『そうだ』


 ダンジョン周辺で見られる高濃度の魔力地域……とはまた少し違う。

 あれらは明確な境界を持っていないが、ケストのこれは明らかな境界が存在している。

 つまり、あの中こそがケストである、と。


一帯(フィールド)型って奴ですか』

『どうだろう。とりあえず、あの中でダンジョンマスターを相手取るのは厳しいだろうね。本来は』

『本来は?』


 もちろん、僕だって無策で来たわけじゃない。

 僕に残されてる時間はそう長くはない。

 ならそれを、今使い切ってしまってもいいんじゃないだろうか。

 どうせ忘れられてしまうなら、せめて大きなことをしでかしたい。


『さあ、広げるぞ』


 魔力を深く操れるようになると、自然と内と外という概念が生まれてくる。

 内とはつまり、自らが完全に支配できる――魔力の範囲のことだ。

 魔力を広げていけば、内も当然広がっていく。

 彼ら2人をこの中に。そして外に防護の術を。


『いや……え……これ、ホントに1人の魔力スか……』


 驚かれるのも無理はない。

 なんせ僕のこの範囲は、とんでもなく広いらしい。

 ……というか、自分より広げられる人間は見たことがない。

 その範囲を魔物にまで広げてみても、どれほど強力な魔王であっても僕以上は居なかった。


 一方で、その強度はあまり強くない。いくら発現範囲を広げたところで、自分より濃い人間には敵わない。例えばサンとかね。

 それでも内の範囲に限れば僕が勝る。

 内とはつまり、僕だけの完全制御の領域だ。

 魔法、なんて呼ばれたりもする。


 僕が魔法を使うには、無駄に魔力を広げる必要がある。

 何せ僕の内はかなり狭い。サンのように、自身の魔力全体を内にできるわけではない。

 が、広げられるだけの魔力があるうちは問題無い。

 後は時間との勝負だけど……こっちもまだまだ余裕がある。


『魔力の特に濃い部分。ここは僕の領域だ。

 ケストのこんな魔力程度――』


 僕が全て食らってやる。

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