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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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閑話 ロニリウス・イン 4

 予想通りというかなんというか、ユグラは情報連結部隊なんぞに隠れていた。

 彼女の擬態が上手いと褒めておくべきか、あるいは周りの見る目の無さに失望するべきか。

 ……後者は無しだな。僕にも跳ね返ってきてしまう。


「でもどうしてあんなところに」

「死にたくないじゃないですか」

「それなら帰れば良いじゃないか」

「老後の蓄えってヤツですよ」


 ああ言えばこう言うというか、のらりくらりと躱されてしまうと言うか。

 はっきり言って僕は口が上手くない。これは自覚のある、僕の最大の弱点の1つだ。

 何せサンと口論で勝てた試しがない。


 いや、サンに限った話ではない。

 僕は基本的に言い負かされてばかりだ。

 いいんだ、別に。1つくらい欠点があったほうが可愛らしい。

 ……こんなジジイが、可愛い? 凄いことを考えてるな。


「知ってることだけでいいから教えてほしいんだけど」

「知ってることしか話せませんよ」

「……物の例えって奴さ」


 どうしてこう、噛みつかれてしまうのだろうか。


「教官さんがどこまでを知ってるかにもよりますが、じゃあまずは確定してることから。

 敵の主力は魔物だけど、魔人の姿もちらほら見える。他の人間種は――」


 「確定」してる情報とやらは、ケレスから聞いたものとほぼ一緒だ。

 情報連結部隊というのが何をするものなのかを詳しくは知らなかったけど、要するに、司令部へと伝える情報の整理と前線への情報伝達を主としているらしい。

 つまり、ケレスの知っている情報のほとんどはユグラ達から伝えられているものであって、被っているのは当然のこと、か。


 少し前の考えを訂正しよう。

 ここはいわば神経のような部隊であって、信頼のある人間だけが配属されるべき部隊だ。

 と考えてみれば……いやダメだ。やっぱ無し。

 ユグラに信頼だと? ないないありえない。このサボり娘のどこに信頼があるんだ。

 ……案外、僕の知らないところで頑張ってたのかもしれないけどさ。

 部隊員も見知った顔が多かったしね。


「――と言ったところですが、知ってるでしょう?」

「うん。でもなぜ」

「正規部隊員じゃない教官殿が司令を持って現れた。しかも何やらとんでもない権限を付与されている、と。

 こんなの偉い人に会いに行ったに決まってるじゃないですか。自分が知らないことも知ってそうじゃないですか。

 これが貴族パワーって奴ですか? 羨ましいなぁ。自分もお金さえあればなぁ」


 ……やっぱり僕はアホなのかもしれない。


「僕のは名前だけだよ。レーシア家にじゃなくてロニリウスにだし、実権もない」

「いいじゃないですか。私も家でゆっくりできる身分になりたいです」

「"も"って。というか、続き」

「はいはい。じゃあ次は、ほぼ確定してる情報ですね。

 原理等は不明ですが、大型の兵器を背負った人形が複数――」


 ここから先もケレスから聞いたものと大差ない。

 ただいくつか鮮度の高いものが混じり始めたというくらいか。

 人形の魔王であるのは確かなようで、前線で見られる魔物のうち半数は人形であるらしい。

 残りの半数は多種多様と言わざるを得ないが、しかし空を飛ぶ魔物は確認されていない。

 ……ケレスはケストの魔王を「フラッドを自由に起こせる」と言っていた。


 フラッドとは、魔物がダンジョンから溢れてくる現象のことだ。

 頻度はそれほど高くないし、現れるのが"ダンジョンの魔物"である時点で影響範囲はかなり限定されている。

 ダンジョンの魔物はダンジョンの外では生きていけない。厳密にいえば、ダンジョンから溢れ続けている魔力を供給できないような距離にまで引っ張ってしまえば、体が崩壊する。

 そうでなかったとしても、外に出た魔物の命は長くない。どんな魔物であったとしても、3日もあれば死んでしまう。ダンジョンの魔物は外で生きられるようにはできていない。


 フラッドはある程度以上の規模のダンジョンでしか確認されていないし、それほど大きなダンジョンであれば冒険者にとっては絶好の稼ぎ場となってしまう。

 結局のところ、フラッドとは極端な過疎地でもなければ発生しない。そういった場所で育ったダンジョンで稀に見られる程度の珍しい現象だ。


 自然現象だと聞いていたし、僕だってそう考えていた。

 しかしダンジョンマスター側の意思で起こせるものなのだとしたら、話は少し変わってくる。ダンジョンの魔力の影響下にある領域が、ダンジョンの一部だとも言えてしまう。

 雪原の大洞穴と呼ばれていたダンジョンがどれほど育ったのか、今の僕には分からない。

 だが……もしケスト全体に魔力を供給できるくらいに育っているのだとしたら、ケストは既にダンジョンだ。

 ダンジョンに慣れている人間なんて、いくらダニヴェスだとはいえそう有してはいないだろう。


 大型の兵器というのも気になる。

 砲を魔物に載せただけのものであれば、僕らにとってはそれほど脅威とはならないが、しかしその他の人間には十分に効果的だろう。

 砲とは魔術では防ぎづらい代わり、動かすのに多大なコストが掛かるというのが欠点のはず。

 それを魔物でカバーできるとなれば……攻撃力も十分じゃないか。


「――ですが、あまり攻めては来ません」

「どうして?」

「いや、自分で考えてくださいよ。

 ……多分ですけど、魔物がダニヴェスに入れないからじゃないですか。

 言ったじゃないですか。自然に崩壊した魔物が何度か確認されてるって。

 ケストを攻めるのは難しいですけど、ケストも攻めるのは苦手なんですよ。

 だから睨み合い。もうずーっと、8年以上これやってるんでしょ? バッカみたい」


 いくら砲に足を生やしたところで、その足自体が自壊してしまうのでは意味がない。

 せっかくの攻城兵器も、射程圏内までは運べないらしい。

 結局、それらの砲は人間を削ることには成功してるみたいだけど……ケストもケストで攻めあぐね、なんとも言えない睨み合いが続いていると。


「でも人を殺すことには成功してますね。

 たまーに見るんですけど、ひどいですよ。

 体半分潰れてるのにまだ生きてる人とか、ホント可哀想。

 士気が下がるわ人的資源削られるわで。

 うちはあっちと違って無限の兵力があるわけじゃないんだからさー」

「後方だって聞いてたけど」

「感覚共有の術式ですよ。自分ら、あれ使えないと話にならないんで」


 ぼ、僕の苦手な奴じゃないか。


「ていうか教官、いつまで飛ぶんですか。そろそろ怪しいんですけど」

「ガソのとこまでのつもりだけど」

「ええー……サフラ上流2番偵察部でしょ? 歩きましょうよ。サ上は交戦頻発地帯ですし」

「あそう。じゃ降りようか」



◆◇◆◇◆◇◆



 地面が近い。

 ここまで頭を低くしたのはいつぶりだろうか。

 なんて考えてる場合じゃない。


「あんたさいてーですね」

「ごめん、本当にごめん」

「いいですよ。サニリアさんにチクるだけですから」

「ごめん、本当に勘弁して」

「空蹴のロニリウスに"覗きが趣味"って情報が加わるだけだから安心してください」

「許して」


 どうしてこうなった。

 本当に僕だけが悪いのか。

 「ちょっと野暮用」とか言って突然姿を晦まされたら、そんなの探すに決まってるじゃないか。

 一言伝えてくれれば良かった話じゃないか。

 トイレに行ってきます、とかさ。


「察してくださいよ。もうずっと飛んでたんですから、我慢も限界ですよ」


 よ、読まれてるし!


「じゃあ私を姫抱っこしてください。そしたら許します」

「……なぜに?」

「もう魔力カツカツなんですよ。自分、普通の魔人ですから。教官とは違うんです」

「でもこれからは歩くって――」

「飛んだ方が早いでしょ」


 い、一応僕のほうが偉いはずなんだけど……?



◆◇◆◇◆◇◆



 言われた通りに抱えて飛んでみたんだけども。


「怖いから下ろしてください」


 と言われすぐに下ろすハメになった。

 なんというか……僕ってこんなに振り回されるキャラだったっけ。

 しかも普通に飛んでるし。


「魔力切れそうとか言ってなかったっけ」

「治りました」


 そんなにさらっと治るものではないと思うんだけど。


「治りました」


 確かに魔力が切れそうなようには見えないけど……それを隠す手段は教えてあるし、隠されてしまえば僕だって見抜くのは難しい。


「治りました」

「分かった分かった。治ったんだね。

 でも交戦頻発――」

「案内します。もう繋いでありますから」


 ほ、ほんとに振り回されてるな……まあ、たまにはいいけどさ。


「そんなに近いのかい?」

「いいえ、まだまだ結構掛かります。

 避けなければならない箇所も多いですし……着くのは深夜になるでしょうか」

「避けなければならない?」

「サフラ上流は最近取り返したばかりなんです。

 なので"現在は"こちらのものですが……どうにも感知発現型魔法陣が各所に埋められているようで、かなり危険なんです。

 飛んでれば大丈夫だと思いますけど、敵の出現もありますから」


 感知発現型魔法陣とは、ダンジョンで見かける罠と同類のものだろうか。

 あれの再現に成功したという話は聞いたことがないけど……相手がダンジョンマスターなのだから、再現も何もないか。


「厄介だね」

「ええ。ですから偵察部を送り、これら魔法陣の探知・排除を行なわせてるんです。

 といっても結構危険なようで、死傷率はかなり高いですよ。

 ガソはなんでか知らないけど生きてますけど」

「何その言い方」

「あいつ嫌いなんですよ。うるさいし。

 今なんてカードで遊んでますよ。会ったら1発殴っていいですよ」


 嫌いて。

 ……まあ確かにこの2人の仲はあまり良くないが。

 しかし今の僕に必要なのは間違いない。

 それに仕事となれば、この2人だって真面目にやってくれるだろう。……多分。


「ああそうだ。給金は弾んでくださいね」

「当然。……あんまりがめつい事言ってるとモテないよ?」

「自分で稼ぐからいいです」

「あそう」


 しかしこの距離で感覚共有を行なえるとは、魔力の扱いに関しては僕以上だな。

 サフラ上流地域といえば、ここから歩いていけば3日くらいは掛かるはずだ。

 そんな先にまで魔力を伸ばせるだなんて普通じゃないと思うんだけど……情報部とやらに居たせいもあるんだろうか。

 これでいて本人は特に感覚を持っていないというのだから、なんというか、人とはよく分からないものだ。

 あれ、もしかして。


「今僕にも掛けてない?」

「どうしてバレたんですか」


 やっぱりか。

 ……一応結構に防護してるつもりだったんだけどな。全然気付けなかった。


「勘。でもどうして」

「魔力が見える人って便利なんですよ」

「へ、へぇ、"共有"ってそっちが持ってなくても見えるんだ?」

「視覚だとすれば、同じものが見えてるわけじゃないくて、見えたものを共有してるんですよ」

「……つまり?」


 どういうこと?


「目からの情報を共有してるんじゃなくて、脳で処理した情報を共有してるんです。

 だから自分に見えないものも見えたとして伝わるんです」


 なるほどさっぱり分からない。


「別にいいですよ。分からなくっても。

 凡人の苦労なんて、知る必要ないですもんね」


 悩んでいたら拗ねられた。

 いや、単に僕の頭の出来が悪いだけなんだよ? そこまで厭味ったらしく言わなくてもいいじゃないか。


「じゃあ、目を閉じてくださいよ」

「どうして」

「私のを見せてあげるって言ってるんです。

 同時に見るのは慣れるまでは大変でしょう?」


 なんだか今日のユグルは押しが強いな。

 まあ、言われたとおりにしてみよう。感覚共有なんて僕はほぼ使ったことがないんだし。


 ……おお。目を閉じてるのに目が見える。

 いや、というか僕が見えてる。

 なるほど、これが感覚共有――む。ちょっと遅延があるんだな。

 それに……なんというか、世界の色が少し変だ。


「魔力なんて見えないでしょ」

「……ああ、言われてみれば確かに」


 こっちの"目"には魔力が映ってない。

 いや、なんか僕の目の方には映り込んでるんだけど……おかしいな、目は閉じてるはずなんだけど。


「教官知らないんですか。魔力視って目じゃないんですよ、脳が直接見てるんです」

「脳? え、目で見てるんじゃないの?」

「もしかして、分離とか試してないんですか?」

「ぶ、分離……?」

「はぁ……宝の持ち腐れですね。

 目を閉じても魔力視って使えるでしょう?」


 言われてみれば。

 魔力だけに集中する時なんて、確かに目は閉じるもんな。

 あれ? じゃあ本当に目で見てるわけじゃないのか?


「や、もういいです。

 教官殿はもう十分に強くあらせられますのでそのままで結構です。

 なんだか疲れました」

「なんかごめん?」

「いいえ。謝られても困ります。

 良いんじゃないですか。才能って便利な言葉ですねぇ」


 どうしてこうも刺々しいんだ?

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