閑話 ロニリウス・イン 3
「お連れ致しました」
ここを訪れるのは、いつぶりか。
王族特有の甘ったるい臭い……これ嫌でダールに引っ越したというのに。
今度はリルだのなんだのと、結局人には血が流れてる。
「おお、ロニリウス! ようく来てくれた!」
ふくよかな、というよりかはでっぷりとした。
きっと中に子供が居るわけではないんだろう、大きく膨らんだ体を揺らすはケレスティン・アマツ。
これで一応は王族。人の目もあるし、略式では失礼か。
「は。ロニリウス・クルセト・ブーチャ――」
「よいよい。私の名前なぞ覚えてないだろう? 全く面倒臭い」
演技掛かったこの喋り方。
本人も窮屈で堪らないんだろうけど……僕だってそうさ。
「ケレスティン・ヘレ・スルストロ・ドゥーブ・カザツ・メル=アマツ様。忘れることはありません」
「もう下がって良いぞ。ロニリウスと2人で話したいのでな」
確かに顔見知り以上の仲ではあるけど、僕、正直この人苦手なんだよなぁ。
面倒という言葉を擬人化するならば、彼女以上の人選は中々無いだろう。
「……久々だな?」
「ええ」
「ふむ」
まだ3人が聞き取れる範囲に残ってる。
まったく、本当に面倒臭い。素直にしてしまえばいいのに、なんて首を絞められたくはない。
当然ここにも魔術潰しの魔法陣が敷かれているし……まあやろうとすれば発現自体はさせられるけども。
今の僕はダニヴェスの人間だからね。
「……もう大丈夫ですよ。お久しぶりです」
「そうか。はぁ、偉ぶるのも大変だ。お主なら分かるだろう?」
先ほどまで"でっぷり"としていたケレストの体が急速にしぼみ、今では僕と大差無い。
ダニヴェスの貴族連中のこの趣味は、どうにもよく理解できない。
なんでも体が大きいほうが美しいのだとか。
僕としては、むしろスラっとしてる方が……う、頭の中でサンがなんか騒いでる。
シャットアウト。
「僕は庶民ですよ」
「ならそんな名前捨ててやれ。私は常に、ただのケレストに戻りたいと考えておる」
「こんな名前、もう僕にしか残っていませんから」
「……のうロニリウス。お主どうしてここに来た」
どうしてって、呼びつけたのは彼女の方だ。
そういうことを聞きたいのではないんだろう。
……まぁ、僕らの仲だしなぁ。
「知っているのでしょう」
「言外に語るはもう飽きた。庶民同士、仲良くお話しようじゃないか」
元でしょう、なんて要らないか。
彼女は僕と真逆の人生を歩んでいる。
なんだかんだ、僕は自分の人生に満足している。ケチをつけようとすればいくらでも付けられるが、それでも満足している。
しかし、彼女は逆に否定的であるらしい。僕のほうが運が良かったのかも、なんて。
「噂を確かめる、どころではないぞ」
「と言いますと」
「……まあ……どこから話そうか。
そうだな。まずケストの指導者だが、あれは魔王だ」
泥人形の、魔王、か。
そんなものは聞いたことがないが……だが予想を大きく外しているわけではないし、僕だって何も知らない赤子なんてわけでもない。
やはりあいつが。
しかし野生の泥人形はほとんど確認されていない。
確かに個としての能力は確実だが、魔王としての本来の――最も厄介な能力である、同種族への影響がないじゃないか。
魔王というのは同種族へ魔力を用いて命令を下せるという不思議な能力を持っている。その命令は絶対的で、故に魔王の影響下にあった魔物は、魔王の死後も影響が抜けることはない。
そういう意味で、魔王とは外に現れた――なるほど。
とりあえず、今は1つずつ確認していくことにしよう。
「泥人形だったはずですが」
「おそらくは。だが確実ではない」
「魔王であれば、すぐに分かるはずでは?」
「いや、それがだな。あやつ、どうにも魔力を持つ生物であれば全てに影響を与えられるらしい」
魔力を持つ生物、全て……?
魔王というのは同種族へ影響を与えるからこそ、例えばゴブリン魔王であったり、エリアズ魔王であったり、そういった名前が与えられている。
であれば、その魔王は魔物魔王か? いや、そうじゃない。"魔力を持つ生物"全て……当然。
「ええと、つまり――我々も?」
「全く困り果てている。攻めるというのは相手に兵士を供給するだけなのだ」
それは。
それはつまり……人の魔王でもある、と。
人の魔王だなんてもの、歴史上確認されたことはない。
何せ魔王が生まれるには非常に特殊な条件がある。人ではそれを満たすことは適わない。
だから生まれない。そう知っていたはずだが……。
「そんなの、いくら兵を集めても無駄な――」
「のう、最後まで聞けよ。全てを操れるというのは、少し前の情報さ」
「……ああ、ケレス。君、そういう人だったね」
「クックッ、お主の顔を歪ませたぞ。明日は地から雨が降るな」
クソッ、僕としたことがこんなことに動揺してしまうとは。だからケレスは苦手なんだ。
……ふぅ、よし。平常心、大切に。
「では今の情報は」
「うむ。あやつが模倣人形なのはほぼ確実だ。
魔人の姿を取っている間、魔人を操ることができる」
他種族をも操る魔王とは聞いたこともなかったが……やはりあれは模倣人形だったか。
模倣人形の魔王もまた聞いたことはないが、しかしある程度は合点がいく。
模倣中に限り、その種族へも影響を与えることができるというわけか。
それなら。
「魔人以外の姿を取っている時であれば」
「多分な。だがそう簡単にもいかんのよ。
ほれ、あやつダンジョンマスターだろう?
自らフラッドを起こせるようでな。あっちの主力は魔物なのさ。
だからこそ、全ての種族を操れると勘違いしたんだが……あやつ、基本的には常に魔人の姿を取っているようでな」
「結局、我々は操られる?」
「うむ。
ぶっちゃけ無理じゃろあれ。私を拉致って呪人大陸にでも逃げてくれんか、なんぞと言いたいが……。
あやつはおそらく全てを操れはするものの、しかし基礎は人形の魔王なのだ。
普通の魔王に比べ、他種族へ影響を出すのには時間が掛かるし、絶対的というほどでもないらしい」
……なるほど?
時間が掛かる、というのがどれほどなのかを聞く必要はあるけど……完全なる人の魔王ではなく、あくまで人の魔王を模倣しているだけというわけか。
いや、それでも十分厄介ではあるけど。
「のう。お主、魔人の魔王にならんか?」
「何を……どうして本気で言ってるんだい。君は知っているだろう?」
「まぁまぁ。あの魔王の影響な、普通の魔王と違って恒久的ではないのよ。
ま、それでも厄介なことに変わりはない。
なら先に別の魔王の影響下に置いちまえ、ってな?」
「な、じゃないよ」
魔王を目指した人の話はそれほど珍しいものではない。あの人の直接の死因だってこれだ。
しかし……魔人の体では魔王の力に耐えることは難しい。"全ての"人間種のうち、僕達魔人だけは唯一魔王が確認されていない。
とはいえ確証がないというだけで、過去にそれらしきが現れたという話は聞いたことがある。
もし魔人の魔王が現れたとしたら。
きっと途轍もないほど強力な存在となるだろう。
魔王というものはそういうものなんだから。
そして僕は……確かにその器には適合しているように思う。
でも。
「可不可の話をするなら可だろうね。だけど、お断りします」
「あれに耐えられて且つ現役で動ける奴となるとお主くらいしか居らんのだが……そうか。
まあよい。んで話の続きだがな。お主、これまでどれほどの魔王を屠った」
「うーん……32に届くかどうかってところだと思うよ」
「なら魔王を2体以上同時に相手取ったことはあるか?」
魔王だなんてぶっ飛んだ存在を同時に?
彼女は一体何を言ってるんだ。
強力な魔王であれば、人の国なぞ簡単に踏み潰されてしまうんだぞ。
「あるわけないでしょ。そもそもあいつら群れないし」
「ほうじゃ。しかし考えてみとくれ。魔王が仲良く……そうな、4体だとしたら、勝つにはお主が何人要る」
魔王って言ったって……種族によってその強さは天と地ほどの差がある。
例えば吐蛇の魔王であれば、今のガソートでも単独で倒すことも可能だろう。
逆に地竜の魔王なんかであれば、僕ですら単独では不可能だ。あの魔力を突き破ること……当時はできなかったけど、今はどうだろうなぁ。
ともかく、最弱だと感じた吐蛇の魔王であったとしても、4体も群れていては……僕1人では非常に厳しいものとなるはずだ。
「それ、考える必要ある?」
とはいえ現実では魔王は群れないし、僕は1人しかいない。
考えるだけ無駄だろう。
「非現実的だってか?
私もそう逃げたいんだがな……どうにもケストは複数の魔王を飼い慣らしているようでな」
魔王を、飼い慣らす?
それは……それこそ非現実的だと跳ね除けてやりたいところだけど、この表情を見るに本当のことのように思う。
魔王とはいえあれだって所詮は魔物だ。我こそ強いものの、会話だって成立するし、もしかしたら仲良くなれるのかもしれないけど……飼い慣らす?
「今のところ17体が確認されておる」
「17!?」
「お主1人でなんとかなるもんでもないじゃろ。
もうダニヴェス云々どころではない。人の世の終わりぞ」
確認されているだけで、17体の魔王。
配下には多量の魔物。
本人は魔人を含め多様な魔物を操ることができる。
……なるほど。
「無理だ」
「じゃろ。魔人の魔王なんてのも、冗談で言ったわけじゃあない。
なんならお主が魔王になったとしても、勝てるとは限らん。
東部は土地こそ貧しいが、しかし不思議と技術発展の目覚ましい地域だ。
……のう。もはや戦いとは、既に個人で変えられる時代ではないのかもしれんぞ」
古魔法陣の解析であったり、現在の魔法陣の発明であったり、魔術というのを一般に知らしめたり、火薬の発見であったり……確かに世界を一変させてしまうようなものは東部発祥のものが多い。
限られた土地だからこそ、貧しいからこそそのようなものに手を伸ばすのかもしれない。
だがその根源はどこにある?
「というと」
「砲、というのが生まれてどれほど経つ」
「384年ほど」
「砲は世界を……いや、戦場を変えはしたか?」
「それまでの貴族同士の力比べに過ぎなかった戦場を、人が死ぬ戦場へと変えたと聞いてるけど」
さすがに僕自身が見たわけじゃないが、しかし聞いたことはある。
大昔、戦争とはただの力比べであり、人が死ぬなんてことはそれほど頻繁には起きなかったらしい。
しかし砲という場を選ばずに使える強力な攻撃手段が生まれたことで、人が簡単に死ぬようになったとも。
傭兵という存在が大きく育った時代だったかな。貴族は別に、死にたがりなんかじゃないんだし。
「銃、というのが生まれてどれほど経つ」
こっちは僕だって知っている。
しかし銃が生まれた地は2箇所ある。……まあ、今回は東式のものだとして。
「122年」
「ちょうど魔術が広く使われ始めた時期じゃな」
「銃の普及を恐れ、魔術師は魔言を広く知らしめた」
「結果として、銃はそれほど進化しなかった。少なくとも、我々の国ではな」
「……けど、確かに世界を変えはした。僕が幼い頃は、魔術がここまで広く使われるなんて考えたことすらなかったよ」
さて、ここまでの話の流れを考えてみれば。
「今度はどう変わるんだろう。胃がひっくり返ってしまいそうだ」
「多すぎてなんと表現したものか。……制度、と言うのが正しいか」
制度?
「そんなもの、どこでだって生まれ続けてる」
「まあな。だがあれは……魔人というのは"個"がないと言われておる」
「人間種の中では、って話ね」
「しかし戦場ではその"個"が大切じゃ。故にお主みたいなのが切望される」
「買いかぶりすぎだよ。僕はそれほど――"ありません"」
少し熱中しすぎてしまっていたようだ。
気付けば扉から15m程度の距離にまで、見知らぬ気配が近づいていた。
……この魔力にこの体格。呪人が、ここに?
「いや、そのままでいい。呪人じゃろ」
「誰か呼んでたの? 先に言ってよ」
「アバローケレン。名前くらいは知っておろう」
アバローケレンという名を持つ知り合いは居ないが、しかし聞き覚えのある名ではある。ある程度以上に有名な呪人と限定してみれば。
「アストリアの?」
「サークィンの、と言ってやれ」
「ああ、うん」
大陸の中で最も南西に位置し、海外との交易によって最も栄えてると噂される都市サークィン。
そのサークィンを保有するエレメネ家に古くから仕えているテレンバの、だったはずだけど……。
「でもどうしてサークィンが? シュテスビンならともかく」
ダニヴェスが同盟を結んでいるのはあくまでシュテスビンであり、アストリアとではなく、当然サークィンとは何の関係もなかったと思うんだけど。
「……お主、たまにアホになるな? ダニヴェスが落ちたならば、次はアストリアぞ?」
アホて。
アホか? ……確かにそのくらい誰だって考えつくか。
僕はアホだ。
でも。
「シュテスビンじゃなくサークィンである理由にはなってない」
「アストリアという1つの国じゃからな」
「アストリアが、国? 僕の認識、古いかな」
「表面上はな。今回、シュテスビンではなくサークィン来たってことは……分かるじゃろ」
アストリアというのは1つの国というわけではなく、国の集合体だ。という僕の認識は別に古くなっているわけではないらしい。
しかしシュテスビンではなくサークィンということは……分かるじゃろ? いいや分からない。
まあ、いくつか考えられることはあるけども。
「また水か……」
「今年は雨が少なかったからの」
「ダールの住人に雨が少ない、なんて言ってもね」
ダニヴェスやアーフォートは例外であって、魔人大陸は全体的に雨の少ない地方……らしい。あまり気候だのには詳しくないからね。
昔、今でいうケストに住んでいた頃と比べればそれは確かだ。海岸地域や北部を除けば確かに雨はあまり降らず、冬季に雪として降るのがほとんどだった。
アストリアの方に住んだことはないけど、話によればケストほどひどくはないものの、やはりあまり多くはないらしい。
イーリルによって、水が堰き止められているんじゃないか、なんて耳にしたこともあるけど……雨ってそういうものなの?
「そっちは逆に年中降ってるからの」
「おかげで傘が手放せない」
「ともかく、水を取りすぎだのなんだので揉めてる最中らしくてな」
水くらい好きなだけ流してやればいいのに、と考えてしまうのは自分が関係のない位置に立つ人間だからだろうか。
僕にとっては小さな揉め事のように思えるけど、当地の人間のとってはそれは大きな問題なんだろう。
隣国なんて滅んでくれればいいと思えるほどに。
「で、今回はサークィンからのお客様って訳ね」
「客ならよかったんじゃが――良いぞ」
話を進めているうちに、気付けばノックと名乗りが聞こえてきた。
彼らは顔を合わせる前に名前を伝えるのが礼儀なのかもしれない。……文化も全然違うなぁ。
現れたのは、予想通り大きな体の目立つ呪人。
顔に古傷を抱えた歴戦の戦士――なんて見た目ではなく、魔力もそう多いわけではないし、大柄だということを除けば特に強い印象は受けない。
ただ……空気が違うな。知らずにすれ違えばハッとするくらいはあるかもしれない。
だが同時に緊張も読み取れる。
なるほど、見かけによらず案外繊細なのかもしれない。
「再度。アバローケレン・ウィデ・ハスト=テレンバ」
確かに聞き覚えのある名前だが、しかし……テレンバのアバローケレンといえば、アバローケレン・ウィデ・テレンバではなかっただろうか。
別人か、あるいは単なる覚え間違いか?
ハストの意味が分からない以上、考えても無駄か。
「ロニリウス・ブーチャ・レーシア」
あちらがあちらの文化で来るならば、こちらが無理に合わせる必要はないし、このくらいでいいだろう。
……またこの目か。一体僕は何だと思われてるんだろうか。
ただの魔人の1人、なんだけどなぁ。
そんな怖い目で見ないでくれよ。
「噂に聞く空蹴の。実際にお会いしてみれば、少々印象が異なりますな」
あのホラ吹きめ、どこまで話を膨らましたんだ、と愚痴ってみてもいいけど……さっさと話題を変えてしまおう。
「ハゥラザン様はお元気で?」
テレンバとは多少なりとも面識はある。というか、ハゥラザンとは実際に会って話もしたことがある。
根無し草で身分も分からない僕と会って話したいだなんて、当時はおかしな人だと思ったけど、でも悪い人ではなかった。
あと3日も早ければ、僕はアストリアの、サークィンの住人として過ごしていたのかもしれない。
何が自分の人生を変えてしまうのか、なんてさっぱりだ。
「マィギになられた。今のハストは私だ」
思い返してみれば、ハゥラザンは自らをハゥラザン・メノ・ハスト=テレンバと名乗っていたように思う。
なるほど、ハストとはつまり、実権を伴い尚且つ動き回れる者の名か?
アストリアには男系家が多かったはずだし、ウィデとメノはどちらも女系家名で、とこれ以上はいいか。
ではマィギとは、更にその上の……家長であったりの名だろうか。
「のうアーブ。私を蔑ろにして楽しいか」
「まあ、されるよりはする方が」
「……ほう?」
この2人の関係は分からないが……少なくとも堅苦しい間柄ではないらしい。
あんまり気張るのはよくないか。僕も肩の力を抜いておこう。
「ロニーよ。本当に出るというなら、今回はアーブの下じゃ」
なんて考えていたら、とんでもないことを言われてしまった。
僕が使いこなせる人間なんてそう居ないと思うし、しかも彼は呪人だ。
呪人風情が、僕を? ……あまり食って掛かるのは好きではないし。
「また冗談を」
「クルセト人め。ダニヴェスに移り少しは考えを変えたと思ったが」
遠回しに伝えたつもりだったが、すっかり筒抜けだったらしい。
「彼は僕を知っているようだけど――僕は彼に詳しくない。
僕としても親交を深めるつもりはない。
悪いけど、そういう話なら勝手に1人で遊ばせてもらうよ」
元はあの2人を借りるつもりだったんだけど……別に1人でだってできることはある。
そもそものところ、僕は集団行動に向いていない。あの2人を連れるつもりだったのは、単に僕の足を引っ張らないというだけの理由だ。
まあ、もったいないなとは思う。けど仕方がない。呪人の下に着くつもりはない。
「やはり頑固者じゃの」
「いいや、少しは柔らかくなったさ。
でも僕の譲歩は、肩を並べるので精一杯」
「……だと。悪いがアーブ、こやつは――」
「構わないですよ。
こちらとしても、場を乱す者をむざむざ連れて行く理由もない。
彼は不要だ。
ですがそのままでは動きづらいでしょう?
所属はうちの隊としておいてあげますよ」
へぇ。呪人のくせに口だけは一丁前だ。
言い返してやってもいいけど、わざわざそれに労力を割くのが面倒臭い。しかしただ黙って引くのは気分が悪い。
……まあ、使えるものは使っておこう。僕の目的は、ここで彼と敵対することではないんだから。
「なら空を飛べる者を1人。荷物持ちとして借りたい」
「今度は頼る気ですか? なんとも大人げない方だ。
……そんな者、この世界にどれだけ居ると言うんです。
もちろん、うちに居たとしても貸したりはしませんが」
イラッとくる口調だが、視界の隅でケレスが頭を抱えたのが目に映ってしまった。
欲しい言葉は引き出せたし、こいつはもう要らないな。
「ケレス。ガソとユグラを借りたいんだが、いいかな」
「……誰じゃそいつら。知らんが」
「ただのガソートとただのユグラ。どちらも僕の元教え子。
ガソートの方は、元ペンドゥだけどね」
実戦へ送り出して、およそ2年ほどか。
ガソに関してはいくつか功績を耳にはしたが、一方のユグラは何の情報も入ってこない。
死んだとなれば伝わるはずだし……彼女のことだ、どうせどっかでサボっているんだろう。
「元? ……ああ、あのガソートか。
それならどこに居るかは知っているが、しかしユグラの方は分からんな」
「とりあえず、借りていい?」
「ユグラの方は構わんが、ガソートの方は難しいかもしれん。
あやつはサ上2の偵察隊に居るはずだの。今は部下も6人居る」
そうか。彼ももう率いる立場になったのか。
僕らの動き方からして、集団行動は苦手なはずなんだけど――偵察部隊、ね。それならいけるのか?
ちょっともったいない気もするけど。
「こちらで引き取りますよ。"下の者"の意見も取り入れてあげないと」
「おおそうか。なら認めるでな、少し待て」
……いちいち癪に障るなぁ。でもおかげで駒を揃えることができた。
久々に、彼らと空を駆けようじゃないか。
ばいばい。