表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
192/269

閑話 ロニリウス・イン 2

 久々に会った娘は、記憶の中よりも少しだけ背が伸びて、そしてスッキリとした表情を見せていた。

 垢抜けた、という奴だろうか。父としては正直複雑な気分だ。

 レニィン君、は無いとして……ではカクカ君の方だろうか?

 ……ある。ありえる! こっちはある! が、まだそんな歳でも……ある、か。うん、ある。ある、な……。


 だが待って欲しい。

 そもそもあの子に男に興味を向ける余裕なんてあるんだろうか?

 だってそうだろう? 町を歩けばあれはなんだこれはなんだと質問攻め。

 何かを話せばそれは何だ何故そうなるのか僕はどう考えているのかとの質問攻め。

 仕事を始めればどんな職業なのか何故存在してるのかこうした方がいいんじゃないかとの質問? 攻め。


 何にでも興味を持つ……あの子は"知りたい"の塊だ。知らないことが許せないらしい。

 そんな子が、果たして男になんて興味を持つ余裕はあるんだろうか?

 持つ可能性は大いにある。むしろ持たない方がおかしい。しかし、時間が足りないんじゃないか? 人生ってのは有限なわけだしさ。

 いやでも待て。ずっと独り身だと言うのもまた少し悲しい……複雑だ。こんなに複雑な気持ちは初めてかもしれない。


 家を出る直前なんて、「あの月はいつか大地に降ってくる」だなんて荒唐無稽なことも言ってたっけ。

 あの子なりにしっかりとした理由があってのことらしいけど……そんな未来の話なんて、僕らにされてもね。

 ま、1つしか見えてないのは幸いか。ユタの方は……幼い頃に見せてしまった。あれは今でも後悔してる。


 結局、息子にそっちの才は無かった。

 ユタとアンはよく似ている。どちらも何にでも手を伸ばし、なんでもやりたがる。でもその下地は少し違う。

 アンが"知りたい"の塊なのに対し、ユタは"出来たい"の塊だ。


 ユタは周囲から「なんでも出来る天才児」と言われていたが、それは間違いだ。

 あの子は出来ないことが許せない。だから何にでも手を伸ばし、出来るまで努力する。出来るようになったなら、次は使いこなせるようにする。

 ……ここらへんはサンに似たんだろうか。


 ユタには確かに様々な才があった。

 しかし才だけで終わってしまう者は多い。

 あの子の1番の才は、努力し続ける才だろう。こと努力の才に関しては、僕はあの子以上を見たこと無い。

 逆に様々な才のほとんどは、あまり強いものではなかった。あれらはあくまで最初の取っ掛かりを手伝える程度であり、使いこなせるようになったのはあの子自身の努力の結晶だ。

 僕もそれは分かっているつもりだった。期待が重荷になるだなんて、考えてもみなかった。


 僕は期待なんてされてこなかった。優秀な兄と比較され続け、期待されたいと悩んでいた。

 そんな思いをさせないように、とあの子に期待を向けて……結局、このざまだ。

 ユタに付きっきりになってしまっていた。結局、僕はアンに同じ気持ちを味わわせてしまっていたのかもしれない。


「なぁに、思いつめた顔しちゃって」

「あ、帰ってたんだ。おかえり」

「帰ってたんだ、て。もうボケたの?」


 何を言ってるんだ僕は。

 そもそもサンは、今は休みを取ってるじゃないか。

 大きなお腹。もう1ヶ月もすれば、か。


「うん、歳かも」

「そんな見た目でよく言うわー」

「あはは。……そうだねぇ、僕らは長い事潜り続けた」


 誇張無しで、僕の人生のほとんどはダンジョン内だ。外に居たのはそれこそ四半も無いかもしれない。

 だからこんな見た目のまま。

 今でこそ多少は知られてるけど、当時はほとんど知られてなかったんだっけ。

 僕は歴史かなんかの授業で、耳にしたような気もするけど――もう誰も、生きちゃない。


「その"僕ら"に私は居る?」

「もちろん。でも、最後の方にちょっとだけだね」

「我、癒手のサニリア様ぞ?」

「うっわ、痛々し……ちょ、叩かないでよ」

「痛いってのはこういうことだ!」


 癒手のサニリア、か。

 そんな風に呼ばせたのはユリスエだ。自分達の売り込み、とか言ってたっけ。

 ホント懐かしい。……だからこそ、悔しい。


「他はちゃんと覚えてる?」

「空蹴のロニリウスでしょ、神眼のラグナでしょ、黒壁のセレンでしょ。あと大力のシナトン」

「もう1人は?」


 サンが加入してた頃、僕らは6人で動いていたんだけども。


「ホラ吹きのユリスエ」

「ホ、ホラ吹きて」


 千本でしょ、なんてツッコミは僕らには野暮か。

 ユリスエ……彼と言えば、アレだな。


「バレたら激苦料理だね」

「うーわ懐かし。あいつたまーにクソマズいの作ってたよね」

「そうそう。で、大体シナトンが最初に食べて――」

「鉄拳制裁」

「で、サンに泣きついてきてた」


 ああ懐かしい。

 開拓者としては、本当に最後の方。

 6人で活動してたのは2年程度だけど……あの時期が僕の黄金期だ。


「みんな、バラバラになっちゃった」

「うん」

「ユリスエは、死んじゃった」

「……うん」

「私、開拓者なんて向いてなかったんだなーって思って、それで辞めたんだよね」


 僕らが潜った最初のダンジョンは、雪原の大洞穴。

 そして最後に潜ったのも、雪原の大洞穴。


「私は調子に乗りすぎた」

「ううん。あんなダンジョン、前代未聞だよ」

「C級に挑んだA級。これだけでもお笑い草なのに、味方を死なせて逃げ帰って、そのまま解散。……だっさ」

「……パーティでの昔話は、結局ここに着いちゃうんだね」


 僕らの最初のダンジョンアタックは、実は失敗に終わってる。

 「サンをダンジョンに慣らすぞ!」とか言って、手頃なところに潜ったんだよね。

 ユリスエの選択が間違っていたとは思わない。

 当時の"雪原の大洞穴"は、たったの4階層しかなく、とても小さなダンジョンだった。

 特に苦戦することもなく、被害を出すこともなく、コアにまで辿り着いた。


 そこには先客が居た。

 とても変な魔力を――というか、泥人形のような魔力を持つ男。

 でもあのパーティには、魔力を見て感じ取れるのは僕ら2人だけだった。

 サンは泥人形を見たことがなかった。だから1人で潜れたと勘違いしてしまった。


 道中の魔物は全て生き残っているのに、何故かコアの前に、しかも人骨のような見た目の不死生物と共に居る、ボロ布を纏った男。

 僕は当然、ユリスエとラグナもすぐに気付いた。

 あれが噂に聞く"ダンジョンマスター"だってことを。


 元リーダーで頭の切れるラグナ、勘の鋭さだけは確かなユリスエ、最も上質な教育を受けていた僕。

 静言を使えるうち、相手を知れた僕ら3人はすぐに相談した。

 見える魔力は莫大で、過去に見たどの魔王や守護者よりも多く、古いコアにも劣らないものだった。

 ただのダンジョンの魔物ならそれほど怖いものではない。溢れんばかりの魔力があろうとも、それを使いこなすだけの知性を持たないのだから。

 しかしあれには"表情"があった。だから声を掛けてみた。


 結果、会話が成立した。

 会話の成立にどれほどの意味があるのか。

 それが分からない僕らではなく……ラグナに至っては黙りこんでしまう始末。

 ユリスエと僕は必死にその場を取り繕った。

 シナトンのいつも通りの対応に、僕らは心底肝を冷やした。


「サン、あの男……覚えてる?」

「だから私、魔導ギルドに行ったんじゃん。

 でも結局、なーんにも分からなかった」


 あの時は結局何ともならなかったけど……2回目に潜った時、"マスター"が居るダンジョンの恐ろしさを知った。

 まさか、本当にまさかだ。


「――"魔法"を使うダンジョンの魔物。

 ……魂って、魔法って一体何なんだろうね」

「僕はレイヤーには詳しくないよ」


 僕とサンでは世界の見え方が異なっている。

 僕にも魔法の才は無かった。だから月は、2つ見える。

 ……複層(レイヤー)構造、か。


「アンが連れてきた子達の……セルティナちゃんは使えそうなんだっけ」

「何かキッカケがあればすぐにでも。というか……」

「カクカ君?」

「それそれ。あの子にはびっくり」


 僕も一応は魔法を使うことができる。

 しかし感じ取れるレイヤーが極端に少なく、実用的な魔法ともなればほとんどない。

 そんな僕でも、唯一好き放題に使えてしまうところがある。

 ダンジョンだ。


「あの()だと……多分、私よりも上だよ」

「ユタとそう変わらないよね、あの子達」

「呪人の方は分からないけど」

「レニィン君――サンってホント、名前覚えるの苦手だよね」

「アンに遺伝したっぽいよ。かわいそー」

「自分で言う?」


 しかし魔法には途轍もない欠点がある。

 だからこそ、普通は誰かに教えたりはしない。

 教えなければ、使えない。伝わらなければ、いつしか人の記憶からも消える。

 そう思っていたんだけど……。


「サンってさ、小さい頃から使えたんだよね」

「魔術と並行してって感じ。ほら、親があれだから」


 サンのように、誰から教わったわけでもないのに使えてしまう者が居る。

 であれば、とユタに伝えた結果があれ。僕と同じ状況……。

 あの子のことだ。いくら釘を差したところで止まるとは思えない。

 きっと冒険者になってから、使いこなそうと……使い続けてしまったに違いない。

 もう手遅れ、なのかなぁ。


「アンにも伝えたほうが良かったのかな」

「んー? アンには使いこなせないよ。そういう()してるもん」

「でもユタと同じ()なんでしょ?」

「まあね。だから使えちゃうとは思うけど……ユタの二の舞い、ロニーよりも下手くそよ」

「下手くそって、言い方」


 でも僕にだって、サンに手伝ってもらえばちゃんと大きなものも使える。使えてしまう。

 代償だって僕のもの。別にそれは問題じゃない。僕はもう十分に生きた。

 でも子供たちは……あの子達の未来を奪うようなことは、絶対に許されない。

 僕は許さない。


「実は……サンに相談したいことが――」

「いいよ」

「いや、まだ全部言い切ってないんだけど」

「何年一緒に居ると思ってるの。どうせリルから指名されたんでしょ。

 私はこれで4回目。大丈夫よ。痛いのは慣れないけど。

 ……でもこれだけは約束して。生きて帰ってくるって」


 全く……。


「君には昔から敵わない」

「でしょでしょ。じゃ、明日は家中の掃除よろしく!」


 こういうところを含め、僕は今も恋してる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ