閑話 ロニリウス・イン 1
ダリルレ・リニアル第2練兵場。
「死角は突かれるものじゃない。利用するものだよ」
円陣を組んでいる6人。
その中央へ雷を落とし、直後に風を与え……3人しか残らないのか。
僕の仕事場はここだ。
午前は非対称戦闘の訓練に充てることが多い。
しかし彼らは……ガソートくらいか。他はてんでダメだ、前期生とはまるで違う。
才の無い者にいつまでも時間を割けるほど、今は余裕のある時期ではない。
「空にも気を向けて。人は上からの攻撃に弱い」
風に音を与え、僕からの声を届ける。
声に従い上を見る。
それはいい。が、それではだめだ。
「全員で上を見ちゃダメでしょ!」
……息だけは合ってるんだけどなぁ。
最後まで立っていた3人を倒すと同時、町に鐘の音が響いた。
「もうこんな時間か。みんな、彼らを起こしてあげて」
午前中に行なっているのは、自身の肉体を掴むためという意味合いが強い。
薄皮1枚でも自分の肉体を測り間違えてしまえば、もし対人戦であれば、刃に毒が塗られでもしていたら……。
「きょーかーん。こいつ気絶したふりしてましたー」
「なんで言うのよ! ペルードもでしょ!」
またピルステイアとペルディウスの2人か。
はぁ。どうにも緊張感が足りていない。
……ちょうどいい。この2人には犠牲となってもらうとしよう。
「ピルス」
「すみま――」
魔力を――いや、強縛までいいか。
続き空蹴、風刃。
裂くのは皮1枚まで。
「君は今……ありゃ」
殺気だけで気絶しちゃうだなんて、本当に質の低い。
さてもう1人。
「ペルード。構えて」
「は、はい?」
「次は君の番だ」
「む、無理ですよ!」
多少なりとも歯向かうなりはしてほしいところなんだけど、この程度じゃ……はぁ。
「じゃあ質問だ。君は何故ここに居るんだい?」
「金の為、ですよ。みーんなそう」
「……ガソ。今はペルードに聞いているんだよ」
他の子にも彼くらいの我の強さがあればなぁ。
……そういえば、彼と真剣に打ち合ったことはないな。返答次第では考えてみてやるのも面白いかも。
少し煽ってみようか。
「君は……実力はともかく、口だけは一人前だね」
「教官殿から見れば、誰もが半人前でしょう」
「いいや、君たちは八半にも満たないよ」
短気な者は扱いやすい。
僕の中でそこまで表してしまえば……おや、引っ込んでしまった。……もう隠せるのか?
「へぇ。療術師に向いてそうだ」
「基本技能の1つ。言ってらしたのは教官殿でしょう?」
「昨日、ね。こんなに早く使いこなせるものではない」
「俺は天才なんでね」
本当に口達者な子だ。
だが闘気というのは、そう易易と使いこなせるようになるものではない。
僕ですら纏えるようになるまで2週間、十分に扱えるようになるのは3ヶ月以上掛かったように記憶している。
生涯扱えない者だって居る。だから僕は、娘にはあれ以上伝えなかった。
だのにこの子は……才は確か、か。
「君はどこまで扱えるんだい?」
「どうスかね。手合わせしてくれたら見せてあげますよ」
「そっか。ケルン、彼に武器を」
さて距離は……彼はペンドゥ家の出だったっけ。ということは、遠いとはいえアマツ家の血が流れていると。
例の魔術を使うにしろ使わないにしろ、魔術師としては保証されている、か。
ある程度用意してあげた方がいいかな。
「教官殿は?」
「要らないよ。当たったら痛いでしょ」
「……俺のは当たらないとでも?」
いくら刃を潰しているとはいえ、いくら闘気や纏身があるとはいえ、金属の棒で叩かれて無事で済むわけがない。
僕なら痛いで済むかもしれないけど、彼らであれば骨折なんかの危険性もある。
ガソであれば耐えられるとは思うけど、一応ね。
「当然。1発でも当てたら君の勝ちだ」
「"口達者"はどっちなんスかね!」
あら。……昨日今日で習得できるものではないし、元々使えてたのを隠してただけなのかな。
それに気付けなかった僕もまだまだか。
でも今は垂れ流し。
飛び込んでの振り下ろし、距離を取っての攻撃魔術、……ふぅん。隠そうとの努力は見える。
けど、たったの三層じゃ足りなさすぎる。
脛を狙っての払い。
うん。やっぱりこれが本命か。
確かに普通の戦士相手に遠距離からの払いは有効だけど、相手が悪い。それに今日は対空戦の訓練だ。
三速で空に逃げてっと。
「ここまで距離を取ったんだ。南陸よりも魔術の方が適してるよ」
「ご教示感謝しますよ! 炎弾!」
鎧を着ていない相手に火弾、か。大正解。
破掌を教える予定はなかったけど……彼には向いてそうだし、見せてあげようじゃないか。
火弾に手を向け――投げ返す、のは危ないか。空に向けてー――うわ、爆発!?
あんなの当たったら痛いじゃ済まないぞ。
「ウズドを含んだ火弾か。君の選択は正しいよ、エリアズ相手なら有効だろうね」
「俺が今相手にしてんのはあんただ!」
おお怖い怖い。
相手は僕、ね。僕としてはあくまで訓練の延長線のつもりだったんだけど……望み通りにしてあげよう。
「そう、僕だ。僕相手には有効じゃない。君は――」
さっきのはリチ・ウズド・ダンかな。
ゾエロは十分覚えさせたし、これだけ闘気を操れてるなら……爆風くらいなら耐えてくれそうだ。
「――やっぱり八半以下だよ」
彼の言う"炎弾"を8連射。
さすがに直撃させるのはまずい。かなり弱く発現させたけど、人を殺すには十分すぎる威力がある。
……おや、この感触は。
「防御術を間に合わせるか。君は今年で1番かも」
「今年に限らず、っしょ!」
加速しての突き、ね。
僕を相手にするならあまり有効な手ではない。その空蹴は僕の十八番なんだから。
そもそもが一層の攻撃では話にならない。せめて七層は用意しなければ、全て避けてしまえばいいだけだ。
ま、仮に当たったとしても防ぐ手段はいくらでもある。
……中距離戦への適性はもう見れたか。次は近距離戦をしよう。
刃に向かって急加速。
この闘気では身縛程度は耐えてしまうか。なら、強縛だ。
薄皮1枚を隔て、刃へと魔力を流し込む。
空蹴。
背後から足を蹴り――
「あんたも一層じゃねーか」
跳んだ、だと。
強縛まで除けるとなると……幻縛からは詠唱が必要だ。近距離戦で使うものでもないか。
「この距離で……」
この距離での武器の使用は、却って枷になる。だから必要に応じて魔術で作り上げた方がいい。
……んだけど、言う必要はなさそうだね。シュ・リチ・トウだろうか、既に火の短剣を4本も発現させている。
「1発でも当てりゃ勝ちなんスよね!」
この距離で、投げる!?
ならこれはリチ・ウニド・トウなのか。ウニドがあるとはいえトウだけでここまでの維持……ホント、血ってのは怖いもんだね。
後ろに被害が出たら嫌だし……いや、こっちは本命じゃないな。
だが本命だと思わせるだけの気迫は確か。これを生むってことは、本当に投げられるんだろう。
いつか使ってくるとして、今は――。
「近距離戦は苦手らしいね」
攻撃を避けつつ、彼の動きに合わせ、体の各所へと魔力を少しずつ送り込む。
手首、膝、肘、脇腹、股間、首裏、顎、足首……そろそろかな。
解。
「なっ――!?」
当然、前のめりに倒れこんでしまう。
……受け身の取れない転倒は大きな怪我に繋がる可能性がある。空檻をクッションにしてっと。
「君、本当に15歳? やっぱり頭1つ抜けてるよ」
「……何したんスか。なんでこんなに体が重く――」
「体内への直接攻撃」
破掌の基礎技能である掌激に療術を合わせた、僕オリジナルの攻撃魔、拳術? ……どちらでもいいか。
さて、傷ついた彼をこのまま起こしてあげてもいいんだけど――。
「――やっぱりアイツ、バカだよな」
「無理無茶無謀が大好き過ぎる」
「な。俺の予想通りだ」
「あんなん誰だって予想付くだろ! 誰がガソなんかに賭けんだよ?」
「でもいい気味じゃん。あいつウザいし」
「あれで大人しくなってくれりゃいいんだけど」
ギャラリーの対処のほうが先だ。
首を軽く切ってっと。
「ありゃ、避けきれなかったか。やっぱり君は強いね」
「あんた、ふざけ――!」
「まぁまぁ。さ、ちゃんと見学していたね。次は僕ら2人対君たち全員だ。
ガソ、飛ぶよ」
「飛ぶって――うわぁ!?」
舌を噛まないといいんだけど。
◆◇◆◇◆◇◆
「今日はここまでだ。解散! ……と普段なら言うんだけど」
くたびれ果てたか地に伏す子らを見て考える。
やはりというべきか、光るものを持つ者は1人しか居なかった。
それはつまり、僕のハズレだ。
そもそもが彼らとの付き合いはそれほど長くない。
この短期間で全てを見極められる……なんて、僕はそこまでは驕ってない。
「ガソとユグラの2人は居残りだ。では、解散!」
もう1人見つけた。
ユグラはガソとは系統が違う。彼女もどちらかといえば中距離戦の方が得意だが、そういうものではなく……切れ者だ。
「も、もう腹ン中、何もない……喉痛ぇ……」
「ガソは分かるけど、なんで自分まで」
「分かる、か。説明してみてよ」
「こいつだけ明らかに素材が違う。自分らが8級ならこいつは既に3級、教官殿は1級……いや」
良い眼を持っている。
彼女は特に名のある家の出ではないはずだが……まったく、こんな濃い子に気付けなかったとは。
最近の僕は少し抜けてるところがある。いや、考え方がまだ古いのかな。
「そっか。じゃあ自分は?」
「……サボり、バレちゃいました?」
サ、サボってたんだ……全然気づかなかった。
ホント、最近の僕はダメダメだな。
「……それは後で詰めるよ。それより君、魔力が見えているね」
普通の子は僕だけを見るのに、この子だけは僕以外も、僕の魔力そのものを見ていたように思う。
加えてこの場全体を見、そして僕の弱点を突いてきた。
あそこまで魔力に意識を向けるのは、魔力そのものを感知できる者だ。
僕も隠してはいるつもりだけど……直接感じ取れる者にはどうしても隠し切れないことがある。
「そんなの見えてないですよ。ただ……」
あ、あれ?
僕、何なら見えるんだろう。
「ただ?」
「右利きですよね」
利き手?
「いや、左だよ」
「あれ、そうだったんですか?
左手から魔術を発現させるとき、ちょっとだけ遅かったんです。
足も同じで、左のほうがちょっとだけ遅いんです。
だから立体的に攻め立てて、本命は左半身を狙って――」
……僕って左側の方が魔術遅かったの? そんな弱点、自分でも気付いてなかったぞ。
た、確かに小さい頃に怒られはしたけど……その時は逆のことを言われた。しばらくの間、魔術は左手で使っちゃダメなんて言われたこともあった。
ちゃんと矯正したはずだったんだけど……今度は逆側が遅くなってたのか。
「――対に見て確認するんです。だから……教官?」
「ああ、ごめんごめん。ちゃんと聞いてるよ」
自分の眼が悲しくなってきた。
ピルステイアとペルディウスはクビになりました。