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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百三十七話 記憶と存在の第16階層 2

 記憶と存在の大迷宮第16階層。

 17階層よりも1つ浅いとはいえ、私達にとっては間違いなく深層だ。

 当然、結構に気を張ってはいるんだけども……なんと言いますか。


「戦いづれー」

「あそっち。弱いとか言い出すのかと思った」

「いやーだってさ、ほとんど動いちゃダメだっていうしさ。

 アンはいいよなぁ。そこにあるっていう罠も見えてるんだろ?」

「そこのはね。でも見えないのもあるよ。聞いてたでしょ?」


 魔物に対する感想はともかく、確かにこの階層は戦いづらい。

 16階層のほとんどは独立した小部屋や通路で構成されていて、それらを転移罠によって移動し続けるという仕組み。大蟻のダンジョンの……どっかの階層と同じだと思う。

 全ての部屋で複数の罠が確認されており、そのうちの半分くらいが床に設置されている。つまりは動きまわることができない。


 魔術師なんて突っ立ってても仕事はできるわけで、私にとってはそこまで大きな問題ではないんだけど……ティナとレニーは大問題だ。動きがかなり制限されている。

 出現する魔物は罠の位置を完全に把握しているのに対し、こっちはレア以外は初見の階層であって、言葉だけで全ての罠の位置を把握するのは難しい。

 しかも罠の中には私の目に映らないのもいくつかあることが分かったし……私ですらちょっとやりづらい。

 ていうかこれは今後の大きな課題だよね。どんな罠でも見破れるなんて思い込んでいたけれど、そうでもないことが知れてよかった。


 出てくる魔物に関してだけど……正直そこまで強くない。

 いや、確かにC級のものも出てはきたんだけど……あの魔物、毒の強さが評価されてるだけっぽいんだよね。確かに脅威ではあるけど、強力な魔物ではなかった。

 この戦いにくい状況ですらこれなのだから、この階層以外であれば本当にただの雑魚扱いでいいかもしれない。魔石もかなりちっちゃいし。

 しかし周囲には危険な罠が多数あるし、それにあの魔物は2つ目の強力な毒を持っている。ここが危険な……というか厄介な階層であることには変わりない。

 あまり雑に戦ってしまうと。


「本当に痛まないのか?」

「ああ。腫れは毒のせいなんだろうが、痛まないのは毒のおかげ……複雑な気分だ」

「外に出たら……」

「お、脅すなよ」


 ハクナタの左足はパンパンに膨れ上がってしまっている。

 解毒薬を打ち込んだから大丈夫だとは思うんだけど……念のため、外に出るまでは療術は無し。

 体内に毒が残っている状態で療術を使ってしまった場合、悪化させてしまうことの方が多いんだよね。

 フアであれば毒の中和なんかも試せたのかもしれないけど……私はそこまでの療術師ではないからなぁ。

 そのフアですらウィルスや細菌が原因のものだと治せないはずだし、魔術ってのは究極便利ツールだったりはしないのだ。


「次はどうだ」

「うーん……日替わり、とでも表現しましょうか。少々癖が強いもので」

「というと」

「次のものは3箇所へのランダム転移だと思われていたものなのです。

 少し前に周期が発見されたのですが、……その……周期を覚えていなくって」

「……つまり、運というわけか」

「申し訳ありません」


 運、ねぇ。

 知ってるぞ。これ、私だけどっかに飛ばされて悲しい思いするやつだ。そういうフラグだ!


 ……いや笑えないよ。こんなとこで逸れたら冗談抜きで死んでしまう。

 どの転移罠がどこに繋がってるのか、なんてのを私は当然知らないし、レアだって全てを把握できているわけではないんだから。

 もし外への転移罠を踏んでしまった場合……今の私の魔術なら、落下死を回避するのはそこまで難しいことではない。

 高すぎれば簡単に意識を奪われるだろうし、低すぎれば発現が間に合わない可能性も十分にある。しかしそれですらまだ幸運な方だ。


 ここの転移罠には別の階層と繋がっているものが複数確認されている。

 第17階層に戻される? これもまた幸運なことだ。何せあそこに居るのは人であって、対話の余地が残されている。

 最も厳しいのは、外でもなく17階層でもない別の階層に飛ばされることだろう。


 この第16階層は確かに厄介な階層だ。

 魔力を隠し、気配を殺し、感覚を失わせる毒液を吹きかけてくる魔物。噛み付き致死毒を注入してくる魔物。

 16階層のうち、特に注意するべきはこの2つの魔物。レニーと私のどちらもが探知することができず、既に私達全員が1つ目の毒に侵されてしまっている。こうなれば噛み付かれたことにすら気付けない。

 しかし後者の魔物は噛み付く瞬間に魔力が多少漏れてくる。だから警戒さえしておけば、噛み付かれる寸前で処理できる。もし遅れてしまったとしても、薬がある。

 おかげでせいぜいが腫れてしまう程度で済んでいる。……どんまいハクナタ。


 では他の階層は。

 16階層にはあまり"強い"魔物は出現しない。ならこれより浅層であればもっと弱い……と考えるのは間違いだ。

 例えば第14階層へと飛ばされてしまったとしたら? 魔術無しの私が生き残れるはずもなく、まともな抵抗なぞ出来ずに死ぬだけ。

 第11階層だとしたら? 圧倒的な物量に押し潰されてしまうはず。死なない魔物だなんて意味が分からない。

 第7階層だとしたら? 海での戦闘経験はない。話自体は聞いたことがあるし、どんなものかと考えたこともあるけど……想像と現実には大きな隔たりがあるだろう。それに、息ができなきゃすぐに死ぬ。


 他階層へと繋がる転移罠のある階層は他にも存在している。

 しかしここより浅層には存在しない。故に浅層へ飛ばされた場合、16階層まで潜り直すか1階層から直接出るかの2択になる。

 だが16階層までを聞いた感じ……"紫陽花"3人が全力で準備をした上で尚生き残れない。現実なんてこんなもん。

 ……あんまり想像したくないけど、あのロニーですら難しいように思う。少なくとも単騎では確実に無理だ。

 第8階層は1人では決して抜けられないのだから。


 第4階層以上であれば抜けることは可能かもしれない。そこまでなら私の常識が通用する……まだ想像の範疇にある"ダンジョン"だからだ。

 しかし数多ある転移罠から狙ったところへ飛ぶなんてのは、それこそレアのように知り尽くしておく必要がある。

 結局のところ、知らない転移罠を使ってはいけないという事実は変わらないのだ。何せ私は運が悪い。


 運、かぁ。


「その3つの移動先、全部行ったことある(・・)の?」

「いえ。行ったことがあるのは2つだけです」


 冗談でしょ。



◆◇◆◇◆◇◆



 世の中にはフラグというものが存在する。

 「やったか?」は生存フラグだし、「ここは俺に任せて先に行け!」は死亡フラグだ。

 もちろんこれらは創作の世界の中の話であって、現実はそうとも限らないが……幸運ルートと不運ルートがあった場合、私の場合はなぜか後者が選ばれる。

 逆主人公補正みたいなのが働いている可能性がある、だなんてすら考えたこともある。

 1/3を撃ちぬくことなんて、私の不運なら容易い。


「おい、どうしたんだよ急に黙って」

「……私ってたまーに運いいなと思って」


 しかし世の中にはフラグクラッシャーなる存在もある。

 ……これはあれだな。多分ティナがそれなんだ。だからここも外したんだ。

 六花の洞窟の時だって、ハルアを呼び寄せたのはきっとティナなのだ。

 なんか突然魔法とか使いだしてるしさ。修行とか結構好きっぽいしさ。そのくせサボったりもするしさ。こいつ実はなんかの主人公だったりするのでは?

 これで男だったら少年漫画辺りで生きていけそうじゃない? バカ系の熱血キャラ的な感じでさ。ダメ? ……ちょっと性格に問題あるか。


「今度はなんだよ」

「ティナの性格じゃダメかなーだっ!?」

「なーにがダメだ。なんか腹立つ。次言ったらぶん殴る」

「じゅ、順番が逆だ……」


 まあともかく、ティナにくっついておけば痛いことは起こっても、悪いことはあんまり起こらない。

 ……私達の名前、交換したほうがいいんじゃない? いや別に私に花要素はないけども。でもティナの方がアンジェリアは似合ってる。


「――の感覚がないってのは……」

「だな。歩きづらくて仕方ねえ」

「それだけ腫れていれば尚更だろう。レア、後どれくらい掛かる」

「残す転移は4回です。もう少しの辛抱ですよ」

「こ、このくらいで泣き言を漏らすつもりは……」

「以前よりも今のあなたの方が好きですよ、ハクナタ」


 あと4回、ね。

 何事もないと良いけど……さっき2/3引くのに運使っちゃったからなぁ。


「では飛びましょう」



◆◇◆◇◆◇◆



「――とその石の突き出たところ。……以上」

「他に7箇所。背面の壁面左上、天井との境の辺りと――」


 壁の高さは概ね5m。私達人間が手を伸ばしたところで、届くような高さではない。

 これらの罠は確かに侵入者の排除を目的に設置されてはいるが、しかし侵入者によって起動することは滅多にない。


 ではこれらの罠は誰に対して仕掛けられているのか。

 まず大前提として、この階層の魔物は罠を熟知しており、積極的に利用してくる。

 特に多いのが転移罠を利用しての奇――氷……もう死んでるか。


「よく気付いたね」

「こう何度も何度も同じことされりゃ、さすがのアタシでも学習するって」

「へー。学習能力あったんだっ!?」

「バカにすんな」

「じ、自分で言いだしたのに……」


 ……とまあ、この階層の魔物は全力で罠を利用してくる。当然転移罠以外も利用する。

 侵入者が掛かりそうもない罠とはつまり、本来はこの階層の魔物のために設置されたものなんだろう。

 もちろん、これらの罠のうち転移罠だけは私達も利用させてもらってるけど……爆発したり岩弾を放ったりなんかの罠は魔物にしか利用できない。

 だってこれ、起動させたら部屋全体を吹き飛ばすような威力のものばかりなのだ。魔物への攻撃に使うにはあまりに強力過ぎる。

 しかし魔物たちはこの罠をも利用する。……つまりは自爆攻撃を仕掛けてくる。


 この手の侵入者が掛かりそうもない罠は、これまでの全てが私の魔力視には映っていない。

 そしてこの階層の魔物はほとんどが魔力を隠せている。つまりは私の魔力視では魔物を見つけることができない。

 加えて何故かレニーもこの階層の、魔力を隠した魔物には気付けないらしい。……闘気の探知も魔力に頼っているということなんだろうか? まあいいや。


 攻撃するという意思に気付けるレニー。術式発現直前の魔力変化が見れる私。しかしこのどちらにも引っかからないのが"不可視の攻撃罠"というもう1つの要素。

 見えない罠に見えない魔物が飛び込み自爆する。

 通常であれば回避不能の即死攻撃だ。厄介どころの話ではない。

 しかし私にはもう1つの探知手段があり、これを使えば魔物の侵入自体には気付くことができる。

 そしてレアから予め罠の位置を聞いておけば……回避不能なのは変わらないが、察知・防御可能な攻撃にまで落ちてくる。


 もう1つの探知手段。それは療術の触診やジステルダの魔言なんかにも関連する重要な技能……魔力領域。

 燃費が悪く、精度も悪く、距離も短く、ついでにレニーの邪魔になる、と普段はあんまりやらないんだけど……ここの魔物くらいの大きさであれば、さすがの私でも領域内への侵入に気付くことができる。

 仮に自爆攻撃を成功させられたとしてすら、既に領域を展開している以上、防御術の発現は間に合わせられる。


 結局のところ、この階層が「厄介だ」という評価は変わらない。私だけで防げてしまう以上、評価が覆ることはない。

 いや、なかった。


「天井の中央……そこが最後の転移魔法陣です」

「分かった、"階段"出すよ。先に登ってね」


 イメージを少し変えるだけで、氷壁の術式で足場を作ることもできる。

 残念ながら頂点数は関係無いようだけど、しかし昔よりも複雑な形状を発現させられるようになってきてる。

 やっぱり慣れ、なのかなぁ。

 想定よりも話数が伸びてしまい、また展開的にもキリがよかったので、この先は本章2.5として別章にします。

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