百三十五話 魂と傷
「私が話したのが何者なのかは分からない。
日本語を使っていたように思えるし、前世でいう神――全能という印象は受けなかった。
印象の話をするなら、むしろ労働者の方が近い。
そして多分……嘘をついていた」
「嘘?」
「うん。嘘っていってもそういうんじゃなくて、なんていうか……演技掛かってる、みたいな」
初対面で且つ姿の見えない相手の嘘を見抜くだなんて、私にはできないはずだ。
だというのにも関わらず、何故かあの声の演技だけは感じ取れてしまった。
「どのような」
「……怒り。理由は分からないけど怒ってた。それを隠してた」
何故そう感じたのか。
理由は未だに分からないし、今後も分かりそうにない。
何せ時間が経ちすぎている。もはやこの記憶はかなり脚色されてしまっているだろうし、ならば本来の出来事は曖昧だ。
死後に見ている世界なんて、以前は脳が死に際に見せる夢の一種だと思っていた。
もちろん、今は認識を改めているけども……どうでもいいとまでは言わないが、あまり優先度の高いものではなかった。
しかし若干の共通点が気になる。
「死後を誰かに話したのは初めて。
レアのほうが詳しいかもね。今までの記憶を何度も見直してるみたいだし。
……そろそろ合流しよっか。次は16階層だ」
◆◇◆◇◆◇◆
とまあそんなこんなでなんとか第17階層の階層守護者を殺し、あの2人を回収しにいったわけだけども。
「いやー結構強くってさー」
「"てさー"じゃありません。私、怒ってるんですよ!」
「あ、あのー……レア、さん?」
「今はティナと話してるのです。口を挟まないでください」
珍しく嘘つき聖女様が怒ってる。
「ティナ、あなたの言うとおり守護者復活というアクシデントがあったのは事実です。
ですが、あなた達であれば……使わずとも倒せたはずですが?」
「俺が悪い」
「レニー、あなたはただの被害者でしょう。黙っていてください」
それもすごーくお怒りだ。
原因は……まああれよね。ティナが魔法使えるの知らなかったの私だけらしいんだよね。いじめか? お?
ていうかなんで使ったって分かるんだろ。
「アン」
「は、はい!」
「あなたは特に傷が深い。……ティナ! どうして使わせたんですか!?」
な、なんですかこの空気は……。
なんでこんなブチギレてるんですか。ちょろっと魔法使っただけじゃないですか。
なんスか傷って。私健康体のドピンピンですよ。
と、ふざけてみるのもここまでだ。
レアだけに見えているもの、というのは結構多い。その中でも特に有力なのは……魂やら精神やら辺りだろうか。
「魔術は魔力を消費する。……レア、魔法の対価は?」
「……魂です。魂の傷は……そう安々と治せるものではありません」
まあ、でしょうね。
あれだけやりたい放題できちゃうものが無限に使えるなんてことはなく、やっぱり何かを使ってるんだ。
もし魔法が使えなかったとしたら。……レニーは当然死んでいただろうし、ティナもあれだけ戦い続けることはできなかった。私だって十数回と死んでいる。
ティナが倒れるまでは自身の治療に限定しての発現だったけど、倒れてからは弾の補充を目的として何度も発現させることになった。
だからこそ"傷"が深いのかもしれないけど……正直なところ、魔法無しで戦えたようには思えない。
では最初から知っていた場合はどうだろう。
私のことだ。当然どんなものが出来るのかをある程度確かめているだろうし、もっといい方法を見つけていたかもしれない。
何せ今の時点で既に後悔してるのだ。
バカみたいにリロードリロード連呼して……その度に魂に"傷"が入ったのであれば、私の魂とやらはズタボロなんじゃないだろうか
「ティナ、あなたは……256年後には居ないでしょう」
「そりゃどういう意味だ――」
「黙って聞きなさい。あなた達と私達とでは"魂の傷"の意味が違うのです。
魔法を使用した際、魂に傷を負うのは変わりません。むしろ1つしかないあなた達の方が被害は大きい。
しかしあなた達の問題は一時的なものです。あなた達は死ねばそれで終わりなのですから。
私達は異なります。魂子とは数百数千数万年と生を繰り返す。その永き時をもって尚、魂の傷とは完全には癒えないのです。
ティナ、あなたの選択がどれほど大きなものだったか分かりますか。
あなたの選択によって、アンは未来永劫癒えることのない傷を負ったのです」
あれ、なんか雲行きが……。
「……そんなの、聞かされてねえぞ」
「まだ使わないと約束したじゃないですか。
使わない相手に必要な説明ですか?
あなたが悪いのですよ。ティナ、あなたが――
ティナ! 逃げても何も変わりませんよ!」
「うるっせえ! ……ちょっと考えさせろ」
怒鳴りながらどこかへ姿を隠してしまったティナ。
周囲の魔力は――魔物は全て殺したはずだし、なら遠くに行きすぎなければ大丈夫か。
さてこの空気、どうしよう。
私としては魂だの魔法だのをもうちょっと詳しく聞きたいんけど……レアがこれじゃなあ。ていうかこんな人だったっけ。
仕方ない、今ある材料だけで考えるとしよう。
魔法ってのは確かに不思議ちゃんパワーではあるけど、完全になんでもかんでもやりたい放題無制限ってわけではなく、魔術同様に"燃料"が必要らしい。
他にも魔術と同様、魔法も自身の魔力の影響範囲内、つまりは領域内でしか発現させることができないという制約が存在してる。
しかし領域とは最終的には自由に扱えるようになる。
ハルアと私では練度に差こそあるものの、自身の意思によって制御できているという点では変わらない。
フィールやレンズといったジステルダの魔言を扱うには領域の操作は必須の技能であり、私の知る限りでは魔術師の頂点だ。
この段階に足を掛けているのがシパリアであり、彼女は意思によって拡張することはできていたが、維持するのが苦手だった。だから発現前にだけ拡張し、終了時にはすぐ閉じていた。
多分、ジステルダの魔言も使おうとすれば使えるのだと思うけど……使ってるのは見たことがない。
ティナはここに至っておらず、意思による制御ではなく術式による制御、だと思う。
つまりはイメージングの段階で領域が拡張されることもあるというだけで、自身で操作しているわけではないため、ジステルダの魔言は扱えないことになる。
魔人のほとんどは成人までにこの段階に至るものの、いくら魔人といえど何もしなければこれ以上進むことはない……のだと思う。
クニードを離してみたりと小さい頃からいじくり回していた私でさえも、呪人大陸を出る直前でようやく卒業できたわけだし。
エル・クニードの水は領域外へ出すと蒸発する。
本来はエル・クニードを繰り返せば勝手に領域が動くようになるはずなんだけど……そうはならなかったのが以前のレニーや現在のハクナタ、だと思う。
ロニーのいった"ジャムのような魔力"というのが足を引っ張っているのかもしれない。
領域が完全に固定されている状態であり、扱える魔術は極端に減る。昔のレニーがほとんど魔術を使っていなかったのはこれのせいだろう。
私の場合はエル・クニードを繰り返して数時間で抜けられてしまったため、ここの抜け方を詳しく分かってるわけではない。
エル・クニードですら発現させられないのでは話にならないし、だからこそ私は0からの呪人に魔術を教えることができない。
魔術の場合、発現位置自体は魔言によって制限されていることがほとんど。
シュであれば体表数mmに固定されており、領域内といえど動かすことはできない。クニードは許容範囲こそやや広いものの、しかし今の私ですら40cm辺りが限界。
レズドは固定されていないにも関わらず直接発現させられる魔言であり、エル・レズドのような術式であれば領域内でのどこからでも発現させることができる。
レンズは発現位置そのものに影響を与える魔言であり、シュ・レンズやレンズ・クニードとすれば領域内のどこからでも発現させることができるようになる。
しかし体表から発現させる魔言に比べ、どちらも難易度はやや高い。
空間のある一点への集中……真っ白な紙を見る場合に視線が泳いでしまうのと同じことで、ややイメージが難しくなる。
だから私の場合、対策として予め小さな氷塊を浮かべるようにしている。紙に小さな点を打てば、視線の誘導が容易なように。
魔法の場合、発現位置は領域内であれば完全に自由。
レズドでの発現やレンズ・クニードでの発現の感覚に近く、また既存の魔術に"付与"する形での……氷塊を用いて発現させるのと同じことも可能。
領域を操れなくても発現自体は可能であり、ティナは何度か"回復"によって自身を治療していた。しかし領域を操れていないため、他者への……レニーへの"回復"は叶わなかった。
しかし"燃料"は魔術とは違い……自分では気づけなかったものの、魔法を発現させる際には魂を消費? していたらしい。レアはこれを"魂に傷が付く"と表現していたけど、正直よく分からん。
この"魂の傷"は癒えるのに長い時間が必要で、加えて完全に治りきりはしないと。
ただでさえ魂とかいうよく分からんものの話であるのに、それに傷が付くだなんて言われてもマジで分からん。分からん三連星だ。
数万年……いや、そっちは考えたくないな。やめよ。
魔法によって魂に傷が入る。私達魂子はその傷ついた魂を使用し続けるため、それに怒っている。……まあまだ分かる。だが引っかかるポイントがある。
「当時のレアは魔法にも長けていました」とレアは以前に語った。
5代前……約200年前のレアのことだけど、癒えないというなら今のレアにも当時の"傷"は残っているはずだ。
しかし"魔法を扱えました"ではなく「魔法に長けていました」という言い方。そして「まだ使わない」という約束……。
「レアの魂にも"傷"が?」
「安心してください。アン、あなたの傷は治せますよ。ただ――」
「アン!」
話の最中だというのに途轍もない魔力の流れ。
いつどこから? 突然現れたような――とにかくまずい。
「ティナはあっち。呼んできて。多分――」
この魔力の質、おそらくは呪人のものだ。
しかしこれだけの流れを生み出すともなれば。
「八神教は"神"を伴って来たみたい」