表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
187/268

百三十四話 魔法と魔術

 レニーの目覚めを待つ間、魔法に関しての情報のすり合わせを行なった。

 結論。魔法とは文字通りの"魔法"であり、魔術とは似て非なる……別物だ。


 私は魔術が好きだ。

 魔術にはルールがあり、そのほとんどを説明することができる。

 説明できないものだって存在してる? それは"今は"であって、いずれ説明可能になるはずのもの。

 魔術とは不思議現象なんかではなく、前世にはなかった法則の1つ。同じ現象を起こしたければ条件を揃えてやるだけでいい。

 れっきとした技術体系を持つ……魔術は科学で解明可能な代物だ。


 他方、魔法に目を向けてみれば……私は自分を"科学教"の1人であって、科学で扱えないものはないと考えていた。だがこれは違う。

 何が起きたのか、どうして起きたのかは分かる。無理矢理に後付けの説明をすることはできる。

 しかし……どうして起こるのかが分からない。正しく理解する方法が見当たらない。取っ掛かりですら見つからない。

 発現させた私自身ですらこれだ。"今は"分からないなのか、"これからも"分からないなのか。


 ……今からは想像もつかないけど、300年も遡れば魔術も"不思議"で"説明のできない"、貴族の血が流れている者のみが使いこなせる超自然的能力だと信じられていたらしい。

 その認識を改めることになる原因は……1373年だったかな。現在のケストの前身に当たる"東部都市国家大連合"の発足だ。

 北部帝国と呼ばれる亡国の放った"魔導人形"による災害、クラト・フロウドで大量発生するダンジョンによる被害、巨大化するダニヴェスの脅威……ここらへんが原因だとか言われてるが、私にとってはどうでもいい。

 連合によって急接近した小国達の中で、今では魔人大陸の各地で見られる――魔導ギルドの原点が生まれた。

 魔導ギルドは都市国家に過ぎなかった当時のケストを拠点に急拡大し、各地に伝わる魔言を収集・拡散し……これによって"魔術革命"が起こり、ようやく魔術が一般化したんだとか。

 今でこそ魔術は魔人なら誰でも使える便利なもの扱いだけど、民草に広まってからの歴史は実はまだ浅いのだ。そういう意味では魔法陣の方がよっぽど深い。


 少し逸れ始めたな。魔術と魔法に戻らないと。

 同じ現象を起こす場合、この2つにはどんな違いがあるのか。

 ここではファイアーボールを例に。


 魔術の場合、同じものを発現させるにしても、そこに至るまでのプロセスは前後することがある。

 私の場合、ファイアーボールであればイメージングから。

 空を飛ぶ火の玉。……なぜこれが空を飛び、なぜ燃え続けるのか、なぜ形を維持できるのかを考えてしまうと発現しなくなるため、出来る限りそれは避ける。

 目標までの距離を測り、目標へ与えるべきダメージを考え、必要な大きさと速度を考える。場合によっては温度や弾道も追加されるけど……30cm3程度の火球が時速30kmで飛ぶ様だけを考えたとする。

 ここまでがイメージング……想像と呼ばれるものであり、次はコーディング、つまりは術式の構築だ。

 コーディングは2つの段階に分けることができる。最初は作り上げたイメージから真名を弾き出す段階。今回の場合であれば、「火よ、撃て」辺りを与えれば発現するだろう。

 次が実際に魔言を与える段階。「火の玉を飛ばす」ではなく「火の弾を飛ばす」としてみれば、"火の"はリチが、"弾を飛ばす"はダンが該当している。つまり、必要な魔言は"リチ"と"ダン"だ。

 これらは単純な魔言なのだから、禁則表現を考慮する必要はなく、リチには火の大きさを、ダンには弾の速度を与えるだけで終わる。

 最後がキャスティング。音は「リチ・ダン」、意味は「火よ、撃て」。これらを声に出すことで作り上げたイメージを固定し、必要分の魔力を発現箇所へと流しこむ。

 結果、火の弾が現れる。リチ・ダンであれば30cm3の火球を作るのは難しいかもしれないが、とはいえ不発現になることもないだろう。

 終了させる場合は魔力の供給を断つか、集中力を切らすか、あるいは魔術を領域外へ移動させる。使用した魔力は当然返ってくることもなく、ただ消費する一方だ。


 魔術は発現までにこのような手順を踏む必要がある。人によっては前後する部分はあるが、大まかには同じのはず。

 そして、慣れた人間であれば省略できる部分がある。

 一部の魔術師の場合、最後のキャスティングを……つまりは詠唱を省略することができる。私の場合であれば、脳内で真名を浮かべるだけで発現させられる。

 といっても無詠唱も有詠唱もイメージを固定していることに変わりはない。結局のところ、イメージを固定するのに言葉という補助が必要か否かというだけの問題だ。

 そして、慣れた魔術であればイメージングもスキップすることができる。

 私の場合はリズ・ダンやリズ・ウニド・クニードが特に顕著であり、真名を浮かべるだけで終わる。

 こちらは多分、短縮詠唱に近いものなのだと思う。イメージのテンプレートができてしまっているから、発現させるとどうなるかを即座に思い浮かべることができている。


 もし私がリズ・ダンを発現させる場合……。

 先に"リズ・ダン"をと考えている都合上、まずはコーディングからになってると思うが……これ以上考えることは特にない。氷の弾を、ではなくリズ・ダンを、と考えてしまうからだ。

 次にイメージング。どの大きさのものをどれほどの速度でどんな運動をさせるのか、なんてのは考える必要もない。"リズ・ダン"をと考えた時点で既に思い浮かんでいる。

 最後にキャスティング。脳内で真名を浮かべるだけで終わるのだから、当然これもスキップ。

 使おうと決めた瞬間に発現させることができる。これが私のリズ・ダンであり、瞬き1つも必要ない。

 二次元詠唱というやや特殊な発現のさせ方もあるが……禁則表現を無視するためにのみ使うものだし、そもそも禁則表現が必要となるパターンはそこまで多くないので今回は除外。


 では魔法でファイアーボールを使おうとした場合。

 ここでは0からの創造で考えてみよう。実際に"ファイアーボール"を使ったわけではないから確かだとは言い切れないけど……多分一緒だ。

 まずは火の玉が飛んで行く姿を考える。魔術でいうイメージングの段階であり、やってることは一緒だが、既にあるものと強く考える。飛んでいない現在こそがおかしいのだと強く否定する。

 次に詠唱する。なんとなくそれっぽいのを。今回であれば「ファイアーボール」と口に出してみればいい。

 これで終わり。ファイアーボールは既に飛んでいる。

 発現位置は領域内に限定されているものの、魔力を消費するなんてこともなく、また終了条件も存在しない。


 イメージングが必要なのはやってみて分かった。"否定"を挟む分、魔術よりもかなり強めに想像する必要があった。

 キャスティングが必要なのも分かった。現在の私には不可能だが、無詠唱で使うこともできるのだと思う。サンや化物がやっていたのを目にしたのだから。

 コーディングは……魔言のようなものが存在していないため、組み合わせるだなんてことはない。とりあえず、現時点では不要だ。



 ファイアーボールを出すという結果はどちらも同じものだ。だがそのプロセスに大きな違いがある。

 領域に制限されるというのは確かに両者で共通してはいるものの、魔術は魔力を消費するのに対し、魔法は魔力を消費しない。

 領域を扱えない人間が魔法を扱った場合……それが可能なのかはともかく、もはや魔力とは関係のないものとなるはずだ。

 何せ生物は皆最小単位の領域を持っている。自身の治療に使う分であれば、それ以上広げる必要はない。だからこそ療術の練習は領域の維持をせずに済む自身の治療から始めるものなのだし、領域のコントロールが苦手なティナも回復魔法を発現させていた。

 もし魔法が本当に魔力に関係していないのだとしたら……こんなのが一般化されてしまえば、この世界はとんでもないことになってしまう。

 何せ魔言や真名という制約が存在していない。イメージさえできればほとんどなんでも出来てしまう。作れてしまう、変えられてしまうのだ。

 お金が欲しい? 食べ物が欲しい? 服が欲しい? 無い現在を否定するだけでいい。

 誰かが憎い? 魔物が怖い? 自分を消したい? 殺す道具はいくらだって作り出せる。

 傷を負った? 病に罹った? 誰かが死んだ? 治療の分野でも大活躍。魂さえ逃げていないのであれば、死者蘇生ですら可能となる。

 加えて何も消費していない。……本当に何も消費しないのか、という疑問は残るものの、少なくとも目に見える範囲では消費していない。あるいはこれこそが"副作用"の原因――


「お。おはよ。アン、レニー起きたぞ」

「……俺は――」


 ……あ。

 生きてた……本当に生きてた。良かった。

 魔法も魔術もどうでもいい。今はこっちが大切だ。


「おいおい、あんまし急に動くなよ。けっこー強く頭打ったんだぜ」

「頭? ……確かにこぶが……いやだが腹を刺されたはず――」

「何だ、夢の話か? ずっこけたんだよ。すげーダサかったぞ。

 つーか腹刺されたなら鎧に傷とかなきゃ変だろ」


 私達は「魔法は使うな」と釘を刺されてしまっているし、ティナも既に何が起きるのかを説明してしまっている。というか実際に目の前で見せたらしい。

 その結果、私には発現のさせ方は教えず、副作用だけを伝えることに決められたんだとか。

 私が知れば確実に興味を持ち、実際に使ってしまい、その後はこっそりとでも使いまくるだろう、というレニーの予測からだけど……大当たりだ。めっちゃ使った。副作用を体験してなければ絶対今後も使ってた。

 ……まあとにかく、今回は使ってない()で行くことにした。レニー怒ると怖いもん。


「確かに傷は無いな……そうか」

「そーそ。あんな重いのぶん投げっからだよ。次は腰も痛めんぞ」

「ティナ――」


 しかしティナは……ティナの嘘は分かりやすい。

 まずいつもよりも饒舌になる。次に目線が泳がなくなる。最後に表情が硬くなる。

 顔だけでもこれだけあるのに、体全体を見ればまだまだたくさん見つかってしまう。

 指をずっともじもじさせているし、脇を強く締めているし、片足に体重を掛けている。

 ……目線だけは泳がないようになったけど、却って違和感を生み出している。他? てんでダメ。ティナに嘘を吐かせてはダメなの――む、なんかこっちを見てる。


「いや、2人共だな。……助けられた、ありがとう」

「な、なんだよかしこまっちゃって」


 ふむ、この言葉にこの表情は……バレてるな、間違いない。

 「俺は全てを理解した上で、あえて2人の嘘に乗るよ」的な表情をしてる。なんだあの優しい目。

 ぐぬぬ……どっちが原因だ。やはりティナか? いやでも私も結構顔に出るらしいし……いやでも私は嘘付くの結構得意だし――


「アン。聞きたいことがある」

「なんぞや」

「人は死ぬとき何を見る。いや、何を見た。

 俺は……横たわる自分を見た。とても長い間眺めていたように思う。

 泣き縋るアンも、叫ぶティナもその時に見た」


 や、やっぱバレてる。


「少しして、視界が暗くなった。まるで洞窟でも進んでいるかのような……自分の意思とは関係なく進んでいった。

 すると光が見えた。この頃にはもう体の感覚はなかった。光に包まれた頃、何かの声を聞いた。

 姿は見えなかった。何を言われたのかも覚えていない。だが確かに何かを聞いていた。

 そうして……突然現実に戻された。これが俺の見た全てだ。

 アンは何を見た、何かを聞いたか? もし覚えていたらでいい、教えてくれないか」


 ……ふむ、臨死体験か。

 実技試験と戦力測定、それから前世の最期で計3回、私は死を経験している。

 しかしこの2人は違う。死んだ経験などないはずで、……もし今回死んでいたのだとしたら、レニーにとっては初の死の体験だ。


「なぁ、アタシは?」

「あるのか?」

「いや無いけど」

「……発水」

「おまっ! ここダンジョンなの――」


 砂漠用の服に水を掛けられたせいで、微妙にセクシーになってしまったティナを眺めつつ、今までの死を思い返してみる。

 1番近いのは南部冒険者ギルドでの戦力測定の時だが……鼓膜が破れ、血液の流れる音を聞き――次の瞬間には座り込んでいた。それらしいものは見なかったということになる。

 ではその前の、東部冒険者ギルドでの実技試験の時はどうだろう。


 自分を見るだなんて時間はなく、気付くと白い空間に居た。

 最初はそこがどこだか分からなかった。少しして、以前に死んだ時に見たものと同じだと気付いた。そこでようやく……いや違うか。胸に矢が刺さってて、それで死んだって分かったんだ。

 そしたらなぜかカクが出てきて、「お前はまだ死んでねーぞ」的なことを言われて、体があるっていう事実に気付いて、そしたら急に意識が薄れて……で、目覚めた。


 初めて見た死後の世界は少し違う。

 いや、大まかには同じだ。自分の姿なんて見ることもなく白い空間へ直行した。

 違うのはそこから先。私は……私は神の声を聞いた。あるいはカクも神の1人だったのかもしれないけど、まあ多分それはない。だから後にも先にも神の声を聞いたのはあの時だけだ。

 あの暫定(・・)神の声は独特で、頭の中に直接響くような……不思議な感覚だった。まあ頭も何も肉体自体が無かったんだけども。

 そして2面性があった。最初に掛けてきた声と、その後の短い会話の声は、確かに同一の声ではあったものの、トーンや口調が異なっていたように思う。

 最後の方は「この空間では存在が失われていく」「早急に転生させてやる」「私からの慈悲だ」とか言ってたっけ。一人称は"私"であり、使用言語は日本語だ。

 だが最初の言葉は覚えていない。……ただ強烈な違和感を覚えたという記憶だけが残っているのみ。


「自分を見ることはなかった。

 ただ真っ白な空間にいて、神っぽいのと言葉を交わし――」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ