百三十三話 騎士と魔法と秋の足音
問題作。
――水よ、穿て。
"冷たい火"によって消される。エルは使いものにならない。
――冷気よ、一帯を閉ざせ。
完全に効果無し。プート・リズは効果が無いらしい。
――氷よ、穿て。
ゾエロらしきに弾かれた。
――大氷よ、穿て。
槍の一振りで砕かれた。
――巨氷よ、穿て。
熱によってか溶かされた。リズは効果がない。
――氷よ、形を表わせ。
分身なら防げるが、本体には簡単に砕かれる。
――風よ、穿ち爆ぜよ。
効果はあった。だが2発目以降は全て避けられている。
――雷よ、流れよ。
完全に効果無し。あの鎧に触れると掻き消えてしまう。
どれくらい時間が経っただろうか。
お互いに結構な手札を切り合ったと思う。
結果、私の魔術のほとんどが効かないことが判明した。ティナの剣も届かない。
逆に守護者の攻撃はほとんど全てが致命的だ。
あの"冷たい火"は、触れると熱だけでなく魔力すらも奪うことが分かった。ティナの魔力が著しく減っていたのはこれが原因で、私もかなりの魔力を持っていかれた。
分身は何かに触れると爆発し、"冷たい火"を周囲に撒き散らす。距離さえあれば避けられる程度の速度で突進してきていたが、特性上氷の盾で簡単に防げた。今はもう使ってこない。
逆に本体の突進は防御不能。私の氷なぞ最初から無かったかのように簡単に砕いてしまう。
槍術はよく分からない。とにかくティナでは歯が立たないらしく、接近戦は避け続けている。
魔術はどれも発現が早く、また"冷たい火"だけでなく風と氷と火も扱う。魔術師だと考えてみても私と同格かそれ以上。
本体の突進は既に私が捉えられる速度を超えており、ティナいわく「シパリアよりも速い」らしい。前動作があって助かった。
使う魔術も私の規模を超えているが、しかし同時に発現できるのは1つまで。発現させられる数なら私のほうが上だ。
個々で負けていたとしても、力を合わせれば勝てるかもしれない……なんて甘い考えは通用しない。
想定する中でも最悪の事態……つまりはどちらも100%に近い状態で行なってくる。突進中に放たれる魔術が全く見えないのだ。
突進中に使ってくるのは小型の氷弾が多いが、それでも全てが防御不能。魔法無しで戦っていたとすれば、私は既に12回、ティナも7回は死んでいる。
「……悪い、もう限界だ」
ティナのゾエロへの変換効率は非常に高いものではあるが、しかし魔力の絶対量は私に遠く及ばない。
加えて今は途轍もない出力の、私の4倍以上もあるゾエロを使用している。
この出力ですら足りていないと言うのだから笑えないけど……結果、魔力が尽きるらしい。
魔力視のおかげでその減りがよく分かる。確かにもうすっからかんだ。
「レニーのとこ行ってて。なんとかするから」
「どうやっ……」
言葉は最後まで紡がれなかった。
極端な魔力の減少は、意識の喪失を引き起こす。それ以上魔力を使わないように、死を免れるための防御機構だ。
ティナは何もできずに気絶した。残酷に聞こえるかもしれないが、これが現実。
私も何もできていない。ただ死の瞬間を繰り返しているだけだ。
守護者が突進の構えに入った。
避けようと思えば避けられる。だがそうしてしまえばティナが死ぬ。
防ごうとしても防げない。どんな魔術でも守護者を止めることは不可能だ。
……なりふり構ってられないか。――氷よ、形を表わせ。
幸い、私には日常生活で使わない言語が2つある。
片方は日記に使うことがあるし、ならこっち。
私の氷は砕けない。
「リーンフォースド・ハードネス」
突進を見切ることはできない。
しかしその軌道は直線的で分かりやすい。
氷の壁なぞ無視して来る。それが有効だと知っているから。
砕けぬ氷に激突した。私の魔法を知らないから。
が、無傷。……あいつ、あんなに固かったのか。防御なんてする必要無いんじゃないか?
『これで最後。ここを通す気はない?』
『……死ね』
ま、期待はしてなかったよ。そういう命令を受けた、そういう魔物なのだから。
攻撃魔術にはこの使い方はできそうもない。
性質の変化では済まない。事実の変化でも済まない。
完全なる0からの創造。当然、こちらの方が負担は大きいだろう。
が、ここを抜けられなければ意味が無い。……少なくとも、この2人だけは無事に出そう。
悔いは確実に残るだろうが、私にはまだ次がある。
0からのイメージは難しい。
だが0そのもののイメージは簡単だ。
何度も使いたくはない。
だから次の詠唱で、奴を一撃で絶命させる。
発現には領域を押し付ける必要がある。
つまりは接近する必要がある。
――巨風よ、溢れ爆ぜよ。
全身が砕けるような感覚。
視界も完全に奪われた。
でも魔力視は無事だ。
こちらの突進に合わせ槍を構える守護者。
都合がいい。
私の領域には何も存在しなかった。
「スペース!」
領域が触れる瞬間、魔法の発現。
守護者自体を領域に収めることはできなかった。
失敗だ。
だが槍を消し去ることはできた。
同時、床が消滅しないことが確認された。
……今は後だ。
「セベル・メーヌ」
帰ったらもっと鍛えよう。
この守護者にも通用するようなものを覚えよう。
魔法に頼るのは今回限りにできるように。
直接触れることは叶わない。
叶わないのであれば、消し去ることは難しい。
であれば領域の外にも影響を与えられるもの……さすが私の前世。最初に浮かんだのがこれか。
私は武器を構えていた。
「サモン・アメリカン・シックス・シューター」
……本当になんでもありだな。
銃に詳しくない人間でもなんとなくは見たことあるはずの、ポルト社製の傑作リボルバー。
物理法則の異なる世界で正常に動作してくれるのか、と単純な構造であるASSを出したわけだけど……もはや武器の役割はなく、単なる芸術品だとすら言われることもある、西部開拓時代中期に生まれた銃だ。果たしてあの体を貫くことは出来るんだろうか。
……どちらも使ってみれば分かることか。
この銃には安全装置は存在しない。
ハンマーを起こし、照準を合わせて――
『なんだそれは――』
警戒してか距離を取る守護者。
通してくれないのであれば、会話に応じる意味はない。
照準を合わせ引き金を引いた私。
無事に射撃することができた。
ハンマーを起こし、再度の射撃。計5発。
さすが前世の武器だ、と言いたい所だけど……騎士の鎧は軽く凹んだのみで、馬にも軽い傷を付けた程度か。
連射力を足してあげれば十分そうだな。
私が出したのは別の武器だった。
「サモン・FN90」
先ほどのに比べて3倍程度の重さと特異な形状。今度はPDWだ。
約80m……この距離であれば、並みのボディアーマーなら簡単に貫ける。
そしてこの弾は、貫けさえすれば肉体を酷く損傷させる。
狙うのは馬の首。セレクターをフルオートに、引き金を最後まで引ききって――命中、効果あり。
馬が倒れこみ、騎士も同様に転倒する。
……撃ち切るのに3秒強か。
『そ、それは――』
前世の知識の大部分は断片化してしまっているものの、今も私に根付いてる。
今日ほどこれに感謝した日もないかもしれない。
私は異世界の転生者だ。
『銃。引きこもりのアンタらはまだ知らないよね』
軍事技術の発展は、時に人の想像を大きく超える。
ASSからFN90。100年ちょっとでこの進化だ。
この世界でも既に銃が使われている以上、こいつの次の世では冒険者は皆銃を使っているのかもしれない。
こいつは私達でいうところの転生者であり、次会う人間は苦労するのかもだけど……そんなの私に関係ある?
「リロード・FN90」
弾はまだ残っている。
リロードを楽しみたい欲もあるが、そんなの後でだってできる。
トリガー。
……鎧は貫けないか。
だが鎧には弱点が存在してる。
「リロード・FN90」
再装填。
今度は近距離から関節部を狙う。
貫通、出血……やはり中は泥人形ではなく人間種か。
ダンジョンの魔物だとはいえ、これも立派な殺人だなぁ。
「リロード・FN90、リロード・FN90、リロード・FN90――」
打ち続けること37秒。
魔力の消失を確認。
同時、別の魔力が活性化。
……面倒臭い。このまま銃に頼っちゃおう。
「リロード・FN90、リロード・FN90、リロード・FN90――」
動き出した半影に向け、引き金を強く引き続ける。
確かに単独の戦闘能力は低い魔物だが、代わりに圧倒的な数がある。
なのにフルオートの銃ってのは……近い将来、攻撃魔術は銃に淘汰されてしまうのかも。
わざわざ術式を構築する必要がなく、イメージングも、領域も、魔力も何もが不要なのだ。
魔術は相手へのダメージもイメージするのに対し、銃はただ引き金を引くだけ。殺したという実感ですら――重量や費用辺りは確かに欠点ではあるけど、そんなの問題にならないくらいの差がある。
この銃はそれほど破壊力の高いものだというわけでもないのに……威力も精度も連射力も、どれをとってもそこらのダンよりも上じゃないか。
っと、雑魚の片付けも終了。あれだけの数を片手間で終わらせることができてしまうとは……地球ナメ……いや、科学ナメんなファンタジーってか。
私も肝に銘じておこう。魔術では太刀打ちも出来ないような技術は既に芽を出しているし、私以外の転生者が現れることも予言されている。この世界の技術は……今までとは比べ物にならない速度で発展していくに違いない。
魔術が輝いていた最後の時代。
私が生きている"今"は、後世そう呼ばれるような時代なのかも。
その"後世"の足音は、もうとっくに聞こえ始めてるのだから。
◆◇◆◇◆◇◆
「レーニーイー。おい起きろっつーの。おーい! ……なあ、こいつ蹴っていい?」
「頭を強く打ったんだ。そういうのはよくないよ」
「頭? ……あー」
魔石を回収し終えた後で、気絶したティナの口に魔石粉と水を流し込んだ。
そしたらすぐに元気いっぱい大回復。一体ティナは何で出来ているんだろうか。
「なぁアン。それ本気か? ただの説明か?」
「……どういうこと? ただの事実の説明だけど」
「んー……あれだ、レニーってここで頭打ったってことになってんの? それともホントに頭打ってんの?」
なんかティナが変なことを言い出したぞ。
自分だって見てたくせに……ああ、これが魔法の副作用ってやつ? めんどくさいなー。
「ホントに打ったじゃんって。ふふ、珍しいよね、足滑らして転ぶなんて」
戦闘中だってのに……思い出しただけで笑えてきた。
あの時のレニーの顔! あんなにマヌケな表情は初めて見たかもしれない。人ってあそこまでクシャッとした顔になるのか、なんて。
「アン、この黒い箱は魔法で出したんだろ?」
「うん、FN90って名前の前世の武器。PDWって言って――」
「いや、それはいい。魔法を初めて使ったのは?」
「むぅ。そりゃー……?」
あれ、どれが最初だったっけ? ついさっきのことなのに……あそうだ、セベル・メーヌが最初――
一瞬の発光と世界のぼやけ。
うわ、私も一気にここまで来ちゃったのか。
「アン、今から言うことをよく信じろ。レニーは死にかけたか、死んだんだ」
「……?」
ティナは一体何を言ってるんだ。
レニーは守護者の突進を盾で防いで、ついでに槍を掴んで放り投げた。でも重すぎたのかなんなのか、こけて頭を打って気絶した。
……あれ? これが事実なはずなのに……なんだこの違和感。
「レニーは槍に貫かれた。背中まで貫通してた。死にかけてた。
アンはそれを魔法で治した。多分、頭を打ったってのは……治す時の、アンの作った世界の記憶だ」
「ちょ、ちょっとまって……」
おかしい。
そうだ、確かにおかしい。
私が最初に使った魔法が大回復であるのは確かだ。"これだけにしよう"とか考えたのを覚えてる。
でもその最初がおかしい。既に使ったことがあるかのような使い方――じゃあティナのいうことが本当で、レニーは本当に死にかけてて、そこで初めて魔法を使ったってこと?
確かにそれなら辻褄は合うけど……もしそうだとしたら、私ちょっとおかしいぞ。
「あの時アンはレニーが死んだっつって泣き崩れてた。んでアタシが"泣いてる暇あったらさっさと治せ"って脅した。……魔法の使い方も教えて、な」
あれ、なんか記憶がぼやけて……?
なんだこれ。レニーは突進を防いで……違う、防げなかったんだ。それで槍が背中から……だからこんなに血が。
そうだ、レニーは槍で貫かれたんだ。そして燃え上がって、血が凍って。
慌ててその火を消したら血がどんどん溢れて、それで……レニーは……死んだ。
そしたらティナが飛んできて、見殺しにしたら殺すって言われて、それで、それで――。
「何回魔――おいアン、なあんで泣くんだよ」
「え? ……あ、ホントだ。なんだろこれ、思い出し泣き? ……ふふ。こんなのめっちゃダサい」
なんだこれ。
銃知識は「引き金引いたらくるくるしながら飛んでいく」程度なので詳しく描くとボロが出る。