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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百三十話 静けき獣と猛き獣 2

 兵と将というおおまかな構成こそは判明したものの、数や性質といった重要な情報を手にすることはできなかった。

 烏合の衆であれば将を叩けばそれで終わるし、逆であれば兵から……なんて方針ですら固められない。

 しかし私達の持つ武器は無限にあるわけではないし、ならいくつかのパターンに応じたものを予め立てておけばいい。

 相手は人間ではないとはいえ、レニーは将が統率しきっていると言っていた。

 であれば結局のところはただの1つの生物だ。頭が2つというのがやや引っかかりはするが……それは見てから選べばいい。


「んじゃあいつらの連携見て決めりゃいいってこと?」

「視界外からの攻撃に反応してるかどうか、ね」

「してりゃ魔力を切ればよくって、しなけりゃ全部を切ればいいんだな」

「そゆこと」


 "統率"のレベルがどのくらいなのかは分からないけど、似たような魔物の話なら聞いたことがある。猟犬は狩人との連絡手段を断てば大きく弱体化すると一書にあった。

 "魔力を切る"。ティナがそんなことをできるだなんて聞いてなかったけど、言われてみれば以前に風弾を切られたことがあったし、戦力測定でもそんな動きを見せてたっけ。

 ま、見ることのできないティナにはどこを切ればいいかなんてのが分からず、結局喰われて終わりだったんだけど……今回は私の目があるわけで。


「防御は期待しないでほしい。レニー、こっちお願いね」

「はいはい。どーせアタシは独り身ですよ」

「そういうんじゃなくって……てか1人のが動きやすいでしょ?」

「相手がよっぽどデカくなけりゃあな。この前の象とかは1人じゃ厳しかった」


 あまり相性良くは映ってなかったけど、ティナにしてみればそうだとも言い切れないらしい。

 やっぱり当人にしか分からない感覚ってあるよね。


「んでアンはどーすんの?」

「最初は魔力の繋がりを伝えたり、あるいは大きい魔術で一掃したり。あ、ゾエロはリチ系でお願いね」

「あんま得意じゃねーんだよなぁ……氷の魔女様に言われちゃ使わないわけにはいかねーけど――」


 ――勝てるかどうか分からない。そんな魔物と戦うのはいつぶりだろうか。

 私のほうが魔力が多かったとはいえ、単身では象を殺せていたとは思えない。ティナもレニーも同様で、多分1対1では象には勝てなかった。だけど私達は3人だった。

 土虎だって同じだ。あの時の私達は4人であり、だからこそ今がある。もし3人で挑んでいたら欠けていてもおかしくなかったし、2人や1人では今頃は"次の世"とやらを迎えていたはず。

 風刃熊の時にはシパリアが、風霊の時にはハルアが居たことを考えれば……ゴブリンの魔王まで遡る必要があるかもしれない。


 雷光の2人、紫陽花の4人、アーグルのパーティの4人。あの時の私達は群れていた。

 計10人の群れで挑み、結果は双子の死を受け入れての撤退。

 一応、シパリアが腕を切り落としてはいたけど……おそらくは回復されてしまっていた。結局のところ、私達の戦果(・・)とは双子の死だけだ。


 今回の相手はどうだろうか。

 現在感じ取れる魔力だけでも、あの時の魔王を圧倒しているように思う。

 当時のシパリアは名目上は5級だったとはいえ、既に実力は3級以上はあったはず。にも関わらず勝てなかった魔王よりも、明らかに強い相手ということになる。

 私達が当時のままかと考えてみればそんなことはない。しかしシパリアを越せているかと考えてみれば……少なくとも個人では追いつけてすらいないだろう。


 では集団では。

 実は1回だけシパリアと4対1をしたことがある。当時はカクが居たとはいえ、あの時の勝者は私達だ。

 シパリアは自分のことを情けないだなんて言っていたが、それでもカクを落とすことには成功していた。

 どうして私達が勝ち、シパリアが負けたのか。どうしてカクだけが落ちたのか。

 いくら対人の模擬戦だったとはいえ、対魔物で全く参考にならないというわけではない。

 シパリアの戦法は対多数でなら応用できるし、……犠牲を厭わなければ、カクの選んだ戦術も高い知能を持つ相手になら刺さるはず。

 ……犠牲になんてなるつもりはないし、このパーティから脱落者を作るつもりもない。だからカクの採った戦術は今回は無しで……ん?


「セルティナ」

「ん、どした」

「あなたの未来を――」



◆◇◆◇◆◇◆



 ――多量の魔力よ、強力に纏われ。セベル・ゼロ・ニゲル・ゾエロ。

 私の扱えるゾエロの中では最上位、実戦で使うのは初めてだ。

 こんなゾエロを使っているにも関わらず、ここまで不安になるのも初めてだ。


 魔力視がほとんど機能しておらず、視界は一面が真紫。

 この手の機能不全は今までにも何度も陥っている。

 小さい頃は魔嵐が来るたびにこんな感じだったし、ダールを襲った化物だのゴブリン魔王だの東の大森林だのダンジョンだのでもほとんど機能してくれなかった。

 現在は17階層と比較的深いところに居るはずで、当然というべきか漂う魔力は浅層よりも明らかに濃かった。

 しかし十分見えるようには調整しきっていたし、実際にその状態でしばらく過ごしていた。だから私の目の側に問題はなく……というか、原因は正面から流れてきているあの魔力だ。


 これほどの魔力を見るのはいつぶりだろうか。

 正直なところ、私達の強さというのは普通に生活する分には必要分を大幅に超えている。

 何せ人の領域には強力な魔物は滅多に現れないし、出てきたところで逃げてしまえばいいだけなのだから。


 実際、最近は普通にクエストを受ける程度では苦戦する方が難しい。

 もちろん警戒すべき対象ってのはある程度は存在してるけど、逆に言えば警戒するだけで足りてしまうとも。なにせ相手の力量を計れるような魔物では、私達程度ですらも避けて活動していることが多いのだ。

 なんか危なさそうで強そうな奴が来たから、とりあえずは警戒して距離を取る。……魔物の立場になって考えてみれば当然の結果かもしれない。

 まぁこちらを積極的に襲ってくる魔物が全く居ないなんてことでもないし、何かしらの理由があれば戦闘になることもあるけども。


 だからこそ外ではあまり強力な魔物と戦闘にはなっていない。だからこそ、あの魔物は今まで見た魔物の中でも最大級の魔力を持っている。

 魔力だけで全てが決まるわけではないということは分かってるけど、それでもある程度の指標にはなってくれる。

 使える限りでの最高のゾエロを纏ってなお、あの魔力の流れに逆らえていない。そんな相手に自ら挑もうとするなんて……我ながら震えるくらいに馬鹿らしい。


「なーにビビってんだよ。らしくない」

「らしいとは。ていうか……ティナはどうして? レアに――」

「未来ってのは変えられるんだろ? 任せたわ」


 レアの死を見る瞳に今の私の終わりは映っていないらしい。

 しかしティナとレニーは正しく見えていて、ティナの場合は変化が激しいのだという。

 ……現在のティナの死に場所は、ここだ。話し合いの最中に告げられた。

 それなのに本人はこの反応。……一周回って格好良く見えてきた。


「あとでアンをボコらなきゃだし」

「……あー、あれか。うん、生きて帰れて落ち着いたらね」


 本気でとか言ってたっけ。

 そりゃ熱くなっちゃっていつもよりもちょっと強めになっちゃう、程度なら今までにも何度かやらかしてたし、シパリアにもよく怒られてたけど……本気かぁ。

 どのくらいまでを本気って言っていいんだろう。ティナくらいなら簡単に殺せちゃいそうだし、そういう方面では抑えるとして――む。


「なんでそんなガン見してくるの?」

「いや、この前ハクナタがさ。アンが何考えてっか分かんねーって愚痴ってたのよ。

 だから言ってやったんだ。全部顔に書いてあるぞ、ってな」

「えーそんな分かりやすい?」

「マジで分かりやすいぞ。んー……アタシ相手ならどのくらいの魔術を使っていいんだろう、だな」


 た、確かにその通りのことを考えていた……!

 何こいつ。エスパーかなんかに転職したの? いやいやまさか。ということは、私ってそんなに顔に出てる?

 うっそだ絶対嘘だ。だってこの前ハクナタから直接同じようなことを言われたし……やっぱり一緒に居る期間なのかなぁ。


「まーあんま深刻に考えんなって。アタシのって変わりやすいらしいし、おかげで何してくっかもちょっとは分かったんだしさ」


 ああ、なるほど。

 今頃になってようやくドゥーロの言葉を理解できた気がする。

 いや、私だからこそなのか。前世で過ごした25年……既に大半が失われているし、体験として残っている数年分の記憶ですらも虫食い状態。


 結局、こういう状況で私は私を最優先に考えてしまっている。周りに目を向けるだけの余裕がない。

 別にティナが周りを見れていると言いたい訳じゃない。むしろ他の人に比べれば見れてない方だとすら考えている。

 しかし……私と比べてしまうのは失礼だろう。


 せめてちゃんと意を汲むくらいのことはしておこう。


「うちの冷気の方が強いって証明してやろうぜ」

「はいはいお手上げ。……冷たい火、ねぇ。リクイズとかその辺なのかなぁ」

「とりあえずは切れるらしいじゃん。なら問題無し!」

「単純め」


 いわく、今回の守護者は人と馬が一体化したかのような姿をしているらしい。

 そう言われて最初に思い浮かぶのは当然ケンタウロス……なんだけど、話を聞くにどうにもアレとは違うらしく、またハイポを作りそうな見た目でもないようだ。

 素直に馬に人が跨っているのを想像すればいいらしく、結合部は視界にはないらしい。

 ではなぜ一体化してると分かるのかといえば、こっちは実際に分かってるわけではなく、これまでの階層守護者の傾向と、私やレニーの探知能力からの推察にすぎない。

 同一の魔力を持つだけの2体である可能性も残されてはいるが……経験上、そんな生物を見たことはないし、それならそれで片方ずつ狙っていけばいいだけ。


 ティナの視界からの確認とはなってしまうものの、騎手の方はおそらくは人間種だと言っていた。

 どうやら長大な槍を装備しているらしく、ティナはこれに左腹部を貫かれた上で地面に叩きつけられるという最期であるらしい。

 また槍の先端部は分かれているらしく、トライデントというよりはウィングドスピアの仲間のようらしいが……そっち方面の知識は正直乏しい。


 逆に魔術の方ならある程度は予想することができる。

 部屋全体が大きく炎上しているものの、体にはヤケドしたような跡が見られず、それどころか煙のようなものも発生していないし、焦げたりしたような痕跡すら見られない、と。

 おそらくはリチとリズの複合属性詞であるリクイズに似たものだと考えられる。

 熱を奪うという意味ではプート・リズやシュ・リズによく似た効果が期待できるものの、こちらの場合は"火"を作り出すため可視魔術となる。

 模擬戦ですら見せたことのない、使い道のよく分からない魔言だ。突然そんなものを実戦で使うわけもなく、であれば十中八九相手側が使うもの。


 リクイズに関しては、個人的にはあまり評価の高い魔言ではない。

 しかし……(リチ)を扱う魔物であれば幾度となく戦ったけど、冷たい火(リクイズ)を扱う魔物と戦ったことはない。

 ただの(リズ)であれば対処法はいくらでもあるし、プート付きだとしてもいくつかの対処術を持っている。だがリクイズの対処術は知らない。

 吸熱効果はリズよりも高く、可視魔術であり、比較的安定してる……辺りは実際に試しもしたから分かるけど、それ以上の情報はほとんどない。


 リクイズの作る火は水で消すことができない。凍ってしまうというのは当然で、その上勢いが更に増す。

 魔術の水も吸熱対象であるらしく、"水"であることを維持できなくなるためエルに対しては非常に強力な魔言、らしい。

 酸化反応というわけでもないため酸素を断っても消えないが、リズ等によって"燃料"である熱を奪ってしまえばそのうち勝手に終了する。

 しかしリズとは違い熱そのものを完全に消し去っているわけではないため、意思による終了時には"返還"が発生する術式もある。

 ウィーニを音爆弾と呼ぶなら、リクイズは熱爆弾と呼んでもいい。


 対水魔術に関しては身1つでは試せないため、実際に確かめられたわけじゃない。

 とはいえこれらが事実だとすれば、エルを絡めることの多い私とはかなり相性の悪い相手とも言える。

 私の魔力量・出力量は共に結構なものだと自負してるけど、代わりというべきか変換効率はあまりよろしくない。

 数値は適当だけど、例えば100の魔力で氷弾を放ったとして、私の場合は50程度しか氷弾に変換されず、残りの50はただ無駄に消費してしまっている。

 50の氷弾を作るのに70で済むフアと100必要とする私では、当然私のほうが効率が悪い。効率だけで考えればフアの方がずっと上で、術式によってはティナにすら劣る。


 私が付与(ゲシュ)術式をよく使うのは、無駄になっている魔力の再利用という意味もある。ただ捨てられていただけの50を別の術式に利用することで、多少の節約をしているのだ。

 考え方としてはデルアやアルアに近いのかもしれないけど、あれらと違って自身の魔力を扱うだけなので簡単。魔言数が増えてしまうけど、今の私ならほとんど問題にはならない。

 絶対的な魔力量が多い分、別にしなくてもいいことではあるんだけど……全くの無しでやるとなれば、継戦能力は今より数段落ちてしまう。

 大きな魔術を連発するなんて事態に陥れば、それこそ5分と持たずに戦闘不能となってしまう。

 ティナの視界によれば、一応雑魚を片付けることはできてたみたいだけど……そこで死んでしまうということは、私の脱落が原因の可能性もある。


 だから本当は、もしレニーに言われなければ、ここまでの出力のゾエロは使っていなかったと思う。

 しかしレニーをティナに付けると決めた以上、私を守る盾は無いのも確か。

 頼れるのがゾエロだけなのだから、せめて使えるうちでの最高のものを。そう強く乞われては仕方ない。


 ……考えるのはここまでにしよう。魔力が勿体無いもんね。

ガシャ「4人???」

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