百二十九話 静けき獣と猛き獣
現在は第17階層全体が守護者の間とされているけれど、この階層が攻略されていない間――守護者が居る頃は、この城そのものが守護者の間だったようだ。
守護者不在となってからは、城に入ろうとすれば町民が、町民を全て殺せば兵士が……との具合だったらしい。
しかし城に入ったというにも関わらず、未だに兵士半影の姿を見ることができていない。
やっぱり今回はイレギュラーが起きているようだ。
この世界……どころか前世を含めても、城なんてものに足を踏み入れたことはないと思う。
外からも巨大に見えていた城は、中に入ると尚更そのスケール感に驚かされる。
何せ装飾品ですら全てが巨大で、これではまるで――。
「なぁ。やっぱり"ダンジョンマスター"って人じゃねーの?」
「どうしてそう考えるのですか?」
「だってさ、なんか色々デカくね? あんなの人が着れる大きさじゃねーじゃん」
「……確かにあれほど高い門扉は必要ない」
……索敵中の私には話せるだけの余裕はないけど、熱中さえしなければ耳を向けるくらいなら問題にはならないはず。
違和感を覚えたのは私だけなんてこともなく、ティナも、そしてレニーも同じようなことを考えていたらしい。
この2人は"六花の洞窟"でも巨大な様々を見ているし、それも重なってのことなのかも。
「どうでしょう。案外私達が小さくなってるのかもしれませんよ」
「んなバカな。服とか着れたまんまじゃん」
「そう、来ますか」
ティナのぶっ飛んだ発想にレアが失笑してしまう。
いや、私としてはどっちもどっちだと思うよ? 小さくなるーってのもよく分からない発想だし、装備とバラバラにスケーリングされるってのもまたよく分からない。
……自分の大きさが変わってる、なんてのは考えたことがなかったけど、突拍子もない発想なんだろうか。
何かこれに繋がる前提の知識を持った上での答えだとしたら……いや、今は深く考えるタイミングでもないか。
「人よりも大きな者だと思うんだが……」
「ここのマスターの姿は、レアの記憶にはありません」
「"ここの"?」
「大きな芋虫のような。私の記憶ではありませんが、レヘーリアのマスターはそういう姿だったようです」
いやいやちょっと待って索敵やめていい? ねえめっちゃ会話混じりたいんだけど?
レアさんさ、話してみたいとか見たことないとか言ってなかったっけ? 嘘だったのかそれ。いや過去の別の自分は会ったけど今の私は会ってないから嘘じゃありませんってか。
うう……さ、早急に索敵要員を確保しなければ!
「レヘーリア?」
「北部にあったダンジョンの名前です」
「いや……魔人語じゃないか?」
あ、ホントだ。
普通に呪人語で話してたから気付かなかったけど、確かに魔人語で使われる単語だ。
"暗がり"って意味のレヘールに女性形がついてて……ってことは地名? ダンジョンに、地名?
ていうかなんで北部で魔人語か?
「ええ。ケス語の元はこちらにありますから」
おれは索敵をやめるぞ! レアー!
……と言いたい所だけどそれはダメだ。会話に参加してるレニーも闘気自体は纏いっぱなしだし、ちゃんと仕事はしてるんだ。
だから私も聞くだけに抑えない、と――!?
「な、なんだこれ!?」
「後で続きを聞かせてくれ。アン」
「距離は不明」
正面には巨大な階段。
おそらくは登り切ったその先から、途轍もない量の魔力が放出された。
領域を侵食してくるような、ドゥーロの使ったあんな感じの魔力ではない。
しかしこの質は……それに言葉まで。
「私達が霞むくらいに強いと思う。そっちは?」
「認識されている。多いぞ……だがほぼ全てが同じ思考だ。数の把握は難しい」
「ざっとでいいよ」
「64は優に超えている……とても強い敵意だ。すぐに襲ってこないのは……統率されているのか!? なら本来の数は更に――!」
私が索敵に使っている魔力視とは、基本的には視線が通っている箇所のみが対象となる。
視線が通らない今回のような場合でも、周囲の流れからどれほどの魔力を持っているのか、また放たれた魔力からどれほどを保有しているのかをなんとなく知ることはできる。
しかし直接見ることが敵わないのであれば、なんとなく止まりでしかない。淡い魔力しか出さなかったのであれば、力量を見誤ることだって十二分に考えられる。
それに魔力だけでは数を知ることは難しいし、種族なんてのも分からない。魔力視は万能能力ではない。
レニーが索敵に使っている闘気とは、基本的には生物相手にしか通用しない。
相手の意識に強く依存しているものらしく、また魔力視とは違い強度の高い状態を長時間維持することもできない。
では強度の低い状態なら……残念ながら探知距離が非常に狭くなるようで、10m先の相手ですら気づけないこともあるらしい。
しかし探知に成功した場合、得られる情報はこちらの方が多い。
ある程度止まりではあるものの、相手の考えていることを読み取ることができるらしく、それぞれの思考の差から数を捉えることも容易。
またその思考の傾向から、どのような魔物であるかを推測することも知識次第ではできるらしい。
隣の芝生は青く見えるだなんて言うし、実際闘気の探知を羨ましく思うこともある。
しかしどっちが上でどっちが下か、なんて意味のない格付けをするつもりはない。
それにロニーやサン、それからカクなんかの両方を扱える人も居る。ああいう人達から見れば、私達なんてのは……ま、無い物ねだりはするだけ損。
私の得られる情報とレニーの得られる情報。それぞれに違いがあるのなら、上手く補い合えばいいだけだ。
「大型が2体、小型が多数……象と似た構成らしい。だが今回は間違いなく戦闘になる」
「すぐに、ってことは動きはないってこと?」
「ああ。今のは奴らなりの挨拶なんだろう」
この魔力は私には音としても伝わったものの、感知できるのはここには私しか居ない。
「多分だけど、大きいのは1体だ。頭は2つありそうだけど」
「分かるのか?」
「さっきの魔力ね、あれは彼らの声なの。……レア」
「はい?」
正直、レアは信用しきれない。
でもお目当てはレアなようだし……。
「あの守護者には2回も会ったことがあるんだね。聞いてないんだけど」
「私ではありませんから」
記憶や自我が続いていない以上、今のレアと以前のレアは間違いなく別人で、以前のレアが何をしていようが今のレアに罪はない。
私も知らない私の前世の罪で私が責められるようなことがあってはならない。……だから私はこの言葉に非常に弱い。
「もし先に八神教の人が来てたら……どうしてた?」
「当然、そちらに靡きますよ」
「正直で助かるよ」
レアもやはり魔人であって、こういう"冷徹"なところはある。
しかし正面切られて言われてしまうと……さすがの私でも少々不快だな。
レアは仲間なんかではなく、単なる保険。
私もちゃんと考えよう。保険は大切に、ってね。
「レア、あなたはここの守護者を2回殺したことがある」
「347年前と191年前のことですね」
「そういうの、先に言っておくべきじゃない?」
「聞かれませんでしたから」
あ、そー。
「ざっとでいいから教えてよ。その守護者が復活してるみたいだから」
「そう、ですか……! やっぱり、やっぱり!」
上擦らせた声ですらも演技に見えてきてしまう。
うーん……やっぱり私、1回嫌いになったらずっと嫌いだなぁ。必死に騙してたんだけど。
「そういうのいいから。前回と前々回の内容を教えて」
「時間は……大丈夫なんでしょうね。彼らのことですから。――」
全く同質の魔力から、しかし異なる2つの声……聞こえた声からの想像通り、階層守護者は今回も双頭であるらしい。
もちろん前回と前々回の守護者は別の個体のはずで、種類自体も別のもの。当時のレア達と話したのは前回の守護者だけであり、前々回に関してはただ殺されただけらしい。
"やっと現れたな! 人よ、同じ痛みを味わわせてやる!"
私の耳に届いた声のうち片方はこんな感じ。
どうやら5代前の……前回の守護者に遭遇したレアは、守護者で遊んでしまったらしい。
「――当時のレアは魔法にも長けていました。刻んでは蘇生してを繰り返したのです」
「それで、2つに分けてみた?」
「左右の脳はどこまでを制御しているのか、と分断したこともありますね」
療術は拷問なんかに使えてしまうのではないか。以前にそう考えてみたことがある。
私程度が考えつくことなぞ誰かしらがやってたわけだ。ま、当のレア本人は拷問だなんて考えもせず、ただの興味からやってたみたいだけど。
ダンジョンの魔物には自我がない。以前にそう言ったのはレアであり、しばらくは私も信じていた。
しかし実態は……少なくとも一部の守護者にそういったものがあるのは確実で、今回の守護者なんて私達風に言ってしまえば魂子じゃないか。
前回の時の記憶と自我を引き継いでいるようで、結果として現在のここの守護者はレアに対してとんでもない殺意を向けている。
……また貧乏くじ引いてない?
ついてないなぁ。
「――他に共通点は?」
「記憶というものは少しずつ褪せていきます。辻褄が合うように補われていきますが、不確かなものとなっていってしまうのです。
前回はともかく、前々回のものはあまり印象に残らなかったようですし、私がその記憶を覗いたのも幼い頃です。
ですから、あまり確かなことは言えません」
私の記憶に対する認識とも被ってるし、これは本当のことを言ってそうだ。
つまり、レアからこれ以上の情報を引き出すことは難しいと。
ここで一旦整理してみよう。
前々回にこの階層の守護者を務めていた魔物は、大型の岩人形。
泥人形によく似た魔物らしいけど、顔が後ろにも付いている、泥ではなく岩である……と泥人形とは異なる特徴を持っていた。
外の世界では確認されてない類の魔物ではあるけど、おそらくは泥人形の亜種。
レアはただ同行していただけであり、戦闘に関する記憶は全くない。どうにも避難していたようだ。
前回の守護者は大型の竜。
原生する岩竜に似た姿だったようだけど、首の本数が2本あり、腕の数も通常の倍あった。
レアが刻んだのはこれで、おかげでダンジョン内の魔物の知識を蓄えることに成功したとか。
どうにも当時のレアはびっくりするほどの強者だった……というかこの時代と1代前の2人こそが現代の書物にも出てくるレアであり、こちらも戦闘の記憶はあまり強いものではないらしい。
ダンジョンと魔術の研究に没頭したインドア派。このレアに関する私の印象はこんなもんだったけど……いくつかアップデートをした方がいいのかもしれない。
「お役に立てず申し訳ありません」
「いや、前回のレアの実験は役に立ちそうだよ。レニー、どう?」
「1つの個体に2つの意識、か。……厄介そうだな」
どう厄介なのか。感覚的な意味では理解できないけど、しかし想像することはできる。
規模の大きな魔術を使う際には深い集中が必要であり、実際に歯痒い思いをしたことが何度もある。
魔術を絡める戦士自体は多いものの、大きな魔術を混ぜられる戦士は極端に少なくなる。ましてや戦闘中に臨機応変に構築できる戦士なんてのは一握りであり、ほとんどの戦士は簡単な魔術の短縮詠唱までとなる。その原因の1つがこれだ。
シパリアは上位の魔術を挟むこともあったものの、あれを使うためには溜めが必要となる。いくら短縮詠唱だとはいえ5術ともなれば精密なイメージングが必要になるからだ。
もしシパリアが術式の構築中にも通常通り動けるとしたら……ロニーですら両方を同時に100%では無理だと言っていたんだから、非常に恐ろしい存在となるのは確か。
「相手の頭は2つ、アタシらは3つ。有利じゃね?」
「いや……ま、それでいっか。うん、そうだ、私達のほうが有利!」
ティナのおかげでなんとなーく緊張が解れた気がする。
よし、それじゃ作戦会議といきますか。