百二十八話 記憶と存在の第17階層 7
「アン、そろそろ!」
「ほい氷壁」
ダンジョンには守護者が存在し、各階層にも守護者の間が置かれている。
以前にゲーム的だなんて茶化してみたけど……未だに答えは得られてない。
魂と存在の大迷宮第17階層。
ここにも当然守護者の間が存在する……というのは少し言葉足らずかもしれない。
なにせこの階層、ほぼ全域が守護者の間だ。
「ぐぅ……こっちもまずい!」
城壁のせいでやや詰まってはいるものの、この階層の住人全てが一斉に私達を殺そうと襲いかかってきている。
しかし見た目は相変わらずのもので、その様相はパニックに陥った住人達が走りこんできているかのよう。
半影自体の戦闘力はあまり高いものではないらしく、普通に考えれば侵入者側にも勝ち目がありそうに思えるけど……実際には圧倒的な数の差がある。
この階層、ダーマと同じくらいの規模がある。
「氷壁っと」
崩れそうになる氷壁を、再度の氷壁で補強する。
先ほどからこれの繰り返し。今の私達は防戦フェイズだ。
そもそもがこの階層からの脱出には半影という圧倒的な数を相手に勝つ必要があり、基本的には強力且つ広域な攻撃手段を用意しなければならない。
だからこそ八神教は水神だの雷神だのとか言って強力な魔術師を育てているわけで、もし欠いた状態で入ってしまえば出ることは叶わない。
しかしレアとハルアは私が居ればここから出れると判断した。ハルアやドゥーロと同等になれたとは到底思えないけど、それでも期待されてるのは確かだ。
……よし、もう十分引きつけた。いっちょ応えてやりますか。
「そろそろかな」
4人には既に手順は伝えてある。
まずは敵を1箇所に集めるための第一段階。ティナとレニーにここを守らせ、私はその補助に回っていた。
そしてここからは第二段階。ティナの周りにレアとハクナタが集まったのを確認。
基点座標はティナを指定。最低限の三次元立体から更に底面を除き、発現させる氷壁を3枚まで節約する代わり、1枚1枚の強度を高めて……。
「レニー、行くよ。リズ・レンズ・ラウニド・ログ・ヴ・クニード!」
三角錐のような形で氷壁を発現。物理的な強度は抜群だ。
それにあれは私の魔術。つまりは次の術の範囲外とすることができる――うわっ! 体がバラバラになりそう!
「すっごい衝撃!」
「あまり保たないぞ、早くしてくれ!」
レニーは私を掴み、連爆という魔術で吹き飛び続けている。
消費魔力が非常に多いらしく、10分間も使い続けてしまえば魔力が空になってしまうとか。
次のことを考えれば動けて後2分……ってところだろうけど、先に私に限界が来てしまいそうだ。
さ、トぶ前に本題に入るとしよう。
氷の礫を降らすだけでは撃ち漏らしがかなり出てしまう。
一帯の温度を下げようにも、あれだけの数相手では魔力と時間を使いすぎる。
だからあの数を利用する。今回は魔石稼ぎでなく、殲滅こそが目的なのだから。
「ゼロ・フィール・クニード」
領域限界は……反応速度よりも速く動けているし、要らないか。
私の領域内の魔力濃度が上がる。もっと、もっと……もう何も見えなくなってしまう。
ここから先は制御下に置くことができない。
しかし周囲の魔素に反応するという特性は、ダンジョンの魔物に対しては特に致命的な損害を与えてくれるはず。
無論その対象には私達も含まれてるけど、既に対策済みだ。
追加する術式は発現さえしてくれるならなんでもいいし、なら反応しやすいものを。
基点座標は私の魔力でーっと。
「ゲシュ・プート・ゼロ・レンズ」
詠唱と同時に領域を急速縮小。
消費魔力は途轍もないものだけど、凍らせるのに比べればマシな方だ。
……でも、やっぱりこの瞬間的な消費には。
「……あと、よろしく」
「ああ、久――」
耐えられない。
◆◇◆◇◆◇◆
「――ン。……発水」
「うにあっ!?」
な、なぜに突然水が、う……なんか凄い頭痛……あ!
「結果は!?」
「見ての通りだ」
微妙に霞んでいる視界。
軽くこすりつつ、必死に周囲に目を向け……ああ、やっぱりダンジョンでやるとこうなっちゃうか。
まあ水使うなーって時点でなんとなくは察してたけどさ。
私が使う程度の魔術では、町というのはほとんどダメージを受けなかったりする。
理由はいくつかあるけど……その中で最も大きいのは「魔術は魔力を持たない対象には効きづらい」という特性だと思う。
建材が全く魔力を持たないってわけじゃないんだけど、古いものであればあるほど保有魔力は減っていく。木製ならともかく石製だったりはほとんど持ってなかったりするのだ。
だからかは知らないけど、魔人の町には木造建屋はあんまり多くなかったりする。火にも弱いしね。
しかし、ここはダンジョン。
ダンジョン内にある物体とはほぼ全てが魔力でできており、要するに魔術の影響を受けやすい状態にある。
その結果がこれ。昔ダールで見たような残骸が散らばっているなんてことすらなく、一部分とはいえほとんど完全な更地になってしまっている。
私が発現させたのは、魔術ではなく魔力暴走。
魔力暴走がなぜ起きるのかはいまいち解明されていないらしいけど、どうすれば起こってしまうのかは既にいくつも知られている。
そのうちの1つが今回使った術式であるゼロ・クニードとゲシュ・プート・ゼロの組み合わせ。
同じ属性詞を重ねたってだけでは暴走が起きるとは言い切れない。問題なく発現する属性詞もあれば暴走する属性詞もあるし、不発現で留まる属性詞もある。
ゼロの場合は不発現であり、同様にプート・ゼロも本来は不発現となるはず。ゼロは単体では非常に安定した魔言なのだから。
しかし不発現同士を組み合わせた場合には……例えゼロであったとしても、確実な暴走を引き起こす。
魔力暴走とはつまり「魔素を喰らう」「魔素を含む物体を破壊する」という特性を持ったある種の魔術であって、暴走すると分かった上でなら使えないこともない。
魔素を喰らうといっても完全な無差別ではなく優先順位が存在してるし、暴走そのものを収める術式や魔道具、スクロールだって存在してる。
それでも滅多に利用されないのは、他の魔術にはない「自身の意思で制御できない」という要素があるせいだ。
逆に言えば、その最後の要素さえ補ってやれば使えないこともない。ダールにあった砂場だってこの"魔術"で作ったものだ。……まあサンだけでなく色んな大人にめちゃくそ怒られたけど。
意思で制御できないということは、逆にいえば長量詞や術者のイメージング無しで発現し続けるという風に捉えることもできる。
だから今回のように意識を手放しても働き続けてくれるし、予め魔力を配置しておけば簡易的な制御ですら可能になる。
……もっとも、普通に魔術を発現させるよりも使いづらいのは確か。消費魔力もとんでもないし、魔石も回収できないし、避難に失敗すれば私ですら喰われてしまいかねない。
あの氷壁を対象外にできたのは、以前にロニーの魔術を見たことがあったから。もしあの氷壁に"対象外にできる魔言"を付与していなければ、今頃はあの3人も塵になっていたかもしれない。
それから、あとであの禁忌とされている魔言を試してみよう。
今になってようやく思い出した。あれは多分魔力暴走を引き起こし……そして制御するための魔言だ。
詠唱を聞いたのはもちろん、発現でさえも目の前で見たのだから。
全部このダンジョンのおかげなのかも。
記憶と存在の大迷宮、かぁ。……一体誰が何の――。
「アン」
「む。今いいとこだったのに」
「いいとこ? ……ほら、魔石粉。それとあの氷壁、いつ消えるんだ」
クソまず粉を舐めつつレニーの視線の先を再確認。
そこには微妙な表情でこっちを眺める3人の姿が!
……おかしいなぁ。氷壁の持続時間、1分くらいに設定したはずなんだけ――ちょっと待て。なんであんな魔力。
「どのくらい経った?」
「終わってから……5分くらいだな。兵士の姿はまだ見えていない」
「なるほど……じゃああれは魔術じゃなくなってるのね」
あの氷壁、今は私の魔力が含まれてない。
まるでリチが火移りしてしまった際の、魔力による制御を離れ自然現象となってしまった場合と似たように見える。
ダンジョンの魔力が含まれてるってのは、外で言うところの魔素が自然物に溶けているのと同じ……であればあれはもはや自然物。
「熱で溶かせるんじゃないかな」
「……どういうことだ」
「さあ。私もよく分かってないけど……ダンジョンに吸収されたってとこじゃないかな。
中から溶かしてもらおうよ。電気よ、操れーっと」
ある程度の濃さがなければレニーは魔力を感知できないはずだし、ならあの変化に気付けないのも仕方ないか。
うーむ……しかしこれは……どっかにもう1人くらい異世界の魂子が居たりしないかなぁ。こっちの人に話せる内容じゃない気がする。
ダンジョンとはある生物の領域内である、とまではレアとの共通認識だったけど……八神教ってのはどこまでが本当でどこまでが嘘で、どこまでを知ってるんだろう。
答えてくれる保証はないけど、ハルアに色々聞いてみようかな。大丈夫そうなら今回のこれも聞いてみよ。
◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョンに取り込まれたと思われる氷壁。
レアに発火をと思ってたんだけど、なかなか伝わらなかったので外から溶かしにかかり、そこでようやく異変に気付いた。
所詮はただの氷だし、熱を与えれば水になるはずで、ティナであれば切れるかも……なんてのはただの私の妄想だったらしい。
あの氷はとんでもなく堅固だった。
溶ける素振りがほとんど見られない上に、私のダガーですら表面を削るのが精一杯。
最終的には持ち上げることで脱出とはなったけど……想定以上に時間を使ってしまった。
色々試すうちになんとなく原因に気付いてしまった。
多分にはなるけど私のイメージの問題だ。
だってさ、リチで溶かされちゃったら困るじゃん? じゃあ溶けないイメージを強くするじゃん。
ついでにさ、切られたり割られたりしたら困るじゃん? じゃあ硬いイメージを強くするじゃん。
……魔術はロボットではないけれど、今後は弱点も含めてイメージしようかな。ま、ダンジョン内に限るけども。
「うっし、そろそろ本番行こうぜ。アンは後ろな」
「む。屋内戦だよ? 剣士より私の方が」
「弱いぞ。マジで」
カチンと来る言い方をしてくれよるなこいつ。
……でもまあ、今のティナと私で考えてみれば、確かにティナの方が上かもしれない。
でもでも相手がティナってわけでもないですし?
兵士半影がどのくらいの強さかも分かってないわけですしー?
「親父も言ってたぞ。魔術師は接近戦が苦手だって」
「ティナのお父さんってロニーと同世代の、ダンのない時代の人でしょ? あの頃とは発現速度が違うんですー」
「じゃあさ――」
寒気、あ、目の前。剣?
「ほら、反応できないだろ」
「い、今のはゾエロを使ってなかったからだし――」
「何を揉めてる!」
「いや、なんでも。な」
レニーの声が掛かり、ティナの剣が収められる。
この寒気、たまにーあるけど殺気か何か? ……ティナが私に本気で刃を向けたってこと? まさか。
「なんでもないわけがないだろう」
「んだよ、言い出しっぺはレニーだろ。もっと安全にーってヤツ」
「……それでどうして殺気を出す」
「バカには言うより叩けって言うじゃん」
あ、やっぱり本気だったのね。
なるほどね、闘気が使えない私には確かに読み取れないものだ。
でもそれはティナだって同じでしょ。
あとティナにバカって言われたくない。
「ティナだって」
「外に出たらまた模擬戦しようぜ。アタシに勝つまでは言うこと聞いとけって」
なーんか腑に落ちないんだけど……裏にはレニーも控えてるみたいだし、わざわざ舌戦に持ち込むつもりもない。
しょうがない、ここは年上の威厳というものを見せてやることにしよう。
……いや待てよ。今の私は16歳なわけで、前世の私は確か25歳止まり。ドゥーロ曰く年齢ってのは足し算するようなもんでもないらしいから、どっちと比べたにしろティナのほうが年上じゃないか。
まあ人間と魔人だから単純には比較できないだろうけどー……でも今年で28歳でしょ? ……子供っぽい人はどこにでも居るってことで。
「はいはい、無事に出れたらね。次もBO3?」
「いや、1戦だけ。ハルアも居るだろうしお互い本気で」
「りょーかいリーダー」
「それはレニーだろ。ほら、行くぞー」