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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百二十七話 記憶と存在の第17階層 6

 17階層には明確な昼と夜があり、私が目覚めて2日が経った。


「出発ですね」


 予想通りというべきか、結局今回の一件にも八神教が関与していた。

 いや、むしろ八神教内部のゴタゴタに私達が絡んでしまったというべきか、あるいは巻き込まれてしまったというべきか……。どっちにしろ、主軸が私達にあったというわけではないらしい。


 この"記憶と存在の大迷宮"は確かに八神教が管理しているダンジョンの1つであって、ダンジョンそのものの所在地こそは教えてくれなかった(・・・・・・・・・)ものの、代わりに"出口"の場所は教えてくれた。

 "出口"だけを知ったところで使える"入口"が無い以上、私達だけでの利用は難しいだろうけど……でも八神教がこういうのを隠し持ってると知れたのは大きい。今の(・・)彼らは明確な"敵"なのだから。


 今回使った湿地林のダンジョンは明確な"入口"を持ってはいるものの、まだ八神教には伝わっていないと予想されてる。

 私達がティァバ・クラッハーノ近郊で失踪する以上、近いうちに捜索クエストが発行されるだろうし、まず間違いなくこのダンジョンも知られ、潰されてしまうだろうとも。

 呪人大陸での長期的な活動を見るのであれば、安定的な"入口"を確保することを考えてもいいかもしれない。

 ま、ここを使ったことはそのうちバレるだろうし、そうなったら警備も厚くなる。結局八神教と戦争するのであれば、わざわざ別の入口を見つける必要も無いのかも。


「ハルアかー。アイツ今何してんの?」

「試してみます? 声に出してください」

「試す? お、録石か。えーっとなになに……あれ、魔人語だ――


 予言の魂子は南部へ向かっている……。

 雷は裏切り、聖女様を人質に逃亡中……。

 ……アルムーアでの滞在が認められない場合、東部へ潜む可能性あり……。

 私は例のモノを集めに南西部、へ向かう。以降は、録石に、て連絡を行なう。


 ――んー……これなんか……つか嘘じゃね?」

「はい。ティナには読めないようです」

「どゆこと? アン、分かる?」


 整理中だってのに……ったくもー、なんでこっちに振るんだか。レアでいいじゃん。


「魔力による個人認識。レアとレニーだけが全部読めるみたい」

「なんでレアとレニー?」

「さあ?」


 ――予言の魂子は南部へ向かっている"と伝える"。

 雷は裏切り、聖女様を人質に逃亡中"ということにする"。

 "ここからは誘導だ。"アルムーアでの滞在が認められない場合、東部へ潜む可能性あり。"東部へは戻るな。"

 私は例のモノを集めに南西部"の出口"へ向かう。以降は"この"録石に"従ってくれ。"て連絡を行なう。――


 録石の本来の内容はこうなっているらしい。私は読めないからあれだけど、レニーが言うんだから本当だろう。

 勘の良い、あるいは魔力を細かく感知できる人であれば、読んだ際にちょっとしたつっかかりを覚えることができる。当然私もその1人だし、ティナも違和感を抱いたみたい。

 似たような録石が複数用意されていると考えるのであれば、何かが隠されているというのはすぐにバレてしまうとは思う。けど読み取ることは……ハルアを含めた私達全員が知らない技術でもなければできないはず。


「結局どうなってんの?」

「ちょうどそこらへんの整理してたとこなんだけど」

「んじゃ説明しながら整理しろよ。その方が頭に入るって自分で言ってたじゃん」

「それは整理し終わってからだっての。全くもー……んっとね――」


 彼らの"旅"の目的の1つに私を探すことがあったのは確かだけど、ハルアとドゥーロにはそれぞれに共通した、しかし両立できない別の目的があった。

 レアによれば、の前置きが必要にはなるけど、そもそもがあの2人の目的はレアを飼い慣らすこと。ドゥーロは加えて私も狙ってたようだけど、それはレアを釣るのに便利そうだったから、だと。

 なぜ両立できないのかといえば、ハルアの派閥は急進派とでも呼ぶべき存在で、ドゥーロの派閥は真逆の保守派。

 私には本当に好いてたように見えてたけど……まぁともかく、あの2人が方針の違いで敵同士であり、そしてハルアが一枚上手だったというのが現実。


 道中、ドゥーロよりもハルアの方がレアに近付けた。

 詳しくは明かしてくれなかったけど、従者(奴隷)の扱いや"予言の魂子"の扱いが関連してるのは確実そう。

 ドゥーロは焦り始め、強硬策に出ようとし……そのタイミングでちょうどハルアが私を見つけた。ここから先は私も当事者となるが、しかし想像よりもずっとドロドロとしていたようだ。


 この時点でレアは既にハルアの手に落ちており、私に近づいたのはハルアの指示によって。代わりにハルア本人は私の取り巻き――つまりはレニーやティナの方に近づいた。

 ドゥーロは……本人が居ない以上推察にしかならないけど、私を捕まえれば芋蔓式にレアが手に入るとでも考えたらしく、結果的に私はハルアよりもドゥーロとの絡みの方が増えた。

 しかし私の懐柔に手間取ってしまい、その間にもハルアは周囲を固めていく。焦ったドゥーロは爆撃事件を自作自演し、私達の拉致を試みた、と。


 しかし最後の策も失敗してしまう。

 私の微妙に疑り深い性格が功を奏した……と言いたいところだけど、残念ながらハルアありきの失敗だ。

 もしレニーがあの場で動いてくれなければ、もしレアがあの場で本気で抵抗していたら。結局のところ、私はハルアの掌で踊っていたに過ぎないのかもしれない。

 レアの懐柔に成功して、ドゥーロの排除に成功して、ついでに"予言の魂子"も拾えて……そんなところの寸前まで来てる。


 現状、私が選べるものはほとんどない。

 このダンジョンを正規ルートで脱出するには16階層分を駆け抜ける必要がある。

 こんな深層からたった3人で逃げ出す自信なんてないし、もし仮に外に出られたとしても、結局のところレア無しの私達では八神教の追撃に抗うすべがない。

 だからこれは選べない。


 では非正規ルートでは……と言いたいがこれも無理。転移罠を利用しての脱出だと言っていたけど、どの罠がどこに繋がってるのかを知ってるのがレアしか居ないし、ほぼ全ての"出口"が八神教の管理下らしい。

 もしレアから無理やり聞き出せたとしても、八神教が押さえられていない唯一の出口はゲーン山脈の北側にある……いや、あった(・・・)"ビヒーロ"という都市の中。

 使えると言っていた2箇所のうちの1箇所がここであり、それ以外は全て敵の中に飛び込んでしまうことになる。だからハルアと敵対するなら私達はビヒーロから出ることになる。


 しかしビヒーロは輝魄(キハク)が出没した地域の中にあり、もし出会ってしまったら間違いなく死んでしまう。出会わなかったとしても、食料やらが尽きるのが先だ。

 輝魄による災害の傷跡は深く、未だに復興が進んでいないらしいし、更には北東部の全域が異常気象に陥ってしまっていると聞いている。

 ダンジョンがあるってわけでもないらしいし、たった1匹の魔物に広範囲の環境が壊されてしまったってことなんだろうけど……ユタ、大丈夫かなぁ。


 八神教はドゥーロ側、つまり保守派の方が圧倒している状態らしく、急進派が完全に抑えられているのがレーゲンス小砂漠のもののみ。

 ハルアと仲良くする場合に限り、このレーゲンス小砂漠のものが使える、ということになる。

 思考放棄ってわけじゃないんだけど……別にハルアと敵対するつもりはないし、このまま踊っておくのが正解なんじゃないだろうか。


「なげーよ。つまり?」

「レニーとハルアは仲が良い。私達は南西部の砂漠に出る。

 しばらくしたらハルアに会える。八神教と仲直りできるかも」

「なるほどな。最初っからそう言えよー」


 ……はぁ。

 自分の理解が中途半端な部分を炙り出すのが他者への説明であって、整理し終わってない状態じゃほとんど意味無いな。引っかかりすぎてよく分からんことになった。

 まあ記憶の定着って部分には多少なりとも期待できるかもだけど……次からはスルーしよ。


「しっかしまぁ、行くなって言われてたあの城が目的地とはなー……アン、ああいうの好きだったろ」

「お城? まあ嫌いってわけじゃないけど」

「前に城見たいーって騒いでなかったっけ」


 騒いだ? ……ああ、サークィンの城を眺めたいなーって言ってた奴かな。

 青白磁のように淡く輝く壁、あっさりとした銀色の装飾……それだけなら「薄味」という感想で終わってしまいそうだけど、各所で煌めくステンドグラス!

 夕日に照らされた時なんかホントに綺麗で、思わず絵を描きたくなっちゃったんだっけ。


「サークィンのは特に綺麗だったからだよ。それ以外じゃ言ったことないし」

「そーだっけ? じゃ嫌いなのか?」

「お城って、好きとか嫌いとかってジャンルなの……?」


 いや待てよ、前世じゃ確か城マニア的な存在を聞いたことがあるような気が……つまりは好き嫌いのあるジャンルなのかあれ。

 ま、私は別にどっちでもないけど。外観よりも構造とかに興味が行くことの方がほとんどだし、今向かってるのもそっちの方が先行してる。

 ぶっちゃけ実物と設計図どっちかだけ見せてあげるって言われたら設計図選ぶしなぁ。あーでもでも外観から中身当てるのも結構――


「盛り上がっているところに水を指すようですが、そろそろですよ」

「おっしゃ、久々の実戦だぜー!」


 第17階層はほとんどが安全地帯となっている、とは確かに意味としては合っているものの、説明としてはかなり不足している。

 詳しく聞いてみれば、そもそもこの階層には安全地帯そのものが確認されておらず、危険な魔物が出てこないだけの危険地帯だというじゃないか。

 じゃあなぜクリーナーが現れないのか、という疑問に関しては、そもそもこの階層にはクリーナーが全く出現せず、代わりにあの住人達がクリーナーの役割もこなしているんだとか。


 あの住人はれっきとした魔物。八神教は"半影"という名前で呼んでるらしい。

 今は"非活性化"且つ"非実体化"という状態であり、あの状態だと私達を認識することができない。私達が拠点に使ったようなエリアに入ってきた場合は実体化するものの、こっちに敵対はしてこないというか……ぶっちゃけ友好的。

 この前なんて「新しいお客さん? 今度はゆっくりしていってね~」なんて言われてしまったし、これら全員を殺すってことを考えると……。


「ねぇティナ、罪悪感とかないの? この前なんて話し込んでたじゃん」

「出るにしろ進むにしろ必要なことなんだろ? なら仕方なくね」

「ま、それもそっか」


 前世の夢を見てたせいかな。ちょっとだけ人間っぽい感性で考えてしまったけど、私達って魔人じゃん。


「レニーは?」

「俺はほとんど話していないが……気は進まないな」


 やっぱり呪人は、というかレニーは優しいねぇ。

 別に私達魔人が優しくないなんてことはなく、むしろ呪人よりも優しい人が多いように思うけどさ。自分に害がなければ協力的な人多いし。

 でも呪人と違い、魔人には確固たる優先順位が存在してる。私の中にも当然あるし、ティナにだってそれはある。

 魔人とは融通の利かない存在である……というのはこっちに来てから耳にしたことだけど、言われてみれば確かにそう。

 私達、確かに頭固い人多いよね。我が強いっていうの? まあそんな感じ。


「なんだレニー。お前、魔物のことが好きにで――」


 レニーとティナの会話を聞きつつ考える。

 私が今思い返していた"人間"ですら上書きされている可能性を。

 このダンジョンの"夢"で見た記憶は、私の持つ記憶とのズレがかなりある。

 私達魂子がここで夢を見た場合、それこそが本来の記憶だと言うじゃないか。


 だからこそレアはここに何度も来たことがあって、ついでに抜け方も知ってたみたいだけどさ。

 魂子が前世を思い出すためのダンジョン、ねぇ……そんな都合のいいことばかりなのかね。

 ならもう1つも考え続けなくてはならない。上書きされたと勘違いさせられている可能性も。

 ……それがダンジョンにどう利するかは知らないけどさ。


 そうでない普通の人間が入った場合に見るのも記憶であり、ただの夢だ。

 ただし魂子の場合と違い、かなり早期に夢だと自覚することができるらしく、レニーなんかは顔を合わせていた時点で既に気づき始めてたとかなんとか。


 夢の中の家族と他愛もない話をし、眠り……その時点で戻ってこれたと言うのはティナ。魔法は使うだなんだとかいうのは夢の中での父親から聞いた話だってさ。

 エリアズ2体を相手に大立ち回りをしたのがレニー。兄と妹の2人を助けることはできたが突如暗転し、妹が死ぬ瞬間へと移動したらしい。

 記憶の中よりも巨大だったらしく、結局レニーは逃げ出し……休息を取ったと思ったら戻ってこれていたとか。

 私が戻りも似たようなもので、よく分からんおじさんに付いて行って、そして寝落ちしたタイミング。つまりあの夢の抜け出し方とは意識の喪失ではあるけど――。


「下がりなさい」


 と、いつの間にか目の前に兵士の格好をした半影が。

 私が働かないとこの階層を抜けることはできないし、そろそろ切り替えないと。


「いいえ。私達はここを進みます」

「どうしてもですか」

「はい」


 この半影という魔物とは私も何度か会話した。

 しかし外の魔物と違い、彼らの中に自我を見ることはできず、意思を持っているようには思えなかった。

 半影の言葉とはただの反応……私はそう結論づける。


「レアと呼ばれていましたか。伝えなければならない言葉があります」

「は……? それは……どちらからッ!?」

「明かせません」


 ……ん、ちょっと待て。レアに、言葉?

 私の目にはあの兵士もダンジョンの魔物の1体にしか映ってないんだけど。


「聞いてから引き返すことは?」

「叶いません。ですが今なら間に合います」

「……少し考えさせてください」

「構いません」


 待て待てなんかレアが興奮してるぞ。

 いや待て私も……なんか表情筋が活躍してる!


 兵士の半影と簡単な会話をすると、城へ入れるようになるが、入ると同時に"住民の半影"が活性化し襲ってくる。

 住民の半影を処理すると"兵士の半影"が襲ってくるようになり、それらも全て処理するとようやく最後の部屋に入れる……と聞いてたんだけども。

 今回はイレギュラーが発生してるようだ。


「どうしましょう!?」

「伝言だけ聞いてぶった切りゃいいんじゃねーの?」


 この様子だとレアも想定外……初めて起こった可能性すらある。

 どうしましょうだなんて言われても、私の頭はそこまで瞬発性に長けたものじゃない。

 落ち着いて考えて……レアの今までの言葉を信じるなら……。


「……私もティナと同意見。予定通りに行こう」

「ですが……!」


 言いたいことは分かるし、私だって同じ考えに支配されそうになった。

 でもそれ、ダメなんだよ。


「八神教の人達が入ってくるのは今日だって、時間がないって言ったのはレアだ」


 自分の興味を優先したい気持ちは分かる。魂子の命は軽いという事実もある。

 この感情を理解できるのは私達だけだ。私達だけであれば、言葉に頭を悩ませながら最期を迎えるのも悪くはない。

 でも今ここに居るのは私達2人だけじゃないし、私にはもっと先の目的がある。それに――。


「進むって決めたんだ。行こう」

「……分かりました」


 レアの呪いによれば、レニーの死に際には背景に壁があり、"何か"に囲まれ、人を抱き……とここの可能性がかなり高い。ここでない可能性のほうが低い。

 その"何か"がここの半影達であるかも、とは既にレニーにも伝わっている。レアはそれを知った上で私達をここに連れてきているのだ。

 ここで八神教を待ち、そして下れば……死の未来とやらを変えられるのかもしれない。

 だけどその"何か"が八神教の奴らである可能性も十分にある。彼らが見せしめに誰かを殺さないとも言い切れないのだから。


 なら私は私を……いや、災厄の子を信じてみようじゃないか。

 半影達を全て私の魔術で殺し尽くす。

 私には未来を変える力なんてない。ただ変えてしまうだけに過ぎない。

 私は私を信じない。だからベットはレニーの死ぬ方に。

 何せ私は運が悪い。このことくらいは信じてやってもいいだろう。


「――私への言葉とは?」

「"待っていた"です。では再びに……」


 声の途中、兵士の姿が掻き消える。

 背後の魔力が膨れ上がった。

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