百二十六話 記憶と存在の第17階層 5
「――もう少し自分を大切にしてくれ。見ていて不安になる」
話は少しずつズレていき、終着点はここになった。
レニーから見た私とは、無防備で命知らずの危な気しかない奴らしい。
話を聞くに妹さんはお転婆っぽかったし、そこにも影を覚えてしまったのかもしれない。
……ま、案外私じゃなくてティナのことかもだけどさ。年齢はちょっとズレるけども。
それからもう1つ。
「あまり魔法は使うな」
「魔法? なんで?」
「詳しくはティナから聞いてくれ。俺がする話じゃない」
理由は分からないけど注意された。
魔法だなんて正しい形では今まで1回も成功してないはずだし、というかレニーから「魔法」だなんて単語が出てくるのが予想外すぎる。
そして……何故にティナ?
「どういうこと?」
「……先にレアとの話を終わらせるべきだな。まだ全部聞いたわけじゃないだろう」
「まあ……でもここあれでしょ? 夢見せるとこなんでしょ?」
「その"夢"が問題なんだ。……アンは魂子だからな」
なんだこいつ1人でスッキリした顔しちゃって。こっちはむしろもやもやが高まってしまったのだが?
……まあ私1人でレニーのなんかを晴れさせられたならいいけどさ。
いやいやちょっと待て。なんかいい感じに終わらせようとしてるけど、レアの話を聞いてからって、今私その休憩中だったじゃん!
あーもう……全然休まらなかったよ……。
◆◇◆◇◆◇◆
さて、拠点的な家に戻ってきたわけだけども。
「レアー? どこー?」
肝心なレアが見つからない。
この家はあんまり広い構造でもないし、多分全部の部屋見たと思うんだけど……レアどころかハクナタとティナの姿も見当たらない。
荷物が置いてある以上、先に進んだーとかではないだろうけど。
「あ、見つかった?」
「いや。多分外だな」
「それって家のって意味? それとも町の?」
「家の、だ。似たような場所が他にも、小分けにして物資の保管所としているらしい」
ほう。
これだけ深い階層であれば入ってこれる人も少ないだろうし、"夢のアン"によれば痛む速度もかなり遅れるはず。
確かに保管庫としては申し分ない……と言いたい所だけど、ダンジョンであればクリーナーが掃除をし続けている。
安全地帯であればクリーナーは入れないはずで、だからこそ変性した武器なんかが見つかったりするんだけど……てことはやっぱりこの家は安全地帯? うー、どっかでクリーナー捕まえておけばよかった。
しかし、だ。
ダンジョンとはその領主の所有物ではあるものの、実際には冒険者ギルドが管理しているものがほとんどだと聞いている。
そして冒険者ギルド同士はある程度の繋がりがあり、結構な情報が共有がされている。
まあ東部と南部は仲が悪いみたいだけど……私にはヘルスレンという便利な情報源があり、彼は個人的なツテで南部ギルドからの情報を持っていた。
以前にヘルスレンから呪人大陸のダンジョン一覧を見せてもらったことがある。
といってもやや古いものだったし、六花の洞窟のような小さなものは載ってなかったけど、それでもこの大陸にある大きなダンジョンはほとんどを網羅していると言っていた。
でもあの表に「記憶と存在の大迷宮」なんてものはなかったはず。いくら私といえど、この規模のダンジョンを忘れるなんてありえないと思うけど……。
このダンジョンが小さいわけがない。レアの話が本当だとすれば、むしろ最も古く、最も大きなダンジョンである可能性の方が高い。
あの表に載っていた最も大きなダンジョンは32階層だった……しかしここは43階層以上あることが確認されているらしいじゃないか。
ここまでの規模のものとなれば、隠しきれるものではない。
例えば大蟻のダンジョンの場合では、影響範囲は大森林の外側にまで広がっている。森があれ以上広がらないのは人が食い止めてるからに他ならない。
逆に六花の洞窟の場合では、影響範囲は東ハルマ森よりも狭く、森全体が異常気象に陥っているわけではなく、その効力もかなり低い。
つまりダンジョンは長生きすればするほど保有魔力が増え、影響範囲は無限に広がり続け、更には影響力まで上がる。
このダンジョンが長命なのは確実だ。
レアによれば、との前置きこそ必要なものの、ダンジョンの階層とは若いものでは2年周期、老いたものでも14年周期で階層が増えるとされている。
2年周期で増え続けたと考えてみても、43階層以上ということはつまり86歳以上ということになる。
今考え続けたところで答えに辿りつけるとは思えないけど、でもレアがどこで嘘を混ぜたかが分かるかもしれないだっ!?
「こ、この痛みは……ティナ!」
「おう」
「バカになったらどーすんだ!」
「もっとバカになれ」
やだ! あたいティナみたいになりとうない!
……いつの間に帰ってきたんだろ。そんなに遠くないところにあったのかな? 小分けって言ってたわりには結構な量だけど。
「どこまで行ってたの?」
「6本先のちょっとデカい家。今回は――」
「服です。外は少し……暑いですから」
「外? 暑い?」
あ、これ話の続きが始まる奴だ!
「先ほどの通り、今の私達では2箇所の出口しか使えません。
今回はそのうちの片方、レーゲンス小砂漠に出る予定です」
ほらやっぱり! 結局全然休憩できてないんですけど! ……はぁ。レーゲンス、レーゲンス……ふむ、どこだ。
東部の地名なら聞けば思い出すはずだけど、分からないってことは確実に東部ではないと。ていうか今は砂漠ないらしいし。
ん、砂漠? てことはもしかして。
「エルゲンヒエム?」
「はい。エルゲンヒエムの北部です」
いやー……飛んだなぁ。南部を一気にスキップしちゃってるじゃないか。
南部ってあれだよ? 呪人大陸でも1番発展してる地域で、歴史ある建造物が大量に並んでて、結構な量の詩人を生んでて、なんたってザールの大学があって……あ、あと食べ物も美味しいんだった。ま、こっちはあんまり興味無いけど。
「とても残念そうですね」
「こ、今回ばかりは隠しきれそうもない……」
こんなの完全にメインディッシュじゃん。何のためにティナに十進法やらを叩き込んでると思ってんのマジで。私も必死に沿岸語の勉強してたんだが?
……まあいっか。北部への通常ルートを考えればかなりのショートカットになってるし、エヴン教の本拠地をスキップできてるし、それに、それに……!
「南西部って獣人多いんだよね!?」
「え、ええ……お好きなんですか?」
「大好きです。欲しいです。奴隷を1匹飼いたいです」
「ダメだ。いくら掛かると思ってる」
むぅ……奴隷ならやりたい放題好き放題だと思ってたのに。でもまぁ見てるだけでも癒される事間違いなし!
あ、でもでも獣人の人たちの言葉全然分からない。テリアだっけ? はなんか毛硬そうだったからスルーしてたけど、"色付き"に引きずり込んでおけばよかった。ぐぬぬ。
テリア誘ったらダバァも一緒についてきてた? あの2人結構強かったし戦力的にはありだったのかなぁ……いや人数多すぎると動きづらくなるし、今くらいが限界?
「手持ち無沙汰ですし、服の合わせをしつつでどうですか?」
砂漠かぁ。
砂漠ってあれでしょ、とにかく水分が無いとこでしょ。昼クッソ暑いくせに夜クッソ寒くなるとかいう地獄みたいなとこがだいたいだったはず。
一応前世だと南極とかも砂漠に該当するんだっけ。でもエルゲンヒエムは北極でも南極でもないし、「暑い」とも言ってたし、普通にイメージする砂漠だって考えたほうが良さそう。
水分の確保が問題になるはずだけど……安全とは言い切れないものの、ダンジョンとはオアシスにもなりえるのか。水と魔石は稼ぎ放題だしね。
しかし出口が複数ある、ね。
ダンジョンとは1箇所からしか繋がってないものだとばかり思ってたけど、複数箇所に口を広げることがある? だとすればダンジョンとは魔力世界側で生まれた後に接続される?
あ、でもでも"出入り口"じゃなくて"出口"って言い方だったし、例の転移罠利用スタイル? でもじゃあなんで他の7箇所は使えない?
八神教がここを完全に管理しきれているのだとしたら、"色付き"は……というか"紫陽花"は、私はほとんど詰んでる。
でも「ハルアと合流」だなんて言い方だったし、他の出口が使えないというのが後押ししてくれている。
……八神教の内部情報なんて詳しくないけど、ドゥーロ派とレア派に分かれてやりあってた的な前提があれば十分成立する。つまりはハルアは最初からこちら側だった可能性。
にしてはハルアとドゥーロはめちゃくちゃ仲良さそうだったし、尊敬する1人だとも言っていたしで、ふわふわとした考えなのは間違いないけども。
◆◇◆◇◆◇◆
レアから簡単な話を聞きつつお着替え。
採寸された記憶はないし、サイズが合ってるか心配だったけど……全体的にだぼっとした感じのワンピースで、そこまで厳密に合わせる必要はないのだとか。
砂漠といえば極度の乾燥地帯なはずだし、これらの服は「影を作る」が主な仕事であって、私のイメージする服の仕事とはちょっと異なるのかも。
露出が少ないのも肌を直射日光から守るためであって、あんまりファッション性とかは重視されてない系……と思いきや、結構綺羅びやかに作られてる。
先染めって奴なのかな。様々に着色された糸で織られてるみたいで、目の前で布を動かしてみると……なんかこう、クラッとする。
色彩の暴力だ。
「よし、できました!」
人に着替えさせてもらったのなんて、気絶中なんかのを除けばそれこそ子供の時以来じゃないか?
なんとなーくこっ恥ずかしい気持ちになった。貴族の生まれとかじゃなくてマジで良かった。
「もうレニー出てんぞ! 行こうぜ!」
「らじゃー」
ここまでキラキラしてる服はあんまり好みじゃないんだけど……ティナのお眼鏡には適ったよう。なんだかとてもハイテンション。
ティナも私ほどじゃないとはいえ休日の服の入れ替わりは激しいし、新しい服ってのは乙女心をくすぐってきたりするんだろうか。
私? この服にはくすぐられなかった。そもそも乙女心なんてもの私にあるのか?
「3、2、1、……ジャーン!」
「ジャ、ジャーン!」
なんだその突然の声は! なんとなくで合わせちゃったじゃないか!
……レニーさん? 凝視してないでなんか言って? 恥ずかしいんですが?
「……ジャーン」
真顔で真似するの、やめて?
「ヘルスレンとは誰のことかね」
「私なんてイーグルですよ。人ですらない」
「おっさん2人は覚えられてるだけまだマシだって。俺なんて"セメニアの弟"呼び……アン姉ちゃん、やっぱ抜けてるよ」