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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百二十四話 記憶と存在の第17階層 3

 ――匂い。

 何の匂い? 温かい……火の匂い、水の蒸発する匂い、有機物の匂い。胃をくすぐるような匂い。

 あ、でも少しだけ不快な臭い。……何の臭いだ、排泄物?


「お疲れ様でした、アン」

「ん……やっぱり……」


 見慣れた魔力、食べ物の匂い、そして視界一杯にレアの顔……ってホントのホントに夢オチか。

 あんなリアルな夢? は初めて見た。しかも細部まで覚えてる、って!


「ちょ、ちょっと近い……てか私の荷物どこ?」

「私の足元に」


 もしあの夢が正しい記憶だったとしたら、忘れないうちに内容を記しておかないと。

 手帳、ペン、固形墨……よし。水よ、溢れよーっと。


「アン。書くのもいいですが――」

「ごめん、今忙しい」


 目覚めてようやく分かった。あれはただの夢じゃなく、領域……というか魂そのものに干渉してくる魔法のようなもの。

 夢で会ったもう1人の私の言う"大蟻のダンジョン第6階層"に似た仕組みで、3層構造になっていた。

 1層目はレニーやティナとやりとりのできていた段階。多分あの時点ではまだ完全に眠りに落ちていたわけではなく、幻覚を見ているような状態。

 2層目は2人と別れた後に続いたあの土の洞窟。あそこからは完全に夢の中だけど、まだ外からの干渉を受けられる段階。

 外ってもレニーやティナのことじゃなく、……魂の繋がり、的な? まぁそんな感じの人物限定で、つまりは平行世界発見しちゃいました! つって。


 3層目は完全に私だけの世界。朧気な記憶から作り出された正真正銘の夢。

 多分始まりは大毒亀の辺り。洞窟じゃなくなったなーと思ったら完全にどっかで見たことあるような場所に居て、数多すぎて逃げてたらいつの間にか日本っぽいとこに居た奴。

 もうあそこら辺は完全に夢だから、大して記すこともない……と思いそうなところだけど、自分でも思い出せないような記憶から作り出されてる可能性がある。

 だからしっかり書いておかないと。前世の記憶チートが失敗しませんようにーってね。


「アン!」

「へぇっ!?」


 わ、突然横で大声を出すな!

 

「な、なに急に。今忙しいんですけど」

「今は食事の準備中です」

「はぁ」


 それは匂いで分かってたよ?

 ん、匂い?


「あ」


 あー……どのくらい寝てたんだろ、汚れちゃってる。

 水洗いに着替えと行きたいところだけど。


「レアさんや、ここはどこですか?」


 書くのに必死ですっかり忘れてた。そもそもここどこやねん。

 なんか妙に魔力あるけど……もしかしてダンジョン内なの? ここが? マジで? 私ベッドに寝かされてたぞ。宿かと思った。

 ていうか私抜きで安全地帯まで進んだってこと?


「記憶と存在の大迷宮、第17階層です」

「きお……なんて?」

「記憶と存在の大迷宮、第17階層です」

「記憶と存在の大迷宮」


 記憶と存在の大迷宮。

 記憶と存在の大迷宮?

 何それ、新手のダンジョン? え、聞いたことないんだけど。いや、ていうか、湿地林のダンジョンに居たはずでは? はい?


「えーっと……ごめん、理解が追いつかないんだけど」

「ここは階層のほぼ全域が安全地帯となっています。先に着替えてはどうです?」

「あ……」


 そうだった。

 今の私、ちょっと臭いんだった。


「か、帰ってきたら話してね……?」

「はい。1人で大丈夫ですか?」

「大丈夫ですー。行ってきますー」


 排泄の制御すらできないだなんて……はーあ。



◆◇◆◇◆◇◆



 ご飯の準備だ、との話は聞いていた。

 そりゃ確かに聞いてたよ? でもここダンジョンだよ?

 ダンジョンでのご飯ってさ、だいたい戻した乾燥食品とその茹で汁がほとんどなのよ。水すら用意できない場合もあるんだしさ。

 でも今目の前には広げられてるのは――。


「何これ……え、どっから調達してきたの?」


 びっくりするくらい豪勢な食事。

 どうやったらサラダなんてものを置けるんです? 生野菜なんて持たせた記憶無いんですけど?

 それと1皿だけダークマターが盛られてるのがあるんですけど?


「ていうかこの黒い奴、何?」

「肉と野菜を一緒に炒めたんだけど……気づいたらこーなってた……」


 ティナちゃん自慢の力作かー。


「レニー! ちょっと話があ――れ?」

「俺は無力だ……」


 なんでレニーの顔死んでんの? 誰がうちの彼ピいじめたん? なんつって。

 ていうか料理してたのレニーじゃないの? え、もしかして。


「……ハクナタ?」

「俺もやったけど、メインはレニー」

「ちょ、こっちこっち」


 ティナもレニーもどん底って顔してるのにハクナタだけ普通だ。

 話を聞くならこいつしか居まい。


「ティナは分かるけどさ、なんでレニーあんなになってるの?」

「4日間ティナに料理教え続けて、結果があのざまだから」

「あー……」


 なるほど。

 ティナはカクの仲間、つまりはとんでもない料理下手だったと……ん、んん!?


「4日間!?」

「アンがずっと寝てっから」

「……みんな一緒に夢見てたんじゃないの? 私だけなの?」

「みんなさ。でも俺とレア様は抜け方を知ってるし、ティナとレニーは短いものだった。……ま、俺は初めてだったし、結局ケツから2番目だったけどさ」


 あの夢、抜け方が確立されてるのか。

 ……ここに誘ったレアはともかく、なんでハクナタが知って――八神教関連?

 いや、でもレアはこっち側についたはずで……でもでもレアはここを使ったことがあって、しかもハクナタはそれを知ってるみたいな言い方で……。


「話の続きは食いながらにしようぜ。俺らのは特別製だ」

「特別製?」



◆◇◆◇◆◇◆



「ほい。アンはこれだけな」


 特別製。

 このワードを聞いて、さっきのを見て……期待しないわけがないじゃん?

 だのになんというか……白っぽい水? を渡されただけなんですが。


「なにこれ」

「カルナシエッ」

「とは」

「俺ら結構な間食ってなかっただろ」


 あーなるほど、回復食(カルナシエッ)って意味か。しばらくお休みしてた内臓ちゃん達をびっくりさせないようにってことね、仕方なし。

 でもなーんかハクナタの方が美味しそうなんですが?


「んな目で見んなよ。俺は昨日起きたの。しかも自分で作ったの。作ってやっただけ感謝しろよ?」

「へーい、感謝。はい言いましたー」

「もう絶対作ってやんね」

「ごめんて」


 さ、とりあえずは頂いてみますかねーっと。

 ……ふむ……なんと表現しよう……味のついたお湯……? 塩気があるだけマシな部類……?

 お世辞にも……いや、まあ、うん。まずいよ、これはまずい。変に味があるせいで尚更不味い。あとどろどろしてんのが気に食わない。なんだこれ。


「うーわ、俺でも分かるぞ。顔に不味いって書いてある」


 こっちは必死に飲んでる最中なんだが?

 食事中のれでぃーの顔を覗くだなんてお行儀のなってない方だこと!

 普通に恥ずかしいからマジでやめてくれ、っと……ふぅ、全部飲めた。


「ごめん、まずかった」

「実際不味いしな。でも次から一気飲みはやめとけよ、腹下すぞ」

「えー……頑張る」


 腹下すとか言われてもさ、出るもん無くない? ……いや口には出さないけどさ。食事中にしちゃダメな系統の奴だしさ。

 さてさて本題と行きましょうか。


「レア、頭から話してくれる?」

「私達が出会う以前からになってしまいますが、よろしいですか?」


 いやいや待て待てどうしてそうなる。

 え、なにこれ計画的犯行なの? そんな長期的なものだったの?

 ……それを聞くのは今じゃないな。優先するべきはここがどこで、どうやって移動して――


「――どこでここを知ったのか、辺りが特に欲しい」

「分かりました。ではまず現在位置ですが、記憶と存在の大迷宮、第17階層です。

 呪人大陸上の9箇所へと繋がっていますが、現在私達が利用できるのは2箇所だけでしょう。

 ここに移動した理由は、ハルアさんとの合流のためです」

「ハルアと合流!? ……いや、ごめん、やっぱ続けて。最後にまとめて聞く」


 いちいち聞いてたらとんでもなく時間が掛かってしまいそうだ。

 最後まで聞けば解消されるものもあるかもしれないし、とりあえずは全部話させて、ある程度整理してから聞くが正解な気がする。

 幸い今は手元に手帳がある。気になった点はメモっておけばいい。


「呪人大陸のダンジョンは全て同一の世界に広がっています。

 全てのダンジョンは領域を持ち、領域外への移動は本来不可能ですが、湿地林で発見したダンジョンのように洞窟(ケーヴ)型であるにも関わらず一帯(フィールド)型に酷似したフロアを持つダンジョンであれば可能です。

 ダンジョンの領域外に移動した場合、通常は魔素へと還元されてしまいますが、ダンジョンが存在を維持するのと同様の方法で通行することが可能です。アン、分かりますか?」

「人もダンジョンも、結局のところはどっちも領域で維持されてる……で合ってる?」

「はい、合っています。

 ダンジョン領域外は一方通行の空間となっており、特定地域内の最も古いダンジョンへと繋がっています。呪人大陸の場合では記憶と存在の大迷宮です。

 このダンジョンは八神教が管理しているものであり、一般人が足を踏み入れることはありま――」



◆◇◆◇◆◇◆



 あーーーーーー……うー疲れた。レアの長話はいつもこれだ、なんだか頭がパンクしそう。

 うーむ、これまた消化にめっちゃ時間掛かるパターンだぞ。

 一旦休憩って言って抜けてきたけど……この階層は安全地帯だって言ってたし、ちょっとお散歩しよ。


 この階層、魔力が見えなきゃダンジョンだと気付くのが難しいほどに自然だ。

 私が目覚めた場所は誰かの寝室のような場所。

 やや凸凹とした白っぽい壁で、天井と床は木でできているように見えた。壁は漆喰かなんかかな。

 壁だけじゃなく窓やドアもついてたし、窓越しには外を覗くこともできるし、外にだって出れてしまう。

 全ての家具も機能してるみたいで、手の込んだご飯が出たのは台所を使ったからだってさ。


 この階層は何かしらの町の再現で、私達はその町の中にある建物の1つを使っている……でいいのかな。

 今は外に出てみてるけど、石畳に馬車、住人、花壇、雑草、葉に付く虫……ある1点を除けばほとんど完璧な人の町だ。


 ある1点。それは全ての生物が透けて見えていること。ついでに言えば触れないし、声も聞こえない。

 向こうはこちらを認識できていないみたいで、先ほどからちょくちょく人がすり抜けていっている……ちょっと気持ち悪い。

 この半透明の状態の条件は生きていること……なのかな。さっき見かけた生肉なんかは半透明じゃなかったけど、草木はみんな半透明。

 というか……うわ、やっぱりだ。人がすり抜けるーで気付いたけど、家の外に出ると地面以外は触れないのか。なんだかお化けになった気分。


 ダメだ。

 休憩のつもりで外に出てみたけど、こっちもこっちで気になりすぎる。

 例えば……ほら、壁をすり抜けて家の中に入れちゃうし、床も当然すり抜ける。階段なんかは使えないけど、中に居る人間が何してるのかなんてのを覗くことができてしまう。

 なんだかめちゃくちゃ楽しいぞ? あ、あのおっちゃん鼻ほじってる……って! これダンジョンとしてどうなのよ?


 ここは17階層って言ってたっけ。

 あの"夢の中の私"によればダンジョンは深くなればなるほど「癖が強くなる」らしいけど……これ一周回って癖無くなってない? 誰が死ぬのよこんなとこで。ワンチャン住めるぞ。

 レアは「城に近付かなければ大丈夫」だって言ってたし、多分あそこが"ほぼ安全地帯"の例外地域ってことなんだろうけどー……うぅ、なんだか見に行きたいぞ。絶対地下室とかあるでしょ覗きたい。

 あ、でもどうなんだろ。ここらへんは安全地帯だからこそ触れないだけで、安全地帯外は普通に触れちゃったりするのかも。……ん、じゃああの家って危険地帯なのでは? だって触れるじゃん。


 ダメだダメだ帰ろう。

 楽しくはあるけど全然休憩にならないぞこれ。頭疲れるってマジで。

 さーてさっきの家はー……あれ? どっちだっけ? もしかしてアイアム迷子?

 この家はー……うん、当たり判定無し。


「アン」

「んぁっ!? ……なんだレニーか、びっくりぃ!? ……2回した」


 私、突然声を掛けられるのに弱いんだよう。

 ったくもー……しかも壁から出てくるとかホラーじゃん。ティナの気持ちちょっとだけ分かったわ。

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