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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百二十三話 記憶と存在の第17階層 2

 ここは夢の中で、今は"メーセキム"ってヤツを見てるに違いない。

 本当ならもうちょっと歳食ってるはずなのに、親父の姿は記憶のまま変わってないんだから。


「サンキュー、親父」


 親父はあの日と同じように、アタシを穴から救い出してくれた。当時はめちゃくちゃ怒られたっけ。


 この穴は食料保存室。

 クロシュキ(・・・・・)っていうでっかい白い石をここに入れておくと、腐る速度が遅くなる。

 いくらダニヴェスだって夏場は結構暑い。冬の間は雪の中にでも入れておけばいいけど、夏はこの穴を使う。

 クロシュキは結構高いらしいし、雪が溶けてる間にだけってことで節約してんだろうな。多分。

 アタシが落ちたのは雪の溶け始め。ちょうどこれを掘り起こした頃。


 クロシュキは表面から腐らせないパワーが徐々に飛んでいってるらしく、普通、冬を迎える頃には無くなっちまう。

 でもたまーにパワーだけが残ってることがあって、油断したヤツが入ると死ぬ。

 大人も子供も関係無い。対策しないと皆死んじまう。

 だから親父はあんなにブチギレてたんだろうな。


「お前さんがティナだとは」


 アンは「夢ってのは記憶の整理なんだよ。自分が知ってることしか見れないの」とか言ってたけど、親父のよそ行きの声なんて初めて聞いた。

 覚えてないだけで聞いたことあんのかな? んでそれが勝手に流れてる? 夢ってスゲー。

 でもよー、親父にアタシだって信じさせるなんてどうすりゃいいんだろ。アタシだけが知ってる親父のこと……?


「背中にでっかい痣が2つある!」

「んな!? ……だが村じゃ結構知られてるからなぁ」

「飯食う時だけ左利き!」

「それも知られてる。どうしてあそこに居たんだ?」

「うーん……亀の玉が大好物!」

「分かった分かった! お前さんが俺を知ってるのは十分分かった!」


 まいったな、全然信じてくれないぜ……まあいっか。

 そんでアタシは何を聞こうとしてたんだ?

 クッソ、いろいろ思い出してたせいで忘れちまった。


「どうしてあんなところに……今が春で本当に良かった」

「んーもうかなり昔のことだしなぁ」


 確か、あの冒険者が来て、纏身を使えるようになって、体を動かせるようになって……そんで村を冒険してたんだっけ。

 でももう1人居たような……んー……名前とか顔とか思い出せねーな。でも誰かと一緒に居たよーな。


「何が昔だ、ついさっきの話をしてるんだ」

「いやさ、ここアタシの夢なんだよ。多分」


 夢の中でくらい、ふつーに体動かせりゃいいんだけどなぁ。

 動かす感覚の記憶がほとんどないからかな、やっぱり全然ダメだ。


「……人様にこう言うのもなんだが、……君は魔法使いなのか?」

「は? いやいや全然。魔術ですら全然できなかったじゃん」


 つか、なんでアタシが魔法使いになっちゃうわけ?


「アタシも親父みたいに才能あればなー」

「何の話だ」

「あの冒険者が来た時にさ、親父も一緒になって魔術教えてくれたじゃん。あん時すげーって思ったのよ」


 うちの家族は簡単な魔術しか使えないし、剣だって持ったことすらない。

 あの日まではアタシもそう思ってたっけ。

 親父、短期間だけど冒険者してたらしいんだよな。呪人の方の冒険者とは組んだことあるっぽいし。


「それは……誰にも言ってないはずだが……」

「あー、そういや"みんなには秘密だよ"とか言ってたっけ。結局なんで秘密なの?」

「……本当にティナなのか? 確かに目元なんかは母さんに似てないこともないが――」

「だーかーらー。ここはアタシの夢ん中で、親父からしたら未来人みたいなもんだっつってんだろ」


 ようやく分かってくれたか、この石頭め。


「ハッ、俺の娘にしちゃ口が悪すぎる」

「あと2年もすりゃこーなんの。録石ばっか読んでた反動じゃね?」

「にわかには信じがたいが……ティナ……こんなになっちまうのか……?」

「こんなってなんだよ! ったく――」



◆◇◆◇◆◇◆



「なーあ、これ無理やり起こすとどうなんの?」


 目を覚ましたのは洞窟の中。

 横ではハクナタとティナ、そしてアンが眠っており、レアだけが起きていた。

 ここは階層自体が安全地帯のようなものであり、危害を加えてくるような魔物は特定エリアさえ避ければ出現しないのだという。

 物資を補給することもできたし、ティナの目覚めも早かった、が……アンとハクナタはまだ夢の中。もう2日も眠り続けている。


「精神が砕けてしまいます。良くて記憶喪失でしょうね」

「精神が砕ける……? 悪い場合は?」

「廃人です」

「ハイジン……?」


 俺達はこのダンジョンの見せる夢に落とされたらしいが、ティナと俺は目覚めるのにそこまで苦労はしなかった。

 ……いくら夢だとはいえ、俺はまた死なせてしまった。結局は――。


「つか、アンはなんとなく分かるけどよ、なーんでハクナタまで起きないんだよ。こいつ2番目に入ったろ」

「彼にとって人生とは、とても長いものだったのかもしれません」

「苦労してるってこと?」

「印象深い出来事が多いという意味ですよ」


 俺達が今居るのは「記憶と存在の大迷宮」と呼ばれる呪人大陸一古いダンジョン……らしい。

 どうしてここに移動したのか、と原理を聞いてみたが知らないルールが多すぎた。ここが"湿地林のダンジョン"ではないということだけ分かっただけマシか。

 重要なのは理由のほうだが……時間ばかりが無駄にあるし、もう1回聞いてみるか。


「再度になるが1から説明してくれないか。ティナにも分かるように優しく頼む」

「レニー! お前までバカにすんのか!」

「144÷24」

「な、なんだよ急に……6?」


 1年前のティナなら考えることすら放棄していただろうが、今では簡単な計算くらいなら任せられる。

 人は日々進歩する。今日が無理なら明日、明日が無理でも明後日なら結果は変わるかもしれない。

 もちろん、相応の努力は必要となるが……始めから最上を目指すだなんて、驕りが過ぎる。


「ただの恥隠しだ。実のところ、俺もほとんど分かってない」

「んじゃバカじゃん。アタシを出しにすんな」

「ティナと違って、俺は何も得ていない……」


 "夢"と呼ばれる特殊な罠。本来は攻略時に多くの忘れていた経験や知識、記憶と呼ばれるものが与えられるのだという。

 実際、ティナも思い残しを1つ解消できたと言っていたが……俺は何も手に入れられなかった。

 過去は変えられない。例え記憶の中だとしても、想像ですら許されない。そう言われたような気がして……。


「またかよー……あんま気にすんなって言ってんじゃん。アタシも全部聞けたわけじゃないだしさ」

「だが0じゃな――」

「うだうだ言ってても何も変わらねって。それよかレア様の優しくて分かりやすいお話、聞こうぜ?」



◆◇◆◇◆◇◆



 これまでのまとめ。

 ゲルナンドに顔合わせて、アンジェリアとお話して、大毒亀の大群に襲われて、青い服の兵士達に追い掛け回されて、落ちてた(・・・・)原チャで逃げ出した。

 現在? うーんとね、お風呂に入ってる。公衆浴場ってやつ? お金は原チャに置いてあった。


 ……いや、いくら私だってここまで変なことが続けばさすがに気付く。

 これ、夢オチか何かじゃないか? 私って結構な頻度で悪夢見るし、どうせ起きたらあんまり覚えてないパターンな気がするんだけど。

 夢の中で夢って気付けたら明晰夢になるんだよね。自分が思った通りに夢そのものを操れるだとかなんとか。


 でもさ、夢って記憶の整理のはずでしょ?

 大毒亀の辺りから洞窟じゃなくなってはいたけどさー……ここ、多分前世の記憶ベースのとこだよね。

 まあ記憶が脳以外にも保存されてるってのは分かってたけど……自分の記憶がどれだけ書き換えられてるかが分かってしまった。


 まずここらへんの建物ぜーんぶに違和感。なんかバカみたいにデカいし、ついでに高いし。耐震性とか大丈夫なの? 日本って地震があるはずだよね? 

 ついでに文字もほとんど読めなかったし、何言われてるのかほとんど分からないし、私の言葉もほとんど通じないし……ってそれは前から分かってたしいっか。

 多分だけど、建物の方はこれが正常で、私の記憶の方が嘘なんだ。生まれた時からの1年間、自覚する以前に上書きされた分だろうね。


 覚えてるつもりだったものの大部分が上書きされていた、という事実が問題だ。

 今まで「前世と共通してる」と考えていた部分のうちいくつかが間違ってる可能性がある。

 例えば土虎と呼ばれるあの魔物。虎にそっくりだと思ってたけど、実は全然違ったり、とか。現に前世の建物の記憶は結構な部分が上書きされていたみたいだし。

 このくらい小さなものだったらいいけど、もっと根幹の部分で起きていたら……それに気付いてしまったら、私の世界観はひっくり返ってしまうんじゃないだろうか。

 それにあのゲルナンドという男。もしかすると前世の私ってあんな顔してたの? 名前は……なんだろ、ネトゲで使ってたやつとか? どっちも覚えはないけどさ。


 ……ふぅ。

 湯船に浸かるのなんていつぶりだろ。少なくとも呪人大陸来てからは初めてだし、船にもそんなの無かったからー……サークィンのあのお風呂屋さんが最後?

 どのくらい時間経ったのかな、なんだか頭がぼやぼやしてきた。冷水、冷水ーっと。


エル・クニード(水よ、溢れよ)


 あーきもち。

 ここらへんは魔力世界がちゃんと存在してるみたいで、通常通り魔術は使えるし、世界にもしっかり魔力が充満してる。

 でも道行く人からはあんまり魔力を感じられないし、誰1人として魔術を使ってる気配がなかった。一体どうして……ま、夢に深い意味を求めるのはアレかもだけどさ。

 モンゴロイドは魔力が少ないなんてことはないし、日本人なら小学校の時点で習うはずだしで、使えないってわけじゃないと思うんだけどなー……あ、もしかして法律辺りの記憶が上書きされちゃってる?

 実は外じゃ使っちゃダメで、だからさっき兵士に追い回された、とか? ……よく分からんけど、とりあえず外で使うのは控えよかな。

 ていうかあっちでも使っちゃダメな町の方が多いもんね。ダールでだってかなり制限されてたし当たり前か。テヘペロ。


 さて、と。

 ここでずーっと考えてたいところだけど、どうせ起きたらほとんど忘れちゃうんだろうな。ていうかどこまでが現実でどこからが夢? 今まで見たことのある明晰夢と違ってちゃんと繋がってるんだよね、なんか不思議。

 ティァバ・クラッハーノのクエスト受けて、途中でダンジョン見つけて、第2階層が変なことになってて、領域外の球に触れて、他の2人とズレて……うーん、第2階層に入った辺りからが怪しいな。

 てことはあの象とかいう魔物になんか……もしかして死んでるの? いやまさか。じゃああの象の魔術的なのを食らったとか? いやいやでもそうなったら確実に死ぬよね? じゃあやっぱ死んじゃってるんじゃ――?

 ティナ編とレニー編も用意したんですが、いろいろあって大体どっか行きました。

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