百二十二話 記憶と存在の第17階層 1
「――まだ掛かりそうですね」
「……魂子というのが影響しているのか?」
「それもあるでしょうが……アンですからね。レニー、あなたはどんな夢を――」
◆◇◆◇◆◇◆
前に立つ泥人形は、私を見ると同時に私になった。――模倣人形だ。
しかし様子がおかしい。模倣人形とは見ているもの、あるいは見たことのあるものしか写せないはず。なのに模倣人形は今の私よりも幼く見える。
大蟻のダンジョンに潜った時みたい……え、あれもしかして同一個体? ならここ魔人大陸なの? ていうか殺してなかったっ――氷よ、現れよ!
詠唱、発現。向けられた魔術は氷弾、返した魔術は発氷。何度も使っている魔術、防ぎ方を1番知ってるのは私。
にしても急だなぁ……会敵一番に攻撃してくるだなんて、私ならそんなことはしないんだが?
挨拶は大事だって古事記っていう古い書物にも書かれてるらしいんだぞ! さっきもちゃんと実行した――氷よ、現れよ!
今度は雷槍か。やっぱり氷の盾なんかじゃ防げないし、瞬間的にだけどゾエロとレズドが途切れてしまった。
……怪我はしてなさそうだけど、あんなのに膝を突かされるだなんて屈辱。
ていうか雷槍て。確かに当時も使えてはいたけど……あんまり使う機会のない魔術だったんだけどなぁ。でもいいチョイス。
生物とはドイを防ぐのが苦手であり、だからこそ雷狼はあれだけ繁殖し、そして専用の防具まで売られている。
なーんて、最後の方はかなり適当。ホントはどうなんだろね? でも少なくとも私はドイを防ぐのが苦手だ。
だからこそあの時私は私を模した模倣人形に対しドイ・レズドを使ったわけで。当時は今以上に苦手だった。
別に今だって完璧ってわけじゃないけど……スクロールによってだけど何度も間近で発現を見てるし、キュビオの扱いはあの頃よりはマシになってるはず。
次は防いで――あれ、何もしてこない?
「さっすが私の偽物」
「え、アンタ喋れんの!?」
「……でもあんまり似てないなぁ。ウィニェル・ヴダン!」
――氷よ、現れよ!
ちょ、ちょっと待って。あの模倣人形喋ったぞ!? しかもなんか自分がオリジナルみたいな言い方してる!
クローン、レプリカ、コピー、ドッペルゲンガー……呼び方なんてなんでもいいけど、こういうのって偽物側が「自分が偽物だ」ってことに気付いてないのも結構鉄板だよね。
じゃあ私はホントに偽物だったりして。もしそうなら本人殺して成り代わってしまったり? ……まさかね。
「……ふぅん。少し話さない?」
「自分の偽物と? 一体何を」
考える時間が増えるのは嬉しいな。このダンジョン、分からないことが多すぎる。
まず出方入り方からして分からないし、最初に会ったゲルナンドとかいうどっちつかずの男のことも分からない。
「無詠唱教えてよ。そしたらフェアでしょ? 偽物さん」
「教えるとかフェアとか……私にメリットがないじゃん」
道が塞がるダンジョンなんてのも聞いた覚えがないし、こんな……こんな模倣をする泥人形も私は知らない。
以前会った"私"は全くの無言だったよ? まあ悲鳴だったり詠唱だったりはあったから喋る機能自体はあったんだろうけど……。
「隠しても無駄。私の偽物なら分かるでしょ?」
「……いや全く。何の話?」
私なら分かる、教えるメリット?
いや、すぐには浮かばないな。ていうかこれ、本当に模倣人形なの?
確かに最初は泥人形だったけど……なんか勘違いしちゃってる?
「アンタ、本当に模倣人形? 精度悪いんじゃない? なんか年上っぽいしさ。変なお面とか着けてるし」
「私が、模倣人形? ……私にはアンタこそが模倣人形に見えたけど」
「つまらない冗談。それで、話は? しないなら……テウィーニ・レズ――」
この詠唱にこの真名! 密室で使われたらまずい!
「ストップ! こっちも聞きたいことできた!」
「先に聞くのは私から。あなたは本心から私を模倣人形だと思ってる?」
「さっきも言った通り、私にはそっちが模倣人形に見える」
あ、危なかった……魔術や領域云々で防げるタイプの魔術じゃないもんあれ。自爆攻撃とか予想外すぎる。
もしかして、本当に模倣人形じゃなかったり? ならあの私は既にあれを使いこなせてる? ……闘気以外で防ぐ方法、今のところ見つかってないんだけどなぁ。
「じゃ、今度は私の番。あなたはどこに居るの? パーティの人は?」
「大森林のダンジョン、って言えば分かるよね。……そして2つ目を聞くってことは、やっぱりあなた、この私じゃないね?」
なんか目が輝いて……こんな状況であんな目。やっぱりあの人、私じゃないけど正しく私だ。
「そしてあなたもこの私じゃないと。……模倣人形がトリガー? それともダンジョン?」
「いいね、絶対面白い。ねぇ、時間ある? もうちょっと話したい」
「こっちは大丈夫。多分ここは外より遅い」
まずは互いの差を埋めていこうか。
「年齢いくつ? こっちは16」
「同じ。あなた、あんまりダンジョンには入らなかったんだ」
「もしかしてダンジョンってどこも遅くなる?」
「うん。こっちはもうずーっと大蟻。今なんて13階層だよ、すごくない?」
「それはすごい。……もしかして、カクカって名前に聞き覚えない?」
自分と現実世界で会話するだなんて初めてだ。
……凄いな。さすが私、いちいち細かい説明を挟まずに済む。
「カクカ、カクカ……カクカ? 聞き覚えないかも。まぁ私の記憶力で、だけど」
「じゃあレニィンは?」
「そっちはこの前まで一緒だった。レニーだね」
あっちの私にはカクが居なくて、でもレニーとは出会うとね。
レアから聞いた"予言"の通りに進むとすれば、あの私もいずれかは呪人大陸に移動するんだろうか。
「じゃ、今度はこっちの番。レニーの名前が出たってことは、セルティナに聞き覚えある?」
「うん、知ってる。今日も一緒にこのダンジョン」
「今日も、か。ギナは?」
「ギナ、ギナ……ギナ? いや、……あー! 緊急クエストの時の、可愛い声の!」
「そこまでなんだ。じゃあその"カクカ"の影響が大きいのかな……私知らないし」
カクは魂子だと言ってたけど、魂子の影響ってのはここまで強いものなのか。
いや、もしかすると"私への影響力"が高いだけ……まさか。自意識過剰だ。
「進行の妨げになるだろうけど、レニーのこと教えてくれない?」
「そんな堅くしなくても。レニーなら死んだよ、ついこの前ね」
「死!?」
「そんなに驚くこと? こっちのレニーは体の大きな呪人だったけど、もしかして別人?」
「いや……」
こっちで生きてる人が死んでる、ってのは……。
あの土虎の時のポーターみたいにさ、関係の薄い人が死ぬ分には聞き流すだけだけど、レニーやティナとかなら話は別だよ。
「なら別に驚くことじゃないでしょ。……もしかして、そっちまだ死んでない系?」
「うん。抜けてった人は3人居るけどね、カクカもその1人」
「へぇ……もしかして緊急クエスト参加してない? ゴブリン討伐の奴」
あー……誰だっけ、あの……ヤバいな、名前どころか顔すら思い出せなくなってる。
「ごめん、魔王と戦った時に双子が死んでた。ギナのメンバーだった人」
「他には?」
「多分これだけ。私の記憶力によれば、ね」
「信用出来ないね」
「仕方ないよね――」
◆◇◆◇◆◇◆
土の洞窟を進みつつ、さっきの記憶を整理中。
私との交流はかなりの時間になってしまったけど、それ以上に得るものがあった。
私がダニヴェスで会った人の名前は大体出てきたけど、それ以上に知らない人の名前が出てきた。そしてかなりの人数が死んで……あっちの私はかなりすれているように見えた。
カクが居なかった場合、私は大蟻のダンジョンにひたすらアタックし、人の生き死にには無関心になってしまうらしい。
でもちょっと羨ましいな。リル家が背後についてるだなんて……お金の心配要らないじゃん。ていうかギナがリル家の人だったってマジすか。帰ったら確認しよ。
ま、あっちの話は本題じゃない。
この不思議現象に関してだけど、あっちは初経験。私は2回目ってことになるんだろうけど、ゲルナンドとはあんまり話せてないのでお互いに差はほとんどない状況。
まずは物品の交換だけど、これに関してはお互いに出来ると勘違いしたまま別れることとなってしまった。
というのも交換すること自体はできるんだけど、別れた瞬間に渡されたものが消えるとかいう謎現象が発生。
あっちの私が居なくなった場所に私の渡した物品が落とされていたし、多分向こうも似たような感じになってるんだと思う。
次にこの不思議現象を引き起こした原因だけど、こっちは推測が限界。
ダンジョンにいて、単独行動中で、模倣人形に出会ってる、辺りが共通点。
大蟻のダンジョン第13階層は転移罠による移動を繰り返して進む構造になっているらしく、その都合で他のメンバーと一時的に……ってこれはいっか。
最後に、ゲルナンドという男について。
ま、あれも多分別の私。どっかの世界では私は模倣人形かなんかに転生してるっぽい。
さっきのアンジェリアはかなり近い存在で、ゲルナンドは逆にかなり遠い存在……だと思うんだけどどうだろう? ゲルナンドに私を感じ取れなかったんだけど。
……私と私で話し合ったところで分からないものが多すぎる。1人で考えるよりは確かに捗ったけど、2人で考えるよりは捗らない。
結局のところ私達は元が同一なわけで、ズレによる経験の差こそあれど発想が同じ方向。
「ここに壁あんだって! マジで!」とか言いながら殴ったりなんてのは、私だけでは何年掛かっても絶対に浮かばないのだ。
だから一旦持ち帰って、あっちはアーグル辺りと、こっちはレア辺りと相談しつつ考える。……アーグルなんて懐かしいなぁ。あのセフィ◯スもどきと一緒に動いてるのか、あっちの私。
と、また分かれ道。
あっちの私によれば、多少の差こそあれどダンジョンは潜れば潜るほど"癖が強くなる"らしく、今の"こっちの私達"が置かれてる環境ってのは、そこまで意外でもないと言っていた。
例えば大蟻のダンジョン第6階層は入ると同時に多重構造の"夢"を見せられてしまい、突破に苦労したらしい。"こっちの私達"のいるここはそれに近いかも、と。
ついでに言えば、今の私の"夢"は第11階層とほとんど同じものであるらしく、あっちの場合はどの道を選んでも意味はなかったらしい。
まぁ全く同じだとは言い切れないけど……でもこっちも選択自体に意味は無いのかも。これまでもなんとなくで選んでたけど、今後も考えなくていっか。
だからここは真ん中を行く。
理由は単純、あそこが1番広いから。