閑話 這い出る魔力 2
無数の魔物が動かずに並べられている。
彼らは機能を停止させているだけであり、死んでいるわけではない。
雪原の大洞穴、4階層か――。
『――フ。……ィア。おい、リフ』
「は、はい! あ!」
はっ! 間違えた、魔術の方だ!
『はい! すみません、停、睡眠を――』
『今すぐ来い。しばらくはケストで過ごせ』
頭に響くマスターの声。
「今すぐ来い」だなんて……ああ、本当はすぐにでも飛んでいきたい。でも言葉通りに捉えるだなんて怒られてしまう!
黙って姿を隠せば混乱させてしまうはず。そんなのも当然望まれていない。
出来るだけ簡単に、出来る限り長期なもの……この気配、連絡に使わせてもらおう。
「聞いてるよねトード。ピークとチオ、それからカルニアとレスキンに繋いで」
「外の2匹は睡眠中です。健康維持に関わるかと」
「そ。……全く面倒なシステム。どうして私達にまで"停止"を」
こんなもの、内の私達には本来不要なものだというのに。
特に私達、写し身達には――
「不要を楽しむ、ですよ」
「楽しみ方が分からない」
「それが楽しいのかもしれません」
トードはたまに変なことを言う。
私と違ってたくさん居るし、創られ方も違う。だからこそ考え方も変わるのかも。
……"分体"、素直に羨ましい能力だ。今度マスターにねだってみようか、なんて。
泥人形でない私には無理だろう、っと。
「お話はまた今度。ピークとチオは?」
「既に」
「では通達。
チオには1番から5番を任せる。目標は以前にも伝えた通り。必要であればディアヒルガの使用も認めるが、消失装置の設置は怠るな。
ピークには6番だけ。代わりにキーズとケレステも任せる。6番は使い潰しても構わないが、後の2つは慎重に。特にケレステはまだ安定していない。
キーズにはある程度の自由を与えておけ。奴らはそれでこそ活きる。以上だ」
所詮は戦闘用、これ以上伝えたところで覚えられるとは思えない。
やっぱり適材適所だと思うんだけどなぁ。どうして不向きなものを任せるのか……ああ、覚えるといえば。
「そうだ、フウリを呼んでくれない?」
「居場所が分かりません」
「また外出?」
あんなに外が嫌いだと言っていたのに、最近は外に居ることの方が多い。
まったくもう、これだから写し身は……いや、私も他からは「これだから写し身は」と思われてるかもしれないけどさ。
「仕方ないか、トードは行けないもんね」
「そのようには創られていませんから」
私達よりも以前に創られた初期の写し身、失敗作とされているトード。
マスターが求めていたのは別の個体。ただの劣化コピーなんかじゃない。
あまりに似すぎた、とのことだけど……昔のマスターはこんな感じだったのかな、今のマスターとはそこまで似ていないように思うけど。
「ならここの録石見せといて。私はしばらく帰らない」
「またですか」
「またって何――」
◆◇◆◇◆◇◆
あの魔力にあの顔。報告では聞いていたが……忘れるものか。ルーメイを殺したあの男の、その血縁者に違いない。
それにあの魂。まるで写し身の1人のような……だが俺には作った記憶が無い。
つまりは――面白いな。戦争の間近だというのに、こんなにわくわくしてしまっている。
『起きろ、リフ。……リフィア。おい、リフ』
『はい! すみません、停、睡眠を――』
どんなに面白い物語でも、結末を知っているのと知っていないのとでは大きな差がある。
"不要を楽しむ"。それは確かに人特有のものではあるが、全ての不要を受け入れる必要もないだろう。
その取捨選択すらも楽しむ。
『今すぐ来い。しばらくはケストで過ごせ』
多くを語る必要はないだろう。
あいつは俺以上に俺の言葉を理解し、期待以上の答えを返してくれる。最高傑作の1体だ。
期待以下の答えが返ってくることもあるが……それもまた面白い。
"魂の再現"。
長い時間が掛かった。未だに0から作ることはできないが、それでも個性ある個体を作ることができた。
もはやあれはただの内の魔物の1体ではないし、俺の劣化品ですらない。……遺伝に似たものもでているし、相棒ではあるが、同時に子のような存在。
もちろん、それはリフだけに限らない。
『起きているな、フー』
『は! ……その、よ、夜更かしをしており……申し訳ありま――』
今度はどうだ。夜更かしだと? なんと面白い個性の発現。元が同じだったとは思えないほどの差ができた。
しかしまだ幼いな。責める理由は見つからないが、もっと刺激を与えてみるか。
『背いたのをなぜ隠さない』
『背くなど、隠すなどとんでもない! その……気が抜けていて』
気が抜けている、だとっ!
ダ、ダメだ、ここ3ヶ月で1番面白い。今喋ると、お、音に乗ってしまう……ふぅ……ああ、よし、もう大丈夫だ。
『……あの――』
『罰を与えよう。4時間以内にここに来い』
今この瞬間のフーの表情を想像するだけで……ああ、もう楽しくてたまらない。
フーもフーでこちらを想像していたりするのだろうか。そうであれば嬉しい――足音。1人か。
2回のノック、5回のノック。
計7回のノック。急ぎの際のものだが……こんな時間に?
「入れ」
扉が開けられ、覗いたのは――長身白髪の雌の魔人。顔に見覚えはない。
では魔力の方は――妙だな、こんな嘘臭い奴を俺が忘れるわけがない。確かに魔人ではあるようだが……知らない者だ。
この場所を知っている魔人はそう多くない。来れる者となれば更に数は減る。
なにせここは新たに作ったダンジョンだ。
「ふーん、あなたがあの魔王城の主ってワケね」
当然、意思も読めないか。よく鍛えられている。
「無視? ケストの王様は失礼ーっと」
「人の寝所に土足で入り込んだ者の言葉がそれか」
「あら、靴を脱いだ方が?」
当然、表情も言葉も嘘塗れ――待て。この俺が、気圧されているだと?
……実戦から離れすぎたらしいな。ちょうどいい、この程度の魔力、俺が全て喰らってやる。小腹――
「――小腹くらいは満たせるだろう、ね。
やってみてもいいけどー……顔に全部出ちゃってる。擬態にしては精度高いけど」
「分析、挑発……」
「知りたいなら模倣しなよ。頭ン中読めるでしょ?」
別の姿になどなりたくはないし、脳の模倣などなおのこと。
答えだけ知ったところで楽しさなど微塵もないし、意味も薄い。
その道程を自分の足で歩む。自らで経験得るこそが本質であり、それこそを楽しむべきだと俺は教わったのだ。
疑問とは答えに辿り着く理由であり、答えとは次の疑問への参加証。終わりが訪れることはなく、それを望んでもいけない……。
「いいや断る。それに、魔人はそんなことはしない」
「でもあなたは魔人じゃない。ただの泥人形、ただの魔力の結晶体、ただの想――」
「用があって尋ねたのだろう。聞いてやる」
「あなたに会って話してみたかった。ただの興味、ただの気まぐれさ」
俺に会う、そして話す。
それだけのために、ここまで?
そもそも俺が泥人形であることを知ってる魔人は多くないし、彼らには全て奴隷が着いている。
どこで知り、どうやってここに……久々だな。疑問が溢れかえってくる。
「話した感想はどうだ。人らしき者」
「うーん、まだまだだね。もうちょっと精進し給えよ、送られた者としてさ」
送られた者?
ここにきて引っかかるワードが出た。
なぜだ、どうしてここまで引っかかる。
言葉通りに受け取るなら、俺は何者かの意思によってここに居る?
「一体何のはな――む」
姿が、魔力すらも無くなっている。
一体何だったんだ、あれは誰だったんだ、何の用でここに来たんだ、どうやってここを知ったんだ、何故俺を知ってるんだ。
……今日は新たな疑問の多い日だ。純粋な疑問だけで考えるのはいつぶりだろ――今度も1人か。
2回のノック、1回のノック、2回のノック。
想定よりも大分早いな、長距離転移陣を使ったらしい。
「入れ」
魔人と接する際の姿ではなく、彼女の本来の姿。
直接作った形とは少し違う、外の魔物のように1から育てたがゆえの個性ある姿。
素晴らしい。素晴らしいが……香水と腐臭の混じった臭いにはどうしても慣れないな。
本人は気にしているようだし、それに触れるのは良くないことだ。だが……。
「遅かったな」
このくらいのいじわるはいいだろう。
「情報の受け渡しに手間取りました! 申し訳ありま――」
「よい。……ここに来る際、誰かとすれ違わなかったか?」
「いえ、いつもの者だけです!」
「そうか」
……本題よりも今はこっちだ。あれは一体何だったんだ?
◆◇◆◇◆◇◆
「――ん任者の痕跡無く、認識もできてない。自我は十分確立されてる。
前世の事は覚えてないみたいだけど、存在自体の認識はあるみたい。
当然、私達にはまだ気付いてない」
空の穴、コアルーム。
1人の長身の魔人がコアに向けて語りかける。
『結局どうなんだ。可能性は』
「今後に期待ってとこ。容器と中身がアレな割には頑張ってる方じゃないかな」
『……あまり期待しない方が良さそうに聞こえるな』
コアからも声が聞こえてきた。
彼女は独り言を繰り返していたわけではなく、コアを通して別の何かと話していた。
低く、太く、よく響く声。
『お前も報告しろよ。例の呪子の奴をさ』
新たな声。今度は先ほどの者と異なり甲高いが、人の声とは少し違う。
『特に変化無しだ』
『変化なしだ。じゃねーよ! もっとこう、いろいろあんだろ。今何してるーとかよ』
「命が……」
2人の会話を聞きながら、長身の魔人は苦しそうに呟いた。
何かに集中するかの表情を作り、一歩、一歩と空に近づいていく。
『今は南部にあるダンジョンの中だ。見えてない』
『どーして自分で行かないんだよ。ダンジョンくらい潜りゃいいじゃん』
『今は北部に居てな。こっちの事情は知ってるはずだ』
『何も空に……必要無いだ――……』
ついに声の届かない場所、コアルームの端にまで移動してしまった。
辺りの構造は一帯型ダンジョンに近いが、それらと異なりコアルームは宙に浮いている。
彼女は地表を覗きこむと、コアに振り返り――
「開戦した……! 話はここまでだ!」
大声を出すと、自身を書き換える。
突風、土埃。
1匹の白い竜が飛び立った。
人の姿は既に無い。
『お前んとこは大変だよなぁ。地の支配種が空にまで進出してるだなんて』
『……コアの発見も、時間の問題だろうな』
誰も居なくなったコアルームで、
『そしたらやっぱりそっちも?』
『ああ。惜しいが……"交代"だ』
2人の声は、暫くの間響き続けた。