百二十一話 深みへと 5
土で出来た洞窟を進む。
1人になったところでやることは変わらない。今までだってしてきたことなのだから。
別に今生の別れってわけでもなく、一旦の別れにすぎない。合流するための色々も用意したのだから。
ぴちょん。
――魔力よ、纏われ。
……方向は正面。雫の溢れる音?
「……ふぅ」
2つの意味で驚いた。
私ってこんなビビりだったっけ。
いつもなら「このまま歩いていけば水を確保できるかもしれない。それが使えるものだといいんだけど」とか考えてそうなもんなのに、今は全然。
ただ体を強張らせただけなんて。
「らしくない」
こんな風に独り言を零すのも珍しい。
返ってこないのもまた珍しい。
……楽しくはないかな。
どれくらい歩いただろうか。
幅が広がっていることに気付いた。
最初は人がギリギリすれ違える程度だったのに、今では5人は歩けそうなほど。
どうしてすぐに気付けなかったんだろう。まるで空っぽじゃないか。
今気付けたのは、その広がり方が急激になったから。
あと数メートルも歩いてしまえば、もはや広場と呼んでもいいほどの空間が広がっている。
でもその中身はやっぱり空っぽで――魔力?
魔力だ、魔力が見える。
久々に見えた魔力は、安堵と警戒の2つの感情を齎した。
"道"を維持するために邪魔だからといって落としていた魔力視の感度。それを調整しなおして……うん、良かった。やっぱりここも明るいんだ。
もう1つ。さっきの感度ですら見える魔力ってことは……あの魔人、大物だ。
◆◇◆◇◆◇◆
アンが壁に潜り、少ししてティナも天井へと消えた。
そろそろ俺も進まないと……しかし――ここは本当にダンジョンなのか?
俺はこの場所に見覚えが……見覚えどころではない。匂いですら懐かしい。
だってここは、俺の生まれ育った家じゃないか。
◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョンで"湧く"魔物には当然私達人間も含まれている。
といっても滅多に見られるものではないらしく、また戦闘力もそれほど高いわけではないと聞いている。
しかし正面には男性の……多分魔人。"湧いた"魔物である可能性が高いけど、一応ね。
「こんにちは」
一応は声を掛けておく。
もしあれが本当にただの魔人だとしたら、わざわざ戦う理由が見つからない。
冒険者っぽい見た目ではないし、とんでもない魔力があるしで多分違うだろうけど。
ていうかあれ本当に魔人なのかな。すっごい変な流れ方……でもどこかで見たことがある気もする。
「ほう」
……一応、言葉を解する魔物ってのは結構いる。その筆頭が私達人間だ。
でも意思疎通ができるレベルとまでなれば……。
「えーっと、失礼を承知でなんですが……あなたは外の人?」
『待て。お前は……お前は誰だ、どうしてここに居る?』
これ、会話自体はまだ成立してないけど、でも絶対意思あるよね?
え、マジ? そこら辺の人が入り込んだってこと?
いやいやまさか。ていうかなんで呪人語に魔人語で返すんだ? ちょっと懐かしいけど……どっちも使えて、かつ私が魔人語が分かるってことを知ってるのか。
なんで、どうして? 疑問は尽きないけど……今は先に答えよう。
「ア、……ブルー。大体歩いただけですけど……」
「大体……? まぁいい。俺に何の用だ」
これもう絶対人間だよね。
はー……すっごい魔力。絶対ただの村人とかじゃないでしょこれ。装備こそ見えないけどとんでもない冒険者でしょ。
いやだってこれ、ロニーよりもサンよりも魔力あるぞ。今まで見てきた人の中で1番じゃないか?
まあ単に抑えてないだけなのかもだけどさ。抑えててこれとかさすがにありえないし。
「いや、用って用があるわけじゃな――」
「なら何故ここに」
何故、と言われても……あ。
「人を見ませんでしたか? 魔人の女性と呪人――」
「ここには俺とお前だけだ」
「そ、そうですか……」
この人めっちゃ被せてくるじゃん。なんか喋りづらいなぁ。
あ、もう1つ思いついた。
「ここの出入り口? って分かりますか?」
「……自分から入ってきたんじゃないのか?」
「深い事情がありまし――」
「説明しろ」
なんという尊大な態度。見た目詐欺してなきゃまだ50代とかそんなもんでしょこの人。なーにを偉ぶってるんだか。
……さて、どうやって説明しよう? 普通に言って伝わるもんなのかな? あ、でもダンジョンに1人で潜れる人っぽいしなぁ。なんか知ってたりして。
「知り合いが先に入っちゃって、それを追いか――」
「俺とお前だけだ。他には誰も来ていない」
ん、んー?
想定してたうちの1つ、繋がってるのはあの部屋だけで他は完全にバラバラって感じのパターンか。
それなら一旦レアやハクナタの方に移動しなきゃだけど……どうすればできるかな。
さっきの場所に戻って、それで、えっと……ダメだ、ぜんっぜん何も浮かばない。
この人、何か知らないかな。ていうか知ってても答えてくれるのかな。ここまでまともに答えてくれてないし。
「じゃ、出口を教え――」
「ここに出口なんてものはない。入口もない」
「ではどうやってここに?」
「どう? ……考えるだけだ。そうしてここに来る。そして今日、お前が来た」
な、なんか微妙に会話が噛み合ってないような。
この人、いつかの氷の人みたいにイッちゃってるタイプなのかな。……魔力多い人ってなんか全体的に癖強くない? 気のせい? レニーや私も他人から見たら癖強いの?
……変なこと考えてる場合じゃないか。整理もしつつ、次の質問を――。
「歩いてきたと言ったな。ブルー、それはどこからだ。入り口が開いているのか?」
「そ、そりゃもう――」
「どこにだ」
ちょっと引っ張ってみようか。
「答えなきゃダメです?」
「俺は答えたぞ、ブルー。ここには出口も入口もない、と」
う……それを言われてしまうと辛いところがある。
私、こう見えても結構誠実なんだぞ。等価交換じゃないけど、答えてくれた人に答えないなんてことはできないんだ。
恩には恩を、仇には仇を、って……そんなこと言ってる場合か。とりあえず答えないと。
「ティァバ・クラッハーノの北部。どちらの国のものでもない地域の湿地林の中。未発見のダンジョンの2階層、その領域の外から……って、分かる?」
「……ああ、"ティァバ・クラッハーノ"以外は。それはどこに……いや、俺が答える番か。何か聞け」
結構大きめの情報あげたよね? ならこれに答える義理はない……なんて考えてたら、この人まで心読んできたぞ。
でも聞きたいもの、……聞きたいもの? うーん、何があるだろうか。とりあえず名前と出生地でも聞いておく? どうせ覚えられないだろうけどさ。
できればもうちょっと温存して大きい物を聞きたかったんだけど。
「じゃあ名前。それとどこから来たのかを」
「名前……名前か。どれが良い」
「名前に何とかあるんです?」
「ならブルー、お前の知らないものを教えよう。俺はゲルナンド、フーラの出だ」
フーラ、フーラ……聞いたことのない地名だ。一応古い魔人語では"雪"って意味のある言葉だけど、多分そっちじゃないだろうし。
えーっと、名前はゲルナンドね。オーケーゲルちゃんね。どうせ忘れる。
1番引っかかるのは"お前の知らない"という言い方。まるで私がゲルナンドを知ってるみたいな言い方だ。……知らないぞ? 誰だこいつ。こんな魔力、忘れるわけがないじゃないか。
「それで、"ティァバ・クラッハーノ"というのはどこだ」
「多分、あなたの知らない場所。呪人大陸の南東の辺り、エトラとリウンの交わる――え?」
ゲルナンドの姿が少しずつ霞んでいく。
これは魔術なんかじゃない。一体何が?
「悪いが忙しい身でな。……俺達は繋がることができた。また話そう、ユウト」
言うが早いか消えるが早いか、後には疑問ばかりが残った。
「……ユウト?」
聞いたことのない単語。発音的に魔人語ではないだろうだけど……言い方的には私への呼びかけに聞こえた。
ユウト、ユウト……口に出してみても響きに覚えがない。そう呼ばれる理由も思い浮かばない。一体何なんだ。誰かと勘違いでもされてるとか?
分かったことはそこまで多くない。
ゲルナンドという人間に関する情報を除けば、ここは出入り口のない空間らしいということくらい。
……呼吸ができている以上、空気が循環してるのは確か。
嘘をついていないとすれば、ゲルナンドも知らない外界との繋がりがあるはず……と言いたいところだけど、ここはダンジョンだ。本当に閉鎖空間だったりしてもおかしくない。
これ、八方塞がりって奴なんじゃ……ていうかここどこなのさ……。
◆◇◆◇◆◇◆
「分かれ道……」
ゲルナンドと別れた後、更に進むと道が3つに分かれていた。
こういうの、間違いを選んじゃったことの方が多いんだよね。ティナのあの野生の勘的なのが私にもあれば……まあいいや。とりあえず左から行ってみよう。
間違いなら間違いで戻って別の道を選べばいいだけなんだから。
道幅が突然狭くなった。
まあ今まで通ってきた場所の1/3と考えれば当然っちゃ当然――ん? 何か……音?
いや、震動だ。後方で何か大きなものが動いてるかのような震動。まさか。
振り返ってみて驚愕。先ほどまで続いていたはずの道が無くなっている。
まるで袋小路で折り返したみたい。不思議空間、とか感想を言いたいところだけど……これ、1回選んだらやり直せないってこと?
なるほど、そういう構造のダンジョンね、なるほど……って。
「納得できるか! からくり屋敷かここは!」
シーン……。
うぅ、自分の声すら返ってこないじゃないか。土って吸音効果でもあるわけ? それとも湿ってるせい?
あーもう……別に誰かに見られてるってわけじゃあるまいし、1人で恥ずかしがるだなんてバカみたい。
さて、と。あの壁、水掛けたら掘れちゃったりしない?
ダンジョン内でのエルの扱いには注意が必要だなんて言われてたけど、今回ばかりはありじゃないだろうか。
――水よ、溢れよ。
……あれ?
「エル・クニード」
あれ、発現してくれない? なんでだろ、別に魔力切れってわけじゃないのに……あ、領域が広げられない。
やっぱり斑になってる?
――魔力よ、纏われ。
こっちは発現した。なるほど、広げられないだけで存在はしてると。じゃあ魔術自体は使えるってわけね。なるほどなるほど。
あ、ていうか足動かせてるじゃん。体内で発現させるものだったり膜を作る程度のものは大丈夫ですよと。ティナとかこれ気付けなさそう。
……とりあえず、今は歩くことを優先しよう。戻ることはできなさそうだけど、考える時間はありそうだ。
今度は6本、また分かれ道。
なにこれ、新手のアトラクションか何か? なんちゃら迷宮的な感じでさ。
はー……どれでもいいや。さっきは左だったし、今度は右で。なんか1番道幅広そうだし。
あ。
またか。
今度は一体誰が……いや違う。あの魔力の流れ方、泥人形のだ。
……さっきの男――!?
百二十一話、百廿一話、一二一話……。
明日に「這い出る魔力」が更新されます。