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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百二十話 深みへと 4

 宙に浮く球体は透明だ。

 背後の風景が上下逆転しているし、レンズのような効果が起きているに違いない。

 普通のガラス球と違うのは……わずかではあるものの、先ほどから形状がやや不安定なこと。

 サイコロが宙に浮いていたとして、その影は常に正方形ではない。角度によって六角形にもなるし、長方形にもなる。


 右手を伸ばしてみて、想像よりもその範囲が広いことに気付いた。

 この見た目のせいで立体感が狂っているのだろうか。1m程度にしか見えないのに、実際の範囲は少なくとも3倍はあるらしい。

 これ、私の領域にも既に食い込んでる。……いや、私のが食い込んでる?


 腕から先が見えなくなってしまっている。

 別にちぎれているというわけではなく、ちゃんと動かしている感覚も……あれ、なんか掴まれて、引っ張られてる!?

 わ、ちょっと、凄い力強い! 引きずり込まれ――!


「おせーって」


 球の中からの力に抗うことはできなかった。

 一瞬歪みを見たものの、次の瞬間にはもう別の空間。特に違和感も覚えなかった。

 ……ていうか。


「普通、引っ張る?」

「手だけ見えてたし、なんとなく」


 私を引っ張ったのは別に不思議な力とかいうわけではなく、ただのティナ。

 まあ手を掴まれた時点でなんとなく気づきましたよ? そりゃ人の手ですもん。別に引力とかそういうのじゃないですもん。

 でもさ。さすがに、その……。


「常識無しめ」

「どっちがだよ。30分以上も手だけ伸ばしてやがって」


 ……30分?

 いや、さすがの私でもそこまでは考えこんではないと思うんだが?


「お前が言うな」

「アタシはすぐ入ったろ!」

「……納得顔だな。説明してくれないか」


 短距離とはいえ世界の定義が違ってたんだし、尺度が同じだとも限らないわけで。

 しかしレニーはいつから読心術を使えるようになったんでしょうか。

 ……どうやって説明しようかなぁ。うーん、ワープってわけでもないし……あ、ヤンケラス?


「ヤンケラスのお話、知ってる?」

「いや誰だよ。レニー、聞いたことある?」

「漁に出ている最中に遭難し、無人島で1年を過ごしたという男の話だ。

 無事に村には帰れたものの、知り合いは全員が亡くなってしまっていた。

 男の居た島は時間の流れ方が違っていたらしい。……ああ」


 レニーも無事私と同じ"納得顔"になってくれたが、ティナだけはしっくり来ていないらしい。

 日本にも似たような物語があったみたいだし、この手の「時間の流れが違いました」系の話はどこにでも転がってるはず。

 だから今度本でも探してみよう。……日本での元の話はどんなものだったんだろうなぁ。


「あまり長居は良くないか」

「逆逆。まいいや、ところで――」


 先ほどから答えてくれてるのは2人だけ。


「あの2人は?」

「いや。俺が来た時にはもう居なかった」


 周囲の魔力は、ここがダンジョン内であるということを教えてくれている。

 しかし光景は1階層と2階層とも少しだけ違う。

 土だ。このダンジョンは、この洞窟は土でできている。

 そしてもう1つ。今まで見たダンジョンとはどれとも違うところがある。


「暗いね。リチ・クニード(火よ、溢れよ)


 魔力視自体はちゃんと働いてくれてるけど……"火"が無かったらきっとここは真っ暗だ。

 洞窟というのは、壁というのは本来ここまで暗いものだったのか。

 壁が明るく見えるってのは、魔力視とは関係の無いものなんだろうか。


「そうか? 明るく見えるが……」

「えー……ティナも?」

「まぁ暗くはないけど」


 いつもと真逆。むしろ私だけが暗いという状態らしい。

 時間自体は外よりも使えそうだけども……ここで考えてても答えは出ないだろうし、今は進むことにしよう。


「まいいや。行こ」

「行くってどうやって」


 どうやっても何も。


「あっちに。歩いて」


 この洞窟、明らかに一本道じゃんか。


「……あー、アン、それはギャグなのか?」

「ギャグて。あんまりそういうの言わないけど」

「だよな。じゃああっちに行くと何があんの?」


 何が、なんて当然知るわけもなく。


「知らない。でもここに居続けるよりはいいんじゃない?」


 先の2人も多分そっちに行ったんだろうし、と思ったけど……ティナの表情は微妙なまま。

 伝わらなかったかな。


「なぁ、見て分からないか? アタシが持ってるのは剣だ。スコップじゃない」

「スコップ? ……スコップ?」

「あっち行くんだろ? なら掘らなきゃ」

「掘る? 何を――」

「だって壁の中進みたいんだろ」



◆◇◆◇◆◇◆



 情報のすり合わせとまではいかないものの、ちょっとだけ話し合ってみた。

 結論から言えば、私達に居る場所は微妙にズレてしまっているらしい。


 私の方は洞窟のようになっていて進むことができるが、ティナの方は落とし穴の底に居るような感じらしい。

 見た目のズレは大きくないみたいだけど……実際にどれほどズレているかは分からない。

 スコップ、というのは私の指す方向にも壁が見えていたからだとか。


 レニーの方は私達とは全くの別物。木造の部屋に居るらしい。

 部屋の中には椅子やベッドといった一通りの家具が揃えられており、誰かの私室のようにも思えるが、ほとんどの家具は"ガワ"だけで機能していないんだとか。

 数少ない機能してる家具のうちの1つが照明であり、だからこそ「明るい」という言葉が出たんだとか。

 ちなみにティナの方は上の方に換気口のような穴が空いており、そこから光が漏れてるとか漏れてないとか。


 ぶっちゃけ最初は半信半疑だったんだけど、ティナが「マジだって!」とか言いながら怪我したのでさすがに信じた。

 普通、空中殴って手を擦りむくなんてありえないし。ていうかそんな証明私には思いつかないわ。


 ここで面白いのは、私達は互いがズレてるにも関わらず、会話ができていること。それから触り合えること。

 試しに私の通路の先へとティナを引っ張ってみたが、残念ながらティナが土まみれになっただけだった。

 向こうからは私が土の中へと引きずり込んでくるように見えたらしい。ホラー映像か何か?


 ……真面目な話、この状況で取れる選択肢が多くない。

 飲食物の残りがほとんどない以上、早めに行動すべきなんだろうけど……最有力と思われる"引き返す"という選択が取れそうにないのが痛い。

 私の背後にも、誰の背後にも何もない。帰る方法が見つかってない。


「――こっからどーするよ」

「1つ、試したいことがあるんだ」

「どんな?」


 自分の領域の影響をどこまで高められるだろうか。

 ここに来るまでの道は、私の世界のものだった。

 あれが発現させられていたのは、あそこがダンジョンの領域外だったってのが確実に影響してるだろうけど……ここでも同じことができないだろうか。

 つまりは。


「魔法」



◆◇◆◇◆◇◆



 魔法自体の原理は既に知っている。魔法も魔術も魔力世界への干渉術に他ならない。

 魔術との大きな違いは、魔術は物質世界に影響されるのに対し、魔法は物質世界に影響させるということ。

 どちらも相互に影響しあうが、その開始地点が異なっている。そして魔法は――影響させないこともできるらしい。


 雑に言ってしまえば、魔術とは魔法の簡易版。

 魔言という補助輪によって誰にでも使えるようにしたものが魔術だが、同時に(くびき)ともなってしまっている。

 では魔言を捨ててみれば、と何度も試してみたが今のところは発現したことがない。


 しかしこれまでの試みは全て外の世界での話。

 ダンジョンの領域外だとはいえ、魔力世界での発現は先ほど確認した。

 なぜ発現できたのか、どうやって発現していたのか。芯の部分を掴めたわけではないけども……この感覚を失わないうちに、もう1回くらい試しておこう。


「できるのか?」

「出来ない道理は無いよ。出来る道理も無いかもだけど」

「ふーん……」

「じゃあ2人とも、変わったら教えてね」


 手順はさっきと全く同じ。周囲の世界のイメージを強く持ち、領域に反映させていくだけ。

 上手くいけばズレた世界を統一できるはず。上手くいかなければ……その時にまた考えよう。今考えると失敗しそうだもん。


 ベースの世界は当然私のもの。

 強い書き換えは行なわない。ティナとレニーの世界だけを上書きしていく。

 壁も床も天井も全てが土。赤っぽくて、湿っぽくて、粒はかなり大きめの。

 木の根みたいな変なものは見当たらない。ただ純粋な、土の洞窟を。


 強く、強く浮かべる。

 色も香りも質感も。

 何1つ、ズレの無い。

 周囲の光景を私の領域へと反映。

 私の領域を周囲の現実へと反映。


「……どう?」


 これ以上、今は思い浮かばないんだけど。

 でも正直手応えがない。


「あれ、もうやった?」

「魔力すら感じられないが……」


 やっぱりというべきか、残念ながら発現してくれていないらしい。

 というかレニーが感じ取れないってどういう状況?

 これ、本当に繋がってる空間なんだろうか。

 ――水よ、溢れよ。


「この水、見える?」

「水? いや……魔術を使ってるのか?」

「うん。ってことは――」


 ダンジョンってのは魔力世界を育てるものだと聞いている。

 "育てる"ってワードが出てくる以上、世界には未熟や円熟という状態が存在している。


「繋がってるのは物質世界由来のものだけかな。世界ってのは斑なのかも」

「……あー、それってさ、アタシも分かるべき?」

「また後で教えてやる。それで、何の意味があるんだ」


 意味、と言われてもなぁ。


「ただの結果からの推察」

「つまり」


 あの2人がどんなところに出たにしろ、ここに居ない以上はその後更に移動してるはずだ。

 特にレアの姿が見えない辺り、正解は……。


「物資を分配して、各自で進もう」

「そうなるか」


 少なくとも待機ではないはずだ。


 基本的には各々が自らの物資を持っているとはいえ、私達にだって多少の役割分担くらいはある。

 ティナには水を任せていることが多いし、私は食料を任せられていることが多い。

 しかし今回は荷物の大部分をハクナタに任せていた。

 そのハクナタが見えない以上、ここには個人的に持ち込んでいるものしかない。


「……俺だけ食い物が多いな。食いしん坊に見える」

「呪人だし仕方ないでしょ。で、ティナは……何それ? 魔石粉?」

「鉄粉とか。最近貧血気味でさー」


 食料自体は想定よりも多かったが、干し肉や乾パンといった水分を奪うものが大部分を占める。

 そして水はほとんどない。


「こうなるって分かってたら、1階層で見つけておいたんだけど」

「それは次でいいだろう。今は今だ」

「次って。懲りないの?」

「自分で言うか。……どうせ続くんだろう?」


 レニーは察しの悪い人間だと思ってたけど、ここ最近少しずつ印象が変わってきている。

 闘気による感情の読み取りという技能が追加されたとはいえ、あれを私達に向けて使っているのは見たことがない。

 この年齢でも人ってのはまだ成長する……って今考えることじゃないか。


「多分ね。……文句とかないの?」

「誰かのワガママに付き合うのは慣れてる。分かるだろ」


 誰かのワガママ、ね。

 カクがワガママを強く言ってる印象はないけど、レニーから見たらまた変わるんだろうか。

 我の強いところはたまに見えてたしなぁ。


「なぁ、2人はいいけどさ」

「ん」

「アタシ、これ登るの? ピッケルも無しで?」

「あー……」


 ティナの方は落とし穴の底にでも居るような感じなんだっけ。


「がーんば」

「お前、後で覚えてろよ」


 私の居る場所が穴の底じゃなくてよかった。



◆◇◆◇◆◇◆



 約束したのは4つだけ。

 1つ、ハクナタとレアを見つけたら捕まえること。

 2つ、外に出れそうなら1人でも出ること。

 3つ、あのー……なんつったっけ、あの町。あの町で1週間くらいは待機すること。

 4つ、……やべぇ忘れた。まあいっか。


 とりあえずだ。あの2人を捕まえて町行ってアイツらを待てばいいってことだな。

 あー久々の1人だ。羽が伸ばせるぜ、なんて言いたいところだけど……この壁、どうしてやろっかなぁ。


 足には結構自信がある。

 戦士じゃないアンはともかく、レニーよりはアタシの方がよっぽど早いし高くも跳べる。

 でもよー……走ったり跳んだりとかじゃなくて、登るんだろ? これを? すべっすべじゃんこの壁。掴むところとかぜんっぜん無いんだけど。

 せめてあの穴がもうちょいデカけりゃピョンっといってやるんだけど、広げる必要ありそうだしなぁ、あれ。


 そういや昔、似たようなことがあったっけ。

 あん時は親父が助けてくれたけど……こんなことならアタシも魔術学んでおくんだったぜ。

 親父、土の魔術上手かったもんなぁ。クッソ~……早速使うか?

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