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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百十九話 深みへと 3

 短め。

 相変わらず、風景はただ繰り返す。

 ダンジョンの端らしき箇所までの距離は確かに縮まってはいるものの、それを直接確認できているのは私だけ。


「なぁレニー、この木何回目?」

「12じゃないか」

「いや、15だ」


 私の説明下手もあり、レア以外は最初はいまいちこの状況を掴めてなかったみたいだけど……"同じ景色が続く"と単純に伝えてみた結果、彼らも多少は理解し始めたらしい。


「んじゃ後1か」

「俺の勝ちは堅いな」


 ……そしてどうやら"同じ景色が何回続くか"で賭け事のようなことをしてるらしい。

 何を賭けてるのかは知らない。ティナが参加してる辺り、金銭ではないとは思うけど。


 1階層から2階層に続く扉は、2階層のほとんど中央へと繋がっていた。

 そこからはただ道なりに歩き続けてみたけど、こっちが正しいルートなのかは分からない。

 もしかすると正反対の方に何かがあったのかもしれないけど、いまさら戻るってのも難しい。

 だからとりあえずは歩き続ける。ハクナタいわく、最低でも15回目の景色を見つつ。


 端までの距離はもうほとんどない。

 ダンジョンの端、……という表現が本当に正しいものなのかは分からない。

 本当に突然終わるのかもしれないし、別の空間と繋がっているのかもしれない。

 何かがあればそれでいいし、何もなくてもそれでいい。私が欲しいのは一区切りだ。



◆◇◆◇◆◇◆



「ストップ」


 先頭を歩くティナに声を掛け、あれ以上先に進ませないようにする。


「ん、何かあったか?」

「ううん。むしろ無いかも」

「……?」


 目前数メートル。まだまだ道は続いてるように見えるけど、"私の目"には何も映らない。

 周囲の……じゃダメかも。外から持ってきてるもので、失ってもそこまで痛くないもの……あ、そういえば。


「ハクナタ、お金ちょうだい」

「なんで俺」

「この前のやつ」

「お、覚えてたのかよ……」


 あの4ベル、実はまだ返してもらってなかったのだ。

 というかその後に大金が転がり込んできたせいで有耶無耶になっていたというか。

 今となっては4ベルではなく512リャン・バァウォン。

 ま、呼び方なんてどうでもいい。まずは1枚目を地面にポイ。


 カラン。


 乾いた音がただ響く。

 当然だ。あそこはまだ"こちら側"なのだから。


「……いや、何してんの?」

「念には念を入れるってやつ」


 2枚目。

 今度は先程よりも更に遠く、境界の手前を狙って……あ、転がっちゃった。

 コインは――うん、確かめておいてよかった。


「あれ。なんか魔術使った?」

「まさか。このダンジョンはあそこまでってだけだよ」


 道も森も空も、まだまだ続いているように見える。

 しかし実際には……地面ですらも、実体を持っていない可能性。

 もしティナが木に寄り掛からなかったなら、もしレニーがそれを伝えなかったなら。

 私達はあのまま地面に飲まれていたのかもしれない。


「ティナ、ありがと」

「……ん? アタシ?」


 伝わるかどうかはともかく、言葉にするくらいはしておこう。

 でも細かい説明なんかはしてやらない。なんとなく恥ずかしいし、そもそもが独り言に過ぎないのだから。


 さて、分かったことはあるけど……それ以上に分からないことが増えた。

 まずはゴール。道なりに歩いてみたけれど、残念ながらここというわけではないらしい。

 それから境界。あれより先は惑景の一種らしいけど、コイン自体の行方が不明。"本当の地面"があるのを確かめてみたい。

 最後に……まいいや。今できることからやっていこう。


「ハクナタ、紐ちょうだい」

「ひも? ……いや、持ってないけど」

「用意悪いなぁ」

「なんだよ」


 まったく、冒険者といえば布と紐とそれから刃物を常に携帯しておけというのに……仕方がない、自前のを使うとしよう。

 さっきのコインに結んで、境界の向こうに投げてっと。


 落ちた音がしない。

 うん、これは想定内。

 紐の先が失われてる。

 うん、これは想定外。


「止まっておいてよかったね。これ、転移罠的な何かだ」

「的な?」

「あそこから先、魔力が全く見えないから」


 罠、ではないんだと思う。あれこそがここの本質なんだ。

 境界の外側はもはやダンジョンではないのだから、……上手い言葉が見つからないな。生の魔力世界、的な?

 魔力世界であるダンジョン内で物質世界のルールが通用するのはここがあくまでダンジョンだからであって、ダンジョンの外でまで通用する道理はない。


 じゃ、次考えるべきことは――


「アン、魔術を」


 思考は中断。聖女の声に耳を傾ける。


「物質魔術で道を作りましょう」

「……分かった」


 浮かぶ疑問は一旦端に、今は言うとおりにしてみよう。


「何かおすすめは?」

「得意なもので。普段よりも意識を強く持ってください」


 道と言われて浮かぶのはエレス()

 しかし得意なものと言われては――氷よ、現れよ。


 見える道に重ねるように、いつも通りに氷を発現。

 ……なるほど、領域内は私のものか。じゃあダンジョンを維持してるのが領域に近いものというのも正しそうだ。


「進みましょう」



◆◇◆◇◆◇◆



 道なき道を進む、みたいな慣用句が日本語にはあったと思う。

 あれは比喩だったはずだけど、今の私達はまさにそれじゃないだろうか。

 いや、見かけ上の道はあるんだけど……実際には存在してないみたいだし。


「レア、あとどれくらい?」

「またそう呼ぶのですか」

「その方が慣れてるし」


 呼び方を変えたところで本質が変わるわけではない。ただ聞こえが変わるだけだ。

 それなら呼びやすい方を選びたい。


「もう見えませんか」


 見える、というのは続く森と道のことではないんだろう。


「ずっと真っ暗だよ。ていうか領域広げてると見づらいし」

「もう少し歩きましょうか」


 いつもとは少し違う、無機質さを感じさせる応対にももう慣れた。

 知ろうとすれば知れるけど、別に興味もそこまで……ないってわけでもないけど、今は他に向けている。


 景色は相変わらずのもの。

 何が変わったのかなんて、歩く私達ですら忘れそうになる。

 しかしもし領域の外に踏み出してしまえば……私の目ですら捉えられない魔力へと還元されてしまうらしい。

 "外"は魔力で満ちているそうだ。


 またしばらく歩いてみても、景色に変化は……あれ?


「球が……」


 世界が裏返ったかのような球体が、道の上に浮いている。

 この光景、どこかで見たことがあるような。


「行きましょう」

「行くって――」


 私の目には"レアが球に飛び込んだ"という風に映った。

 多分、それは正しいんだと思う。

 立体だと思っていた球体に、レアは吸い込まれていった。


 ここが三次元だなんて、ただの私の定義に過ぎないか。

 なら誰かの領域があそこに広がっていて、その"誰か"は私達よりも上の世界を定義してるとか。


 あの球体がただの影というパターンも考えられるけど、それではさっきのレアの動きが分からない。

 であれば空間的な広がりを持ってる……? 考えるのには材料が足りなさすぎる――


「おい、一体どうなってんだ!?」


 と、大声を上げるハクナタを落ち着かせるのが先決か。

 でもそういうのはあまり得意じゃない。説明だってしづらいし……うーむ。


「転移罠の一種だと思って欲しい。それにレアが飛び込んだ」

「飛び込むって、あの玉にか!?」


 そうだ、と言う他にない。

 私だってここが外の世界であれば、何の冗談かと笑うところ。

 でもここは魔力世界で、既にダンジョンの領域からも外れている。

 何が起きても驚かない。


「手短でいい。説明してくれるか」


 レニーとハクナタ、それからティナに、自分でもよく分かってない現状を説明しろ、か。

 三次元空間上での影ってのを理解できない可能性の方が高いし……そもそも影とは、ってところから? いやいや時間の無駄すぎる。

 ……ダメ元で概要だけ伝えておくか。ティナはまだしもレニーであれば頑張れるかもしれない。


「あれは多分、胞の影。今の見た目と実際の大きさは一致してないと思う」

「……危険なものか?」

「分からない。レアはそんな雰囲気見せてなかった」


 まあ、仕方がない。日本人ですら半分も理解できなさそうな領域の話だ。


「俺から行こう」

「じゃ次アタシ」


 ホントは一番にでも飛び込みたいところだけど……私には道や世界、つまりは領域の維持という仕事がある。


「その次は――あれ、ハクナタは?」

「もう行った」


 思い切りが良いというか、なんというか。

 レアのこととなるとハクナタのIQは80くらいまで落ちてるんじゃないだろうか。

 ま、うだうだと悩み続けるよりはいいけどさ。


「じゃ、行くか」

「気をつけて?」

「何に気をつけ――」


 軽い冗談を交わしつつ、レニーの姿が無くなった。

 後2人。


「これ、どこに繋がってるんだろ?」

「すぐに分かんだろ。アンもちゃんと来いよ」


 そう言うと同時、ティナの姿も無くなった。

 後1人。ここにはもう、私だけ。

 ……ここで踵を返したらどうなるんだろうか、なんて下らない考えがよぎってみたり。

 時間を掛ければ掛けるほど、変な考えが浮かんでしまいそうだ。


 さ、私もみんなに着いていこう。

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