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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百十八話 深みへと 2

 寝はしねーよ、なんて言ったが1時間程度の仮眠を取った。

 ダンジョンに入った時点で日は既に傾いていたし、それから結構な時間も経った。

 きっと今頃は夜なはずで、頭上で煌めき続けているあの太陽はただの"装飾"に違いない。


 私の体内時計は今が夜だということを伝えてくれている。

 正直もっと眠りたいところだけど……元は往復に2日、狩りに1日の計3日の予定だったし、私的に食料だけは4日分を持っていたとはいえ、他の物資に余裕はない。

 そもそもが長居するための装備ではないのだから。


 今は昼。

 煌々と輝く太陽はそう伝えてくるが、あれは偽物だ。なにせ体内時計は今が深夜であることを伝えているし、最初に見た位置からちっともずれてない。

 まるで時差ボケのような若干の気怠さに襲われつつ、現在は飲水探しも兼ねて付近を探索させている。

 洞窟(ケーヴ)型であれば各階層に最低1箇所はあるはずだけど……この階層はおそらく一帯(フィールド)型。見つからなかったら大変だ。

 ダンジョンの中で一生を終える予定ならエル・クニードで飲み水を作ることも可能だけど……そんな予定はないわけで。


「……まだかなぁ」


 呟きは反響することもなく、ただ木々に吸われるばかり。

 そう思っていたいのだけれど。


「またそれか」


 この場にはハクナタとレアも居るわけで、残念ながらひとりごととはならないらしい。


「一緒に探し行け」


 と言ってみても、そうならないことは知っている。

 ハクナタはレアにべったりなのだから。


「つか、なんでお前だけここに居るの?」

「へぇ。寝てる間に魔物が来てもいいんだ」

「ああ、見張りね」


 寝坊助聖女様はともかく、私達4人は既にお目覚めだ。

 私としてはむしろ二度寝といきたいところだけど……ハクナタ1人にここを任せるのには不安があるし、仕方がないから見張り番。

 ティナとレニーに関してはお水を探しに辺りをウロウロしているはず。

 ……これだけ木が多いとさすがにどっちに居るのかまでは分からない。

 ま、変な魔力は見えてないし、きっと2人とも無事だろう。


「レニーか?」

「よく分かったね」

「あの仏頂面、案外気が利くんだよなぁ」


 仏頂面て。あとで密告してやろう。


「案外気が利く?」

「最初はさ、結構怖かったんだよ。お前らの中で1番得体が知れねえんだもん」


 へぇ。ハクナタにも怖いとか怖くないとかあったのか。

 レアが居るか居ないかの二択だけだと思ってた。


「ま、今もあんまり話しちゃくれないが……イイヤツだよな、レニー」


 2人が絡んでるシーンはあんまり記憶に無いけど……呪人の男同士、何か通じ合うものでもあったのだろうか。

 というかこの言い方だと私やティナにはもう慣れたってことなんだろうか。

 ティナ……まあ、うん。ハクナタとティナが話してるのはたまに見るし、こっちは確かにそうかも。


「じゃあ私は?」

「仏頂面その2」


 その2て。


「あいつらは分かるっていうけどよ、俺には全然分からん。ずっと無表情じゃねーか」


 確かに意図的に抑えてる部分はあるけど、でも紫陽花の前では割と表に出してるつもりだったのに。

 なるほど。単にティナとレニーの読み取る能力が高いだけで、私も私で仏頂面だったのか。

 ……慣れ、ってやつ?


「なんだかんだでお前が1番分からんよ。何考えてんだ?」

「何、って具体的には?」

「いや、全体的にさ」


 そういう抽象的な問いは苦手なんだけども……私が何を考えてるのか、か。

 目的はあるし、目標もある。ただしるべ(・・・)が途切れてしまっているせいで、なんとも歯痒い思いをしている。

 いや、何を考えているか、だったっけ?


「……さあ?」

「さあって」

「案外、何も考えてないかもよ」


 私の考えてることなんて、私だけが知っていればいい。



◆◇◆◇◆◇◆



 残念ながら水は見つからなかった。残りは半日分くらいしかない。

 とはいえ帰りに1階層で安全地帯を探せばいいだろうということになり、とりあえずは先に進んでみている。


「……不気味だな」


 風景は相変わらずのもの。

 明らかに位置の変わらない太陽、風も無いのに揺れる木の葉、揺れるにも関わらず音のない森。

 レニーの呟きを肯定する材料しかない。


「痕跡とかはあったんだっけ」

「ああ。だが姿はなかった」


 2人によれば、森の中には糞であったり食べかけの果物であったりと、まるで生き物が居るかのような光景が広がっているのだという。

 しかし実際にはそこに生き物はなく、生き物以外を丸写しにしたかのような――。


「しかも、触れないと」

「ティナがな。もたれかかろうとして、転んだ」

「言うなよ!」


 景色こそは変わらないものの、ある程度奥まで進むと"実態のない木"に切り替わるのだという。

 数字にして40mほどとそこまで遠い距離でもなく、逆に"実態のある木"の方が少ない可能性すらあるようだ。


「マジでわけわかんねーよ。木がさ、透けるんだぜ? ちゃんと生えてるはずなのにさ」

「じゃ、それも惑景ってことで」


 前世でいう3次元映像の仲間だろうか。


 今まで個人的に調べてはきたけど、この手の情報は初めてだ。

 もしこのダンジョンが"作りかけ"なのだとしたら……オブジェクトの配置までは済んだけど、コリジョンの設定途中だとでもいうのだろうか。

 いや、まさか。部分的に手作業することはあったとしても、オブジェクト1つ1つを全て設定していくわけがない。普通はコピーするものだ。

 ……この思考は明らかにゲーム的すぎる。一旦整理してみよう。


 第1階層についてだけど、こっちはおそらく完全だ。

 探索不足か安全地帯は見つけてないけれど、他のダンジョンと比べても特に異質な点はない。

 階層守護者の手前辺りから木で作られたかのような見た目に変わっていた、くらい?


 第2階層について。

 1階層の最奥と思しき箇所にある扉から繋がっていた。

 空には太陽、地には土、周囲には木々が生えそろっていて、一見すると森にでも迷い込んだかのよう。

 おそらくは洞窟(ケーヴ)型ではなく一帯(フィールド)型の階層。実際の広さは有限らしく、端を視認することができる。


 入り口であったあの"扉"からは道が続いていて、ある程度蛇行してるとはいえほとんど直進できている。方角は不明。

 太陽の位置は変わることなく、また太陽特有の"日差し"を感じることもない。しかし私達の目はあの太陽を光源として利用できている。

 木々は確かに地面から生えているものの、道から40mほど外れると実態を失い、立体映像のようなものになる。

 森の中は生物の痕跡こそあれど、実際に生物を目にすることはない。

 風は吹いていないものの、木の葉は揺れ続けている。しかしそれらから音はない。


 ……やっぱり、製作途中のゲームのように思えてならない。

 あるいはボツステージなんかによくあるやつだ。


「どう思う?」

「それをアタシに聞くか?」

「いや、レアに」


 先ほどからずっと寝ぼけ眼なレアだけど、さすがにそろそろ目覚めて欲しいところ。


「"製作者"が途中で失踪した、あるいは製作途中の階層に入ってしまった、辺りとしか思えない」

「製作者、ですか」


 レアがダンジョンについてどれほど深く知っているのかを私は知らない。

 しかし1階層での話を聞く感じ、ここに居る誰よりも詳しい可能性すらあると踏んでいる。

 もちろん、私よりも。


「ダンジョンとは生物を模して創られたと聞いています。……作ってる途中で、眠ってしまったとか?」

「そんなドジなマスター、アタシがぶった切ったああああ」

「完全に、じゃないけど私も同意見。ダンジョンマスターってのはそんなにドジなの?」

「いえ。自我の弱い方のほうが多いと聞いています」


 やっぱり、私の知らないことを知ってそうだ。

 本当は今すぐ聞き出したいところだけど……ティナの頭蓋骨が心配だし、ここでの会話は凹まないうちに終わらせてあげることとしよう。


「自我が弱いっていうと……やっぱりダンジョンってのは人為的?」

「以前に言いませんでしたっけ。ダンジョンとは幻人(ヘネトル)の遺産ですよ」


 うぅ……幻人(ヘネトル)……めちゃくちゃ気になるが話は後。

 しかし、以前に聞いた話とは少しずれていると思うのだが。


「この現状、特に驚く点はない?」

「はい。珍しい状態だとは思いますし、目にするのも初めてですが……そもそもダンジョン自体、初めてです」


 返答はなんとも微妙な。


「ねえレア、あと2つだけ答えてくれる?」

「2つと言わず、いくらでも」


 じゃあまずは。


「今の私達って安全?」


 最初に聞くべきはこれだ。


「はい。魔物の類は出ないようですし、私達が居る以上、変更が入ることもないと思います」


 変更が入る、つまりダンジョンは何かしらで作り変えることが可能だと。

 そして中に侵入者が居る限り、その機能は使えなくなってしまうと。

 ……なるほど、なるほど。


「最後の1つ。今のあなたの名前は?」



◆◇◆◇◆◇◆



 聖女様との話は済んだ。

 腑に落ちない箇所もあったけど、今気にするべきは他にある。

 もしここが本当に"製作途中"なのだとしたら、その最奥はコアルームに直接繋がっている可能性のほうが高いというし、とりあえずは進んでみるということで。


「なーあ、これ方向合ってんのー?」

「さあ?」

「れにいいい」

「俺に絡むな。……分からんが、道は続いてる」


 歩き続けること数時間、我らが切り込み隊長ティナ様はお散歩に飽きてしまったようだ。


「ハクナタ!」

「んだよ」

「なーんか面白い話聞かせろお!」


 ティナの気持ちが全く分からないというわけでもない。

 ダンジョンってのは気を張り詰めるところであって、こーんな何もないところを歩くだけではないはずだ。

 なんというか、こう、……言葉にしづらいな。とにかく違うのだ。


 だからティナが抱えてるもやもやはなんとなく分かる。

 でも私が分かるのはここまで。ぶった切りたい欲は私にはないし、周囲の人間に絡む欲も私には備わってない。

 いや、後者はあるか。


「いっでえ! おいアン、こいつ止めろ!」


 ……ま、あそこまで強くはないけどさ。

 あの矛先が私に向かないうちに、この道が終わってくれることを期待しよう。

 それまで耐えろ、ハクナタよ。

 この話で100万文字を超えました。

 めちゃヘビー。

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