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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百十六話 湿地林のダンジョンへと 4

 加減をしない私に私は勝てないだろう。

 なら私が加減をしなかったのなら、私は私に勝てるだろうか?



◆◇◆◇◆◇◆



 一歩一歩と進むうち、少しずつ自分の判断能力が落ちてきていることに気付く。

 この濃ゆい魔力に当てられたからか、はたまたゾエロのせいだろうか。


 曲がり角から覗き見て、相手もこちらを見ていることに気付いた。


 一言で表すなら、巨獣。

 特徴的なのは、顔の真ん中から伸びる1本の触手。その左右に伸びる2本の牙。

 似た獣を見た覚えはないが、あまり足の早い獣のようには見えない。

 であればあの牙は樹皮を剥がすために使われるとかだろうか?


「象、か」

「象?」

「あの特徴的な鼻、人の腕のように動かせるらしい」


 とりあえず、あの魔物は象という名前らしい。後で図鑑を見直してみよう。

 触手かと思ったけど、あれは鼻なのか。そして自由に動かせると。

 ……変な生物だ。なんで鼻を伸ばしたんだろうか?


「ていうかどこで知ったの」

「ハルアさんからな。北部に居る珍しい魔物の1種だそうだ」

「へー……草食?」

「確かそうだ。頭のいい魔物らしい」


 たまにレニーが動物雑学を投げ込んでくるのはハルアの影響だったのか。

 あの人動物好きだったのか。……私よりもよっぽど話してたもんな、そりゃそうか。


「なんか注意点聞いてる?」

「いや。子連れは危険らしいが――」

「つまり、あれは危険?」

「ここはダンジョンだ。外と同じとは限らないが……」


 大きな象が1体、小さな象が2体。

 ダンジョンの魔物は繁殖なんかはしないらしいけど、そこらへんはどうなってるの? あれは子連れという判定でいいの?

 ……よく分からないな。


 レニーから聞けたのは野生の場合のちょっとした生態のみ。

 使う魔術だったりの情報もなく、何が危険なのかとかもよく分からない。

 確かにあの巨体は脅威なんだろうけど……あの牙だって長いものじゃないし、あまり動きも早くなさそうだ。


「にしても、大人しいね」


 あの象という魔物は明らかにこちらを認識している、というか先ほどから何度か目が合っている。

 にも関わらず特に動きは見られないし、レニーによれば"敵意"も感じられないとか。


「ちょっと刺激してみてもいい?」

「ああ。どうせ殺すんだ、好きにすればいい」


 珍しくレニーから物騒な言葉が。

 やっぱりダンジョンの魔物と外の魔物は別物との認識からだろうか。


『えー……象さん? 聞こえますかー』


 なんて下らないことを考えつつ、望めないと諦めかけていた目標の1つを成そうと試みる。


 ある程度年のいったダンジョンの階層守護者であれば、この手の会話に応じてくれることがあるらしい。

 私には"知性の感じられる目"とやらは読み取れないけど、もしかするとあの象はこの手の魔物なのかもしれない。

 以前に出会った土虎とは多少の会話を交わせたし、少なくとも骨格標本に語りかけるよりは期待できそうだ、と思ったんだけど……。


『聞こえませんかー。もしもーし』


 数度声を掛けてみたけど、残念ながら無反応。

 魔物ってのは少なからず魔力を感じ取れるらしいし、聞こえないってのは考えづらい。

 やっぱり若いダンジョンのじゃダメなのかも。


「なあ、まだ掛かる?」


 ずいと前に出たティナを見つつ、どう戦おうかと考えてみる。

 体の大きさとはそのまま魔術への防御力の高さを意味している。


 なんせ他者の領域に入り込んだ魔術は通常操ることができず、ゆったりとした終了を始めてしまう。

 小細工なしに正面からぶつけてみようとも、表面を削るところから始めなければならない。

 しかしゾエロのような魔術を使える相手であれば、表面とは魔術への防御力が最も高い箇所となってしまっている。

 他には物理的に大きな魔術を発現させて押しつぶす、なんてのもあるけど……ダンジョンという環境的には選びづらい。


 小さな魔術で表面から削る、というのが魔術師単体で見た場合での正解。たとえ防御力が高いとはいえ、重ね続ければダメージは通る。

 しかし私は1人ではない。たとえばティナが傷口を1つ作ってくれるだけで、そこの防御力は大きく下がる。

 もしどこかを切り落とすようなことがあれば、決定的な弱点となってくれる。


 ……あの巨体に剣が通るのかという疑問は残るけど。

 それに目を合わせてから見える魔力が2層になっている。体表には濃い魔力が、その先には微かな魔力。

 緊張とやらはしてないけど、やる気はあるみたい。


「もういいや。やっちゃえティナーズ!」

「なんだよティナーズって。……緊張感ねーけど、行くぞ」


 先ほどまでと違い、長剣を抜いているティナ。

 象という魔物の周りはかなり広くなっていて、お互い動くのに支障はなさそう。


 ダガーは確かに扱いやすいし、狭い場所では文句なしの活躍をしてくれる。

 しかしあれだけ大きな魔物が相手となれば力不足。だから持ち替えましたよと。

 ティナがそう判断したならば、レニーを攻撃役と考えるのはやめておこう。


 幸いにも象の動きは早くない。

 見た目通りの鈍重……とまではいかないけど、闘気やゾエロの使える魔物だとしても物理法則には抗えない。

 だがこれは遠巻きで見ている私の感想。近距離で戦うティナには全く別に見えるはず。


 レニーとカクが2人だけで戦う場合、位置を頻繁に入れ替えるような動きをしていた。

 私が加入した時点で既に完成されていたし、いつからそうしていたのかは分からない。


 ティナの交戦距離はかなり狭い。

 カクもあのくらいで戦うことがあったけど、距離を取るタイミングがあった。

 しかしティナの場合は張り付き一辺倒。


 レニーとティナの相性は、正直あまり良くないと思う。

 とはいえティナが前に出てくれている以上、私が攻撃されることも無さそうだ。


「レニー、こっちは多分大丈夫」

「分かった」


 手持ち無沙汰なレニーを送り出し、やけに遠く聞こえる戦闘音をBGMに次の行動を考える。


 ティナのあの戦い方は、私との相性も良くはない。

 カクの場合は避けてくれたりとこっちを意識してくれてたけど、ティナの場合は期待できない。

 むしろこちらが当ててしまわないようにと気にする必要がある。


 なら周りの小さいのを、と考えてみたけど……小さい方はやる気がないらしく、ただこちらを眺めているだけ。

 親子としてデザインされてはいるものの、本人達にその気はない……みたいな感じなんだろうか。知らんけど。


 じゃ、頑張って当てないように当てていこう。

 一応は当たってしまった場合のことも考えるけども。


 ティナの使うゾエロはゼロ()ドイ()で、闘気は無し。あの動きと魔力を見る感じ、両方とも発現させているのかも。

 対する象にも魔力の膜は見えるけど、その奥の魔力は全く見えない。人間でいうところの闘気とゾエロの併用だろう。

 距離感が狂いそうになるこの音を聞く感じ、ウィーニ()・ゾエロのようなものと予想することができる。


 ドイに効きづらく、ウィーニに効きやすい魔言、か。


「撃つよー」


 詠唱ありの方がこれはいいかな。

 一応数詞も付けておいて――


リュエレス・(土よ、集ま)ズビオ・ダン(り敵を穿て)


 ドイに効きづらいなんてことはないけど、ウィーニに防がれやすくはないエレスをチョイス。

 ティナに当たることはなく、象に直撃――するはずだったのに、当たる直前でかき消えた。


 なるほど、魔術に対しては魔術で防御か。どこの土虎さんだあいつは。

 土虎さんと違って空中で消されたのも痛い。前回と違ってエル()掛けゲシュ・ウズドは使えなそうだ。

 不可視だったってことはウィーニっぽいけど……ウィーニに魔術を消す効果なんてないはずだし、魔術と全く同じだとは考えないほうがいいかな。


 いや、以前にカクが見せた魔術だったり、魔力を奪う魔法陣に近いものかな。

 カクはレズドが含まれてるとは言ってたけど、術式そのものは教えてくれなかったんだよなぁ。

 魔法陣の方はキュビオに近いものだったはずだけど、こっちじゃないと願いたい。


 まあ、ともかく。

 レニーのダガーは明らかに攻撃力が足りておらず、魔術も全く効いていない。

 ティナはあの長い鼻? によって思うように攻撃することができていない。

 私の魔術はあの防御術によって防がれてしまうと。


 キュビオに近い防御術だとしたら非常に厄介だ。逆にレズドであれば対処法はいくらでも思い浮かぶ。

 さっき使ったのは物質型であるエレスであって、レズドによる防御術には影響されづらいはずのもの。

 しかし実際には防がれてしまっている以上、キュビオに近い可能性の方が高い……か。


「撃つよー」


 一応、もう1回だけ見てみよう。

 もしターゲットが私へと切り替わった場合、動けないというのは致命的だ。

 ……ダンはほとんど発現しないし、ならレズドで。


リチ・レズド(火よ、流れよ)


 手のひらで生まれた炎が一直線に象へと奔り、しかし途中でかき消される。が、これは予想通り。

 フィードバック。魔力を乱されたのではなく、魔力自体を消されてしまっているように思う。

 それと同時、周囲の魔力に揺らぎが生まれた。

 キュビオか。


 防御方法が分かったところで、何かができるようになったわけではない。できないことが分かっただけだ。

 後先考えずに全力を出せば、あの防御も貫けるだろうけど……進むにしろ戻るにしろ、あまりいい選択だとは思えない。

 いい選択だとは思えないが、しかし確実にあれを破ることができる。

 ……やるなら早めに選ばなければならない。霊の時には判断が遅すぎて、選べなくなってしまったのだから。


 小さい方は相変わらず見ているだけで、3対1とこちらの方が有利なはず。

 しかしティナの攻撃はほとんど効かず、レニーと私の攻撃は全く効いていませんよと。

 幸いにも遠距離攻撃はしてきていないけど、持っていないとは限らない。単にティナとレニーに夢中なだけなのかもしれない。


 ティナの剣はわずかながらも傷を負わせてはいるし、レニーの影響かティナだけを狙っているような動きも見せていない。

 このままただ見ているだけでも、勝てる可能性は0じゃない。むしろ勝つ可能性のほうが高く見える。


 ……でもここに2人を誘ったのは私だ。

 その私が、ただ見ているだけで?

 ないな、それはありえない。


 じゃあ、やろうか。


 キュビオによる防御術式には決定的な弱点がある。

 一部の魔法陣はこれを逆手に取り、魔石の生成や他の魔法陣への魔力供給源として働いている。

 しかし生物が使うとなれば話は別。魔石を作ることはできず、だからこそ"他の魔術の発現"という形で排出する。


 魔力の量は目に見えても、扱える量は目に見えない。

 あの魔物の"蛇口"がどれほど大きいのか……万全を期すならやはり全力か。

 頭痛薬を買っておくんだった。


「レニー、体お願い」


 ティナの負担は大きくなるけど仕方ない。足を動かすだけの余裕がない。

 レズドとゾエロを終了、領域も最小限にし、魔力の使用先を最低レベルにまで減らす。


「ティナ、合わせて!」


 私の知ってる最大の数詞を、私の出せる最大の魔力で。


テエル・セベル(水よ、)――」


 浮遊感すら覚える出力を。


「――ジテル・ダン《穿て》」


 全て飲み干してみろ。

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