百十五話 湿地林のダンジョンへと 3
私達の実力から考えてみれば、別にこの先に進めないとは言い切れない。
しかし現状あの2人に進むつもりはないようだ。
実のところ冒険者全体で見ればティナですら慎重な方で、私達はかなり臆病なパーティだとも言えてしまう。
臆病な、と付けてみたから悪い風に聞こえるけど、そのおかげで紫陽花から死者が出たことはない。
安全優先で慎重なパーティ。うん、こっちの方が聞こえはいい。
以前のリーダーであったカクは滅多に危ない橋は渡らない人だったし、シパリアもフア保護最優先って感じで、あまり危険なクエストは受けないようにしていた。
魔王に挑んじゃった時と、それから大蟻の洞窟に行った時は確かに危険だったけど……どっちもかなり昔の話。
私達にとっては安全こそが普通であり、ぽんぽん死人を出す方がおかしいとすら思っている。
たがが外れる……というわけではないけど、カクが抜けてからは危険な場面が増えているように思う。
今まではカクに誘導されていて、それが無くなった結果なのかも、なんて考えてみたり。
結果として私達3人は全員が人を殺してしまっているし、私に至っては下半身不随という状況。
現在の私達には明確なリーダーが存在していない。
名目上は"ブラック"をリーダーとして登録してあるし、実際に何かを決める際にはまとめ役として見てはいるけど……統率力に欠けるというか、なんというか。
元々弁が立つ人間ではないし、そういうのには向いてないのかもしれない。
事実上、"色付き"のリーダーは私だ。
といっても私もあまり人をまとめたり率いたりするのは得意ではないし、カクが居た時と立場自体は変わっていないはず。
しかしリーダーがカクからレニーに移ったことで、私は何も変わってないはずなのに、役割が逆転してしまったというべきか。
カクが居た頃、私は副リーダーのようなポジションだったように思う。
もちろん明確な立場の上下があったわけではない。それでも意思決定のうち7点を持っていたのはカクで、私は5点を持っていた。レニーは2点で、ティナが1点。
あくまで感覚であって、実際にはズレていた場面も多い。しかしなんとなく、私達の意見はこの点数によって決められていた。
カクが抜け、レニーがリーダーになって。
私は5点を持ったままで、レニーは2点、ティナは1点。この点数配分は変わっていない。
しかしこの点数は感覚的なものであって、レニーに居なくなられたらそもそも活動すらできない。
だから最初の頃はリーダーであるレニーに譲歩するようにしてた。私の5点のうち2点をレニーに預けるような、そんな感覚。
でもそれくらいがちょうどいい。私はリーダーってタイプじゃない。
現在もレニーに譲歩するようにはしてる。
しかし最近のレニーは、また意見を表に出さなくなってきている。リーダーのくせに。
ティナは元々方針だったりにはあんまり口を出さないし、こうなると私しか意見を出す人間がいないという状況になる。
私は元来我が強い。これは自分が1番理解してる。
カクが抜けて、レニーが静かになって。私のこの性分は以前よりも表に出てしまっている。
もし私がこの5点を自分本位の意見に使ってしまえば、2人の道を選ぶことが出来る。しかしこれを止める自分も居る。
私の背中を押したのはレアであり、私だけが悪いわけじゃない。
「ねえ、ちょっと腕試ししてみない?」
バカは死ななきゃ治らない?
バカは死んでも治らない、だ。
なにせ私は治ってない。
「腕試しって……行くなって言い出したのはアンの方だろ」
「見るからに危険だ。下がるべきだろう」
腕試ししようぜ、とティナが言ったとしたら、レニーはまともに取り合うことはなかっただろう。
しかし私なら。
「私は上級、レニーも上級、そしてティナも上級相当。
勝てないって考える方がおかしいと思う」
「……まー、そりゃ確かにそうだけどよー……」
ティナを動かす言葉の選択。
私が間違えるはずもなく。
「上級の人ってさ、3階層くらいまでは単独でいけちゃう人が多いんだって。
私とレニーは実際できそうだけど、ティナはどう?」
「いけるに決まってんだろ!」
"ティナは私達よりも弱いの?"と問うだけでいい。
やっぱりチョロい。
「アン。煽ったところで俺は変わらないぞ」
さて、次は木石のようなレニーの番。
私はこの人を動かす手段をあまり持っていないのだけど……今回はあれにしよう。
「分かった。レアとハクナタをここで見ててよ」
「……何?」
「ティナと2人で見てくるからさ。行こ、ティナ」
必要なもの以外は一旦下ろし、身軽になった格好で――
「――待て、どうしても行くのか?」
「もちろん。あ、荷物もお願いね」
嘘っぽく聞こえないよう、我が演技力よ今ここに。
冷静に考えて、私がレニー抜きの2人で行くなんて言うわけないじゃん。
冷静になられたら困るけどさ。
「……分かった。なら俺も――」
ここで了解してしまうのも可能だけど、この先を考えると少し嫌な気分になる。
だから最後のひと押しだ。
頑張れ私の演技力。引っ込め私の恐怖心。
「いや、無理しなくていいよ。ここまで1番動いてたんだし、むしろ私なんて何もしなさすぎっ――」
レニーに背を向け歩き出すタイミングで足をもつれさせ、転びそうになってみれば。
「……あ、ありがと」
「無理をするなは俺のセリフだ」
予想通り、実際に転ぶことはなかった。
人の優しさに付け込むような、あまり褒められるような方法ではないんだろうけど……仕方あるまい。レニーを釣るならこういう方法が1番楽なんだから。
今回の記憶も悪い方ばかりに偏ることもないだろうし、まだ何度かは使えそうだ。
心の中で舌を出す。
誰に向けられてるのかなんて、私だけが分かっていればいい。
「……なあ、俺らはどうすんの?」
レアとハクナタについて。
今回の元凶であるレアはともかく、ハクナタに関しては完全に巻き込まれただけに過ぎない。
レアに関しても生命線であり、結局のところどちらにも被害を出すことはできない。
「ここで待ってて」
「魔物出たらどうすんだよ。俺には無理だぞ」
「ここは若いダンジョンみたいだから大丈夫」
若いダンジョンに徘徊型の魔物が置かれていることは滅多になく、通路というのはある意味では安全地帯と見做すこともできてしまう。
実際のものとは違い、魔物が通れない場所というわけではないけど……処理さえした後でなら、結構気を抜いて歩けてしまう。
というかそもそも安全地帯ってなんだ。
「いや、お前らが死んじまったとしたらだよ」
「頑張って2人仲良く逃げてくれたまへ」
「普通そこは、"縁起でもないこと言うな!"とかいう場面じゃねえの?」
私、ゲン担ぎとかあんまりしない方だしなぁ。
◆◇◆◇◆◇◆
六花の洞窟のようにボス部屋っぽい大きな扉があるわけではなかった。
周囲の見た目がただ変わっただけ、とレッドなら捉えてしまうかもしれない。
レニーとティナは魔力を肌で感じることができるらしく、私は見ることができている。
だからこの先に何かがいるということが分かる。
いざ行くとなってみて、震えている自分に気付く。
原因は何だろうか。情報が全くないという状況? 明らかに異質なこの魔力?
……そういう類のものではないらしいけど、そんな自分を認めたくはない。ゾエロのせいってことにしておこう。
時間にして2分もない程度の距離。魔力の中を歩きつつ、そんなことを考えてみた。
振り返ってみればもはや2人の姿は見えず、平衡感覚が狂いそうになる通路が見えるだけ。
なぜこの通路はこんなにも捻れているのだろうか、なんて。
このダンジョンで出てきた魔物は、全体的に半水生っぽいものが多かった。
周囲の環境を模倣するというダンジョンによくある習性、あるいは本能からだろうか。
今回のように見た目がガラッと変わることは珍しいことではないらしい。
もしここが洞窟のような見た目のままだったとしたら、ここの階層守護者は半水生っぽい魔物だったに違いない。
しかし今回は変わってしまっている以上、出てくる階層守護者を絞り込むのは難し――ここを曲がれば、かな。
「……この先、だよな」
「ああ、居るな……3体だ」
私と同様、足を止めたティナがレニーへと声をかけた。
ティナの魔力感度はレニーほど高くないらしいけど、それでもこの魔力を感じることはできている。
そしてレニーの闘気による探知は私よりも有利に働くことがあるらしく、1体ではなく3体居るということが伝えられた。
「数は分からなかった。個々の特徴って分かる?」
「いや。知ろうとすれば知られるが――」
闘気による探知にはパッシブソナーのようなものとアクティブソナーのようなものがあり、現在のレニーは前者だけを働かせている。
後者はより詳細な情報を手に入れられるようだけど、代わりにこちらの存在を相手に知らせてしまうもの。燃費もあまりよろしくないらしい。
「私はいつでも」
「アタシも」
「分かった」
魔力の光が数度遮られる。
他の魔力視を持つ人間にも放たれた闘気は闇と映るのだろうか、なんて。
「高いのが1体、低いのが2体。低い方は反応していないが、高い方には気付かれた」
「反応は?」
「……特にないな。緊張はしていない」
闘気には"相手の感情を読み取る"みたいな能力があるらしく、最近のレニーはこれをよく使っている。
しかし強く読み取ろうとすれば自身の感情も伝えてしまうものらしく、使い勝手が良くないと以前に愚痴っていた。
つまりは階級守護者達にはこちらの敵意が伝わってしまっている。
それにも関わらず反応しないということは……大体3つくらい予想できるけど、さてどれだろう。
若いダンジョンっぽいし、立地的にあまり育ちも良くなさそう、とくれば……更に絞ることができるけど、面白くはなさそうだ。
目標の1つは達成できそうにないか。まあいいけど。
「強いかもしれないのが1体と、他が2体の計3体ね。じゃ、行こっか」
「ちょ、ちょっと待った」
なんだねティナ。こっちはやる気満々なんだが。
「いつもみたいに作戦とか考えねーの?」
ああ、それね。
「いつものパターンで行こう。相手の情報が無さすぎるからね」
いつもの、と言っても今回は守るべき対象が居ない分いつもより自由が利く。
呪人大陸に来たばかりの時が1番近いかもしれない。
……あの頃とは変わったことも多いけど。でも悪い事ばかりじゃない。
「レニー。ぶっちゃけ私のほうが魔力多いでしょ」
「……だからといって油断するべきではない」
自分の魔力がどれほどあるかを直接確認することはできない。
しかし周囲に及ぼす流れの強さを比べてみれば、その差によってある程度予想することはできる。
「ここの階層守護者より私のほうが強いってこと」
「おお! 分かりやすいな!」
私の魔力の伸びは相変わらずで、"この前の霊"ですら私よりも薄かった。最近は私より濃い生物を見た覚えがない。
しかし魔力の多さが強さに直結してるわけでもない。ハルアが居なければ"この前の霊"にはただ殺されるだけだっただろうしね。
ま、これを伝えるつもりはないんだけど。
「ティナ、久々自由に戦えるよ」
「やる気出てきた!」
チョロインちゃんをやる気にさせることもできた。
じゃ、行こうか。