百十四話 湿地林のダンジョンへと 2
南部冒険者ギルド構成員規則第7条
3,新たなダンジョンを発見した場合、発見者はギルドへ報告しなければならない。
4,新たなダンジョンを報告した場合、報告者は命名権と1ヶ月間の独占開拓権が与えられる。
7,ダンジョンを攻略した場合、攻略者はコアを売却しなければならない。
9,ダンジョンに不変の魔法陣を刻んだ場合、――
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1階層は4部屋目を超えたところ。
相変わらず等級の低い魔物しか出ておらず、顔ぶれもそう変わりはない。
もしかすると"六花の洞窟"よりも若いダンジョンだったのかも、なんて油断に支配されそうになる。
「つーまんねー」
強すぎず弱すぎずなちょうどいい相手が見つからないティナはややご不満のようだけど、私としてはこっちもこっちで楽でいい。
オラ別に強い奴と戦いたくねえ! 弱いくせに稼げる相手を多人数で一方的にボコボコにしてえ!
……少なくとも少年誌の主人公では絶対にないな、間違いない。良くて噛ませ犬ってところだろうか。
「じゃあレッドでも鍛えれば?」
「えーめんどー」
「ああ言えばこう言う」
「どう言えばそう言う」
……まともに取り合うほうがバカを見るパターンだ。無視しとこう。
1階層は1部屋目を超えたところで左右に分岐していた。
最初は左に進んでみたけど、小部屋が1つあるだけで行き止まりとなっていた。
惑景らしい魔力も見えなかったし、実際に触ったりしても特に反応はなく、一旦引き返して今度は右の通路を選択。
そこから4部屋目までは一本道で、まだこの道は続いているらしいけど――
「そろそろ帰ろうか」
「まだ切り足りねー」
このダンジョンだけで既に128個を超すだけの魔石を回収できたし、これだけあれば3日くらいは多分なんとかなると思う。
いくら魔石が小さいとはいえ大量に運べば嵩張るし、多すぎるというのは怪しまれてしまうかもしれない。
現状の私は功名を求めてはいないし、このダンジョンだって報告する気はない。
引き際が肝心だ。
「ブルー、いえ、アン、もう少し進みませんか?」
「む」
最初は借りてきた猫のように大人しかったくせに、この私に意見するとな?
よろしい、聞いてやろうじゃないか。
「どんな理由があるの?」
「私事ですが、ダンジョンという存在に興味がありまして――」
少しだけ長めの昔話が語られた。
魔人大陸で生まれたレアが、呪人大陸北部のジニルフへと移動した理由。
似たような話を昔に聞いたことがある。
聞いた、ではないか。実際に会って話もした。私の数少ない友人の1人の、可能性の内の1つ。
「――レアのお父さんは知ってたってこと?」
「はい。古い友人から聞いたことがあったとか」
ダンジョンにはいくつかの防衛機構が存在している。特に有名なものは4つ。
1つ目は"周囲への魔素の拡散"。強い魔物を呼び寄せるためのものだと言われてるけど、近くに村を作ったりと人間も利用している。
2つ目は"ダンジョン内の物質の変性"。長期間ダンジョン内に物品を置いておくと、"私達の世界"では考えられないような性質を持つことがあるとか。私のダガーもこれらしい。
3つ目は"魔物の発生"。侵入者を排除するためのものと言われてるけど、私達にとっては魔石を無限に供給してくれる狩場でしかない。
4つ目は罠。
これだけは唯一人間によって利用されてないものだと思ってたけど……実はそうでもないらしく、特に転移罠は利用されていたらしい。
といっても転移の際に何が起こるかなんてのは踏んでみるまで分からない。ケシスのように記憶喪失になる程度はマシな方で、そもそも全身が1箇所へと飛ばされる保証すらない。
仮に人体へ特に影響を及ぼさない転移罠だったとしても、転移先が固定されていることはなく、しかもほとんどの場合は空中に飛ばされる。基本的には落下死だ。
しかし中には転移先が固定されている転移罠があるらしく、レアはこれを通ってジニルフ近郊へと直接移動したという。
正直半信半疑だけど……しかし実際に転移罠を経験したことがあるわけでもないし、自分の考えが凝り固まっていただけなのかもしれない。
「あっても試しちゃダメだよ?」
「当然です!」
彼女の生い立ちなんかにはあんまり興味はないけど、しかしこの話は面白い。
面白いのを聞かせてもらったんだし、もうちょっとだけ進んでみてもいいんじゃないかなと思ってる。
「ティナは――」
「行こう!」
「レニー」
「構わん」
レニーも問題無いみたいだし、ティナに至ってはむしろ行きたがっているし。
後1人は……名前なんだったっけ? まあいっか。
「レッドは」
「なんで俺だけそっちなの」
「ごめん、元の名前忘れた」
「おいおい。……レア様が行くっていうなら当然だ」
私達にしては珍しく全員一致。
ならもう少しだけ進んでみようか。
◆◇◆◇◆◇◆
道なりに進んでみると、再度の分岐が訪れた。
最初の分岐と同じように、左右の道で違いは分からない。
「どっちだ?」
「さっきは右が当たりだったからー……今度は左に行ってみるとか」
「雑かよ。ハクナタは?」
ああそうそう。レッドってハクナタって名前だったっけ。
なんでティナが覚えてるのに私が忘れてしまうんだ。もしかすると私のほうが……いやいやまさか。
「分かるわけないだろ」
「だよなー。んじゃ右でいっか」
待て、私は左がいいと言ったはずだが?
「だってアンの勘ってだいたい外れるじゃん」
う……否定できるだけの前例を持ってないのが悔しい。むしろ外した回数のほうが多い。
確かに私も自覚はしてるし、だからこそ博打は避けてるんだけど……なぜバレた。
「レニーとレアは?」
「右だ」
「右ですね」
「よっしゃ、んじゃ行くぞー」
オーケー、こう考えよう。
私は外すことに意味がある。
うん、これだ。間違いない。私は無意味なんかじゃない。
悔しくなんかない。
進む通路はとても綺麗で、洞窟のていを取ってはいるものの無機質さすら感じられる。
ある程度古いダンジョンであれば、装飾のつもりなのか色々と追加されることもあるらしい。大蟻のダンジョンにあった骨とかがそれにあたるのかな。
しかしここにはゴミ1つ落ちておらず、苔が生えていることすらない。若いダンジョンって目算は正しかったらしい。
ティナとレアが発火で明かりを確保してるけど、私には壁自体が薄く発光してるように見える。
ハルアも当然のように発火を使っていたし、この見え方は魔力視を持つ人間特有のものなのかもしれない。
もしレアが「見える」なら"魂子"だからなんて線もあったけど、これは外れっぽいしね。
火が作る不安定な影を見ていると、なぜか"不安"という感情が強くなってくる。
最初は自ら進んで入ってみたダンジョンだけど、今は予定外の行動。1階層とはいえ、ここはおそらく野生のダンジョン。
罠は当然機能しているし、階層守護者だって居るはず。だからこそ私が先頭を歩いている。
しかし本当に隠されていた場合に、はたして私は見つけることができるのだろうか。
"六花の洞窟"にあった罠は魔力視とか関係無く見えていたし、私は罠を見抜くという経験を持っていない。
経験していないから経験を積めない、という話は嫌いだけど。
1階層の階層守護者は4階層の魔物と同じくらいだと言われていて、その階層の魔物からは2から3程度ランクの高い魔物が出ると考えておけばいいらしい。
ゲームチックな考え方にはなるけど、序盤の中ボスが中盤の雑魚敵として出てくるようなイメージだろうか。
といっても階層守護者とそうでない魔物には"知性の有無"という違いがあるらしく、同種であっても階層守護者の方が基本的には強いとか。
以前に読んだ本によれば、階層守護者の中には意思疎通が可能な個体も確認されているらしい。
今回の探索では階層守護者なんてのは避けるつもりだけど、もし出会うことがあったなら、1回くらい試してみるのも面白いかもしれない。
罠や魔物を警戒しつつ、ちょっとだけ考え事をしてみていた。
最悪のパターンを想像するのはもちろんとして、そうでない場合でもどんな選択肢があるのかを予め考えておくのは悪いことではないと思う。
私の勘は当たらないだなんて言われたけど、悪い方は結構当たってしまうんだ。
ほら。
結局罠は見つけられなかったけど、代わりに強大な魔力が見えている。
「ん……ここまでかな」
それに建材が切り替わってもいる。
今までは水浸しの洞窟といった見た目だったのに、数歩先からは石ではなく木だ。
木材ではなく、複雑に絡みあった天然樹でできたかのような壁、床、天井……。
この変貌は六花の洞窟でも見たことがある。
「おー……アタシでもこれは分かる。ヤベーな」
階層守護者というのは、他の魔物と違って床から突然生えてくるような存在ではないらしく、一度倒してしまえば復活することはない。リポップすることのないユニークモンスターといったところだろうか。
では倒してしまえば終わりかといえばそういうわけでもなく、若ければ1週間程度で別の魔物が下の階層から送られることが確認されている。
そんなユニークモンスターである彼らは、とにかく魔力が非常に濃い。もちろんコアには劣るけど、そこら辺の魔石なんかよりはよっぽど魔力を持っているとか。
「レニー、放たずに分かる?」
「ああ。この前の霊よりもよっぽど濃い」
この前の霊とは、多分六花の洞窟に居た奴のことだろう。
あれは確かに強い魔物だったけど、所詮は2階層の魔物。
一方目の前の魔力は1階層とはいえ階層守護者、またはコア守護者によるもの。
差は明らかだ。
「ねぇティナ、さすがに行くとか言い出さないよね?」
「バカ言え。死ぬために生きてるんじゃねーんだぞ」
おお、なんか哲学っぽい。
真面目な話、私達3人が全力で掛かれば勝てないような相手でもないように思う。
もちろん相性や運なんかで展開が変わることは十分考えられる。
たとえば階層守護者が魔力生物で、前回のようにレニーが捕まってしまった場合だったりとか。
……つまりは博打だ、好みじゃない。私は嫌いだ、嫌いに決まっている。
「え、お前分かんねーの!?」
「あ、あぁ。何が何だかさっぱりだ」
「レアは?」
「多少は分かりますが……はっきりとは」
レアとハクナタにはあれほど強大な魔力ですらもよく分からないようで、私達の感覚のズレを再確認することになった。
こういうところでもパーティ内での差を見つけることができる。
普通の人間は、あまり生き死にと近いところには居ないのだ。
「なあ、帰ろうぜ」
「そうだな。魔石も十分回収した」
こっちの2人は帰りたがっている。
これでいい。いや、これがいい。
私の好奇心が爆発しないうちに、自分を騙せてるうちに撤退するべきだ。
「アン」
だのにこんなタイミングで声を掛けてくるレアは、もしかすると悪魔か何かの魂子なのかもしれない。
「悔しそうですね」
「……そう見える?」
「はい。学びましたから」
自分の気持ちを当てられるというのは少しだけ気分が悪い。
しかし他人に言われることで、歩みを進めることができそうだ。
「どうしてそう感じてると思う?」
この問いは私への問い。
未知を目前に撤退することが悔しい? ……確かにある。あるけどピンと来る感じではない。
力のない自分が悔しい? ……さっきよりは近づいたけど、でもまだ違う。私は別に強くなりたいわけじゃない。
兄に追いつけない自分が悔しい? ……ああ、多分これが正解だ。
「抗いがたい好奇心?」
「そんなとこ」
ほんのちっぽけなプライドで命を捨てるのはもったいない。多分この思考が正常。
命1つでプライドを守れるならばそれでいいじゃないか。多分この思考は異常。
別に誰かに伝えるわけじゃない、私だけが知っていればいい。
「私も好奇心は強い方でして」
「……それ以上はやめてほしいかな」
「本当に勝てませんか?」
燻る心に空気を送り込むような。
遊び心でやっているならやめてほしい。
「どうしてやめてくれないの?」
「私は先が見たいのです」
「……自分の為だけに?」
「そうなります」
自分のズレを認識できているとして。
ズレを隠し続けるか、ズレを押し出すか。
今の私は前者を選んでいるし、レアも前者だと思っていた。
違う。彼女は後者だ。
「今の会話も、分かってやってるってことだよね」
「はい」
「……分かったよ、素直になる。私の負けだ」
でもその道は、決して楽なものじゃなかったよ。