百十三話 湿地林のダンジョンへと 1
2021/07/26 改題(1)
あの後戦闘らしい戦闘もなく、無事湿地林へと到着。
足元は若干マシにはなったものの、代わりにマングローブのような木の根が邪魔をしてくるようになった。
私としては正直こっちの方がキツいんだけど……他の人は沼よりマシらしい。感覚の有無って大きいんだなぁとか考えてみたり。
「ブルー、当ててやろう」
「どうした突然に」
小休止の最中、突然ブラウンに声を掛けられた。
「何か悪い事考えてる」
「なんですかわるいことって」
「……ダンジョンあったりする?」
おお、凄い。私と予想が被ってる。
「方向とか分かる?」
「そこまでは……なんかぞわぞわすんなーって感じ」
この"ぞわぞわ"ってのはいまいちよく分からないけど……前世で言う「鳥肌が立つ」みたいな感じなんだろうか。
「北西だと思うよ」
私には分かりやすすぎるほどに魔力の流れが見えてるんだけど、どうにも呪人ってのはこの手の感覚を持ってる人が極端に少ないらしい。
とはいえこっちにだって魔人は普通に住んでるし、であれば見つかっててもおかしくはないんだろうけど……場所が悪いせいかなぁ。
国同士がここらへんの領有権を巡って睨み合ってるのは、案外知らされてないだけで偉い人同士は知ってたりするのかね。
「ちょっと覗いてかない?」
「あんなに行きたくねーとか騒いでたのに」
「危なさそうならさっさと逃げる」
罠を確実に見分けられるとは言い切れないけど、それでも前回のダンジョンアタックのおかげである程度見え方の調整もできた。
それに最初の部屋までに罠があったパターンはこれまで確認されてないらしいし、とりあえず1部屋だけ覗いてみるのはありじゃない?
「ま、別にいーけど……あの2人居るんだぜ?」
「狭いところは任せたまへ」
「一帯型だったら?」
「回れ右しよ」
一帯型にはまだ入ったことがないし、興味が無いと言ったら嘘になるけど……洞窟型とかなり勝手の違うところらしい。
魔人大陸ですら5箇所しか確認されてないはずだし、あんまり数が多くないせいで情報も足りてない。
こういう時、カクがいれば色々聞けたんだろうけど……考えたって仕方ないか。
◆◇◆◇◆◇◆
魔力濃度が高くなってきたこともあり、出没する魔物の等級は外に比べてやや高い。
クエストを受ける際にはF級までとか聞いてたんだけども……さっきなんてE級のが出てきたぞ。びっくりだ。
さすがにここらへんの魔物ともなれば3人で対処しなきゃいけないわけで、消耗は思ったよりも激しい。
でも魔力生物にはあれ以来出会ってないし、おかげで魔石も結構回収できている。
移動すること20分ほど。
ようやく魔力の発信源らしき場所を見つけた。
4mほどで折れた枯木に空いた洞だ。
「この感じ、間違いなくダンジョンだなー」
「ブルーの予想通りか」
一気に稼いで一気に使ってと増減が激しかったせいもあり、私達の感覚は少しだけズレている気がする。
こっちの相場をまだ調べられてないという問題はあるけど、しかし懐が寂しいことになってるのも確か。
未発見か、未報告か……どっちにしろおいしい狩場であることには間違いない。
「どうだ」
「"六花の洞窟"よりは古いかも。
でも大蟻のダンジョンよりは絶対に新しいね」
見える魔力は確かに濃いんだけど、眩しすぎて見えなくなるほどでもないっていうか。
東の大森林は森自体がとんでもない魔力で覆われてたけど、こっちはそれほど濃くはない。
でも東ハルマ森の時ほど薄いって感じでもない。
「1階層くらいならいけるでしょ」
さすがに霊級の魔物が出てきたら話は別だけど、あんまり規模の大きいダンジョンだとは思えない。
"六花の洞窟"の2階層にすら出てきてたことを考えると、あんまり油断しきるのはよくないかもだけど……奥まで行かなきゃ大丈夫でしょ。
「よし、出発!」
「マジで行くの? 俺らも?」
「アイツ、言い出すと止まらないから……」
外野が何やらうるさいが、きっと多分おそらく大丈夫。
それに人の手が入ってないダンジョンというのは魔物の数が増え続けるというのも最近知った。
あんまりにも手を入れなさすぎると魔物が外に溢れてくるだなんてこともあるらしいけど……まあともかく、魔石目当てでちょろっと潜るには最高だろう。
「しょうがないなぁ。レッド、先頭は譲るよ」
「冗談きつい」
「じゃあブラウンね」
「おー」
さ、一稼ぎといこうじゃないか。
◆◇◆◇◆◇◆
入り口自体はやや下向きに開いていたというのに、1分と歩かないうちに上向きの坂道へと変わった。
外と同じ空間であれば確実に中空に居るはずで、やっぱり外とダンジョンは変な繋がり方をしてるんだなぁと再認識。
「ねえブラック、ダンジョンの中でも方向って分かるの?」
「……そういえば分からないな。気にしたことがなかった」
自分の感覚が1つ分からなくなるってのは、誰でも不安になるものだと思ってたのに。
「私、魔力見えない時って結構不安になるんだけど」
「目じゃないからな。……塩味だけが分からないとか、その程度じゃないか?」
「あんまり重要じゃないの?」
「方向を知りたかったら、先に空を見る」
そこまで働かない感覚というのははたして必要なものなのだろうか。
あれかな、犬が夜に排泄するときは大抵南北を向いちゃうみたいな……?
とにかく些細な問題でしかないことは確からしい。だからあの時も言い出さなかったのか。
「足は大丈夫か?」
「外よりこっちの方がいいね。ちょっと冷たいけど、よく分からないし」
ダンジョンに入ってからすぐに、奥から水が流れ続けていることに気付いた。
くるぶしほどまでとあまり量は多くないけど、それでも歩きづらいのは確か。外よりは全然マシだけどね。
かなり冷たいらしく、さすがの私でもなんとなくは分かるけど……なんとなくでしかない。
「あまり無理はするな」
「なら家でも買って閉じ込めといてよ」
「……本気か?」
「冗談」
もし本当にあったとして、私が黙って引きこもってるだろうか。ないな、ありえない。
どうせ私のことだ。見つからないようにこっそり抜けだして失敗してるに違いない。
ていうかそんな刺激のない毎日なんて耐えられない。
少なくとも今は。
「"空に塩を振る"か」
「そ。根っからの冒険者気質ってワケ」
無意味なことに労力を割くくらいなら、もっと別のことに向けるべきだ。
私をどこかに閉じ込めておきたいのなら、魔法陣付きの地下牢でも用意すればいい。
でも普通はそんなことは無理。だったら本や録石、それからメモ帳とペンを渡しておけばいいのだ。
どうせ私のことだ、読み終わるまでは動かないに決まっている。
「おい、最初の部屋見えたっぽいぞ」
楽しいおしゃべりタイムは終わりらしい。
魔力視は……まだ完全に調整しきれてるわけじゃないけど、もう視界全体が識別不能な紫色一色ってわけでもない。
壁の魔力は薄い紫色で、人の魔力はほぼ無色。そしてブラウンが指す部屋からはかなり濃い紫色が流れ出ている。
このくらい濃淡が判別できるのであれば、もう十分機能してると言っていい。
ここまでの戦闘はブラック6割、ブラウン3割、私1割って感じだった。
ブラウンはどうにも"運動不足"らしく、私も同様ちょっと物足りなさがあるというわけで、最初のメインは私達2人に回してもらうことになった。
ま、完全に私達2人だけでやるってわけじゃないんだけども。
「ブラウン、行こ」
「もち」
「じゃブラック、2人をよろしく」
私達"色付き"は5人パーティではあるものの、実際に動けるのはそのうち3人でしかない。
動けない側であるレッドとホワイトは明確な弱点であり、彼らを守ろうと動くなら実際に動けるのは2人でしかない。
ここに来るまではブラウンがその役で、これからはブラックがその役。
ぶっちゃけレッドの方にそこまで価値はないんだろうけど……見殺しにでもした場合、ブラックが何を言い出すか分からないから仕方ない。
「いや、4人だ」
「無理はしないでね」
「俺のセリフだ」
本人がやる気なら止めはしないけども。
足元に流れる水はあの部屋から来ているようで、おそらくは部屋全体が冠水しているのだと思う。
であればしっかりイメージを固めれば部屋全域に雷槍を放つことはできるだろうけど……せっかくブラウンが動きたいというのだし、それはなし。
ふつーにやろう、ふつーにね
「で、どうすんの」
「右で好きにしていいよ」
「んじゃアンは左か」
「アンって……じゃティナ、頑張って」
一帯型でもない限り、ダンジョンの1階層で出てくる魔物というのは弱いらしい。
理由はいくつか考えられてるんだけど……まいっか。とりあえず、ダニヴェスでいうところの4級くらいが上限らしく、1部屋目ともなれば更に下がる。
どんな古いダンジョンでもこの法則は当てはまり、だからこそ大蟻のダンジョンですら遊びに行くことができた。
今までは勾配のある洞窟を歩いてきたわけだけど、数メートル先で終わっているらしく、その先には広めの空間があるらしい。
実際に入ってみるまでは分からないけど……とりあえず地面に大きな段差は無いようで、壁と天井だけが突然高くなっている。
つまりはお部屋。ティナの見つけた最初の部屋だ。
「おっさきー!」
部屋に飛び込んだティナを追う。
魔物の数は想定していたよりもずっと少なく、32も居ないかもしれない。
逆に床は想定通りに冠水していて、やや歩きづらいけど……それよりも部屋でぼけーっとしてる魔物の方に注意を向けよう。
この部屋に居る魔物は4種類。
1つ目はコップを逆さにしたような背の高い甲羅が特徴的な亀っぽい魔物。確かG級とかだったかな? よわっちい奴だ。
2つ目はどっかで見たことのある骨格標本。こっちのは最初から鎧を着込んでるけど、見た感じ全員が近接武器を装備している。
3つ目はこの中じゃ唯一哺乳類っぽい見た目をしているサァロとか言う名前の魔物。前世でいうところのカワウソっぽい奴だけど……J級じゃなかった? 無害だよねあれ。
4つ目は土蟲の仲間っぽい見た目の奴。呪人語だとこの手のはトイモって呼ぶんだったかな、以前にレニーかカクが言ってた気がする。
最も脅威なのは4つ目の土蟲で、次が2つ目の骨。後の2つは有象無象でしかないや。
ってことは――
「アン、やっぱ任せていい?」
「言うと思った。プート・リズ・フィール」
部屋全体を私の領域で包み込み、全ての温度を奪い去る。
5秒が経った。
あの骨格標本6体だけはまだ動いてるけど、他の3種類は動けない。
もう少し経てば死ぬだろう。
どっかの戦闘狂の御眼鏡に適うような魔物は居ないわけで、そうなれば私に押し付けてくる可能性はかなり高かったわけで。
領域を操るのにはもう慣れてしまっているし、フィールの魔言の練習だってしてた。
その結果がこれ。1秒もあれば発現させられる。
私のような人間ですら、ただの練習だけでここまでの発現速度を獲得することができる。
自分が全くの才能なしだとは思わないけど、本当に才能ある人間が全力で努力した場合、どれだけの高みに到達するのか。
なんてたまに考えてみたり。
「なぁ、それって食らったら即死なの?」
「ゾエロがあればしばらくはもつと思うよ」
一帯凍結の範囲はあくまで私の領域までで、他の生物の領域を侵食することはできていない。
つまりは領域内の熱を奪ってるに過ぎず、生物自体には魔術ではなく物理が作用しているに過ぎない。
奪った熱がどこに行っちゃってるのかはともかく……たとえばプート・リチ・ゾエロなんかを使ってみれば、長時間耐えることだって可能なはずだ。
「使えなかったら?」
領域内の温度は絶対零度までは到達してないだろうけど、仮に-200℃くらいだったとして、その中で生物がどれくらい耐えられるんだろうか。
ただの冷凍室であれば案外耐えられるのかもしれないけど、これは魔術。体表から放たれる熱すらも瞬時に奪い続けている。
纏火や纏熱でなくとも、膜を作るタイプのゾエロであれば数十分は耐えられるんだろうけど……それすらも使えない生物であれば。
「ああなるよ」
歩く骨格標本はともかく、生物っぽい魔物には十分過ぎるくらいに働いてくれる。
ていうか足元が水浸しだったせいで、あいつらも動けなくなってしまっている。
こういう時、銃だの弓だのがあれば処理も楽なんだろうけど……次の手に繋げづらいのは弱点だ。
「こっわ」
フィールで変性させた領域に、追加で魔言を与える……というのは実はかなり難しい。
これまで何度か挑戦してみてるけど、あんまり良い結果には繋がっていない。
ただ殺すのが目的ならそれでもいいんだけど、今回の目的は魔石稼ぎ。魔石すらも消し去ってしまうような魔術に出番はない。
そろそろ3分くらいは経ったかな。さすがに骨以外は死んでるだろうし、終了。
リズの大きな特徴として、保持ではなく消去の特性を持っている。
例えばウィーニで音を奪った場合、終了時には音が返ってくる。ウィニェルで熱を奪った場合でも、終了時には返ってくる。
しかしリズは例外らしく、奪ったはずの熱は完全に消えてしまう。夏には大活躍するに違いないんだろうけど……ホントどうなってるんだろ、これ。
「リズ・ダン」
「まーた魔術かよ……風弾」
私達の足元自体も凍ってしまっているのだから仕方ない。
一緒に的当てしようじゃないか。