百十ニ話 野生とダンジョン
迫り来る魔力の塊は量こそ多いものの、密度はあまり高くない。
あの濃度であれば、ダンジョンや試験で出た霊ではなく霧に分類される下位の魔力生物だ。
魔力が多さは確かに魔力生物の強さへと直結しているものの、密度が薄い魔力生物はただデカいだけの的だ。
しかし私も同様に的だ。
なにせドイという魔言は同時に1つまでしか扱えない。
攻める、守る、逃げる。どれか1つしか選べない。
そして今回は味方が多い。……いや、弱点が多い。
そもそもアレを認識できるのは私とブラック、それからホワイトの3人だけ。
攻撃を加えられるのは私とブラック、それからブラウンの3人だけ。
自身への攻撃を防ぎきれるのは私とブラックの2人だけ。
味方への攻撃を防げるのは私だけ。
束縛の術に対処できるのは私とブラック、ブラウン、レッドの4人だけ。
私はタイマンでなら問題ないけど、集団として立ちまわるには難がある。唯一足がない人間だし、同時に何かをすることができない。
ブラックもタイマンでなら問題ないけど、いつもの様な味方への攻撃を防ぐような立ち回りができない。
ブラウンは攻撃自体は加えられるものの、霧を認識することができない。しかし霧程度の束縛の術なら抵抗できるはず。
ホワイトは認識こそできるものの、特に有効打を持っていない。そして霧程度の束縛の術ですら抵抗できないはず。
レッドはできることはほとんどないけど、束縛の術は効かないはず。
組み合わせてみると……よし、できた。
「ブラックは攻撃をお願い。
残りの3人は1箇所に固まって。
ホワイトは霧を指さし続けて、距離を声で伝え続けて。
ブラウンはホワイトの指す方向に風弾か雷槍を撃って。
レッドはホワイトが黙ったら闘気でパンチ」
本当はまとめて私の防御でもいいんだけど、ここはダンジョンの安全地帯でなければ試験に使った魔法陣の上というわけでもない。
いつ別の魔物が魔力に引き寄せられるのかも分からないのに、それを探知できるのは私くらいしかいない。
であれば、欠けてる3人を組み合わせることで1人分の戦力と仕立てあげてしまいたいところ。
「攻撃か」
「ブルーは」
「"見る"」
霧への攻撃力はブラウンに次ぐ2位、霧から自身への防御はブラックに次ぐ2位、霧から味方への防御を唯一できる人間。
何かを同時にはできないものの、しかし最も対応範囲が広い。
私の評価はこんなもんだろう。
相手が1匹だけであり、しかもその後に何も問題が起きない。
であれば、私は最初から戦闘に参加するべきだ。
しかしここはそういう場所ではなく、予想外の出来事にも対応するだけの余力を残しておく必要がある。
それに"野生の魔力生物"が居るってことはおそらく……だから私は予備だ。
「レッド、ついでにこれ」
「これは?」
カバンから取り出したのは買い込んでおいた対魔力暴走用のスクロール。
泥でぐしゃぐしゃになってしまってはいるものの、一応はちゃんと発現してくれるはず。
「ホワイトが戻ってこれなかったら、魔石を包んで目の前に投げつけて」
ブラウンを除く4人の中で最も束縛の術へ耐性があるのはレッドなはず。なら渡すのは彼だ。
……あと8枚しか無いから、できれば使わずに済むといいんだけど。
「使うとどうなる?」
「周囲の魔力を吸……霧が魔石になる」
「なら最初から使えば――」
「それ高いんだよ!」
上級術式なんだぞ!
サークィンで臨時収入があったからこそ買い込めたけど、普通に暮らしてたら1ヶ月に1枚買えるかどうかってところなんだぞ!
「だからできれば使いたくないの!」
「守銭奴」
「悪いか!」
戦闘前だというのに緊張感がどっか行ってしまうではないか。
「ホワイト、先に謝ります」
「構いません。ところでいつから伝えればいいのですか?」
「じゃ、今から。ブラック、ゴー」
「あ、ああ……」
本当は足場を作るなりで視点を上げたいところだけど……まだ自身の魔力が溢れてる状態での魔力視は微妙だしなぁ。
とりあえずは平地のままで、周囲に気を張りつつ霧との戦闘を観察することにしよう。
正面からはぶくぶくに膨らんだ霧と思しき魔力の塊がゆっくりと近づいてきている。
ダンジョンなどで見た霊と違い、その輪郭はぼんやりとしていて、外との境界線が曖昧だ。
霧へ最初に攻撃を入れたのはブラックではなくブラウン。
雷槍による魔術攻撃……魔力視で見ると結構面白いことになっている。あのぼんやりとした輪郭から魔力が逃げていってしまっているのだ。
魔力生物の中でも霧、霊、浮霊、そして明影や輝魄と呼ばれる4種類は魔力密度の差くらいでしか分類できず、どれもただの魔力の塊。
霧は今ブラウンがやってる通り、簡単な雷術や風術ですら致命傷になってしまうほどか弱く、対処法の分かっている私達にとっては脅威にはならないはず。
霊になると風術が効きづらくなってくるけど、雷術が苦手なのは変わらない。しかし霧と違い、上位の魔術操る個体が現れてくる。
浮霊は「見たら死ぬ」と言われるほどの上位の存在であり、あのゴブリン魔王より一回り強いくらいらしい。でも曖昧な情報がかなり多く、野生の個体は滅多に見られない。
明影や輝魄ってのはおとぎ話の中で語られるような存在であって、私が知ってる限りで記録が残ってるのは明影が1例、輝魄が2例だけ。
輝魄の内1つは30年ほど前に突如呪人大陸北部に現れた、魔力生物中唯一の魔王個体。
しかし20年ほど前から姿が見えなくなっており、現在はどこで何をしているのか、そもそも生きているのかも全く不明。おかげで復興が進んでないとか。
あとのそれぞれ1つずつは……片方はヘッケレンにある海科のダンジョンのコア守護者だった個体で、もう片方はダニヴェスの北にある永劫砂漠で出るとか出ないとか言われてるやつ。
こっちは両方ともダンジョンの魔物だし、あんまり興味をそそられない。
今目の前でふよふよしてる霧の方がよっぽど面白い。
ブラックはゼロ・ゾエロとドイ・トウを常時発現しつつ、たまにドイ・トウを終了させ代わりにシュ・ウィーニか何かを使っているように見える。
小さめの魔術を適宜切り替えて使っていく……あの戦い方は同じ戦士であるブラウンやシパリアよりもむしろ私に近く、無駄な魔力消費がかなり多い。
ブラックの魔力は呪人の中ではかなり多い方だけど、それでもドゥーロの足元には及ばず、せいぜいがヘッケレンでの試験で戦ったあの魔術師……コルセット? みたいな名前の人と同程度。
せいぜいがとは言ったけど、呪人の4級魔術師と同じくらいの魔力を持ってるわけで、確かに量は多いんだけど……不用心だ。
「魔力消費抑えて」
静言はあれ以来無詠唱では発現してくれないけど、ウィーニ・レズドの真名と声を合わせることで遠くまで伝えることには成功してる。
口の動きこそ隠せないものの、魔力の消費は少なくて済むし、何より射程距離が圧倒的。隠す必要がないならこっちの方が使いやすい。
3人組に目を向けてみれば、伝えた通りのことをしっかりやってくれている。
実のところ、あの3人のうち本当に必要なのはブラウンだけだ。
ブラックが攻撃している以上、どこに霧が居るかなんてのはすぐ分かるし、であればホワイトからの情報は無くても問題ない。
観測役が不要であれば、それを叩き起こす役であるレッドも不要。
とはいえあの2人を戦力を見なしていると見られることが重要だ。信頼関係、ちゃんと築いておかないとね。
それにブラックが何らかの理由で動けなくなってしまった場合、今回の経験が役に立つことがあるかもしれない。
……先にブラウンが魔力生物を認識できるようになるのが先だろうけども。霧はともかく霊ならなんとなくではあるものの"近くに居る"程度は分かるらしいしね。
周囲の魔力に変化はなく、相変わらず他の地域よりもやや濃い程度。
おそらくあの霧はここら一帯でもかなり上位の存在で、他の魔物は隠れちゃってるんだろう。
そのほうが戦闘をしてる側としては都合が良い。けど……魔力生物から魔石が取れたとしても、基本的には小粒なものにしかならないんだよねぇ。
霧であれば7級相当の魔石でしかないし、ぶっちゃけかなりコスパが悪い。
ま、この魔力を見る感じ、あの湿地林にダンジョンがあるのはほぼ確実だ。
あんまり手が入ってない地域らしいから、実は古いものだったりするのかもだけど……入り口辺りで魔石回収するくらいなら問題にはならないと思う。
なら稼ぎの方はそこまで気にしなくてもいっか。
なんて考えてるうちに、霧の姿が確認できなくなっていた。
「無事?」
「ああ」
今回の戦闘のほとんどを任せていたブラックだけど、特に怪我らしい怪我は負っていない。
魔力の消費がいつもより激しく、2/3くらいしか無いように見えるけど……あれだけ魔術を使ってたのだから、こればっかりは仕方ない。
「そっちはー……」
「余裕っ!」
「バレてますよー」
魔術を連発してたブラウンはやっぱり消耗が激しいようで、ブラックと同じく2/3くらいしか残ってないように見える。
近接戦闘をした場合により消耗が激しいのはブラウンのはずで、見かけの印象よりも実際に残ってる量は少ないのかもしれない。
ブラウンは魔力が枯渇すると文字通りの置物になってしまうし、次の戦闘は控えめにしてもらおうかな。
「なあ、俺何もしてないんだけど……」
「私もただ見てただけだよ」
……まあ、確かに何もしてないけども。
大丈夫さレッド。君には荷物持ちという大切な役目があるんだから。