表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
163/268

百十一話 世界のルールとなる思考

2021/09/22 レニーのセリフ修正

 北には山が、南には海が広がっており、現在国境を接しているのは西のリアツェレンと東のヘッケレンの2国のみ。

 西にはクラハ川という大きめの川があり、唯一平原が広がっている東の国境には長城を築き上げ、と防御に全振りしてるのがこのアルムーアなんだとか。


 現在のアルムーアはどちらの国ともあまり仲が良くないらしく、リアツェレンではなくウラーフ・イナールと、ヘッケレンではなくインセン・ビウンと仲良しなんだとか。絵に描いたような遠交近攻ってね。

 といってもヘッケレンと違いリアツェレンとは"敵"って感じではなく、両国の間の問題はそれほど多くない。

 最も大きいものでも「クラハ川の本川はどちらか」という争い程度で、これのせいでクラハ川の合流点よりも北側はどっちにも帰属してなかったりするらしいけど、あんまり知られていなかったり。

 なんてったってクラハ川合流点北側地域である"ティァバ・クラッハーノ"なんてところ、普通は足を踏み入れないのだ。普通は。


「歩きづらいですね……」

「べっちゃべちゃだもんね……」


 ティァバ・クラッハーノは川沿いには湿地帯が広がっているけど、その奥地に何があるのかは知られていない。

 リアツェレンとアルムーアはどっちもここに国民を送らないと約束し合っちゃってるようで、手付かずの土地となってしまっている。生物の宝庫だ。

 こうなれば魔物なんかも増えちゃうわけで、近隣住民としてはいい迷惑。しかし"国民"を送れないから駆除すらままならず……となった時に冒険者という便利な存在が出てくると。

 受ける条件に"市民権を持たない者に限る"みたいなことが書いてあったのはこれのせいだ。


「だから先導してやってんだろ?」

「……見てホワイト、あれがブラウンのドヤ顔。首の角度が特徴的。

 こういう時には発水で攻撃してもいい。私が許可する」

「分かりました」

「やったらやり返すからな!」

「発水」


 地面には背の低い草が生えていて、遠くからではただの草原のように見えるかもしれない。

 しかし実際には"北の湿地帯"に比べてかなり水分量が多く、加えてそこら中に底無し沼があるらしい、というかあった。怖い。


 ブラックは北の湿地帯へは何度かクエストで行ったことがあったらしく、歩くのにもそこまで苦戦はしていない。

 ブラウンに至っては生まれ育った村自体が湿地帯のすぐ側にあるらしいし、……そういえば大毒亀リンチして食ってたみたいな話聞いたことがあったっけ。村人怖い。


 "一般人"である私達3人は、こんなところをまともに歩けるわけもなく……ていうか私なんて底無し沼踏み抜いたからな。足動かすとどんどん沈むの。何あれマジ怖い。

 今は歩いてる、つまりは抜け出すことはできたんだけど……着替えも含め、下着まで泥んこになってしまった。どっかで休憩したい。

 というわけで、現在は"慣れている"と豪語するブラウンさんに先導してもらい、ここよりはまともな地面があるであろう木の多い方へと向かってる。


 こういう時、パーティとは面倒なものである。

 いや、ブラウンとブラックくらいなら下着姿見られてもどうってことないんだけど……レッドはまだ恥ずかしいというか。私にも恥じらいというものが残っていたらしい。

 まあさすがに裸見せろって言われたらあの2人でも拒否るけど……あ、でもどうだろ。ブラウンと一緒に風呂入るのなんて余裕だし、ブラックとは――お?


「13時、400m、発現」

「ブラウン、道はあるか」

「んー……左から回っていけば」

「発水」


 魔術や魔法、それから魔法陣といった魔素を変化させる場合に見えるのがあの一瞬の発光。

 魔物だってゾエロに似たような魔術を使うこともあると聞いてるし、寝ぼけて使っちゃう人もたまに居るみたいだし、とまだまだ断定までは遠いけど。


「まだ見えるか」

「あれっきり。魔物だとしてもかなり弱そう」


 一応魔石の取れないような生物も駆除対象ではあるものの、魔石が取れないってことは別の証拠を持っていく必要があるわけで。

 そんな生々しいことはしたくないし、大してお金にもならないし、しかも無視したところで多分バレない。


「進もう」

「おー」


 とりあえずはこの湿地帯、というか沼地? をさっさと抜けたいし、あの魔力は華麗にスルー。

 あの発現以外には魔力は確認できないし、流れが生まれるほど強い存在ってわけでもなさそうだし、なら人に危害を与えられるような生物ではない可能性の方が高い。


「いいのですか?」

「いいのいいの。どうせちょっと大きめのカエルが水吹いたとかそんな感じだろうから」


 ほとんどの魔物は生まれつき固有の魔法を扱える。大毒亀の毒入り水弾とかはその筆頭。

 人間ってのは"魔術"という魔法を扱えるとか言われることもあるけど、呪人と魔人とでは大きな差がある。

 魔人であれば、普通は誰だって2術は使える。私だって1歳の時点で既に簡単なものであればすぐに使えるようになったし、魔術が全く使えないなんて魔人は知り合いでは1人も居ない。ダールで仲の良かったセメニアですら別れ際には3術を使えていた。

 一方の呪人は2術すらも使えない状態の者が大多数らしく、こうなると次に進むことができない。何せ魔術には1術なんてものが存在しないのだから。


「発水」

「……ねぇレッド。ただ言うだけじゃダメだよ?」

「んじゃどうすりゃいいのさ」


 それが分かれば苦労しないんだけども。

 ブラウンもホワイトも小さな頃から使えていたと言ってたし、魔人ってのはおそらくあの玉さえ握ってしまえば魔力を感じ、そして魔術へと変換できるようになるのだ。

 しかし呪人の場合となると?


「というわけで、ブラック先生!

 誰から教わったの? どんな内容だった? 何歳頃に使えるように?」

「5歳頃に、"発水"を"水の出る言葉"だと、父に……だと思う」

「もっと詳しく」

「小さい頃の話だ。あまり事細かには……」


 初めて教わったのは家族で、しかしその時は使えるようにはならなかったのね、なるほどなるほど。

 そういえば前にカクが教えてくれたーとか言ってたっけ。うう、本人から聞いておくんだった……。

 ブラウンとホワイトもそうだったけど、小さい頃の記憶ってのは結構曖昧になっているらしい。周りがそんな話をしてたような、なんとなくそうだった気がする……みたいな感じで、あんまり体験って感じの記憶ではないとか。

 私の場合、生まれて数日間はさすがに曖昧だけど、0歳以前の記憶ですらガッツリと体験として残ってる。これは自我のある魂子ならではだったりするんだろうか。おかげで1歳まで住んでた家の間取りですら覚えてる。

 しかし自我のない魂子であるホワイトだったり一般人のブラウンだったりは、私のようにはっきりとは覚えてないらしい。私の前世である阿野優人の記憶……とはまた違うだろうけど、似たような感じなのかもしれない。


「短縮詠唱ってさ、別の言語でも同じ意味の言葉でなら出せるよね」

発水(シア・ウェール)(オスターケー)(ズ・ウェイル)……そうだな。音は関係無いんだろうか」

「うん。多分音自体じゃなくて意識に役割がある」

「……それは少し難しいな」


 魔人語での"発水"とはオスターケーズ・ウェイルと発音し、ブラックとブラウンは以前はこっちを使っていた。当然、エル・クニードを使ったのと同じ発現の仕方になる。

 呪人語の場合ではシア・ウェールとなり、水を意味してるウェイルとウェールは元は同じ言葉なんだろうなとか想像できる……って違う違う。


 呪人語である"シア・ウェール"、魔人語である"オスターケーズ・ウェイル"、通常詠唱である"エル・クニード"。どちらでも"水よ、溢れよ"に繋がるというのが肝だ。

 いまいち納得できてないものの、魔術というのはとにかくイメージが重要で、出来ると思えば出来てしまうし、出来ないと思えば出来なくなってしまう。

 私達魔人や一部の呪人は"手から水が流れる"という確固たるイメージを持ってるからこそ、発水というものが発現する。

 逆に"手から水なんて流れない"と考えてしまうと発現しなくなってしまい……ある程度の年齢を超えると一から習得するのは難しいのかもしれない。


 それを覆すとなると。


「ヴィヴロさんってさ、魔術使えた?」

「ああ、簡単なものなら」


 魔術を使えるというイメージを強烈に植え付けてしまえばいい。つまりは洗脳だ。

 小さな頃から「発水と言うと手から水が溢れ出る」というイメージを持ってるからこそ、ほとんどの魔人は発水を使えている……のだと思う。

 私には「発水と言っても手から水は溢れ出ない」というイメージが先に備わっちゃってたけど、とはいえこの世界に来てまだ間もない頃の話だし、"そういうものだ"と理解するだけの準備はできていた。

 だからこそ短縮詠唱はほとんど無理だとしても、詠唱自体は使えている、と。


「ごめん、全く使えない大人に教えるのかなり厳しいかも」

「……まあ、分かってたさ」

「絶対ってわけじゃないんだけどさ。何かを心の底から信じるのって難しいでしょ」


 理解するだけの準備をしていなかったとして、既に別のものが作られてしまっていたとして。

 それでもなお魔術を覚えたいのなら……多分答えは2つしかない。どっちかであれば楽なんだろうけど、レッドは……少なくとも片方ではないと思う。


 1つはバカな者。バカになれる者ではなく、バカな者。人の言葉を簡単に完全に信じきり、相手が嘘をつくだなんて絶対に考えないくらいに飛び抜けたバカ者。

 もう1つは割り切れる者。実際の世界がそうであったとしても、自分の世界認識はこうなっているんだ、と差異があることを認めた上で、なお自分の世界認識を保持できる者。

 ほとんどの魔術師はきっと後者であり、私もこっちだ。しかし完全には割り切れきれない部分があり、だから苦手な魔言や術式というものが生まれてしまう。

 一度生まれてしまった苦手意識を書き換えるのはかなり難しい。なにせ苦手だと考えた時点で発現しなくなり始め、失敗を重ねるうちにどんどん発現率は落ちていく。


「レッド、知ってる? 実はさ、呪人って水の中でも呼吸ができるんだ」

「バカにしてんのか」

「ってなるでしょ? だから教えるのは難しいと思う」


 本来は逆ではあるものの、たとえば「呪人は魔術が苦手だ」という"常識"から「呪人である自分は魔術が使えない」という"常識"を作ってしまうなんてのはありえない話でもない。

 他人の"常識"を変える方法。……別の"常識"で上書きする、くらいしか私には思いつかないけどきっと難しい。もし簡単だとしたら、今頃私には"氷の魔女"なんてあだ名は付かなかったはず。

 しかし実際には火弾は飛ばせてないわけで、私の持つ火へのイメージはそのまま魔術の火にも適用されている。私は"火"と"魔術の火"を同一視してしまってるけど、別のものだって認識してる人のほうが多いらしい。


 これは何も火に限ったことではなく、たとえば雷……というか電気の場合だけど、ドイを使って体を動かす人間の話なんて聞いたことがない。

 実際ブラウンに「筋肉はドイで動かせるよ」と伝え、実際に見せてみたにも関わらず、ブラウンは魔術を発現させられなかった。

 私の持つ"常識"とブラウンの持つ"常識"には細かい違いがあり、それによって発現結果に差が生まれてる。私の持つ"常識"は私の持つ"領域"にだけ適用されるものであり、ブラウンの領域に適用させるなんてことはできない。


「"発水"と言ったところで手から水が出るわけない、と少しでも考えたらダメなんだと思う」

「いや……普通は出ないだろ。出るから魔術なんだし」

「普通は出るんだよ。出ないのは出してないだけ、って考えるの」

「んなむちゃくちゃな」


 ああ、なるほど。

 領域とは全ての生物が持っているものであり、魔術とはこの領域内でしか発現させられないわけだけど……だから魔法も領域内でしか発現させられないのか。

 誰でも使えるような簡単な形式にした代わりに、柔軟性を欠いてしまっている。それこそが魔術のことであって、いわば魔法の限定版。


 つまり魔術師とは既に全員が魔法使い……はさすがに飛びすぎかな。真名抜きで魔力に命令する方法が分からないし……いや、そういえば領域って感覚で操ってるな。

 フィールやレンズといった座標現象詞を使うためには領域を操らなければ……最低限展開まではする必要があるわけで、でも領域とは魔言や真名に頼らず直接魔力を操作する必要がある。

 やっぱりこれ、半分魔法じゃないか? だってもう魔言抜きで魔力を操れてるじゃないか。

 じゃあ後は、伸び縮みだけでなく"常識"そのものを能動的に変え適用する方法か。


「魔術師ってのは全員イカれてるに違いない」

「かもね」


 手から水が出て当たり前だなんて考えてる人間……確かにイカれてるかもしれない。

 でも私達魔術師はそう信じてるから使えてるわけで、そう信じないと使えなくなってしまう。


 あ……もうちょっと思考遊びを続けたいのだけど、どうやらそうもいかないらしい。

 ていうか考えすぎたな。あんなのに気付けてなかっただなんて。


「11時、800m――」


 あの魔力、ブラウンよりも余裕で多いんじゃないか? ってことは――


「魔力生――あっ」


 伝えきる前に、一瞬の暗黒が放たれた。

 闘気による探知は確かに有効だけど、もし相手がこっちを格下だと捉えたなら、単に居場所を報せただけになってしまう。

 魔力生物は自然界においてほぼ敵無しと言われており、ほとんどの場合は目についた魔物を見境なしに襲ってくるとか。

 人間も魔物の一種に過ぎないわけで。


「すまん、気付かせた」

「正直逃げたい。けど無理だね」


 足場が悪いとはいえ、私達3人は全員が強めのゾエロを使える。全力を出せば逃げ切れないこともない。

 しかしレッドとホワイトが居る以上、この選択は無し。


「やろっか」


 ――魔力よ、纏われ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ