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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百八話 響霊と飛鼠

 上級戦力測定で戦うことになる魔物は2種類。

 片方はE級とさっきのトカゲと同じらしいけど、もう片方はれっきとしたD級。しかもまさかの魔力生物で、おまけに見覚えのある輝き方をしている。


「ダメ、アタシ、ソレ、無理」


 我らがメインアタッカーのブラウンちゃんは戦う前から音を上げてしまっているが、正直私の方が無理だ。


響霊(ムシルア・レイス)か……」


 以前に人の魔力を美味しそうに食ってくれやがったあの(レイス)。勝てる勝てないとか関係無しにやりたくないんだけど。

 ほら、見てるだけで鳥肌が……こういうの、トラウマって言うんだよ? マジでやりたくない。


「棄権しちゃ――」

「ドンと死んでこい」

「アイツ殺してこねーじゃん!」


 私達の前にあれと戦った呪人女性だけど、見事に固められて飲み込まれてた。

 きっと魔力だけを美味しく頂かれてしまったことだろう。いいやつだった……いや知らん人だけど。

 しかし嘆いていただけで何かが変わるなんてことはないわけで。真面目に勝つ方法を考えよう。


 さっきみたいに空に逃げるのは無しだ。あの束縛の術を使われたらただの盛大な自殺にしかならないからね。

 氷壁にドイ・レズドの形式であの魔術を防げたことから、風術のように不可視ではあるものの、実際には射線というものが存在している。今回は意味が無いだろうけど、おそらく射程距離も存在してるはず。

 完全に防ぐなら相手と自分とを雷壁なんかで隔絶しちゃえばいいわけだけど……あまりに非現実的すぎる。ていうか雷壁私使えないしな。

 じゃあ毎回ドイ・レズドで防げばいい、とも言い切れない。あの時私は下半身の制御を切ることで、氷壁へのドイ・レズドを実現していたわけで……防御か移動かは択一だ。


 いっそのこと、火力で押し切ってみようか。

 他の属性詞やキュビオと一緒でなければ、ドイも結構使えるようになってきた。

 氷の魔女様が雷を使うだなんて……とかブラウンに言われるかもしれないけど、氷の魔女はアンジェリアであって今の私はブルーなのだ。だからセーフ。

 それにほら、雷って結構青いじゃん? ブルーって名前とぴったりでしょ。知らんけど。

 ホントはリズとか混ぜて使いたいんだけどなぁ……魔力生物に有効なのはあくまでドイの魔言であって、電撃そのものが効くって感じではないらしいし仕方ないけどさ。


 ま、私にはこのダガーがある。

 ドイを使う上では結構便利なんだよね、これ。



◆◇◆◇◆◇◆



 想定通りというかなんというか、全身の魔力を食いつくされ動けなくなったブラウンちゃんが発見されたのであった。

 あの療術魔法陣、どうにも魔力は完全に復元できないらしく、体が重いとか愚痴ってた。どんまい。


 魔法陣の上には響霊らしき魔物の檻が。

 ここ登り切ったら始まるんだよなぁ……マジでやりたくないぞ、これ。ていうかさっきから鳥肌ヤバい。

 負けることはないとは思うけど……もし仮に負けてしまったとしたら、ブラウンみたいに10分以上も吸われ続けることになってしまう。

 しかし私はブラウンと違い抵抗できる食べ物なのだ。全力で拒否してやるとしよう。


 ――風よ、纏われ。

 ゾエロの無詠唱くらいならブラウンもやってるし多分大丈夫でしょ。

 外野がざわざわとうるさいが、とりあえずは魔法陣の上へ。


 檻が開けられた。

 同時に魔力の塊が襲ってくる。

 初手から束縛の術とか、やっぱり分かってるじゃんこいつ!


ドイ・レズド(雷よ、広がれ)!」


 ドイは唯一(ダン)(クニード)の短縮詠唱が一般化されていない属性詞であって、基本術とされるのはこのドイ・レズド。

 本来であれば雷流となるところが雷槍となっているのはガドゥートで使われてた時期が長すぎたせいらしいけど……ま、それはどうだっていい。

 なんせドイとレズドは両方ともが扱いの難しい魔言。それを同時に組み合わせる必要があるってことは……ほら、やっぱりすぐ終了しちゃう。

 いいもん。とりあえずはあの束縛の術は撃ち落せたもん。


 やっぱり主力にするには難しい。

 この後に使う魔術のために広げておいた領域が、いつの間にか狭まってきている。

 リソース足りてないぞこれ……どうしよう。


ドイ・レズド(雷よ、貫け)!」


 あんまり考えてられないか。

 響霊の厄介なところは、この座標現象詞が含まれているかのような発現方法だ。

 響霊の本体とは全く関係無い3箇所から、不可視の魔力が飛んできた。

 これが風弾なのか束縛の術なのかは分からない。でも防ぎきらなければならない。

 私は移動できないんだから。


 若干広がり始めた私の領域に、響霊の領域が触れる。

 そして……やっぱりだ。さすが魔力生物、人の領域なんてただのご飯に過ぎないってね。

 でもいいさ。今のうちに食べたいだけ食べてればいいじゃん。

 ダガー、ダガー……よし、深くイメージしろ。


 自身は濃いウィーニ・ゾエロに覆われている。

 イメージは周囲よりも濃い大気。だから私のイメージでは私ではなく大気の方へと雷は流れる。

 そしてあのダガーは多分電気を通す。ていうかそういう風にイメージした。

 いくらドイとダンとの制御が難しいったってこれなら……。


「喰らえっ! ドイ・レズド・ダン(雷よ、穿て)!」


 右手でダガーを霊に投げつけ、少し遅らせてから雷を放つ。

 発現、命中。

 一瞬の硬直、それは命取り。


 次のイメージ、風。

 ――風よ、この地へ流れよ。

 霊を風術によって引き寄せる。

 次のイメージ、雷。


ドイ・レズド(雷よ、流れよ)ドイ・レズド(雷よ、流れよ)ドイ・レズド(雷よ、流れよ)――」


 繰り返し詠唱し続ける。

 何せ私と霊は重なってしまっている。

 これなら制御の心配なんてほとんどない。


「――ドイ・レズド(雷よ、流れよ)ドイ・レズド(雷よ、流れよ)ドイ・レズド(雷よ、流れよ)!」


 ひたすらに詠唱を続けつつ、別のイメージを作り上げる。

 最後のイメージ、結晶!


プート・エレ(土よ、これ)ス・キュビオ(を凝華せよ)!」


 最も身近な魔力の結晶。

 それは私に生えている。

 お前も石になってしまえ。



◆◇◆◇◆◇◆



 領域を直接かじられたせいか、思った以上に魔力の消耗が激しい。

 響霊改め氷解石の欠片を檻に入れ、次の檻が来るのを待ちつつ考える。


 運ばれてきているのはこれまで戦ったことのないタイプの魔物。

 空を飛ぶことのできる魔物だけど……さすがに空間が狭すぎるのか、実際に檻に入れられてるのはE級が4体らしい。

 コウモリなのかな。横長でブチャイクな顔が結構可愛い。


 しかし、あれでE級とは。……ダニヴェスなら5級とかそこらへんってことでしょ? あいつら1匹1匹はあの大毒亀より強いってことだよね?

 確かに小さいくせにとんでもない魔力持ってるけど……何してくるんだろ。こわ。

 ていうかなんで先にブラックじゃないのよ。おかげでいい感じの戦法思いつかなかったぞ。


 ま、いっか。壁作って弾撃って終わりでしょ。


 例の4人組が魔法陣から退去し、少しして檻が開けられる。

 本当はここで攻撃しちゃいたいんだけど……なんか卑怯な気がするし、外に出てくるまで待ってあげ――氷よ、現れよ!


 現れた氷の壁が砕け散り、左の頬を何かが掠めた。


 突然コウモリの1匹が目の前に瞬間移動してきた。


 違う。とんでもない速度で体当たりしてきた。

 なんとか直撃は防げたっぽいけど……え、コウモリ無傷ってマジ?


 えっと、こういうときはウィニェル・ゾエロ……じゃ流しきれないか?

 じゃあ、鎌倉のような壁……いやさっきの氷壁ぶっ壊されてるじゃん?


 あ、2――氷よ、現れよ!


『待って、タイム!』


 ――氷よ、現れよ! 氷よ、現れよ!


 ダメだ、話なんざ聞いてくれない。

 氷壁で防ごうにも微妙に軌道を曲げられるだけだ。

 撃ち落とす? あんなちっちゃくてゆらゆら飛んでるやつを? 無理――氷よ、現れ……あ、千切れた。

 魔法陣がある以上、優先すべきは止血、か。


「リ、リチ・クニード(火よ、溢れよ)……!」


 痛くて痛くてくらくらする……大丈夫、まだ右腕だけは残ってる。

 原始的な虫とかならまだしもコウモリだ。蒸気なんてきっと意味が無い。

 ……コウモリか。あんまり余裕も無さそうだし一か八か。

 イメージは風。圧縮された空気、巨大な音響爆弾。

 ――強風よ、集まり爆ぜる弾となれ。


 ボッと大きな音が聞こえた後、何か……水中に居る時みたいな音が聞こえる。

 あ、ゾエロ使ってなかったじゃん。じゃあこれ鼓膜破れてるってこと? へー、こんな音――



◆◇◆◇◆◇◆



 彼女の記録はここで終わっている。

 なんつって。


 次の場面は魔法陣の上に座り込んでいるところから始まっていて、状況から察するに……どうやら死んでしまっていたらしい。

 何が起きたのか全く分からん。頭辺りにぶつかってきたんだろうか? ていうか響霊よりよっぽど強かったんだが?


「3番、ブラック!」


 と、早くどかないと邪魔に……やっぱ魔力の減り凄いな。体重い。

 しかし、DじゃなくてEに負けたのか。マジか。あれってつまり5級くらいってことでしょ? ヤバくない?

 もし外であんな魔物に出会ってたって考えると……うわあ、人間だけじゃなくて魔物にも上には上が居るんだなぁ。


「無事か?」

「うん、頑張って」


 すれ違い様ブラックとちょっとだけ言葉を交わし、元の場所へと向かってく。

 あれどうしたら良かったんだろ。ゾエロ使っとけば爆音耐えられて、次の攻撃にも気付けた?

 たらればだなんていうけど、これは必要なシミュレーションだ。もし外であれにでくわした場合、どうしたらいいかを考えておかないと。

 ……天狗になってたかなぁ。まあ自覚あったけどさ……ん。


「何か?」


 目の前で道を塞いでるのは、最初に響霊と戦ってた女呪人。

 えーっと……名前までは知らないな。とりあえず戦士だ。

 そこ通りたいんですけど?


「あなた、強いわね」

「ありがとう」


 そりゃ一応5級冒険者ですし。


「タァブラ。名前は?」

「ブルー」

「あの4人とはパーティ?」

「そう」


 入れてーとか言われても断るぞ。


「ふぅん。どっかで会ったらよろしく」

「あ、うん。よろしく」


 と身構えてみたけどそれっきり。ちょっと挨拶がしたかっただけらしい。

 変なの。

 ま、いいや。3人のとこ戻ってっと


「負けちゃった。ブラウンと違って2回目の方だけど」

「嫌味かコイツ」

「うへへ」


 しっかし本当にわけの分からんコウモリだった。あとで図鑑に載ってるかチェックしないと。

 ……飛行魔物ねえ。この世界、魔石の取れる飛ぶ鳥ってのは居ないらしいんだよね。空の魔物といえば竜と虫であって、蝙蝠ってのは……魔人大陸の方だと居ないのかなぁ、初めて聞いた気がする。

 まさか突進されるとは思ってなかったけど。頭吹き飛んでたらしいよ。死生観壊れる。

 響霊は左手に魔法陣刻んでの魔力の消費合戦をする予定だったんですが、暇を持て余したアンがずーっと「孤立系のエントロピーが減るだなんて魔素やべえ」とか言うだけのシーンが続いたのでビリビリになりました。

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