百六話 夜の興味と南部ギルド
まあ、うん。
そうだよね。
レニーだもんね。
布団に入るなりソッコーで寝てくれやがりましたよこいつ。
そりゃ結構遅くまで話し合ってたってのもあるしさ、もう0時回ってるってのもあるけどさ。
いい寝顔晒しやがってああもう……。
なんかさ、勝手に1人でテンション上がってたのが恥ずかしい。
いや全く何も無かったってわけじゃないけど……まあうん、期待してたようなことは起きなかったよね。
あれ、期待? 私期待してたんか? この体で? どうせ何も分からないくせに?
……はぁ。レニーが眠ってからもう3時間くらい経ったぞこれ。全然眠気来ないんだが?
外に出てみようにも、なんか周りも静かだしさ。寝静まってるって奴だよねこれ。
だって今は深夜だもんね。呪人が多い町だとはいえ24時間やってるようなお店はあんまり無いんだろうね多分。知らんけど。
照明を落としたとはいえ、私にとってはあんまり問題にはならない。
むしろある程度暗いほうが魔力視的には都合が良かったり。完全な真っ暗闇だとこっちも見えなくなっちゃうけど、実は満月の夜くらいが1番見やすかったりするのだ。
そして薄い布地くらいであれば頑張れば透視できちゃったりする。実はカーテンってあんまり意味無いんだよね、むしろ窓の方こそ透視できなかったり。
魔力ってのは魔管を通って生物の体の中をグルグルとしてるわけだけど、皮膚の薄い箇所とかだったりは明確に流れる様が見えていたりする。こんなに暗いと尚更だ。
魔管ってのは血管と違い本当に管があるわけでなく、頻繁に魔力を使ってると勝手に形成される魔力の流れる道のこと。個人によってかなり差異があるけど、基本的には全身に存在している。
そして……いやもういいか。要するにパジャマ程度だと体の輪郭ははっきりと見える上に、現在のレニーは布団から体を出してしまっている。
……多分レム睡眠中なんだろうね。すっげー見える。
なんかこう、性的な意味無しに純粋に興味ある。
絶対に起きないって約束されてるなら確実にいじりに行ってる。
そのくらい、こう……目立つ。
前世での記録を読んだこともあるし、ロニーのをぼけーっと見てたこともある。だから別に全く知らないってわけでもない。
しかしだな、目の前で立ち上がられてしまうとだな……ダメなことは分かってる、頭では分かってる。このタイミングだと起きやすいことも分かってる。
今の自分には付いてないわけで、正直触り心地とかちょっと確かめてみたい。そりゃ豆粒みたいな奴はついてるけどさ、サイズが違いすぎて話にならないじゃん?
少しだけなら――ウェイト、アン。落ち着け、アン。
こんなのバレたらセクハラどころの騒ぎじゃない、痴漢だぞ。
そうだ、ゆっくりと布団を掛けるんだ。そうすればもう見ずに済む……よし、成功――
「ん……」
どうしてまた布団を蹴っ飛ばすんだこいつは!
……あ、いや、寝返りか。レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えには寝返りが関わっていたはずだ。……今ならバレないのでは?
待て待てダメだ何を考えてるんだ私は。切り替えったってそんな綺麗にピタッと変わるわけじゃない。切り替わってる最中って奴が当然存在していて、今はその時間だ。だからもう少し待つべきだ。
待つ?
違う寝るべき寝るべきなんだ私は今すぐにでも。
そうだ、ゆっくりと体を寝かせて……あ、結構時間経ったしトイレ行っとこうか。
うん、それがいい。一旦頭をリセットしよう。
◆◇◆◇◆◇◆
「おは……どーしたブルー、すごい顔だぞ」
「ぜんっぜん寝れなくて」
「お?」
気付けば朝チュンしていた。
文字通り朝日の明るさとチュンチュンな鳴き声に起こされただけであって、別に何もなかった。
単に寝不足になっただけである。
「ちょっとこっちで話聞かせろって! 何があっ――」
「エル・クニード!」
ただ"朝起きたら水を掛ける"と決意したことだけは忘れてなかった。
そして対象は1人だけじゃない。
「エル・クニード!」
「なんっ!」
聖女様の朝は水掛けから始まるべきなのだ。
「おいブルー! ブラウンはともかくホワイトにはやめろ!」
「おい、なんでアタシはいいんだよ!」
「お前はイビキうるせえからいいんだよ!」
……あっちもあっちで大変だったようである。
レッドに関してはホワイトが関わってる以上あんまり強く出ることはできなさそうだしで勘弁してやるとしよう。
「どうして毎回詠唱するんだ?」
「様式美的な。ふぁ……マジで眠い、説明中寝ると思うからよろしく」
「なんで寝なかったんだ」
「そりゃ……」
煩悩と戦ってたからだよ! ていうかお前も元凶の1人だからな!
「兄に会いたいなーとか考えてたら、つい」
まあ隠しますけども。
こんな変態の横で寝るのはやめたほうがいいよホントに。別居しよ別居。
「俺も会ってみたいな」
「結構私と似てると思うよ。この前男装したらびっくりしたもん」
今後も変装する機会はあるかもしれないし、自分がどのくらい変わるのかを確認できてよかった。
いや、逆か。むしろ全然変わらなかった。ソバカスでも入れてみようかね?
◆◇◆◇◆◇◆
寝るとの宣言はしたものの、実際には必死に意識を保とうとするのが私である。
ブラックを信用してないってわけでもないし、あの2人が理解しないとも思ってないけど、でも一応聞き逃しがあったらまずいかなーと。
カクが居ればこういうの丸投げできたんだけどなぁ……あ、ブラウンに関しては信用してる。当然悪い意味で。
冒険者ギルドの説明は非常に長ったらしいもので、しかも他の冒険者ギルドで聞いたようなものばかり。
やっぱり収斂進化仮説は正しかったのかもしれない、けど違うところもちょくちょくあるので覚えておかないと。
階級システムだったりダンジョンの扱いなんかも結構な差があるみたい。
今日ここで説明を受けているのは私達だけではなく、他に7人もの新規登録者が集められている。
この説明会は週に1回開かれているもので、締め切りは前日の18時。私達が今日のに参加できてるのは結構運が良かったのかも。逃したら来週だった。
新規登録者に魔術師らしき魔力の人は1人もいなくて、7人のうち6人が呪人。1人だけ狼っぽい獣人が混じってるけど……もふりたいなぁ。あ、やべ、見てるの気付かれた。
今って冬だし、口減らし的な感じな人も居たりするのかな。そう考えるとちょっと可哀想に思えてくる。
……なんかあの獣人ずっとこっち見てるんですけど。いやごめんてマジで。可愛いなーって思ってただけだよガン飛ばしたりしてないよ。
依頼の仲介人組織である以上、南部の冒険者ギルドの仕組みもそれほどかけ離れているわけではない。
でも違うところも結構多い。そのうちの最もが……これなんて訳そう、準緊急って意味だけど大型が妥当かな? 大型クエストっていうのがあって、かなりの大人数を集めて行なわれるらしい。参加は任意。
内容としては戦争がほとんどで、今は"砂の民"が占領し続けてるデルクインを奪取する奴が募集中なんだとか。他にも大きいダンジョンが見つかった場合にはこの形式で募集されてたらしいけど、こっちは長らく使われてませんよと。
まあ私達にはあんまり関係のない話かもしれない。だってこれ、どれも数ヶ月とかそういう単位で動かないといけない奴だ。別に急いでるってわけじゃないけど……あんまり長過ぎるのはちょっと。
大多数の冒険者は土地に根ざしていないわけで、つまりは領民ではなく、領主からの庇護を受けられないかわり、義務だなんてものは課せられていない。
じゃあ完全に自由かって言われたらそういうわけでもなく、冒険者ギルドという土地を持たない領主の領民だ……というのは穿った見方でもないと思う。
だから戦争や開拓へは任意参加としているダニヴェスの冒険者ギルドですらも、「ギルド存亡の危機」と判断された場合には対人の緊急クエストが発行されるだなんて一文があったりする。
冒険者ギルドの庇護を受けてる以上、義務が発生してしまうのは仕方ない。
他方アルムーアやヘッケレン、ダニヴェスの中でも別管轄のダーレなんかはちょっと違う。
内戦だからという理由でクエストを発行させられた東部ギルドは、領主であるヘッケレンへの義務が発生している。つまりは対等な立場ではないと。
そして南部ギルドの立場はもっと低いらしい。任意とはいえ対外戦争への参加もある、ていうか今出てるデルクイン奪還クエストがまさにこれ。
ま、ダニヴェスとかアストリアのギルドの独立性が高すぎるだけなのかもしれないけどさ。会社と呼ぶよりかは国家と呼んだほうがいいよ多分。領土無いけど。
……ところで。あの獣人いつまでこっち見てるんだろ?
結構な時間頭使ってたと思うんだけど、その間ずっと見られてる。ていうか今も見てる。
獣人の知り合いなんて居ないはずだけど、はて。
「――定に移る。自らの階級を上げたいものは参加するように」
あ、ようやく話終わった。
こっちの冒険者ギルドには2種類の階級があって、片方が戦力、そしてもう片方が経験を意味することになるんだとか。
たとえば世界一強い人が新たに入った場合、戦力0級経験3級というよく分からない状況になる。戦力は10階級制、経験は4階級制度……数字だけだと分かりにくいだろうし、日記には混ぜて書こうかな。その最強の人ならA3級、とね。紙かな?
戦力階級は受けられるクエストの基準となっていて、経験階級の方は報酬金額の基準となる。同じ戦力であれば同じクエストを受けられるけど、成功報酬は経験によって変動しますよと。
……経験の方は信頼性とかと訳した方がいいだろうか。あるいは実績? 新人よりも古参の方が確実に仕事をこなしてくれるだろうけど、その分雇うのにはお金がかかりますよ、と。
だから失敗が許されないような奴は新人向けの報酬がとんでもなく安くて、実質古参専用になってるらしい。
逆にあんまり急ぎではなかったり、あるいは常設クエストなんかは新人と古参に報酬差が設定されてなく、こっちは新人向けクエストになってるとか。
もし自分が依頼者だったら、と考えたら失敗なんてしてほしくないんだけど……人を大量に集めたい時なんかに使うのかな。常設クエストでもって言ってたし、ダーロの狼退治だったりサークィンの蜘蛛退治の仲間ってわけね。
「おい、行こうぜー」
「あ、うん」
完全新規登録者は、これから戦力測定なるものが行なわれるらしい。
ホントは今までの拓証を見せれば向こうで勝手に設定してくれるんだけど、偽名で登録しちゃってる以上それはなし。だから私達はみんな新米冒険者。冒険者の赤ちゃんだ。
ま、私達以外にも引き継がずに新たに登録する人は居るらしい。魔力を見ればなんとなく分かってしまうのだ。さっきまでこっちをガン見してた獣人……ではなく、1番前に座ってる赤っぽい髪の呪人とかが多分これ。
獣人の方も確かに魔力は少し多めだけど、別に特筆するほど多いってわけでもない。とりあえず魔術師ではないように思う。
「何をやらされるんだか」
「レッドって登録してなかったんだっけ?」
「俺達はしてない。3人分だけさ」
なるほど。レア、ハルア、ドゥーロの3人は登録したけど、それらの奴隷であるハクナタ、ヴィヴロ、……あと1人誰だっけ? イライラ棒みたいな名前だった気がするけど……まあいいや、その3人は登録してませんでしたよと。
ついでにいうと3人共が引き継ぎを行なったため、その内容を知らないとかなんとか。
「レッドとホワイトは、参加する?」
「どうしましょう」
階級制限に引っかかってクエストを受けられないとしても、クエストとは別枠で連れていく分には何の問題にもならない。
もちろん同行させた人間への報酬は発生しないけど、この制度の穴は今までに何度か利用したことがある。ポーターと呼ばれる荷物持ちを連れて行く時だ。
こっちのギルドでもポーターを同行させるのは推奨されていたし、もし階級が足りなかったとしても、レッドとホワイトはこの枠に入れておけばいい。
「あれ、レッド降りんの?」
「いや……悩んでる最中」
「やるだけやってみりゃよくね?」
「俺はお前みたいな単純じゃないの」
「だーれが単純だ!――」
またレッドとブラウンがイチャイチャしだした。
別に仲が悪いって感じじゃないし、ただのじゃれ合いと呼ぶべきなんだろうけど……ブラウンはたまに短気な時があるし、ちょっとくらいは気を向けておかないと。
レッドもレッドでたまに何考えてるかよく分からんし。
「いつものか」
「見慣れちゃいましたね」
私が単に警戒しすぎなだけ説?